「そうですか。でしたら俺が人から触られるのは、先生がヘビに巻きつかれてしまうような感覚に近いと思います」

「ひっ……!」

彼方さんの言葉に、ヘビの鱗の感触やその温度を想像して、私は背筋が凍るほどゾッとした。
そこで先日、私とぶつかった際に、彼の顔がひどく青ざめていたことを思い出す。
あれは単に驚いただけでなく、接触恐怖症のせいでもあったのかと知って、私は深く納得した。
そうなると日常生活を送るのも大変なのではないか。
そんなことを考えていると、彼がこちらに向かって深々と頭を下げた。

「きちんと理由を説明してから謝らなければいけないと思っていました。ですが、なかなか言い出せなくて。本当に申し訳ありません」

「あの、私は平気ですし、全然気にしていないので、顔を上げてください」

いくら自分に非があると思っていたとは言え、そんなパーソナルすぎることまで明かさなくともよかったのに。
この人は他人に対してどこまで誠実であろうとするのかと、少し心配な気持ちにもなってくると、彼方さんはやっと顔を上げて私と目を合わせてくれた。

「この体質のせいもあって、俺には恋愛経験がほとんどありません。だからこれ以上、先生にとって有益な話もできないと思います」

ああなるほど、お役に立てないとはそういうことだったのか。
女性の影が見えなかった理由も分かり、まるで謎解きをしているかのように、すべての辻褄が合っていく。

「えっと……たしかに私も、彼方さんみたいな方なら素敵な恋愛をしているだろうと思ってインタビューを持ちかけました」

言いにくかったであろうことを打ち明けてくれた彼方さんに、私も真摯に向き合いたいと思い、しどろもどろになりながら真意を白状した。
彼が苦笑する声を聞いて、申し訳なくなりながら視線を逸らす。

「俺にも好きな人がいたことはあるんですよ。相手の女性も、この体質を理解してくれていました」

「えっ、それなら――」

「ですが結局、俺は彼女の心を傷つけてしまったんです。そのときに悟りました。俺みたいな人間に恋愛は不可能なのだと」

寂しげな声を聞きながら、やはりこの人はどこか私に似ていると思った。
しかし小説を書くことしか能がない私とは違って、彼方さんは他人の愛を享受するにふさわしい人柄をしている。
そんな彼が人並みに恋愛を全うできないとは、なんてもったいないことなのだろうか。
どこかもどかしくなりながら視線を戻すと、彼は意を決したように居住まいを正していた。

「なぜこんな体質になってしまったか、理由をお話ししてもいいですか? 楽しい話ではないのですが」

「……お聞かせくださるのであれば」

「ありがとうございます。もしかしたら、何かのネタにはなるかもしれません」

自嘲ぎみに笑いながら、彼方さんは自分の過去の話をゆっくりと聞かせてくれた。

「俺は小三のときに母親を病気で亡くして、しばらく父子家庭で育ったんです。父親が再婚したのは、ちょうど俺が中二になったころのことでした」

聞けばお父さんの再婚により、彼には新しい母親と、二つ上の兄ができたらしい。
「父の再婚は素直に嬉しかった」と彼は言った。
精神的な負担が減ったのか、お父さんに元の笑顔が戻り、優しいお母さんに加えて、ずっと欲しかった兄弟までできたからだったそうだ。

「兄はとても賢い人で、俺もそんな兄を心から慕うようになりました。新しい家族に囲まれて、俺はひたすらに幸せでした。でも――」

「そんな幸せが続いたのは、中二の終わりごろまででした」と低く続いたその声に、私はひどい胸騒ぎを覚えた。