であれば一体誰からだろうかと、不思議に思いながら確認すると、ロック画面に表示された“彼方千里”の名前に、私は思わず息を呑んだ。
そういえば昨日、彼と連絡先を交換したんだっけ。
たしか、次に会える日時を教えてくれるとも言っていた気がする。
息を整えてからおそるおそるアプリを開くと、やはりかっちりとした文面とともに、日付けが羅列されていた。
特定の休みなどない自由業かつ暇人の私は、特にいつであっても構わないのだけれど。
とりあえず一番直近であった次の土曜日を指定して返事をすると、彼方さんからもすぐに「了解です」と返ってきた。
あっさりと約束を取り付けてしまった自分にまたもや驚きながら、彼が昨日一瞬だけ見せた切ない表情を思い出す。

彼方さんともう一度会いたいと思ったのは、もちろん執筆の手助けをしてもらいたいというのもあるが、なんと言えばいいのか、同病相憐れむといった意味合いの方が強かった。
きっと彼は私と同じく、“身勝手な愛情”に振り回された者同士なのだ。
そんな人に初めて出会って、私はもう少し彼の話を聞きたいと思ってしまっていた。
大きなお世話かもしれないが、それがきっと、私と彼のためになるような気がして。
というか、昨日は聞けなかったけれど、彼方さんに恋人はいないのだろうか。
モテそうな感じがするが、しかし彼は恋人がいるにもかかわらず、異性と二人きりで会うような人には見えなかった。
ならば今は偶然フリーだということか。

「世の女性たちは一体何をしているんだろう……」

彼方さんのような男性を放っておくなんて、やはりまったくもって恋愛とは謎である。



「日下部先生!」

約束の土曜日はすぐにやってきた。
午後2時に前回立ち寄った公園の前で待ち合わせをした私たちは、今日も彼方さん行きつけの喫茶店に行くことになっていた。
先に到着し、公園のベンチで待ってくれていたらしい彼方さんは、私の姿を見つけるなり、きらきらした笑顔で駆け寄ってくれた。

「お久しぶりです。その後、お怪我の具合はどうですか」

「おかげさまで、すっかり治りました」

「ああ、よかったです。先日は本当に申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな。こちらこそ、またご協力していただけてありがたいです」

そう言うと、彼は人好きしそうな笑みを浮かべながら頷いた。
軽く袖を捲った、清潔そうな白いシャツがよく似合っている。
見れば見るほど生粋の光属性という感じで、まるで少女小説に出てくる、主人公の憧れの先輩といったタイプの人だと思った。
もしかしてこの人は世界で一番爽やかな人間なのではないかと馬鹿げたことを考えて、なんとなく気後れするような気分になる。
何が“同病”なのだろうか。
あれは私の気のせいで、彼はやはり、ただの心優しき文学青年なのかもしれない。

「今日行くお店はチーズケーキが有名なんですよ」

彼方さんが案内してくださったのは、木製の小さな扉が目印の、かわいらしい喫茶店だった。
すべての席が半個室のようになっているそのお店は、古書やドライフラワーなどの小物がロマンチックな雰囲気を醸し出していて、私のなけなしの乙女心もくすぐられる。
彼方さんの言ったとおり、メニューにはチーズケーキの文字が大々的に載っていて、私はブレンドコーヒーとともに喜び勇んで注文した。
どうやらここのチーズケーキは、サワークリームを使って二層になっているものらしい。
チーズケーキの中でも、私が一番好きなタイプだ。
出てきたケーキをさっそく頬張れば、サワークリームのさわやかな酸味と土台のさくさくとした香ばしさが広がって、私をこの上なく幸せな気分にさせてくれた。

「先生は甘いものがお好きなんですよね。エッセイと、何かのインタビューでも読みました」