それはほとんど脳を介さずに出た言葉だった。
人付き合いが大の苦手で、これまで積極的に他人と関わろうとしたことのない私が吐いた言葉に思えず、自分で自分に驚いてしまう。
けれど私は、なぜかまた彼に会いたいと思ってしまったのだ。
「まだ聞き足りないこともありますし……ごっ、ご友人とか、同僚の方のお話も聞ければ。私っ、恥ずかしながら知り合いが少なくて、情報収集をするのも大変でっ」
言い訳のように言葉を重ねて、彼方さんの表情をチラッと盗み見る。
すると彼は少しだけ目を見張ってから、「喜んで」と満面の笑みで答えてくれた。
「えっ……!? よろしいんですか!?」
「はい。俺の話が先生のお力になるのでしたら、ぜひとも協力させてください」
「でっ、でも、お仕事とかがお忙しいのでは……。無理して私に付き合っていただくことはないんですからね!?」
自分から頼んでおいてなんなのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
もう二度と会いたくないと思われていたら、かなり気を遣わせてしまっているかもしれない。
そもそも話下手な私と過ごしていて楽しいはずがないのだから。
他者との交流を怠ってきたせいで、社交辞令かそうでないかの区別をするのが不得手な私は、生来の卑屈な性格でもって彼の返答を訝しんだ。
そんな私を見た彼方さんが、耐えかねたように声を上げて笑う。
「先生こそそんなに気を遣わないでください。先生の執筆に関われるなんて、ファンとしては願ってもないことなんですから」
「そ、そんなものですか……?」
にこにことした笑顔のまま、彼方さんが「もちろんです」と頷く。
なんだか私より彼の方がよほど“聖”という名前が似合いそうなくらいに善人だ。
もはやその背に後光が見えてきそうだと思っていると、彼は自分のポケットから白いスマートフォンを取り出した。
「とりあえず連絡先を伺ってもよろしいですか? 後ほど空いてる日時を確認してご連絡しますので、その中から先生のご都合がよい日を選んでいただければ」
「かっ構いません。勝手なお願いなのに、ありがとうございます」
あたふたと自分もスマートフォンを取り出し、慣れない動作で彼と連絡先を交換する。
ほぼ東雲さんとの連絡のみに使われるアプリに彼方さんの名前が加わり、私はなんとも言いがたい面映さを感じた。
「それじゃあ、また」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
それから私はタクシーで、彼方さんは徒歩で帰ることになり、私たちは喫茶店の前で別れた。
なんだかとても濃い一日だったと、車内に腰をかけた瞬間に息を吐く。
普段外を出歩くことも、初対面の人と会話をすることもない私にしては、ものすごいエネルギーを消費していた。
一人揺られるタクシーの窓にもたれかかりながら、煩雑とした街の景色が過ぎていくのを眺める。
そこで私はふと、彼方さんの言った香澄の独白を思い出していた。
――この人はいつも、私から私を奪うように、身勝手な愛情で私を満たす。
なぜ、彼がその文章を鮮明に覚えていたのか。
それはおそらく、彼自身が身勝手な愛情を向けられ、苦しめられた経験があるからなのだろう。
そんなときに読んだ私のデビュー作に共感し、強い印象を受けてしまったのだ。
作者としては嬉しいことだけれど、私はそれを、とても悲しいことのように思った。
手に握りしめていたスマートフォンを、もう一度起動する。
そこに映った彼の名前だけが、今日という日の証のようにひっそりと残っていた。
人付き合いが大の苦手で、これまで積極的に他人と関わろうとしたことのない私が吐いた言葉に思えず、自分で自分に驚いてしまう。
けれど私は、なぜかまた彼に会いたいと思ってしまったのだ。
「まだ聞き足りないこともありますし……ごっ、ご友人とか、同僚の方のお話も聞ければ。私っ、恥ずかしながら知り合いが少なくて、情報収集をするのも大変でっ」
言い訳のように言葉を重ねて、彼方さんの表情をチラッと盗み見る。
すると彼は少しだけ目を見張ってから、「喜んで」と満面の笑みで答えてくれた。
「えっ……!? よろしいんですか!?」
「はい。俺の話が先生のお力になるのでしたら、ぜひとも協力させてください」
「でっ、でも、お仕事とかがお忙しいのでは……。無理して私に付き合っていただくことはないんですからね!?」
自分から頼んでおいてなんなのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
もう二度と会いたくないと思われていたら、かなり気を遣わせてしまっているかもしれない。
そもそも話下手な私と過ごしていて楽しいはずがないのだから。
他者との交流を怠ってきたせいで、社交辞令かそうでないかの区別をするのが不得手な私は、生来の卑屈な性格でもって彼の返答を訝しんだ。
そんな私を見た彼方さんが、耐えかねたように声を上げて笑う。
「先生こそそんなに気を遣わないでください。先生の執筆に関われるなんて、ファンとしては願ってもないことなんですから」
「そ、そんなものですか……?」
にこにことした笑顔のまま、彼方さんが「もちろんです」と頷く。
なんだか私より彼の方がよほど“聖”という名前が似合いそうなくらいに善人だ。
もはやその背に後光が見えてきそうだと思っていると、彼は自分のポケットから白いスマートフォンを取り出した。
「とりあえず連絡先を伺ってもよろしいですか? 後ほど空いてる日時を確認してご連絡しますので、その中から先生のご都合がよい日を選んでいただければ」
「かっ構いません。勝手なお願いなのに、ありがとうございます」
あたふたと自分もスマートフォンを取り出し、慣れない動作で彼と連絡先を交換する。
ほぼ東雲さんとの連絡のみに使われるアプリに彼方さんの名前が加わり、私はなんとも言いがたい面映さを感じた。
「それじゃあ、また」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
それから私はタクシーで、彼方さんは徒歩で帰ることになり、私たちは喫茶店の前で別れた。
なんだかとても濃い一日だったと、車内に腰をかけた瞬間に息を吐く。
普段外を出歩くことも、初対面の人と会話をすることもない私にしては、ものすごいエネルギーを消費していた。
一人揺られるタクシーの窓にもたれかかりながら、煩雑とした街の景色が過ぎていくのを眺める。
そこで私はふと、彼方さんの言った香澄の独白を思い出していた。
――この人はいつも、私から私を奪うように、身勝手な愛情で私を満たす。
なぜ、彼がその文章を鮮明に覚えていたのか。
それはおそらく、彼自身が身勝手な愛情を向けられ、苦しめられた経験があるからなのだろう。
そんなときに読んだ私のデビュー作に共感し、強い印象を受けてしまったのだ。
作者としては嬉しいことだけれど、私はそれを、とても悲しいことのように思った。
手に握りしめていたスマートフォンを、もう一度起動する。
そこに映った彼の名前だけが、今日という日の証のようにひっそりと残っていた。