「婚約……」
「者……?」

 僕とリコリスがぽかんとした。

「こん……やく?」

 アイシャは意味がわかっていない様子で、小首を傾げた。

「……」

 ソフィアに婚約者。
 なるほど……納得だ。

 ソフィアは剣聖。
 それだけではなくて、こんなにも綺麗で、性格は女神のよう。
 男は放っておかないだろう。

 でも……婚約?

「えええええぇっ!!!?」

 ようやくその事実を飲み込むことができて、僕は、ついつい驚きの声をあげてしまう。
 アイシャがビクッと震えてしまうものの、どうすることもできない。

「えっ、いや、えっ? ソフィア、結婚するの……?」
「ち、違います! 違いますからね!? フェイト、そういう勘違いはやめてください!」
「でも、その手紙には……」
「これは、あくまでもお父さまが勝手に決めたことです。私は、このようなふざけた話に同意なんてしていませんし、そもそも、今初めて知ったことです!!!」

 あたふたとソフィアが言う。
 ものすごく慌てているところを見ると、その言葉は真実なのだろう。

 というか、ちょっと涙目になっていた。

 その原因は……僕だよね?
 僕がソフィアを疑ったから。
 だから、彼女は傷ついて……

 うん、落ち着くことができた。
 というか、逆にひどく申しわけない気持ちになってきた。

「ごめんね、ソフィア……突然のことで慌てて、ソフィアを疑ったりなんかして」
「いえ……わかっていただければ、それで」

 ひとまず話を整理することに。

 ソフィアの知らないところで、勝手に婚約者が決められていた。
 ある程度話が進んだから、そろそろ家に帰ってこい、とのこと。

 ソフィアは僕達のことは知らせていないらしく……
 というか、それほど日が経っていないのでそんな機会はなくて、彼女の両親は僕達のことを知らない。
 だから、勝手に話が進められているのだろう、とのこと。

「そういえば……」

 おぼろげな記憶なのだけど。
 ソフィアのお父さんは、わりと強引な人だった。
 こうすることが教育に良い、と信じて、ソフィアに色々な無茶振りをしていたっけ。
 彼女が剣を習うことになったのも、ソフィアのお父さんの影響だ。

 そんな人だから、今回の件は不思議なことじゃない。

「なるほどねー、納得。ソフィアのパパって、頑固者なのね」
「まあ、そのような感じです」
「おかーさんのおとーさん……おじーちゃん?」
「そうですね、おじいさまになりますね。ただ……」

 ソフィアがとても苦い顔に。
 これからどうするのか、考えているのだろう。

「そうですね……うん。お父さまの勝手な妄言に付き合う必要はありませんね。行き先を告げていたため、今は私の居場所を知っているようですが、それもここまで。別の街へ移動してしまえば、後を追うことは難しくなるでしょう。誰かよこされても面倒ですし、さっそくこの街を出て……」
「それはどうかな、って思うよ」
「フェイト?」

 ダメ出しすると、ソフィアがなんで? というような顔に。

 別に、意地悪をしているわけじゃない。
 ソフィアと離れ離れになることを了承したわけでもない。

 ただ……

「そんなことをしたら、ソフィアは、二度とお父さんとお母さんに会えなくなるんじゃないかな?」
「それは……」
「別に、二人を嫌っているわけじゃないでしょ? 今回のことがなければ、ソフィアは、時々里帰りをするつもりでいたでしょ?」
「そう、ですけど……」
「なら、きちんと話をしないと。なにもしないうちから距離をとるなんて、ちょっと賛成できないかな」

 そう言ってから、僕は、チラリとアイシャを見る。
 その仕草、意図はソフィアにも伝わったらしく、唇を噛む。

 アイシャは、もう家族がいない。
 どれだけ会いたいと思っていても、決して会うことはできない。

 それなのに、無茶を言われただけで距離をとってしまうなんて、ダメだと思うんだ。
 アイシャのおとーさんとおかーさんである僕らだからこそ、そんな選択を取るわけにはいかない。

「……すみません。私が間違っていました」
「ううん、気にしないで。今の話はダメっていうだけで、きちんと話をするなら、僕達にできることはなんでも協力するから」
「あれ? あたしがいつの間にか数に加わってる?」
「協力してくれないの?」
「まあ、いいけどねー」

 気ままなリコリスだった。

「おかーさん」

 アイシャがソフィアをじっと見る。

「わたしも、がんばる。だから、おかーさんもがんばって」
「うぅ、アイシャちゃん……!」
「ふぎゅ」

 感極まった様子で、ソフィアはアイシャを抱きしめた。
 そのまま頭を撫でて撫でて撫で回す。

「ああもうっ、なんてかわいいんでしょうか! そして、なんて優しいんでしょうか! アイシャちゃん、天使です! 女神さまです!」
「あーうー」
「えっと……ソフィア? アイシャが困っているから、その辺に」

 力いっぱい抱きしめる、なんてことはしていないのだけど……
 どうしていいのかわからない様子で、アイシャはひたすらに困惑していた。

「あっ……ご、ごめんなさい、アイシャちゃん」
「んーん。おかーさんにぎゅっとしてもらえて、うれしかった」
「はうっ」

 アイシャの無垢な笑顔にやられた様子で、ソフィアは胸元に手をやる。

 そのまま倒れてしまいそうな勢いだけど……
 なんとか我慢して、話を元に戻す。

「と、とにかく……別の街へ移動して行方をくらませる、という方法はなしにします」
「うん、それがいいと思うよ」
「なので……直接、お父さまと話をして、今回の件を撤回してもらいます」
「直接、ってことはソフィアの故郷に行くわけ? そういえば、ソフィアの故郷ってどこなの?」

 リコリスが小首を傾げた。
 次いで、アイシャも小首を傾げた。

「私の故郷は、この中央大陸の南……山脈を超えた先にある、リーフランドです」

 草と花の街、リーフランド。
 そこがソフィアの故郷だ。