ドクトルの事件から二週間が経った。

 クリフは後始末に追われてひいひいと悲鳴をあげているみたいだけど、僕達はそんなことはなくて、穏やかな日々を過ごしていた。
 時間が経つにつれて、少しずつ心が癒えてきたのか、アイシャは笑顔を見せるように。

 そのことはなによりもうれしいのだけど……
 その笑顔を見ていると、これからのことを考えないといけない。

 アイシャをどうするか、だ。

 もちろん、僕としては、このままアイシャを引き取りたいと思う。
 駆け出しの冒険者で、大した稼ぎもないのだけど……
 それでも、このままアイシャとさようなら、なんてことは絶対にしたくない。

 義務とか人情的なものもあるのだけど……
 でも、それ以上に、アイシャのことが好きだ。
 一緒にいたいと思う。

 それはソフィアも同じで……
 まだ話はしていないけど、義理の娘として引き取りたいと言えば、大歓迎してくれるだろう。

 ただ、アイシャの気持ちはどうだろうか?
 嫌われていないという自信はあるのだけど……
 僕達の義理の娘になりたいと思うほど好かれているか、それは少し自信がない。

 そこまではちょっと……
 なんてことを言われたら、ショックでどうにかなってしまいそうだ。

 とはいえ、いつまでも先延ばしにしていいものじゃない。
 近いうちに、これからどうしたいのかをアイシャに尋ねないと。

 ……なんて思っていたのだけど、思わぬところで、いつの間にか答えが出ることになった。



――――――――――



「うー……」
「はい、じっとしててくださいね」

 宿の浴場にソフィアとアイシャの姿があった。
 背中を向けるアイシャの頭をソフィアが洗っている。

 その隣に小さな桶が置かれ、即席の小さな湯船が作られて、リコリスがのんびりとくつろいでいた。

「あー……生き返るわー、お風呂、最高だわー」
「リコリスは、ちょっとおじさんっぽいですね」
「ちょっと。こんな可憐な美少女におじさんっぽいとか、どういうことよ?」
「……わかる」
「アイシャまで!?」

 リコリスがショックを受ける中、ソフィアは丁寧にアイシャの髪を洗う。

 小さいとはいえ、アイシャも女の子。
 髪のケアはきちんとしないといけない。

 それに、髪の毛の間から犬耳が生えているため、注意しないといけない。
 水が入ってしまうと大変なことになるし、シャンプーの泡なんてもっての他。
 事故が起きないように丁寧、そして優しく洗う。

 ただアイシャは、そもそもお風呂が苦手らしく、落ち着かない様子だった。

 犬はお風呂が好きなことが多いのだけど、違うのだろうか?
 こう見えて猫寄りなのだろうか?

 そんなことを考えつつ、ソフィアはアイシャの柔らかい髪を洗う。

「大丈夫ですよ、怖いことなんてありませんからね」
「あう……」
「アイシャちゃんはかわいい女の子なんですから、しっかりと、綺麗にしておかないと」
「……フェイトも、喜ぶ?」
「そ、そうですね」

 この子、もしかしてフェイトのことを!?

 十歳くらい違う子供に、思わず嫉妬してしまうソフィア。
 とはいえ、本気でそんなことをしたら剣聖の名前が泣く。
 すぐに自制心を働かせて、落ち着きを取り戻す。

「そうですね、フェイトも喜んでくれると思いますよ」
「なら……がんばる」
「アイシャちゃんは、フェイトのことが好きなのですか?」
「よくわかないけど……一緒にいたい。ぽかぽかするから」
「なるほど、よくわかります」

 フェイトは太陽のように温かく、大きな人だ。
 彼の隣にいると、心が幸せで満たされる。

 ソフィアはアイシャの言葉に共感して、優しい顔になる。

「ソフィアとも……一緒にいたい」
「私ですか?」
「こんなに優しくしてくれて……うれしいから」

 アイシャは少し照れた様子で、頬を染めつつ軽く振り返り、チラチラとソフィアを見る。
 その愛らしい姿に、ソフィアの心は即ノックアウト。

 反射的に後ろから抱きしめようとして……
 しかしすぐに我に返り、なんとか自制した。

「ありがとうございます。私も、アイシャちゃんのことが好きですよ」
「……えへへ」
「あれ? ねえ、ちょっと。あたしは?」
「リコリスも、好き」
「うんうん、あんた、わかってるじゃない。えらくなるわよ?」

 単純なリコリスだった。

「フェイトもソフィアもリコリスも、みんな優しい……」
「誰にでも、というわけではありませんよ? アイシャちゃんだから、みんな優しいのです。アイシャちゃんが好きだから、にっこりと笑顔になるのですよ」
「そうなんだ……でも私、なにもしていない……」
「そんなこと気にしないでいいんですよ。一緒にいてくれるだけで、私達はうれしいんですよから」
「そうなんだ……」

 アイシャは考えるような間をはさみ、

「……ずっと一緒にいたいな」

 ぽつりと、そうこぼした。

 それは紛れもないアイシャの本心。
 ついついこぼれ出てしまった、本当の願い。

 それを受けて、ソフィアはたまらなくアイシャのことが愛しくなる。
 絶対に守らなければという、庇護欲にかられる。

「ウチの子になりませんか?」

 気がついたら、そんな言葉が飛び出していた。

「え?」
「アイシャちゃん、これから行く宛は?」
「……ない」
「なら、私達の子供になりませんか? 養子になれば、ずっと一緒にいることができますよ」
「でも……」

 いいの? というような感じで、アイシャが振り返りソフィアを見る。
 そんなアイシャを、ソフィアはぎゅうっと抱きしめた。

「私も、アイシャちゃんとずっと一緒にいたいです。この場にはいませんが、きっと、フェイトも同じことを言うはずです。だから……どうですか?」
「……私も」

 そっと、アイシャはソフィアを抱きしめ返す。

「一緒にいたい……」
「はい、決まりですね」
「……うん」

 アイシャの瞳から涙がこぼれる。
 しかし、それは悲しみによるものではなくて、喜びによるものだった。