今回の作戦、一つ懸念があった。
 それは、僕がクリフの合図を待たず、突撃してしまったこと。

 あんなこと、一分でも一秒でも見逃すことはできないし……
 また同じような場面に遭遇したら、同じ行動を繰り返すと思う。
 だから後悔はしていない。

 していないのだけど……

 それでも、僕のせいで作戦が失敗したとしたら、それはそれで困るというか、申しわけないと思う。
 ドクトルとファルツは捕まえた。
 ただ、全員を確保できたかどうか、それは怪しいところだ。
 あれだけの騒ぎを起こしたから、それに紛れて逃げた可能性もあるし……

 だとしたら、クリフが望む結果にはならないだろう。
 クリフは、ドクトルとファルツを含め、全員を捕らえることを目標としていたはず。

 という感じで、作戦の成否が気になっていたのだけど……

「ありがとう。スティアート君とアスカルトさんのおかげで、作戦は大成功だよ」

 冒険者ギルドの客間。
 そこに呼ばれた僕は、クリフにそんなことを言われた。

 ちなみに、ソフィアはいない。
 また同じようなことが起きないとも限らないし、リコリスと一緒にアイシャの傍にいてもらっている。

「大成功……っていうことは、なにも問題なかった?」
「そうだね、なにも問題はないよ。ドクトルとファルツは、スティアート君とアスカルトさんが拘束してくれた。その他の部下や関係者も、一人も逃がすことなく捕まえることができた。これ以上ない成果だよ」
「そっか……よかった」
「突撃したせいで作戦が乱れて、思うような成果を得ることができなかったのでは? ……なんていうことを考えていたのかな?」
「あー……うん」

 隠していても仕方ないと思い、素直に頷いた。

 そんな僕を見て、クリフは苦笑する。

「まあ、本音を言うと、ちょっと焦ったけどね」
「やっぱり……?」
「でも、色々と無茶を言い、最前線を押しつけてきたのは僕の方だからね。現場の判断を無視して、一方的に責めるなんてことはしないさ。僕は指揮をとっていたけど……そういう立場だと、どうしても判断が遅れたりすることがあるからね。基本、現場を優先させるよ」
「そっか……ありがとう。そう言ってくれるとうれしいかも」

 怒られるか……あるいは、苦言の一つや二つは覚悟していたのだけど、でも、そんなことはない。
 その逆で、好きにした結果を、よくやったと褒めてくれた。

 僕のことを認められたような気がして……
 素直にうれしい。

 こんな気持ち、久しぶりだ。
 いつ以来だろう?

「作戦は無事に成功。とはいえ、これからが本番のようなものだけどね」
「というと?」
「ギルドの上層部の一部を、ごっそりと削り取ったからね。混乱は避けられない。もしかしたら、残りの幹部が口を出してくるかもしれないし……あるいは、野心を持つ者が後釜に座ろうとするかもしれない」
「なるほど……」
「そういうことに対処をしていかないといけないからね。はあ……まったく、今から頭が痛いよ。まあ、やらないという選択肢はないんだけどね」

 そう言うクリフは、不敵な笑みを浮かべていた。
 これからの展開を考えると頭が痛い、なんてことを言っているのだけど、そんな台詞とは裏腹に、とても挑戦的な顔だ。

 たぶん、ずっとずっとこの展開を望んでいたのだろう。
 自分の手で冒険者ギルドの腐敗を取り除くことを、夢見ていたのだろう。

 そして今、その機会が訪れた。

 確かに、とんでもなく大変なのだろうけど……
 それ以上にやりがいを感じて、燃えているのだろう。

「スティアート君達は、これからどうするんだい?」
「そう、ですね……」

 どうしよう?
 この街でやれることは全部やったような気がする。

 今後は、冒険者として本格的に活動していくことになると思うんだけど……
 その場合は、どこを拠点にするか? という問題が。

 この街を拠点にするか?
 あるいは、別の街にするか?
 それとも、拠点を持たず、あちらこちらを旅するか。

「まだ、なんとも。後で、ソフィアと相談してみようかな、って」
「なるほど……なら、一つ忠告だ」

 一転して、クリフが真面目な顔になる。

「あの獣人の子は気をつけた方がいいよ」
「それは、どういう?」
「あの子がどうこう、っていうことはないんだ。悪い子じゃないと思う。ただ、あの子自身に、なにかしらの秘密が隠されているような気がしてね」
「秘密?」
「話を聞けば、ドクトルは彼女にやたらこだわっていた。他の人達と違い、奴隷として売るわけじゃなくて、もっと別の目的があったように思えるんだ」
「確かに……」

 最初は、アイシャも奴隷として売られるのではないかと思っていたのだけど……
 でも、ドクトルはアイシャを奴隷として扱っていなかった。

 けっこう丁寧に接していて……
 それでいて、絶対に逃がしてたまるものかという執念を感じた。

 ドクトルがなにを考えていたのか、それはわからない。
 わからないのだけど……
 ドクトルの性格からして、ろくでもないことというのは想像ができる。

「もしかしたら、アイシャには、僕らが想像できないような秘密が隠されているかもしれない?」
「そうだね。僕としては、その可能性が高いと思っているよ。それをハッキリとさせるためにも、あの子に関しての調査をしたいんだけど……」
「ごめん、それは断るよ」

 ドクトルに捕まっていた影響で、アイシャは他の人を怖がるようになっていた。
 僕とソフィアとリコリスは例外だけど……
 僕ら以外の人に対しては、声をかけられたら悲鳴をあげてしまうほど。
 平常時は、いつも僕らの後ろに隠れている。

 調査をした方がいいというのはわかるんだけど、でも、アイシャに大きな負担をかけてしまうので、それはできない。

「そうだね、仕方ないか。ただ、彼女が落ち着いたら改めて調査をした方がいいと思うよ。その時は、協力を惜しまないから連絡してほしい」
「うん、ありがとう」

 僕とクリフは笑顔で握手を交わした。