「リコリス、アイシャ。大丈夫? 巻き込まれたりしていない?」

 ドクトルを拘束した後、二人のところへ。

 見た感じ、怪我とかはしていないみたいだけど……
 骨にヒビが入っているとか、そういう怪我は見た目だけじゃわからないから、二人にそう聞いた。

「あたしは大丈夫よ。超絶天才可憐美少女妖精のリコリスちゃんが、こんなところで怪我なんてするわけないじゃない。ちびっこも、たぶん平気よ。ね?」
「ん……」

 リコリスの問いかけに、アイシャは小さく頷いた。
 我慢をしているとかそういう風には見えないから、大丈夫なのだろう。

「うぅ……んっ!」

 ひしっ、とアイシャが抱きついてきた。

「アイシャ?」
「んーっ」

 離してたまるものか、というような感じで、俺の腰に手を回している。

 どうしたのだろう?
 不思議に思うのだけど、すぐに理解する。

 彼女は小さく震えていた。
 怪我はしていない。
 でも、色々と怖い目にあって、大変な目にあって……
 緊張の糸が途切れたらしく、今、とても心細いのだろう。

「うん。もう大丈夫だよ、大丈夫」

 アイシャを抱き上げて、その頭をぽんぽんと撫でる。

「うぅ、うううー」

 犬耳をぴょこぴょこ。
 ふさふさで大きい尻尾をこちらの体に巻き付けてくる。

 それだけ不安で、離れたくないっていうことかな?

 これくらいならいくらでも。
 そう伝えるように、アイシャの頭をぽんぽんと撫で続けた。
 ついでに、ぎゅうっと抱きしめた。

「ふふっ」
「あら、意外な反応ね。ソフィアのことだから、てっきり、嫉妬するかと思ったんだけど」
「失礼なことを言わないでください。いくらなんでも、あんな小さな子に嫉妬しません」
「そうは見えないのよねー」
「まあ……否定はできませんが」
「やっぱり」
「ただ、アイシャに関しては、本当になにも思っていないのですよ? むしろ、フェイトとああしていると、とても微笑ましく感じられて……出会ったばかりですが、私もアイシャのことが好きなのでしょうね」
「ふーん……ま、その気持ちはわかるかもね。あたしも、あの子を見てると、なんかうれしくなるもの」

 そんな二人の会話が聞こえてきた。
 アイシャも耳にしているらしく、尻尾がぶんぶんと大きく揺れる。
 照れて、喜んでいるみたいだ。

「さてと……いつまでもこんなところにいないで、外に行こうか。ソフィア、他に捕まっていた人達は逃がしたんだよね?」
「はい、そうですね。きちんと安全は確保してあるので、たぶん、クリフが保護してくれていると思います」
「よし。それじゃあ、後はドクトルだけど……」

 ちらりと、倒れたままのドクトルを見る。

「あれもクリフに任せていいかな?」
「それで構わないと思いますよ。今回、私達は働きすぎましたからね。後始末くらい、きちんとやってもらいましょう」
「あはは、そうだね」

 そんな話をしつつ、地下を後にして地上へ。

 地上は……大混乱だった。

「くそっ、なんでこんなところに……離せっ、離しやがれ!」
「おとなしくしろ、もう逃げ場はないぞ!」
「逃がすな! 一人たりとも逃がすな!」

 クリフはしっかりと突入を実行してくれたらしく、あちらこちらで散発的な戦闘が起きていた。
 地上の敵はまるで排除していなかったから、苦戦しているらしい。

 安全な場所を求めて地上に出たはずなのに……
 これじゃあ意味がないな。

「まったく……これくらい、短時間で制圧してもらわないと困りますね。クリフは、今度、説教をしなければなりませんね」

 どこか冷たい顔をしつつ、ソフィアは予備の剣を抜いた。
 クリフを援護するというよりは、アイシャを危険に晒すことを嫌っているのだろう。

「フェイトは、アイシャとリコリスを頼みます。私は、すぐにこの辺りを静かにさせてきます」
「うん、がんばって。あと、一応、気をつけて」

 もしかしたら、ドクトルのように魔剣を持つ人がいるかもしれない。
 その可能性は限りなく低いと思うけど……
 あんな予想外の事態に遭遇した以上、気をつけるに越したことはないだろう。

「はい、任せてください。アイシャも、いい子にして待っているんですよ?」

 ソフィアはにっこりと笑い、アイシャの頭を撫でて……

「ん……がん、ばって?」

 アイシャもまた、ソフィアに応えるかのように、小さな手でそっと手を振る。

 その愛らしい仕草にハート撃ち抜かれたらしく、ソフィアがくらりとよろめいた。

「うぅ、なんてかわいらしいのでしょう……フェイト。後で、私にも抱っこをさせてください」
「えっと……アイシャ次第?」
「んっ」
「約束しましたよ? 必ず抱っこですからね!?」

 アイシャがコクリと頷くと、ソフィアがものすごい勢いで詰め寄る。
 アイシャがかわいいから、少し壊れてしまったみたいだ。

「さて……私の幸せのために、未だに抵抗を続ける愚かな人は、その罰を受けてもらいましょう」

 ソフィアは不敵に笑い、剣を構えた。

 その後……
 ソフィアは鬼神のような活躍をして、敵だけじゃなくて味方からも恐れられてしまうのだけど、それはまた別の話だ。