この技は、さきほどは通用しなかったのだけど……
 でも、今回は違う。

 ソフィアがいる。
 それに、完璧なタイミングで攻撃を重ねてみせた。
 威力は数倍に引き上げられているはず。

 これでダメとなると、正食、お手上げだ。

「……やってくれましたね」

 ドクトルは左肩の辺りを血に染めて、少し体をふらつかせていた。

 よし。
 決定的なダメージじゃないけど、それでも、絶対無敵と思われていた防御を突破することができた。
 これは、かなりの希望だと思う。

「この私に、これだけの屈辱を与えるなんて……! 絶対に許せませんねえ。まずはその手足を切り落として、それから、泣いて殺してくださいと懇願するまで……」
「うるさいですよ」

 戯言を聞く必要はない。
 そう告げるかのように、ドクトルがあれこれと喋る中、ソフィアが動いた。

 その動きは超速。
 目に止まらぬ速さで、縦横無尽に戦場を駆ける。

「くっ、ちょこまかと……!」

 ソフィアは自由自在に駆け抜けて、前後左右と、ありとあらゆる角度からドクトルを斬りつける。
 僕もタイミングを見計らい、彼女の援護に回る。

 未だ、ドクトルに決定的な一撃を与えることはできていない。
 それでも、戦況は僕達に傾いてきた。
 この場を支配しているのは、僕でもドクトルでもない。

 ソフィアだ。

 さすが、剣聖。
 さすが、世界で一番信頼している幼馴染。
 彼女がいれば、なんでもできるような気がした。

「フェイト、このまま一気に押し込みますよ!」
「了解!」

 僕達は勢いづくが……

「このっ……舐めるなクソガキ共がぁあああああああっ!!!!!」

 ドクトルは目を血走らせながら、喉を震わせるようにして叫んだ。
 その雄叫びに呼応するように、魔剣に異変が生じる。

 刀身から黒い霧のようなものがあふれ出した。
 それは己の意思を持つかのように、ドクトルの体にまとわりついていく。

 まるで、主を守護する獣のようだ。

「これは……!?」
「フェイト、気をつけてください……すごく嫌な予感がします」
「うん、了解」

 僕でもわかる。
 ドクトルから放たれる圧が数倍に増して……
 それだけじゃなくて、彼がまとう気配は人のものではなくて、もはや魔物のそれに近い。

 殺気を何倍にも凝縮したかのような、ひたすらに黒い感情。
 そして、鋭く鋭く寒気がするほどの闘気。

「コロスッ!!!」

 魔剣の影響なのか、ドクトルは瞳を赤く輝かせながら突撃してきた。

 その速度はかなりのものだけど、ソフィアに比べると遅い。
 幸い、僕でも対応できるレベルだ。

 ただ……

「くっ!?」

 背中がゾクリと震えた。
 死の予感。

 僕はドクトルの魔剣を受け止めず、大きく距離をとって回避する。

 ドクトルは魔剣を振り抜いた。
 刃はなにもない空間を断つのだけど……
 近くにあった石の柱が両断された。
 まるでバターを切るかのように、あっさりと、なにも抵抗なく両断される。

「威力が上がっている!?」
「フェイト、絶対に受け止めないでください! その雪水晶の剣でも……いえ。私の聖剣でも、今のドクトルの魔剣を受け止められるかどうか」

 刃を交わしたら最後。
 そのまま、刃ごと斬られてしまうだろう。

 なんて厄介な。
 防御をすることができず、ひたすら回避に徹するしかないなんて。

 いや……それだけじゃない!?

「オオオオオォッ!!!」

 ドクトルの雄叫びに呼応するかのように、黒い霧が嵐のようにうごめいた。
 黒い霧は、刃と同じ性質を持つのだろうか?
 荒れ狂う黒い霧に触れた床や壁が、ガリガリと削られていく。

 近づけば、防御不可能の魔剣。
 距離をとれば、黒い霧で削られる。

 なんてヤツだ。
 こんなことができるなんて、完全に人間を辞めている。
 これが魔剣の力なのか。

「くうっ……!?」

 ソフィアは、ドクトルといくらかやりあい、戻ってきた。
 魔剣は真正面から受け止めず、刃を横にして、滑らせるようにして軌道を逸らす。

 そうすることで直撃を全て避けていたものの、しかし、その分動作が大きくなり、隙も多発してしまう。
 いくらかカウンターは叩き込んだみたいだけど、それ以上は難しい様子で、ソフィアは一度退いていた。

「これは、本当に厄介ですね……」

 そう言うソフィアの言葉からは、焦りが感じられた。
 彼女が焦っているところなんて初めて見る。

「……フェイト」
「なに?」
「いざという時は私が盾になるので、アイシャとリコリスを連れて逃げてください」
「それは断るよ」

 即答すると、ソフィアが怒るように言う。

「ドクトル……というよりは、あの魔剣は想像以上の怪物です。私でも、うまく対処できるかどうか……ですから、いざという時は」
「だから、それはダメ」
「どうして!?」
「僕は、もう二度とソフィアと離れたくないよ」
「そ、それは……」
「それに、諦めるなんてソフィアらしくないと思うな」
「ですが、相手は……」
「確かに、剣聖であるソフィアでも対処できないかもしれない。でも、二人ならなんとかなる」
「あ……」
「僕とソフィアが一緒になれば、できないことはないと思うんだ。それは、思い上がりとかじゃなくて……真実。僕は、そう思っているよ。大丈夫。僕とソフィアが力を合わせれば、倒せない敵はいない」
「……はい、そうですね。その通りですね。私としたことが、未知の敵を相手にしたことで弱気になっていたみたいです……ありがとうございます、フェイト」
「ううん、どういたしまして」
「では……

 改めて、ソフィアが聖剣を構える。
 僕も雪水晶の剣を構えた。

「二人で一緒に……」
「戦おう!」