さきほどよりも早く、鋭く踏み込む。
 二倍……いや、三倍くらいだろうか?

 それくらいの速度でドクトルに迫る。

「はぁっ!!!」

 剣を縦に振り下ろす。
 自分でも、これはかなりものだ、と思えるくらいの一撃。

 しかし、ドクトルには届かない。
 体を軽く動かすだけで、絶妙なタイミング、間合いで回避されてしまう。

 反撃は……ない。

 ドクトルはニヤニヤと笑うだけで、回避に専念していた。
 たぶん、バカにしているのだろう。
 お前の力なんてたいしたことはない、その剣が届くことはない。
 だから、諦めてしまえ。

 そんなところだと思う。

 でも、絶対に諦めてやるものか。
 その余裕、慢心が失敗だって教えてやる。

「ほらほら、どうしたのですか? 私を倒すのでは?」
「倒してみせるよ!」

 何度も何度も剣を振る。

 縦に。
 横に。
 斜めに。
 真正面に。

 ありとあらゆる角度から斬撃……時に、突きや薙ぎを織り交ぜて叩き込む。
 剣筋はデタラメなのだけど、手数は相当なものだと思う。
 これを防ぐことができる人物は、身近ではソフィアしか思い浮かばない。

 それなのに……届かない。
 ドクトルは全ての攻撃を防いでみせる。

「ふむ、悪くない」
「くっ」
「ただ、まだまだですね。その身体能力は恐ろしいとさえ思うが、しかし、技術がまるで伴っていない。なればこそ、この私と魔剣の力に届くことはない」
「……それはどうかな?」
「なに?」

 確かに、僕の技術は拙い。
 ソフィアは身体能力を褒めてくれたけど、剣技については、まだ合格をもらったことがない。

 だから、手数で攻めるしかない。
 がむしゃらに剣を振るうしかない。

 ただ、それだけで勝てるなんて勘違いはしていない。
 手数を増やしても足りないことはわかりきっていたことなので、一つ、罠にハメてやることにした。

 その罠というのは……

「なっ!?」

 ドクトルの驚きの声。
 壁面に設置された巨大な灯りが、ドクトルに向けて倒れてきた。

 僕は、ただ単にがむしゃらに剣を振っていたわけじゃない。
 数撃に一度の割合で、こっそりと壁面に設置された灯りを支える台を傷つけていた。

 そして、ドクトルをそちらへ誘導。
 タイミングを見計らい、台を破壊して奇襲へ導いた……というわけだ。

「この!」

 無論、こんなことで倒せるなんて思っていない。
 ドクトルは魔剣を振り、自分の体ほどもある巨大な灯りを粉々に砕いてみせた。

 なんていう威力。
 なんていう技量。
 素直に恐ろしいと思う。

 ただ……今は隙だらけだ!

「神王竜剣術・壱之太刀……破山っ!!!」

 今の僕が持つ、最大最強の技を叩き込む。

 ゴガァッ!!!

 強烈な破壊音。
 衝撃波が撒き散らされて、土煙が舞う。

 これならば……と思うのだけど、すぐにその考えを捨てた。
 ドクトルは、元凄腕冒険者。
 おまけに、魔剣という得体のしれない力を手に入れている。
 これで終わってくれるような簡単な相手じゃないだろう。

 僕は後ろへ跳んで距離を取る。
 剣を構えて、いつでも動けるように、ドクトルがいた場所を睨みつける。

「……」

 ほどなくして土煙が晴れて……
 無傷のドクトルが姿を見せた。

「うそぉ……」

 あれで終わりとは思っていなかったけど、それでも、多少のダメージは与えたはずと思っていた。
 思っていたんだけど……

 まさか、まったくの無傷だなんて。

 これは……やばい。
 ゾクリと背中が震える。

「……やってくれましたね」

 ドクトルの声には怒りが満ちていた。
 ダメージこそないものの、僕にしてやられたことで、プライドがひどく傷ついたらしい。

 こちらを睨みつけてくる。
 その瞳は殺気が乗せられていて、気の弱い人ならそれだけで失神してしまいそうだ。

「今のは危ないところでした。魔剣の力がなければ、私はキミにやられていたでしょう」
「……できれば、そのままやられてほしかったんだけど」
「それはできない相談ですねえ。しかし……惜しい、実に惜しい」

 ドクトルの怒気がさらに強くなる。

「キミならば、私の片腕となれたかもしれないのに……そんなキミを殺さないといけないなんて」
「くっ……!」
「この私に、一瞬でも恐怖を与えた罪は重いっ!!!」

 僕は勘違いしていた。

 ドクトルは……まだ本気を出していなかった。
 犬や猫を相手にするように、遊んでいただけだった。

 ドクトルの姿が消える。
 あまりの速さで、僕では視認することができない。

 なにもできないまま、なにもわからないまま、僕はドクトルの凶刃を受けて……

 ギィンッ!

「大丈夫ですか!?」

 死角外からの攻撃を、咄嗟に割り込んできたソフィアが受け止めた。