ドクトルが力強く吠えた。
 同時に床を蹴り、突撃。

 速い!?

 視認できないというほどじゃないけど、気を抜けば見失ってしまいそうなほどだ。
 ソフィアに稽古をつけてもらっていなかったら、危なかったかもしれない。

「くっ!」

 避けることは難しい。
 雪水晶の剣を盾代わりにして、ドクトルの攻撃を受け止める。

 ギィンッ!!!

 耳に残るような高い音が響いた。
 それと同時に、手が痺れ、吹き飛ばされる。

 なんていう馬鹿力!
 なんとか防ぐことに成功したけれど、完全には無理。
 吹き飛ばされて、体勢も崩してしまう。
 剣を手放さなかったことは不幸中の幸いと見るべきか。

「もう終わりか!」
「そんなことっ!」

 即座に追撃に移るドクトルは、再び、超速の突撃を見せた。

 ただ、それは二度目。
 同じ動きを即座に繰り返すものだから、ある程度、予測することができた。

 横へ転がるようにして回避。
 続けて絨毯を掴み、おもいきりまくり上げる。

「むぅ!?」

 これは予想外だったらしく、絨毯の上に乗っていたドクトルがわずかにバランスを崩す。
 その隙に立ち上がり、剣を構え直す。

「ちょっとちょっと、フェイトってば劣勢じゃない。大丈夫?」

 今まで様子を見守っていたリコリスが、ようやく我に返った様子で、慌てて問いかけてきた。

「正食、あまり余裕はないかな……」
「あたしも、なにかしましょうか?」
「ううん。それよりも、リコリスはアイシャの近くにいてあげて。心細いだろうし……それに、いざという時はなんとかしてほしい」
「……ホントに大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「……信じたわよ。アイシャのことはあたしに任せて、フェイトは、さっさとアイツを倒しちゃいなさい!」

 ふわりと飛んで、リコリスはアイシャのところへ。

 そのタイミングで、ドクトルも体勢を立て直した。

「やりますねえ……高い身体能力だけではなくて、とっさの機転もすばらしい。頭の回転も早く、度胸もあり、応用力も高い。ははは、本当に惜しい。ここで殺してしまうのが、とても惜しいですよ」
「あなたの方こそ、そんなに強いなんて驚きだ」
「言っていませんでしたが、これでも、元Sランクの冒険者ですからね。あの剣聖ほどではありませんが、私もそれなりに活躍していたのですよ?」
「だからこそ、最後は自分で戦う……か」

 厄介な相手だ。

 ソフィアは、僕はSランク相当の実力があると言った。
 そして、ドクトルも元Sランク。

 実力は同じ……じゃない。
 僕は身体能力が優れているだけで、剣の技術、戦闘技術はまだまだ拙い。

 対するドクトルは、どちらの技術もかなり鍛えられている。
 条件次第では、ソフィアに匹敵するかもしれないほどの強者だ。

 身体能力は互角。
 技術は相手の方が上。
 冷静に状況を分析するのなら、ピンチかもしれない。

 それでも。

「今ならまだ、考え直す機会を与えてもいいですが……」
「何度でも言うよ。お断りだね!!!」

 今度はこちらから踏み込んだ。
 全体重を乗せるようにして、右足を前へ。
 そのまま体を傾けるようにして、深く低く駆ける。

 傾けた剣を、下から上へ。
 半円を描くように振り上げた。

「ほう、これはなかなか」

 ドクトルは感心したような声を漏らしつつ、僕の剣を冷静に受け止めてみせた。
 そのままカウンターに移ろうとするが、

「させない!」

 さらに連続で剣を叩き込む。
 技術なんてない、力任せのデタラメな剣技だ。

 それでも、威力だけはある。
 ドクトルは防御に専念せざるをえなくて、カウンターに移ることができない。

 体力はあるから、このまま攻撃を続けることは可能だ。
 この勢いで押し切り、勝つとまではいかないものの、ある程度のダメージを与えない。

 そんなことを思うのだけど……しかし、思い通りにならないのが現実というものだ。

「……はははっ」

 ドクトルが楽しそうに笑い、

「っ!?」

 瞬間、ものすごく嫌な予感がして、僕は攻撃を中断して大きく後ろへ跳んだ。

 なんだろう、今のは……?
 あのまま攻撃をしていたら、なにもわからないままやられてしまうかのような……
 そんな死の予感を覚えた。

「キミは、本当に素晴らしい力を持っているのですね。この私を相手に、持ちこたえるだけではなくて優位に立つとは」
「……負けを認めるのなら、おとなしく投降してくれないかな?」
「まさか。いつ私が負けを認めたと? 負けを認めるべきは、キミの方だ。さあ……最後の警告です。私に下りなさい。でなければ……殺す」
「くっ……」

 思わず背中が震えてしまうほどの濃厚な殺気が叩きつけられた。
 こんな殺気をまとうことができるなんて、コイツ、本当に人間か?

 でも、折れてやるわけにはいかない。
 僕だけじゃなくて、アイシャの運命がかかっているんだ。
 絶対に負けてやるものか。

 言葉を返さずに、代わりに剣を構えてみせた。

「やはり、そうなりますか……惜しいですが、仕方ありませんね。味方になるのなら心強いが、敵になるというのなら、キミはとても厄介な人間だ。ここで確実に殺しておくとしよう」
「できるとでも?」
「ええ、できますとも……この魔剣があればね」

 ドクトルは冷たく笑い、今までずっと腰に下げていた、もう一本の剣を抜いた。

 その刀身は、闇を凝縮させたかのように黒く。
 柄に埋め込まれた宝玉は、血のように赤い。

 そして、まとうオーラは死の匂いを濃厚に漂わせていた。

「魔剣ティルフィング……その力、その身を持って味わうがいい!!!」