アイシャをおんぶしたフェイトが会場の外に出た。

「今は放っておけ」

 用心棒のどうする? というような視線を受けて、ファルツがそう答えた。
 その視線はソフィアから外れていない。

「あのガキの確保が最優先と言われているが……しかし、ここでコイツに背を向けるわけにはいかん。女だが、剣聖の称号を持つからな」
「女だから、というのは、今時遅れた考え方ですよ?」

 ソフィアは不敵に笑い、剣を抜いた。
 聖剣ではなくて、普段から愛用している剣だ。

 あなたごとき、これで十分。
 そんな挑発が込められているのだけど、しかし、用心棒は無反応。
 怒ることはなく構えて、与えられた任務を淡々とこなそうとする。

 ……厄介な相手ですね。

 ソフィアは心の中で苦い表情を作る。
 挑発に乗るような相手なら、簡単に倒せただろうが、そういうわけにはいかないらしい。

「殺せ」

 ファルツの命令と共に用心棒が動いた。
 蜃気楼のようにその姿が消えて、風のごとき速さで側面に回り込む。

 しかし、素早いだけでソフィアの目をごまかすことはできない。
 ソフィアは左足を軸にして、体を九十度回転。
 用心棒を真正面に捉える。

 剣を構えて、踏み込む。
 そのまま、人の目に視認できないほどの速度で突撃を……

「っ!?」

 しようとしたところで、ソフィアはゾクリとした悪寒を覚えた。
 このままだとまずい。

 直感に従い、突撃は中止。
 さらに後ろに跳んで逃げる。

 ピリッとした刺激が頬に走る。

 ソフィアは視線を前に向けたまま、指先で頬を拭う。
 いつのまに切れていたのか、血が流れていた。

「いったい、なにをしたのですか?」

 用心棒も剣を構えている。
 しかし、彼の間合いに入っていないし、遠距離攻撃をしかけられた覚えもない。

「俺の攻撃は不可視の斬撃……」
「不可視の?」
「今は、運良く避けられたみたいだが……果たして、幸運はいつまで続くかな?」

 用心棒は不敵に笑う。

 その様子を見て、ソフィアは違和感を覚えた。
 なにかがおかしい。
 そう思うものの、具体的な箇所を指摘することはできない。

 なんだろう?

 モヤモヤとした感を抱く。
 ただ、今はじっくりと考えている余裕はない。

 用心棒は急加速。
 風のように距離を詰めてきて、その手に持つ剣を横に薙ぐ。

 速い。
 並の冒険者なら、なにが起きたかわからずに死んでいるだろう。
 ベテランの冒険者でも回避することは難しく、ある程度の傷を負わされているだろう。

 しかし、ソフィアにとってはなんてことのない一撃だ。
 正確に剣筋を見極めて、体を安全な位置に逃がして回避。
 カウンターの一撃を……

「くっ……!?」

 再び悪寒を覚えた。

 カウンターの突きを中断。
 強引に体を捻り、横へ跳んだ。

 それが幸いした。
 さきほどまでソフィアが立っていた場所を、なにかが通り抜けるのをハッキリと感じた。

 ビシリ、と床に剣撃の跡が刻まれる。
 用心棒の言う不可視の斬撃が走り抜けたのだろう。

 確かに見えない。

 ソフィアは動揺することなく、冷静に事実を受け止めた。
 そして、攻撃は中止。
 回避に専念をして、分析を徹底する。

 用心棒が言うように、確かに剣は見えない。
 不可視の斬撃という言葉は正しい。

 しかし、見えないからといって、絶対無敵というわけではない。
 攻撃の予兆……
 空気を裂くわずかな感覚を察知することで、回避が可能。

 不可視の斬撃は特別速いわけではない。
 用心棒の剣速と同程度。
 また、攻撃範囲も変わらない。

 見えないというだけで、その他は、普通の剣となにも変わらないのですね。

 そう判断するソフィアではあるが、攻めていいものかどうか、判断に迷う。

 不可視の斬撃の効果範囲など、だいたいのところを推測することはできた。
 しかし、それが本当に正しいかどうか、それはまだ断定することはできない。
 ここぞというタイミングを狙うため、用心棒が出し惜しみしている可能性がある。
 あるいは、今は一段階目で、二段階目、三段階目の攻撃が残されているかもしれない。

 そう考えると、迂闊な行動に出るわけにはいかない。
 いかないのだけど……

「考えるだけ無駄ですね」

 慎重になることは必要ではあるが、時に、大胆に行動しないと勝てない戦いというものがある。
 今回がそのパターンだろう。

「そろそろ、私の番です」