5話 実は規格外
「えっ、ソフィアって、剣聖だったの!!!?」
パーティーを結成した後、色々と話をしたのだけど……
その中で、ソフィアが『剣聖』の称号を授かっていることを知る。
剣聖。
剣を極めた者だけが得ることができる称号で、その力はSSSランクに匹敵する。
つまり、世界に数十人しかいないとされている、最上位の冒険者だ。
常人の数十倍の身体能力を持ち、その剣速は音速を超える。
山を断ち海を断つ。
この世に斬れないものはない。
さらにソフィアは、唯一無二の剣……『聖剣エクスカリバー』を持っていた。
超人的な身体能力に、伝説の剣。
おとぎ話に出てくる勇者のような存在だ。
「すごいなあ……まさか、そんなことになっていたなんて」
道理で、シグルドを一撃で倒してしまうわけだ。
シグルドは、あれでもAランク冒険者ではあるが、『剣聖』のソフィアからしたら赤子に等しいだろう。
「そっか。だから、契約の首輪を斬ることができたんだ」
「あれくらいなら、いくらでも斬ってみせますよ。本当なら、あのクズ冒険者達も斬り捨ててしまいたかったのだけど」
「えっと……さすがにそれは」
「あら? フェイトは、彼らをかばうのですか?」
「ううん、そんな気はこれっぽっちもないよ? ただ、目立った罪を犯したわけじゃないからね。それなのに斬ったりしたら、ソフィアが罪に問われちゃうよ」
「ふふっ、私のことを心配してくれているのですか?」
「もちろん。僕は、なによりもまず、世界で一番、ソフィアのことを考えて優先するよ」
「……だから、そういう台詞」
「そういう? どういう?」
「本当にもう……フェイトは、ぜんぜん変わらないのですね」
「ソフィアも変わっていないよ」
綺麗で優しくて……
ついでに、ちょっと小悪魔的なところも、昔のままだ。
「そうだ。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「ソフィアが剣聖というなら、僕に稽古をつけてくれないかな?」
「稽古を?」
「僕はずっと奴隷にされていたから、力を磨くことができなくて……このままだと、ソフィアの足を引っ張ってしまう。それはイヤなんだ。だから、もっと強くなりたい」
「ふふっ、フェイトは男の子なのですね」
「ダメかな?」
「いいえ、そんなことはありません。もちろん、オッケーですよ」
――――――――――
そんなわけで、稽古をつけてもらうために、僕とソフィアは街を出た。
近くの草原に移動して、木剣を手に、ソフィアと対峙する。
「とりあえず、今のフェイトの実力を知りたいです」
「そう言われても……剣はまともに使ったことないよ?」
「それでもいいんです。素質という才能というか、そういうところを見極めたいので。それで、今後の稽古の方針を決めていきたいのです」
「なるほど」
「まずは、自由に私に打ち込んできてください。あ、全力でお願いしますね?」
「うん、わかったよ」
ソフィアを怪我させてしまったら……なんていうのは、傲慢な考えだ。
剣聖の彼女を、元奴隷の僕がどうこうできるわけがない。
かすり傷を与えることもできないだろう。
とにかく、今は全力で挑むことにしよう。
どうなるかわからないけど、やれるだけのことはやらないと。
「じゃあ、いくよ」
「はい、いらっしゃい」
ソフィアは余裕の笑みで木剣を軽く構えた。
僕は深呼吸をして、意識を集中させる。
今の自分の全力を叩き込む。
それだけを意識して、全身を動かす。
「ふっ!!!」
「え……!?」
地面を蹴り、前かがみになるようにして突撃。
その勢いを乗せるようにして、突きを繰り出した。
「くっ!?」
ソフィアは焦ったような声を出して……
カァンッ!!!
次の瞬間、僕は宙を舞っていた。
木剣がくるくると回転しつつ、遠くへ飛んでいくのが見えて……
「いた!?」
どすん、と地面に落下。
鈍い衝撃が走り、ついつい顔をしかめてしまう。
「あっ……ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。怪我はしていないよ。こう見えて、体は丈夫なんだ」
「よかった。フェイトが、あまりにも鋭い突きを繰り出してくるものだから、反射的にカウンターをしかけてしまいました。ごめんなさい」
「ううん、謝らないで。それよりも、そう言ってもらえるっていうことは、少しは素質とか才能に期待してもいいのかな?」
「そうですね……模擬戦をしませんか?」
「えっ!? いやいや、待ってよ。剣聖のソフィアに勝てるわけないし、一秒と耐えられるかどうか……」
「大丈夫ですよ、きちんと手加減しますから。それに、私の予想が正しければ……」
「予想?」
「いえ、こちらの話です。とにかく、模擬戦をした方がわかりやすいので、どうですか?」
「うーん……わかった、がんばるよ」
「それでこそ、フェイトです♪」
飛んでいった木剣を拾い、再び構える。
ソフィアも木剣を構えるのだけど、さきほどと違い、笑みは消えていた。
とても真剣な顔をしている。
「ふっ!!!」
息を吐き出すと同時に駆けた。
右から左へ木剣を薙ぐ。
「これは……!?」
簡単に受け止められてしまうのだけど、なぜか、ソフィアは驚きの表情に。
ストップはかからない。
まだ続けろ、ということなのだろう。
今度は縦に振り下ろして、木剣を叩きつける。
「くぅううう!? なんて重い一撃!」
次は斜め。
左から右へ。
一歩後退して、最初と同じ突き。
そうして攻撃を繰り返すのだけど、一撃も当たらない。
かすることすらない。
全てソフィアの手の平の上という感じで、なにをしても当たる気がしなかった。
すごい。
実際に対峙してわかったけど、ソフィアはとんでもない力を持っている。
さすが剣聖。
シグルドを一撃で倒してしまうのも、納得だった。
「今度は、こちらからいきますよ!」
「っ!?」
ゾクリとした悪寒。
その直感に従い、体を横に傾ける。
その直後、ソフィアの音速の斬撃がさきほどまでいた場所を駆け抜けた。
「避けられた!? ならば……これでどうですか!?」
「くっ……この!」
「また避けて……今度は防いだ!?」
なぜかソフィアは驚いているものの、こっちはいっぱいいっぱいだ。
かろうじて剣を合わせることに成功したものの、巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が伝わってきて、手がビリビリと痺れる。
これはまずい。
長期戦は圧倒的に不利。
短期決戦で挑まないと!
「はぁ!」
「ふっ!」
ソフィアと何度か剣を交わして……
ここぞというタイミングで、剣を振り下ろした。
狙い通り。
ジャストタイミングで木剣はソフィアに向けて……
「くぅ……このっ!!!」
カァンッ!
音速の剣が走り、僕の木剣が弾かれてしまう。
そして、ソフィアは己の持つ木剣を、こちらの首に突きつけてきた。
「勝負あり、ですね」
「うん……降参。僕の負けだよ」
両手を挙げる。
「はぁ……やっぱり、ソフィアはすごいなあ。まるで歯が立たなかったよ」
「今の戦いを経験して、どうして、そのような感想になるのですか?」
「え?」
「正直なところ、かなり際どい戦いでした」
「そうなの? えっと……僕の素質とか才能とか、どうだったかな?」
「どうもこうも……」
才能ゼロよ、なんて言われたらどうしよう?
ドキドキしつつ、答えを待つのだけど……予想外のことを告げられる。
「そのデタラメに高い身体能力は、いったいどういうことですか?」
「え?」
「一撃目の突きは、私でさえ、見失ってしまいそうなほどに速く……その後の攻撃も、全てが超速で、おまけに威力も破格。Sランク並の……いいえ。私と同じ、SSSランク並の身体能力ですよ?」
「まさか、そんなことがあるわけないよ」
「あるのです」
ソフィアは、どこか拗ねたように言う。
「私は剣聖です。手加減しているとはいえ、そんな私と同等に戦ってしまうなんて……どういうことですか? 剣筋は素人そのものなので、なんとか対処できましたが……これでもし、しっかりとした剣を使うことができていたら、ちょっと危なかったかもしれません。危うく本気を出さなければいけないところでした」
「えっと……それは、本当のこと? 冗談じゃなくて?」
「本当ですよ。フェイトの身体能力は、SSSランク並です」
「僕が……そんなことに?」
「いったい、どこでそんな力を手に入れていたのですか?」
「そう言われても、まるで心当たりがないんだけど……」
「訓練とかはしていないのですか?」
「していなかったよ。色々な雑用を押しつけられていたから、そんなヒマは欠片もなかったし」
「フェイトは、いったい、今までどういう生活を?」
「えっと……」
寝る時以外は、シグルド達の荷物と食料や水など、計数十キロの荷物を常に背負っていた。
その状態で、囮にされたり、崖を登らされたり、逆に崖に突き落とされたり。
睡眠時間は、一日一時間あればいい方。
何度も体を壊したり病気になったけど、そのうち体が慣れてきたのか、倒れる頻度は少なくなった。
「……というような感じかな」
「あの冒険者共……やっぱり、殺しておくべきでしたね」
ソフィアが怒りに燃えて……
次いで、やれやれという様子でため息をこぼす。
「でも、納得ですね。フェイトの日常は、SSSランクが行う訓練と同じ……いいえ、それ以上。そんなものを毎日……しかも、体を壊してもやめずに続けていたなんて。五年も続ければ、それはもう、とんでもない身体能力を得て当然ですね」
「えっと……つまり?」
「剣の素質に関しては、まだなんとも言えませんが、少なくとも肉体的な能力に関しては文句なしの合格です。というか、私に匹敵するほどで、冒険者になれば、その能力だけでSランクになれるでしょう」
「……」
「フェイト? どうしたのですか?」
「いや、なんていうか……まさか、そんなことになっていたなんて。驚きで、ぽかーんと」
「ぽかーんとしたいのは私の方ですよ、もう」
ソフィアは呆れたように言って、
「でも……ふふっ、フェイトは、いつも私を驚かせてくれるのですね。それでこそ、フェイトです♪」
機嫌の良い感じで、微笑むのだった。
6話 実は規格外・その2
「身体能力は十分。次は、剣の練習をしましょうか」
稽古は続く。
「というか……フェイトは、得物は剣でいいのですか? 槍とか斧とか、武器は色々とあると思うのだけど」
「剣がいいな。ソフィアが剣を使うところは、見惚れちゃうほどにかっこよくて、憧れているんだ」
「そ、そう……」
なぜかソフィアの頬が朱色に染まる。
「では、今度はコレを使ってください」
真剣を手渡された。
「コレは、私のコレクションの一つ。百年以上前に作られた、由緒ある名剣ですよ」
「え? そんなものを、どうして……」
「稽古で使うのですよ。フェイトは、その剣を使い、そこの岩を斬ってもらいます」
ソフィアが指差したのは、僕達よりも遥かに大きい、三メートルはありそうな巨大な岩だった。
「え……コレを斬るの? というか、コレは斬れるものなの?」
「斬れますよ、ほら」
手本を示すように、ソフィアは別の岩に向けて剣を振る。
ザンッ!
別の岩が縦に両断された。
「と……このように、鍛錬次第で岩の両断も可能です」
「す、すごいね……」
幼馴染が遠い存在になったような気分。
でも、立ち止まってなんていられない。
遠くに行ってしまったというのなら、追いかけて、追いつくまで。
「うん……僕、がんばるよ」
「ふふっ、その意気ですよ。がんばる男の子はかっこいいです」
そんな言葉でやる気が出てしまう僕は、単純なのかもしれない。
「この岩が斬れるようになれば、冒険者になるためのテストは、簡単にクリアーできますよ。もちろん、今のままでもクリアーはできると思いますが……たまに、意地悪なテストが混ざるので、確実とは言えません」
「確実にするための特訓、というわけだね?」
「はい、その通りです」
ソフィアは僕の隣に並び、剣を正眼に構えてみせる。
「一つ、技を教えておきますね」
「技?」
「剣を扱う流派は色々とあって……私は、神王竜剣術という流派に所属しているのですよ」
「名前からして強そうな流派だね」
「幅広く門下生を募集していて、扱いやすい技も多いので、剣の初心者にはオススメの流派ですね。ひとまず、神王竜の技を一つ教えるので、それをマスターしてください。そうすれば、確実に冒険者になるためのテストに合格できるかと」
「勝手に技を教えていいの?」
「問題ありません。私、免許皆伝で、師範代の資格も得ていますから」
「な、なるほど」
とことんすごい幼馴染だ、と感心する。
「まずはこう、剣をまっすぐに構えてください」
「こう?」
「はい、いいですよ。そして、お腹から力を出して全身に巡らせるイメージ。それを剣に収束させて、最後に、一気に振り下ろします。一度、やってみますね」
手頃な岩の前へ移動して、ソフィアは剣を構える。
すぅううう、と息を吸い……
「神王竜剣術・壱之太刀……破山!」
ゴォッ!!!
剣が振り下ろされると、今度は、岩が粉々に砕けた。
「とまあ、このような感じです」
「すごい……わぁ、すごいすごいすごい! ソフィア、すごいね! こんなことができるなんて、本当にすごいと思うよ! 剣聖は伊達じゃないね、かっこいいよ!」
「そ、そうですか? あの、その……あ、ありがとうございます」
ソフィアは照れた様子で、もじもじとした。
かわいい。
「それじゃあ、今度はフェイトの番ですよ。やってみてください」
「うん、がんばるよ」
大きな岩の前に立ち、剣を構える。
まずは、お腹から力をひねり出すイメージ。
それを全身に巡らせて、それから剣に収束……
そして、一気に解き放つ!
「神王竜剣術・壱之太刀……」
瞬間、僕は奇妙な感覚を得た。
剣と体が一体となるような、今まで得たことのない不思議な感覚だ。
剣の先にまで神経が通っているかのような。
全身の感覚が鋭敏になり、どこまでも研ぎ澄まされていく。
体が熱い。
燃えるような想いがこみ上げてきて……それを剣に乗せる!
「破山!!!」
まず最初に、大きな岩が縦に割れた。
それだけに終わらない。
剣の軌跡に従い、大地が切り裂かれる。
大地に入れられた切れ目は、はるか先まで続く。
もう一つ、雲も縦に両断されて、太陽が顔を見せた。
「……」
ソフィアが唖然としていた。
言葉もない様子だ。
「えっと……これは、成功したと思っていいのかな? どうなのかな?」
「……」
「ソフィア?」
「……」
何度か声をかけると、ハッとソフィアが我に返る。
「まさか、一回でクリアーしてしまうなんて……コレ、本来は、一年かかる特訓なんですよ? フェイトの身体能力なら、一ヶ月くらいで、と考えいたのですけど……い、一日で? それも、最初の一回で?」
「えっと……あ、うまくいったのは、この剣のおかげじゃないかな? コレ、名剣なんだよね?」
「その剣……骨董品としての価値はそれなりに高いですが、実用性はゼロです」
「え?」
「百年以上に作られたものですからね。見た目はいいですが、切れ味は最悪です。手助けしてくれるどころか、足を引っ張るような剣なのですが……まさか、そのような剣で岩を斬ってしまうなんて。ひたすらに頑丈なので、折れないだろうと渡したのですが……」
「それじゃあ、僕は合格、ということ?」
「ですね……もう、フェイトは、本当にいったいどうなっているのですか? デタラメな身体能力に、神王竜剣術の技を一つ、一日で習得してしまう才能。デタラメです」
「そうかな? よくわからないんだけど……わりと、普通のことなのかもしれないよ?」
「普通なわけないでしょう!!!?」
ソフィアが叫ぶ。
空を飛ぶカバを見たかのような、そんな反応だ。
「いいですか? フェイトは、ありえないことを成し遂げたのですよ。それを普通なんて、言えるわけないではありませんか! フェイトは昔からマイペースなところがありましたが、もう少し、自分がとんでもないことをしたという自覚を持ってください!」
「う、うん……その、ごめん」
「本当に、剣を持つのは今日が初めてなのですか? こっそりと、毎日毎日練習していたということは?」
「そんなことはないけど……」
「あ、と……すみません。フェイトがあまりに規格外なもので、取り乱してしまいました」
「いや、僕の方こそ」
互いに頭を下げる。
そして……顔を見合わせて、くすりと笑う。
「あはは」
「ふふっ」
楽しいな。
今までの人生は、それはもうひどいものだったけど……
でも、今は違う。
ソフィアが目の前にいる。
手を伸ばせば届くところにいる。
そして、笑ってくれている。
これ以上の幸せがあるだろうか?
いや、ない。
「ねえ、ソフィア」
「はい、なんですか?」
「僕、がんばって冒険者になるから……そうしたら、一緒に色々なことをしようね」
「もちろんです。楽しみに待っていますからね?」
ソフィアは太陽のように笑い、そっと、僕の手を握るのだった。
7話 落ちぶれていくAランクパーティー
その日、シグルド達はダンジョン攻略に挑んでいた。
挑むダンジョンのランクはC。
Aランクパーティーのシグルド達にとっては楽勝といえるはずなのだけど……
「くそっ、うっとうしい!」
シグルドは苛立ち混じりに叫び、豪腕で剣を振り回した。
複数の魔物が同時に両断される。
しかし、次から次に魔物が湧いてきた。
スタンピードが起きているのではないかと思うほどの数だ。
「あーもうっ、全然減らないんですけど!」
「くっ……低ランクの魔物といえど、これだけの数が揃うと厄介ですね」
ミラとレクターも必死で応戦するものの、倒すよりも増援が現れる方の速度が早い。
次第に押し込まれていく。
「ちっ、なんでこんな数の魔物が……おいっ、レクター! コイツはスタンピードか?」
「いえ、その可能性はゼロですね。ダンジョン内でスタンピードが発生したなんて話、聞いたことがありません」
「じゃあさ、モンスターハウスっていう線は?」
「それもないかと……見ての通り、ここは普通の通路。モンスターハウスは、それなりの広さを持つ場所になりますからね」
「じゃあ、なんでこんなに魔物が現れてくるんだよ、くそっ」
今までは大量の魔物が現れることはなくて、今になって、大量の魔物が出現するようになった。
違いはなにか?
フェイトがいるかいないか、という点だ。
本人も自覚していないことではあるが……
圧倒的な身体能力を持つフェイトは、魔物からしてみれば、とてつもない強者として映っていた。
あの人間はやばい。
一目見てわかる、化け物だ。
絶対に敵うことはない。
そう判断した魔物達が恐れ、近づこうとしなかった。
だから、今までは必要最低限の魔物しか出現することはなかった。
しかし、今はフェイトがいない。
シグルド、ミラ、レクターは、魔物達からコイツらなら問題ないと判断されて、総攻撃を受けている……というわけだ。
「やばいって、シグルド! 撤退しよ? このままじゃ、押し切られちゃうって」
「くっ……この俺がCランクのダンジョンの攻略に失敗するなんてこと……」
「シグルド、不本意でしょうが、ここは……」
「……くそっ! 撤退するぞ! おい、てめえが殿を……」
いつものようにフェイトに囮をやらせようとするが、そのフェイトがいないことに気がついて、シグルドはぐぬぬと唸る。
殿は必要だ。
しかし、危険な役目なんてやりたくない。
三人が共にそんなことを考えていて……
結局、あちらこちらを負傷してしまい、ダンジョンから撤退するのに、今までの倍以上の時間がかかってしまった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……やっと、外に出たか……」
「あー……もうマジやばい。死んじゃう、本気で死んじゃう……」
「くっ……武器もそうですが、探索用のアイテムの消費もひどいですね。全て使い切ってしまったので、新しく補充しないと……」
「それよりも、怪我の手当だ。おい、無能……って、くそ。あいつはいないんだったな」
いつもの癖でフェイトを呼んでしまい、シグルドは苦い顔になる。
これで二度目だ。
こうなると、自分がフェイトを頼りにしているみたいではないか。
苦い思いが湧き上がり、自然と顔が歪む。
「レクター、薬をくれ」
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュー……って、これは安物のポーションじゃねえか!?」
シグルドが渡されたのは、初心者冒険者が使うようなポーションだ。
安価でいつでも入手できるものの、治療効果は低い。
せいぜいが血を止める程度。
それ以上の怪我には大して効果がなくて、痛みを緩和することもできない。
「おい、こんなポーションで治療できるわけねえだろ」
「これは……申しわけありません。間違えて購入していたようです」
「間違えて、って、こんなもんどうやって間違えるんだよ」
「それは……今までは、あの無能が全ての準備をしていたため……」
「くそっ、アイツのせいか」
シグルドが舌打ちした。
なぜか、フェイトのせいにされてしまう。
完全に関係ないが……
彼の中では、そうすることが当たり前となっていて、疑問に思うことはない。
「ちっ、イライラするぜ。こんな時にサンドバッグがいないことは残念だな」
「そうですね。無能は無能なりに役割があった、ということですか」
「無能のことなんて、どうでもよくない? それよりもあたし、お腹が空いたんだけど」
「レクター、飯は?」
「……」
「おい、まさか……」
「申しわけありません。いつも無能が準備をしているため……」
「ちっ」
二度目のミスに、シグルドは本気の舌打ちをした。
ただ、彼も彼で見落としをしている。
パーティーのリーダーなのだから、諸々の確認、チェックはシグルドの仕事なのだ。
それを怠っているために、仲間を責める責任なんてない。
「あの無能野郎は役立たずだが、いなくなると面倒だな……ちっ、なんで俺達が雑用なんてやらなくちゃならねえんだ」
「そうそう、それ、めっちゃ賛成。あたしらがするような仕事じゃないし」
「私達の仕事は別にありますからね。雑務などという低レベルな仕事は、奴隷にでも任せればいいのです」
その低レベルな仕事もまともにこなせていないのだが……
そのことに気がついた様子もなく、三人は不満を口にする。
「シグルド、提案なのですが……あの無能を連れ戻しませんか?」
「そうだな……確かに、雑用係は必要だな。だが、どうする? 奴隷の契約は断たれたし、あの無能の傍には剣聖がいるぞ?」
「なに、僕に任せてください」
レクターは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
8話 戻ってこいと言われても知らないよ
翌日。
目が覚めると昼だった。
部屋を出て……当たり前だけど、部屋は二部屋とった……宿の一階に降りる。
店主と挨拶をした後、メモを渡された。
『ぐっすり寝ているみたいだから、そのままにしておきました。たぶん、今までの疲れが溜まっているのだと思います。冒険者に関することは後日にして、今日はのんびりして休んでください。私は少し用事があるので出かけます。
ソフィア』
「のんびり、と言われても……うーん」
今までの五年間、のんびりできたことなんてない。
毎日が仕事にあふれていて、休みなんて一日もない。
病気になった時も怪我をした時も嵐の日も、奴隷としての仕事を続けてきた。
だから、のんびり、と言われてもどうしていいかわからない。
「とりあえず、散歩でもしてみようかな」
宿を出て、街を歩く。
特に目的地は決めていない。
気の向くまま、適当に街を散策する。
「散歩って、こんなに気持ちいいんだ」
空は青く、降り注ぐ陽の光が気持ちいい。
そよ風は心地よく、心まで綺麗にしてくれるかのようだ。
街の人々の声が、一人ではないと認識させてくれて、明るい気持ちにさせてくれる。
「なんか、世界が変わったみたいに感じるなあ」
「よう、元気そうじゃねえか」
「……やっぱり、世界は暗いままだなあ」
二度と聞きたくない声。
とはいえ、無視したらどうなることか。
仕方なく振り返ると、シグルドとレクターがいた。
あれ? ミラがいない。
三人はいつも一緒、みたいなイメージだったのだけど、どうしたのだろう?
「ちと話があるんだ、来いよ」
「イヤだ」
「そこに行きつけの店が……あ? 今、なんて言った?」
「ついていくわけないでしょ、常識的に考えて。自分達がしてきたこと、忘れたの? 僕からしたら、あんた達は救いようのない悪人なんだよ」
「このガキ……無能のくせに、俺達に逆らうつもりか!?」
「私達に逆らうことがどれだけ愚かなことなのか、調教し直す必要がありそうですね」
二人は怒気をあらわにするが、僕は怯むことはない。
ここは街中だ。
いくらなんでも、こんなところで暴れるほどバカじゃないだろう。
そんなことをすれば、憲兵隊に連行されてしまう。
「ちっ……ならここで話をするぞ」
「まさか、話すら聞こうとしない、なんてことはしませんよね?」
威圧するように、二人に睨みつけてられる。
正直、相手にしたくないのだけど……
でも、無視したら何度も何度も構ってきそうだ。
ため息をこぼして、二人に向き直る。
「まあ、いいけど……ところで、ミラは?」
「ミラなら、あの剣聖を呼び出して、適当に時間を潰させているところさ」
「なので、助けを求めようとしても無駄ですよ。ふふっ、これこそが私の策です」
ソフィアは、ミラに呼び出されたのか。
しかも、くだらない用事で。
ミラ、斬られたりしないかな……?
実は、幼馴染は短気なところがあるということを、僕は知っている。
まあ斬られたとしても、それはそれで構わないか。
こんな連中だから、同情することはない。
あ、でも、ソフィアが憲兵隊に捕まるのはダメだ。
やっぱり、ミラを斬らないうちに、ソフィアを探し出さないと。
「話っていうのは?」
「あなたにとって、とても良い話ですよ。きっと、泣いて喜び、私達に跪いて感謝するでしょう」
「話ってのは他でもない。お前を、俺達『フレアバード』の一員にしてやるよ」
「……はい?」
シグルド達の言うことが理解できず、思わず間の抜けた声をこぼしてしまう。
そんな俺の反応を好感触と判断したらしく、二人はニヤニヤと笑う。
「どうだ、いい話だろ? お前みたいな無能が、Aランクの『フレアバード』の一員になることができるんだからな」
「安心していいですよ。奴隷ではなくて、今度は、正式にパーティーメンバーとして迎え入れましょう」
「待遇も考慮してやるよ。今までは、ちと扱いが悪かったからな。これでも反省してるんだぜ? 悪かった」
「報酬も約束しましょう。あなたが戦闘の場に立つことはないため、私達よりは低くなりますが、きちんと分け前を渡すことを約束しましょう。どうですか、とても魅力的でしょう?」
「……」
シグルドとレクターは、いったいなにを言っているのだろうか?
俺達が悪かった。
だから戻ってこい。
そんなことを言われて、本当に戻ってくると思っているのだろうか?
だとしたら、二人の頭は相当にめでたい。
一度、真剣に治癒師に診てもらった方がいいと思う。
「はあ」
ため息一つ。
それから、僕は二人に背を向けた。
「おいっ、返事はどうした!?」
「しないとわからないの? 答えは、ノーだよ」
「なっ……なぜですか!? あなた程度の無能が、Aランクパーティーの『フレアバード』の一員になれるのですよ!?」
「今度は奴隷じゃなくて、正式なメンバーなんだぞ。文句なんてねえだろうが!」
「そんな台詞がぽんぽんと出てくるところを見ていると、ホント、救いようがないなあ、っていう感想しか出てこないよ」
「「なっ!?」」
「僕は、もうあなた達と一緒に行くことはない。それは絶対だ」
「いいから戻ってこい! 俺達が、てめえをうまく使ってやる! 俺達こそが、てめえを一番うまく扱えるんだ!」
「その通りです! あなたがいるべきところは、あの剣聖の隣ではない。我々の下につくべきなのです!」
「そんなことを今更言われても知らないよ」
というか、それが誘い文句だなんて、壊滅的に頭が悪い。
やはり、治癒師に頭を診てもらうべきだろう。
「じゃあ、さようなら。できれば、二度と会いませんように」
ぎゃあぎゃあと騒ぐシグルドとレクターを置いて、僕はその場を後にした。
9話 冒険者になれない?
「申しわけありません! フェイトさんの冒険者登録の申請を受け付けることはできません……」
さらに翌日。
さっそく冒険者になろうとギルドを訪ねたのだけど……
名前を告げた途端、拒否されてしまう。
「どういうことなのですか? 返答の内容次第では……」
「ひぅ」
隣のソフィアが睨み、受付嬢が怯えた。
「落ち着いて、ソフィア」
「ですが……」
「たぶん、彼女のせいじゃないと思うから。申しわけなさそうにしているし、不本意なんだと思う」
「は、はい……スティアートさんの言う通りです。冒険者ギルドでは、常に新しい人材を求めています。危険の大きい仕事なので、希望者は決して多くなくて……なので、通常なら歓迎したいところなのですが、ギルドマスターが……」
「……そこから先は、俺が説明しよう」
奥から初老の男性が現れた。
白髪と髭を蓄えているのだけど、体は老人のものではなくて、歴戦の戦士のようだ。
「あなたがギルドマスター?」
「ああ。アイゼンという、よろしくな」
「フェイト・スティアートです」
「ソフィア・アスカルトです」
「立ち話もなんだから、奥の部屋へ」
アイゼンに案内されて、客間へ。
受付嬢がお茶を運んできてくれたタイミングで、アイゼンが口を開く。
「俺は回りくどいことは好かない。なのでストレートに言うが、スティアートの冒険者登録を拒否するように命令したのは、この俺だ」
「……それは、なぜですか?」
「キミが元奴隷だからだ」
アイゼンは紅茶を飲みつつ、言葉を続ける。
「奴隷に落ちるということは、色々なパターンがあるが……犯罪を犯した者が罰で、というパターンもある。なので、その辺りをハッキリさせないと、冒険者登録を認めることはできない。スティアートは、なぜ奴隷に?」
「それは……」
シグルド達に騙されて、無理矢理奴隷にさせられたことを話した。
「ふむ……なぜ、そのことを今まで口にしなかった? 助けを求めることは考えなかったのか?」
「シグルド達に禁じられていたので。奴隷は、主の命令に逆らうことができない……知っているでしょう?」
「そうだな。まったく……シグルド達は正当な手続きでキミを奴隷にしたと言っていたが、全てウソだったというわけか。それが本当なら、なにかしら考えなければいけないな」
こめかみの辺りに手をやり、アイゼンは深い吐息をこぼす。
シグルドは実力は確かだけど、問題児扱いされているらしい。
「本当なら、って言うことは、信じてくれないんですか?」
「キミとは初対面だ。すまないが、一方の話を聞いて全てを判断することはできない。できることなら、シグルド達からも聞き取りを行いたいところだが……連中、今はどこかへ行っているらしく、話が聞けないのだ。キミは、無理矢理、ということを証明できるか?」
「それは……」
「できないか。キミは嘘を吐いている様子はないし、どうにかしてやりたいとは思うが……ただ、やはり冒険者登録は難しい」
「フェイトの話を聞いていなかったのですか? そのような証拠があれば、フェイトは、自分でなんとかしていたはずです。しかし、それすらもできないような状況に陥っていたのですよ?」
「怒らないでくれ。自分でも理不尽なことを言っていると、それは理解してる。だが、身元に不安が残る者を冒険者登録することは許可されていない。これは、規則なんだ」
「くだらない規則ですね」
「気持ちはわかるが、俺に文句を言わないでくれ。俺は、この街のギルマスで、冒険者協会のトップじゃないんだ。俺が規則を決めているわけじゃないし、それに、破っていいと言うわけにもいかん」
「融通の効かない人ですね……」
「それじゃあ、僕は絶対に冒険者になれない?」
ソフィアと一緒に旅をする約束を叶えることができないなんて……
暗闇の中に迷い込み、進む道を見失った気分だ。
「いや、そういうわけではない」
「え? どういうことですか?」
「犯罪歴などの確かな証拠があれば登録は不可能だが、今回は、そういうわけではない。不透明な場合は、推薦人を用意することで、登録が可能となる」
「推薦人?」
「この人は問題ない、自分が保証します。なにかれば責任をとります、という契約のようなものだな。それなりの身分の者でないと、推薦の意味がないから、そこらの人を掴まえて頼んでも無駄だぞ」
「それなら、私が推薦人となりましょう」
真っ先にソフィアが立候補した。
「いいの、ソフィア?」
「もちろん」
「でも、僕がなにかやらかした場合、ソフィアに迷惑をかけることに……」
「フェイト、私達は幼馴染なのですよ。そして、将来の約束をした仲です。楽しい時だけではなくて、苦しい時も一緒にいさせてください」
「……ありがとう」
彼女には、本当に感謝している。
いつかお礼をしないといけないのだけど……
この大きな恩を返しきることができるのだろうか?
「あー……盛り上がってるところ悪いが、アスカルトの推薦だけじゃダメだ」
「どうしてですか? 自分で言うのもなんですが、私は剣聖です。ギルドからの信頼は厚いはずですし、そんな私なら問題はないと思いますが」
「問題ないさ。ただ、推薦人は二人必要なんだ」
「……一人くらいおまけしてください」
「ダメだ、規則だ」
「ケチですね」
ぷくー、っとソフィアは頬を膨らませた。
とある魚みたいだ。
その仕草は、子供の時と変わらない。
懐かしいところを見つけることができて、ちょっとうれしい。
「なら……アイゼンさん、あなたが推薦人になってくれませんか?」
僕は、思い切ってそう切り出した。
すると、その言葉を予想していたらしく、アイゼンがニヤリと笑う。
「真面目なだけじゃなくて、度胸もある。お前のようなヤツは嫌いじゃない。ウチの新人として歓迎したいところだが……ただ、それはあくまでも性格面での話だ。冒険者としてやっていくだけの能力を持っているかどうか、そこは、俺は知らない」
「フェイトなら問題ありません。Sランクとして通用するでしょう」
「ははっ、そいつはすごいな」
「むう」
冗談だと思ったらしく、アイゼンが笑い飛ばす。
そんな反応に、ソフィアは不機嫌そうにした。
でも、それが一般的な反応だよな。
僕自身、ソフィアの言葉であっても、信じ切ることができないでいるのだから。
「とにかくも、俺はスティア―トの力を知りたい。俺が納得させることができたのなら、その時は、推薦人になろう」
「本当ですね?」
「ウソはつかない。約束も違えない」
「わかりました」
こうして、僕は、冒険者登録をするために、アイゼンのテストを受けることになった。
10話 ワイバーン戦
アイゼンが、とある依頼用紙を見せてきた。
内容は、ライガーボアという魔物を十体討伐すること。
「これは?」
「試験は三つ、行わせてもらう。これが一つ目の試験だ。ライガーボアはEランクの魔物ではあるが、なかなかに厄介な相手だ。必ず群れで行動するため、隙が少ない。力もあり、時に鉄板をぶち抜く。この依頼を達成できるかどうかで、まずは冒険者としての素質、戦いの判断力などを見させてもらう」
「わかりました」
「楽な試験ではないため、危ないと思った時はすぐに撤退するように。いいな? 決して無理はするなよ? ライガーボアは思考が単純だから、逃げに徹すれば問題なく逃げられるはずだ」
「わかりました。心配していただいて、ありがとうございます」
「じゃあ、行きましょうか、フェイト」
「まてまて。なにを自然についていこうとしている。アスカルトの助力は禁止だ。一人でやらないと、テストにならないからな」
「む……」
ソフィアがものすごく残念そうな顔に。
「ちょっとくらい、いいじゃないですか」
「剣聖のちょっとは、とてつもないレベルだろうが」
「意地悪ですね」
「試験にならないだろうが……」
「ソフィア、僕は大丈夫だから。ソフィアと一緒に冒険をするためにも、必ず合格してみせるよ」
「フェイト……はい、応援していますね。でも、くれぐれも気をつけてくださいね?」
「うん。絶対に合格できるように、がんばるよ」
――――――――――
こっそりと魔法を使い、会話を盗み聞きする者が三人。
「なに、アイツ……あたしらの誘いを断っておいて、別のヤツと組んで冒険者になろうとしてるわけ? めっちゃ生意気なんですけど」
「ちっ。あの剣聖がいなけりゃ、どうにかして奴隷にしてコキ使ってやるのに……」
「しかし、あの無能は私達の誘いを断りましたからね。多少、役に立つかもしれないとはいえ、生意気な態度を見せる以上、僕らのパーティーには不要です」
「そうだが、もう関係ない、みたいな態度がむかつくな。くそっ、痛い目に遭わせてやりてえぜ」
「それなら、期待通りになるわ。アイツ、もうすぐ死ぬし」
「ん? そりゃ、どういうことだ?」
「ギルドの職員に金を渡して、こうなることを事前に聞いていたじゃない? だから、ちょっと依頼用紙に細工しておいたの。ライガーボアの生息地を、東の平原から南の山岳地帯に書き換えておいたのよ」
「おいおい、南の山岳地帯といえば、ライガーボアも生息しているが、それだけじゃなくて、ワイバーンの根城になってるじゃねえか。Aランクの魔物で、俺らでも苦労する相手だぜ?」
「だ・か・ら、書き換えてやったのよ。ワイバーンと遭遇して、あの無能は死ぬ。これでもう、あのうざい無能の顔を見なくて済むと思うと、スッキリしない?」
「ははっ、ソイツはナイスなアイディアだ。よくやったな、ミラ」
「ええ、彼女の発想はすばらしいものがありますね。今夜は、無能死亡記念日として、祝杯をあげましょうか」
――――――――――
依頼用紙に記載されていた場所、ライガーボアが生息する山岳地帯へやってきた。
腰に下げる剣を見る。
今回の試験に挑むにあたり、ソフィアからもらった、彼女のコレクションの一つだ。
切れ味は普通だけど、やたらと耐久力があり、ソフィアが乱暴に使っても折れることはないらしい。
今の僕には、ピッタリの剣だと思う。
「さてと、ライガーボアはどこかな?」
山岳地帯を歩いて、目標を探す。
ライガーボアは見たことがないけど……
派生種のホーンボアは見たことがある。
たぶん、見ればすぐにわかるだろう。
「グルルルゥ」
歩くこと三十分。
二メートルほどの大きな体を持ち、稲妻のような模様の毛を持つイノシシが現れた。
コイツがライガーボアだろう。
「よし、がんばるぞ」
必ず試験に合格してみせる。
気合を入れて剣を抜いて、ライガーボアと対峙した。
「グオッ!」
咆哮と共に、ライガーボアが突撃する。
けっこう速くて、驚いてしまう。
ただ、こういう時は冷静にならないと。
ソフィアのアドバイスを思い返す。
「いいですか? フェイトの身体能力は、私に匹敵するほどです。その能力があれば、ライガーボアなんて敵ではありません。きちんと相手の動きを見て、しっかりと考えて、行動してください。そうすれば、問題なく勝てるでしょう。一番気をつけることは、心を乱してはいけない、ということです」
しっかりとライガーボアの動きを見る。
動きは速いけれど、でも、見えないほどじゃない。
むしろ、じっと注視すると、スローモーションのように遅く見えるほどだ。
「うん、それほどのものじゃないな」
横にステップして、ライガーボアの突進を避けた。
それと同時に、剣を薙ぎ払う。
切れ味は普通らしいけど、そこは力でカバー。
叩き込み、ねじ込むような一撃を繰り出す。
「グォオオオオオン!?」
ライガーボアは断末魔の悲鳴をあげて倒れた。
討伐の証明として、牙を抜き取る。
「よし、あと九体だ。がんばろう」
気合を入れたところで、二体目が現れた。
ちょうど良いタイミングだ。
「グルルルゥ……」
「グオウ!」
さらに三体目、四体目が現れる。
そういえば、群れで行動するって言っていたっけ。
普通に考えればピンチなのかもしれないけど、焦りはぜんぜんない。
シグルド達の奴隷でいた時、これよりも酷い状況で囮にされたことが何度もある。
そのせいか、まったく危機感が湧いてこない。
代わりに、これくらいならば対処できる、という自信が湧き上がる。
「って、油断は禁物だ。元奴隷の僕が、大したことができるわけないんだから。慎重に、丁寧に、しっかりと対処していこう。ソフィアも、そう注意していたからね」
剣の柄をしっかりと握りしめた時、
「グギャアアアアアッ!!!」
「!?」
突然、空から巨大な影が舞い降りてきた。
咄嗟に後ろに跳ぶ。
しかし、ライガーボア達は間に合わず、巨大な影に飲み込まれてしまう。
「ワイバーン……?」
巨大な影は、Aランクの魔物、ワイバーンだった。
竜の亜種で、圧倒的な戦闘力を誇る。
ワイバーンに狙われたら最後、生きて帰ることはできると言われているほどの強敵だ。
事実、ワイバーンの被害に遭い、年にいくつものパーティーが壊滅している。
「くっ、こんなところで……!」
なんて運の悪い。
僕は冷や汗を流して、すぐに撤退を……
「まてよ?」
……しようとして、考え直す。
ここで逃げたら、僕は、試験失格になるのだろうか?
いや、それはいい。
もしも、コイツを放置して……
他の誰かが襲われたりしたら?
それはイヤだ。
なんとかしないと。
「それに……なにもしないで逃げるなんて、ダメだ。敵わないにしても、せめて、やれるだけのことはやってからにしないと。まずは、挑んでみないことには、なにも始まらない。今の僕は自由なんだから、なんにでも挑むことができるのだから、やらないと!」
決意を新たにして、逃げるのを止めた。
剣を構えて、ワイバーンと対峙する。
「グルルル……」
なんだコイツ? というような感じで、ワイバーンが低く唸る。
ただ、いきなり襲いかかってくることはない。
翼を広げて威嚇をしたり、襲いかかるフリをしたり、なかなか攻撃に移らない。
「うーん?」
よくよく見てみると、あまり威圧感がない。
ライガーボアと比べると、とんでもない圧があるのだけど……
でも、耐えられないほどじゃない。
落ち着け。
心を乱すな。
ヤツをしっかりと見ろ。
「……」
自然と心が研ぎ澄まされていく。
体の中に、もう一つの世界ができるような、そんな不思議な感覚。
僕は静かに剣を正眼に構えた。
「神王竜剣術・壱之太刀……」
「グルァアアアアアッ!!!」
ワイバーンが空に飛び上がり……
一気に急降下してきた。
巨大な体が目の前に迫る。
しかし、今の僕の心は無。
剣と心を一体にして、無心で剣を振る。
「破山!!!」
ワイバーンの巨体が通り過ぎた。
こちらにヤツの牙が届くことはなくて……
逆に、僕の剣が届いた。
巨大が縦に両断されて、二つに分かれる。
「……よし!」
危ないところだったけど、なんとかなった。
僕はガッツポーズをして、素直に勝利を喜ぶのだった。
――――――――――
「……ウソでしょう?」
こっそりと陰から様子を見ていたソフィアは、フェイトがワイバーンを一刀両断したことに唖然とした。
助力は禁止されたが、気になるものは気になる。
こっそりと後をつけて……
なにか様子がおかしいことに気がついて……
いざとなれば飛び出すつもりでいたが、驚きのあまり忘れてしまう。
「さすがに、この結果は予想外すぎるのですが……」
デタラメな身体能力を持っていると思っていた。
剣の才能もあると思っていた。
しかし、まさか、ワイバーンを一撃で倒してしまうなんて。
しかも初見。
剣聖に至ったソフィアでさえ、単独でワイバーン討伐を成し遂げたのは、剣の練習を始めて一年後だ。
それだけの時間を要したというのに……
フェイトは、剣を握って、たった一日でワイバーン討伐を成し遂げてしまった。
「とんでもないですね……でも、さすがフェイトです」
幼馴染は、やがて剣聖である自分を超えて、『剣神』に至るかもしれない。
その時を想像したソフィアは、とても楽しそうな笑みを浮かべるのだった。
11話 裏でこそこそと
ワイバーンという予想外の乱入者が出てきたものの、ライガーボアの討伐は無事に完了。
冒険者ギルドに戻り、そのことを報告すると……
「……ウソだろう?」
「いえ、ギルドマスター……この牙と爪は、間違いなくワイバーンのものですよ。スティアートさんの話は本当かと……」
「おいおい、マジか……ワイバーンを一人で倒すなんて、しかも、冒険者にもなっていないひよっこが倒すなんて……いったい、どんな手品を使ったんだ?」
唖然とするアイゼン。
どのようにして倒したのか、コツが知りたいらしい。
でも、そんなことを聞かれても困る。
「え? いや、特にコレといって……」
「なにかあるだろう? なにか」
「そう言われても……あ、そうだ。実は、ワイバーンの幼体だったとか? だから、僕でも倒すことができたんじゃないですかね」
アイゼンが受付嬢を見る。
受付嬢は首を横に振る。
「これは、紛れもなく成体のものですね」
「そうか……」
「えっと……なんで、倒せたんでしょうね?」
「俺の方が聞きたい!!!」
どこか疲れた様子で、アイゼンは強く叫ぶのだった。
「はあ……まあいい。結果としては、文句のつけようがない。一つ目の試験は合格だ」
「よし!」
「おめでとうございます、フェイト」
どこかへ姿を消していたソフィアは、さきほど戻ってきた。
俺の合格を自分のことのように喜んでくれている。
「ソフィアのおかげだよ、ありがとう」
「私はなにもしていませんが……」
「アドバイスをくれたでしょ? あと、剣も教えてくれた。それがなかったら、僕は、生きて帰ることはできなかったかもしれない。本当にありがとう。ソフィアに感謝を」
「ふふっ、フェイトの役に立つことができたのなら、とてもうれしいです。もっともっと、役に立ってみせますね」
「今でも十分なのに、これ以上なんて……」
「フェイトのためなら、いくらでもがんばれますからね」
「あー……イチャつくのは後にしてくれないか? 話、続けていいか?」
アイゼンがどこか呆れたように言う。
「あ、はい。すみません」
「まったく……で、次の試験は、筆記テストだ」
冒険者についての知識を試すもの。
筆記問題に挑み、制限時間内に一定の正解数を得ること。
それが合格の条件らしい。
「もう準備は済んでいる。今すぐにでもできるか、どうする?」
「やらせてください」
「わかった。なら、こっちへ来い」
気合を入れて、奥の客間へ移動した。
――――――――――
「ふふふ、どうやら私の出番のようですね」
フェイト達の様子をこっそりとうかがうレクターは、ニヤリと笑う。
彼は魔法を使うことで、アイゼンが用意した試験の内容を事前に把握した。
そして、ミラと同じように嫌がらせをするために、あれこれと準備を。
その結果を確かめるため、同じく魔法を使い、そっと客間の様子をうかがう。
「では、筆記テストについての説明を行う」
「はい」
「制限時間は二時間。先に説明したように、一定数の正解を得ることで合格となる」
「これがテスト問題で……こちらの参考書は?」
「スティアートは素人だからな。救済措置として、参考書を用意しておいた。ただ、答えが載っているわけではない。参考書は基本のことしか書かれていないため、試験問題を解くためには、応用と柔軟な発想が求められる。つまり、冒険者に必要な知識と発想力があるかどうか、見極めることができるというわけだ」
「なるほど」
筆記テストの内容を盗み聞きしたレクターは、くくくと小さく笑う。
元奴隷のフェイトに達成できるものではない。
ここで落第するだろうと、その時を想像して嗤う。
それに、念の為にとある仕掛けをしておいた。
それは、参考書に魔法をかけて、ページを開くことができないようにする、というものだ。
とても地味ではあるが、しかし、効果は大きいだろう。
素人のフェイトが、参考書なしに筆記テストを乗り越えられるわけがないのだから。
これて落第は確実だ。
「さて……慌てふためき、無様な姿を晒すところを、こっそりと見学させてもらいますよ」
レクターは裏でほくそ笑む。
「では、今から第二のテスト、筆記試験を行う。監査官は俺だ。二時間の制限時間があるが、最後まで諦めずにがんばるように」
「了解です」
「では、始め!」
アイゼンの合図で、フェイトは参考書に手を伸ばした。
しかし……
「あれ?」
魔法のせいで参考書を開くことはできない。
何度も試すのだけど、やはり無理だ。
強引に開こうとすれば、参考書を破いてしまうだろう。
どうしても参考書を開くことができず、フェイトが首を傾げる。
「くくく、せいぜいがんばってもらいましょうか」
フェイトが無様に足掻き、悩み、苦しむところを高みの見物といこう。
レクターは底意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
――――――――――
困った。
参考書を使わなければいけないのに、どうしても開くことができない。
「すいません」
監督をするアイゼンに声をかける。
「うん、どうした?」
「参考書が開かないんですけど……」
「どれ、見せてみろ」
アイゼンは参考書を手に取り、ページを開こうとする。
しかし、どれだけ力を入れても開くことはない。
「なんだ、これは? 誰かがいたずらでもしたのか?」
「代わりの参考書はありませんか?」
「この参考書は、今、全部貸し出し中でな。これが最後の一冊だ。まいったな、どうするか……」
「ないんですね……なら、どうしよう? 他に、参考書の代わりになるものはないし……とりあえず、問題を見てみよう」
参考書を諦めて、試験用紙と向き合う。
「こ、これは……!?」
野営地の最適な場所の選定方法、夜間の獣や魔物の対策、水の確保の方法……
依頼人との交渉術、最適な依頼の進め方、トラブルが起きた時の対処法……
ダンジョンの探索法、強敵に遭遇した時の対処法、弱点の見極め方……
そんな問題が並んでいたのだけど、これは、
「え? こんな簡単な問題でいいの?」
奴隷だった頃……
戦闘は、シグルド達が担当。
その他、全ての雑用は僕が担当していたため、これらの問題は参考書を見るまでもなく、答えがわかる。
なにしろ、きちんとした対処法を実践しなければ、容赦なく殴られていたからね。
自然と色々なことを必死で覚えて、念の為に、普段は必要とされないであろう知識まで仕入れることにして……
そして、今に至る。
これくらいの問題は楽勝だ。
参考書を開くまでもない。
「ふんふーん」
鼻歌なんて歌いつつ、問題を解いていく。
それくらいに簡単だった。
「うん? まだ参考書をどうするか思いついていないが……」
「あ、大丈夫でした。これくらいの問題なら、全部知っていることなので」
「なんだと? 全部知っているというのか?」
「はい、基礎知識かと」
「この問題を基礎と言うか……だから、参考書を開く必要すらない。なるほど……力だけではなくて、深い知識も持っているようだな。感心したぞ」
「どうも……って、まだ合格したわけじゃないから、がんばらないと」
「ああ、すまないな。俺のことは気にせず、がんばるといい。あと、参考書の問題もあったから、いくらか採点は甘くしておこう」
「ありがとうございます」
どこからともなく、「まさか、評価を上げる手伝いをしてしまうなんて……くっ、私としたことが」なんていう声が聞こえてきたような気がするけど、気の所為だろう。
僕は、そのまま制限時間いっぱい、筆記テストに取り組んで……
見事に満点を取ることができて、第二の試験を突破するのだった。
12話 こうなれば直接!
「さて……第一、第二の試験をスティアートは無事に突破した。力も知識も示された。こうなれば、第三の試験は必要ないかもしれないな。ワイバーンを討伐するし、豊富な知識を持っているし、かなり優秀じゃないか」
筆記テストを終えて、ソフィアと合流した後……
アイゼンがそんな話をする。
「それじゃあ、推薦人になってくれるんですか?」
「そうだな、それで……」
「おっと。その話、待ってくれないか?」
突然、第三者の声が割り込んできた。
振り返ると、シグルド、ミラ、レクターの三人の姿が。
ソフィアが殺気を放ち、彼らを睨みつける。
「なにか用ですか? 私達は今、とても大事な話をしているのですが」
「うっ……」
一瞬、怯むシグルドだけど……
「……俺も大事な話があるんだよ。部外者が邪魔するんじゃねえ」
「へぇ……私を部外者と言いますか。その度胸だけは認めてあげてもいいですが、時に、口が災いとなり命を落とすこともあるのですよ?」
ソフィアが剣の柄に手を伸ばす。
だから、沸点が低いよ。
「落ち着いて、ソフィア」
「ですが……」
「とりあえず、シグルド達の話を聞こう。もしかしたら、大事な話かもしれない」
まあ、つまらない内容の可能性が高いと思うけどね。
それでも、無視はできない。
なにか企んでいるのなら、ここで阻止しておきたいと思うし……
つまらない内容だとしても、逃げることはしたくない。
僕は、シグルド達と……
過去に決着をつけないといけないんだ。
「シグルド達か……なんの用だ? まあ、ちょうどいい。彼を無理矢理に奴隷にしていたそうだな? そのことについて、詳しく話が聞きたい」
アイゼンが問いかけると、シグルドはヘラヘラと笑いつつ言う。
「イヤだなあ、無理矢理なんてことはしてないぜ? ソイツは金が原因で奴隷に堕ちて、俺達はそれを買っただけ。なにも問題はないさ」
「その言葉を信じるだけの証拠は?」
「ないな。でも、俺達がコイツを無理矢理に奴隷にした、っていう証拠もないだろ?」
「む……」
「いいのか? 規則を重んじるギルドマスターとあろうものが、証拠もなしに処断するつもりか? それは、ちとまずいんじゃないか?」
「お前……」
証拠がないから、シグルドはとことん強気だ。
アイゼンは怒りを覚えた様子ではあるが、それ以上はなにもできないらしく、悔しそうにしていた。
「いいですよ、僕のことなら気にしないでください」
「しかしだな……」
「今は解放されているし、強くは気にしません。ソフィアと再会できたから、それでよしとします」
「……わかった、お前がそう言うのなら」
話がまとまった……と思ったけど、それは勘違い。
シグルド達の本題は、これかららしい。
「ところで、ギルマスはソイツの力を確認したって言うが、それは本当かい?」
「ああ、間違いない。スティア―トは課題をこなすだけではなくて、ワイバーンも討伐してみせた」
「それは、俺も小耳に挟んだけどな。でも、普通に考えてありえないだろ。無能の中の無能がワイバーンを討伐するなんて、天地がひっくり返ってもありえねえ。大方、どこかで牙と爪を買って、自分で倒したように見せたんだろうさ」
「そんなことは……」
「ないって断言できるのか? 証拠は」
「む」
痛いところをつかれたという感じで、アイゼンが苦い顔に。
日頃、規則を重んじている様子なので……
こういうところをつかれると反論できないのだろう。
いいようにしてやられているというイメージもあるが……
ただ、アイゼンの知識以上に、シグルド達がとても狡猾なのだろう。
「ギルドマスター、フェイトは不正なんてしていません。私は、こっそりと後をつけていました。彼がワイバーンを倒すところを、この目で見ました」
「いや、しかし……シグルド達の言い分を無視するわけにはいかん」
「そんな!?」
「アスカルトの証言だけでは、少し弱い。幼馴染だから、ウソの証言をしているのでは? と勘ぐる者も出てくるだろう。それを抑え込むだけの、確かな証拠が欲しい」
「……石頭ですね」
「それが、ギルドマスターというものだ。悪いな」
アイゼンがシグルド達に視線をやる。
「とはいえ、スティアートが不正をしたという証拠もない。なので、試験は合格ということで話を進めようと思うが……お前達は、俺の決定に異を唱えるつもりなのか?」
「んなつもりはねえさ。ただ、判断が早いんじゃないか、っていう話だ」
「ほう」
「力があるかどうか。そこを、もう一回、しっかりと確認した方がいいんじゃねえか?」
「そーそー、シグルドの言う通りだって。冒険者は、力がないとやってけないからね」
「彼は、力があるかどうか怪しい部分がある。ならば、皆の前で誰かと模擬戦をして、それで判断をするのがいいと思いますが、いかがでしょう?」
「ふむ……」
レクターの提案に、アイゼンは考えるように顎髭を指先で撫でた。
ややあって、コクリと頷く。
「いいだろう。最後の試験を模擬戦とすることで、フェイト・スティアートを冒険者登録するか否か、決めようではないか」
「俺達の意見を聞いてくれて、感謝するぜ、ギルマス」
「ただ、後で色々と話は聞かせてもらうぞ」
「ああ、いいぜ。で……ものはついでなんだが、もう一つ、提案がある」
「聞こう」
「俺が模擬戦の相手になるぜ、どうだ?」
シグルドはそう言うと、こちらを見てニヤリと笑う。
その顔は、叩きのめしてやる、と言っているかのように歪んでいた。
なるほど……最初から、これが目的だったわけか。
たぶん、昨日、誘いを断ったことに腹を立てて……
正式に僕を叩きのめすために、模擬戦を提案して、その相手に立候補したのだろう。
なんていうか……
「あなた達、本当に、心と魂がねじ曲がっているのですね」
「なんだと!?」
ソフィアがため息をこぼすと、シグルドは声を強くした。
しかし、彼女にとって、それは子犬の遠吠えと変わらない。
まったく怯えることなく、逆に冷たい視線を送り返す。
「くだらないことを考えるのですね」
「さてな、なんのことか。俺はただ、その無能が厳しい現実に押しつぶされるよりも前に、冒険者ってものを教えてやろうとしてるだけだぜ?」
「ものは言いようですね。あなたは、ただ憂さ晴らしがしたいだけでしょう? そのようなことに、私のフェイトを何度も何度も傷つけてきて……やはり、切り刻んておくべきでしょうか? ふふっ」
「ひぃっ」
シグルドが一歩、後退する。
「ソフィア、冗談はそこまでにして」
「あら、私は本気なのですが?」
ソフィアって、怒らせると怖いんだよね。
「そりゃまあ、僕も色々と思うところはあるけど……でも、前も言ったと思うけど、シグルドは今はなにもしていないから。僕の件についても、証拠はないし……ここでなにかしたら、ソフィアが罪に問われるよ」
「そ、そうだ! それに、俺になにかあれば、コイツは永遠に冒険者になれねえぞ!」
「えっと……もしもなにかあった場合は、他の冒険者の方が模擬戦の相手になると思うのですが」
少し離れたところで話を聞いていた受付嬢が、そんなことを言う。
この世の終わりかと思うくらいに、シグルドが青くなる。
ソフィアが剣聖ということは知っているらしく、ミラとレクターも青くなる。
「えっと……とりあえず、僕にがんばらせてくれないかな? 一応、僕も男だから。ソフィアの前では、がんばりたいんだ」
「もう、フェイトは優しいですね。でも、わかりました。そういうことなら、今は、私は手を出しません」
そんなわけで、僕一人で試験を行うことになった。
よかった。
ソフィアが関わると、本気でシグルド達を斬りかねない。
彼らがどうなろうと、僕は気にしないのだけど……
それでも、決着をつけるのなら、それは僕がするべきだ。
「それで……僕はシグルドと戦って、勝てばいいんだね?」
「あぁ? 誰が呼び捨てにしていいって言った、奴隷風情が。シグルドさま、だろうが!」
シグルドの怒声に体が震えてしまいそうになる。
落ち着け、僕。
僕はもう自由だ。
彼らの道具じゃなくて、ソフィアのパーティーメンバーだ。
剣聖の彼女にふさわしい男にならないと。
「僕はもう、あなた達の奴隷じゃない。そんな言葉を使う必要性はないよ」
「なんだと!?」
シグルドが睨みつけてくるが、僕も睨み返した。
体に染み付いた痛みと恐怖のせいで、目を逸らしたくなってしまう。
でも、ソフィアが見ている。
必死に我慢をして、耐えた。
「……ちっ」
ややあって、シグルドが舌打ちして、目を逸らす。
ふう……なんとかなった、かな?
「まあいい……色々と気に食わないが、ただ、俺らはプロだ。やるべきことは、きっちりとやる。おい、準備をしてくれ」
「はいはーい」
「任せてください」
いつの間にか、シグルド達が場を仕切っていた。
「大丈夫か?」
アイゼンに声をかけられる。
僕のことを心配してくれているらしく、申しわけなさそうな顔をしていた。
「本来なら俺が相手をしてもいいんだが、歳のせいか、体が鈍くてな。シグルドは問題児ではあるが、実力は確かだ。そんな彼に勝つことができたのなら、お前に文句をつけることは二度とできないだろうし、似たような連中が出てくることもない」
なるほど。
アイゼンなりに、色々と考えてくれていたみたいだ。
「ただ、相手はAランクパーティーのリーダー。無事に勝てるかどうか……」
「勝ちますよ」
強い決意を胸に、僕は剣の柄をしっかりと握りしめた。
13話 第三の試験・シグルド視点
模擬戦の準備という名目で、シグルド達は客間で打ち合わせをしていた。
そこで、ミラとレクターから、二人がした嫌がらせの内容を聞く。
そして、呆れる。
「おいおい、お前ら、情けねえな。あんなクソガキにいいようにしてやられてるんじゃねえよ」
「あたしは悪くないし……」
「申しわけありません……」
二人はひたすらに気まずそうにしている。
フェイトを落第させて涙目にしてやろうと楽しそうにしていたのだけど、見事に失敗してしまった。
シグルドに合わせる顔がない。
「だってだって、仕方ないじゃん。ワイバーンを倒すとか、ありえないっしょ」
「ばーか。あの無能がワイバーンを倒せるわけないだろ? たぶん、あの剣聖がこっそりと力を貸したんだよ。俺が言ってたことは、ほぼほぼ正解なんだよ」
「あ、そっか」
「くそっ、汚え無能だぜ。てめえに能力がないからって、他人の力を借りるとはな」
雑用全てをフェイトに任せていた者が、どんな顔をしてそんなことを言えるのか?
本人がここにいれば、そんなことを思っていただろう。
「すみません……まさか、参考書の内容を全て知っているとは思わず」
「それも、剣聖が手助けしたんだろうな。事前に内容を教えていたとか、念話が使える魔道具で答えを教えていたとかな」
「なるほど……くっ、私としたことが、そのような手を見逃してしまうなんて。くっ、なんて汚いヤツなのだ」
そもそも、自分が汚い手段に出たことも忘れ、レクターは悔しそうに言う。
「まあ、安心していいぜ。模擬戦の相手は、この俺だ。あんな無能、絶対に合格させねえからな」
「でもさー、合否の条件はどうするの?」
「剣聖が手助けをするとなると、どんな内容にしても難しいかもしれませんね……」
「大丈夫だ。ルールは、シンプルにすればいいのさ」
「と、言うと?」
「模擬戦の合格条件は、ただ一つ。俺に勝つこと。それ以外は一切認めない。シンプルであるが故に、不正がしづらくなるはずだ。お前らは、剣聖がイカサマしないように見張っててくれ」
「へー、なるほど」
「それならば……」
「問題ないだろ?」
シグルドはニヤリと笑う。
それにつられるように、ミラとレクターも意地の悪い笑みを浮かべた。
「剣聖のことは任せたぜ? だから、無能のことは俺に任せろ。あと一歩で冒険者になれるかもしれない、っていう希望をグチャグチャに叩き潰して、ついでに身の程ってもんを体に教え込んで、二度と舐めた口がきけないように俺が調教してやるよ」
「きゃー、さすがシグルド! かっこいい」
「ええ、期待していますよ。シグルドならば、万が一でも、無能に負けるなんてことはありえませんからね」
「ははっ、当たり前だろ? 俺を誰だと思っている。Aランクパーティー『フレアバード』のリーダー、シグルドさまだ! あんな無能、一撃でのしてやるよ!!!」
――――――――――
「ぐぎゃっ!!!?」
一撃で吹き飛ばされたシグルドは、地面を何度も何度も転がる。
訓練場の壁に激突して、ようやく止まり、カエルが潰れたような体勢に。
いったいなにが起きた?
なぜ、俺は倒れている?
シグルドは混乱する頭で、直前の行動を思い返す。
冒険者のために用意された訓練場に移動した後、模擬戦を行うことになった。
一対一の勝負。
合格条件は、シグルドに勝利すること。
絶対に不可能な条件にも関わらず、フェイトはそれを了承した。
努力すれば乗り越えられない壁はないというかのように、気合にあふれていた。
シグルドは内心で笑い、試合に挑んだ。
まずは、一撃を側頭部に叩き込む。
うまくいけば、その一撃で終わりだ。
ただ、そこで終わりにするつもりはない。
まだ戦えるだろうと促すなどして、戦闘は続行。
時間いっぱい、おもいきりいたぶろう。
そう決めていたはずなのに……
「くそがぁあああああ!!! なんで、どうして、俺が吹き飛ばされているんだよ!?」
痛みに耐えて、怒りに吠えて、シグルドが立ち上がる。
それを見て、フェイトが警戒の表情に。
「む、さすがに固いね。今の一撃、いいところに入ったと思ったんだけど」
「まぐれ当たりで調子に乗るなこの無能がぁあああああ!!!」
シグルドは獣のように吠えつつ、駆けた。
ゴォッ! と風を斬りつつ、木剣をフェイトに叩きつける。
手加減なしの全力の一撃だ。
元奴隷で、まともに戦ったことのないフェイトに防ぐ術はない。
ないはずなのに……
ギィンッ!
フェイトは余裕の動きで、木剣を盾のようにしてシグルドの攻撃を防いでみせた。
本来なら、剣速についていけず、対処することはできないはずなのに。
例え見えていたとしても、豪腕で振り下ろされた攻撃を受け止めることはできないはずなのに。
なぜ?
なぜ?
なぜ?
シグルドは混乱してしまい……
その隙をフェイトは見逃すことなく、木剣で巨体の脇腹を叩く。
「ひぐぅ!?」
情けない悲鳴をあげて、シグルドは床に膝をついてしまう。
「な、なんだよ、今の攻撃……Aランクの俺が、まるで見えなかったぞ……!?」
痛みよりも驚愕の方が勝る。
シグルドの頭の中は、なぜ? の二文字で占められていた。
フェイトは元奴隷で……
自分達より遥かに格下の存在で……
いいように使われるだけでそれ以外にありえないはずなのに……
それなのにどうして、今、自分は膝をついている?
フェイトを一方的に叩きのめすはずが、一方的に叩きのめされなければならない?
「なんという……これほどとはな」
「ふふっ、フェイトの実力を知りましたか?」
「ああ、すさまじいな、これは。それなりにやるだろうと思っていたが、まさか、これほどとは。俺の予想以上だ。シグルドを子供扱いするとは」
ソフィアとアイゼンの会話が聞こえてきて、シグルドは、頭の血管が一本か二本、切れたかのように怒る。
「くそっ、がぁあああああ!!!」
痛みは気合で乗り越えた。
動揺は無理矢理に抑え込んだ。
そんなことができるあたり、さすがAランク冒険者というべきだろう。
しかし、悲しいかな。
今、対峙しているフェイトは、SSSランク並の身体能力を持つ。
剣聖であるソフィアが、なにもしなくてもSランク並と認めている。
シグルドが勝利できる可能性は……ゼロだ。
「おおおおおぉっ、このクソ野郎が!!! てめえのような無能の奴隷が、俺に逆らうんじゃねえ!」
「僕は、もうあんたの奴隷なんかじゃない!」
フェイトは過去の因縁を断ち切るように力強く言い、木剣を薙いだ。
剣筋はデタラメではあるものの、高い身体能力によって繰り出された一撃は、抜群の威力だ。
瞬間移動したかのように、木剣がシグルドの目の前に現れて、
「がぁ!?」
再び、シグルドの巨体が吹き飛ぶのだった。