8話 戻ってこいと言われても知らないよ

 翌日。
 目が覚めると昼だった。

 部屋を出て……当たり前だけど、部屋は二部屋とった……宿の一階に降りる。
 店主と挨拶をした後、メモを渡された。

『ぐっすり寝ているみたいだから、そのままにしておきました。たぶん、今までの疲れが溜まっているのだと思います。冒険者に関することは後日にして、今日はのんびりして休んでください。私は少し用事があるので出かけます。

 ソフィア』

「のんびり、と言われても……うーん」

 今までの五年間、のんびりできたことなんてない。
 毎日が仕事にあふれていて、休みなんて一日もない。
 病気になった時も怪我をした時も嵐の日も、奴隷としての仕事を続けてきた。

 だから、のんびり、と言われてもどうしていいかわからない。

「とりあえず、散歩でもしてみようかな」

 宿を出て、街を歩く。
 特に目的地は決めていない。
 気の向くまま、適当に街を散策する。

「散歩って、こんなに気持ちいいんだ」

 空は青く、降り注ぐ陽の光が気持ちいい。
 そよ風は心地よく、心まで綺麗にしてくれるかのようだ。
 街の人々の声が、一人ではないと認識させてくれて、明るい気持ちにさせてくれる。

「なんか、世界が変わったみたいに感じるなあ」
「よう、元気そうじゃねえか」
「……やっぱり、世界は暗いままだなあ」

 二度と聞きたくない声。
 とはいえ、無視したらどうなることか。

 仕方なく振り返ると、シグルドとレクターがいた。

 あれ? ミラがいない。
 三人はいつも一緒、みたいなイメージだったのだけど、どうしたのだろう?

「ちと話があるんだ、来いよ」
「イヤだ」
「そこに行きつけの店が……あ? 今、なんて言った?」
「ついていくわけないでしょ、常識的に考えて。自分達がしてきたこと、忘れたの? 僕からしたら、あんた達は救いようのない悪人なんだよ」
「このガキ……無能のくせに、俺達に逆らうつもりか!?」
「私達に逆らうことがどれだけ愚かなことなのか、調教し直す必要がありそうですね」

 二人は怒気をあらわにするが、僕は怯むことはない。

 ここは街中だ。
 いくらなんでも、こんなところで暴れるほどバカじゃないだろう。
 そんなことをすれば、憲兵隊に連行されてしまう。

「ちっ……ならここで話をするぞ」
「まさか、話すら聞こうとしない、なんてことはしませんよね?」

 威圧するように、二人に睨みつけてられる。

 正直、相手にしたくないのだけど……
 でも、無視したら何度も何度も構ってきそうだ。

 ため息をこぼして、二人に向き直る。

「まあ、いいけど……ところで、ミラは?」
「ミラなら、あの剣聖を呼び出して、適当に時間を潰させているところさ」
「なので、助けを求めようとしても無駄ですよ。ふふっ、これこそが私の策です」

 ソフィアは、ミラに呼び出されたのか。
 しかも、くだらない用事で。

 ミラ、斬られたりしないかな……?
 実は、幼馴染は短気なところがあるということを、僕は知っている。

 まあ斬られたとしても、それはそれで構わないか。
 こんな連中だから、同情することはない。

 あ、でも、ソフィアが憲兵隊に捕まるのはダメだ。
 やっぱり、ミラを斬らないうちに、ソフィアを探し出さないと。

「話っていうのは?」
「あなたにとって、とても良い話ですよ。きっと、泣いて喜び、私達に跪いて感謝するでしょう」
「話ってのは他でもない。お前を、俺達『フレアバード』の一員にしてやるよ」
「……はい?」

 シグルド達の言うことが理解できず、思わず間の抜けた声をこぼしてしまう。

 そんな俺の反応を好感触と判断したらしく、二人はニヤニヤと笑う。

「どうだ、いい話だろ? お前みたいな無能が、Aランクの『フレアバード』の一員になることができるんだからな」
「安心していいですよ。奴隷ではなくて、今度は、正式にパーティーメンバーとして迎え入れましょう」
「待遇も考慮してやるよ。今までは、ちと扱いが悪かったからな。これでも反省してるんだぜ? 悪かった」
「報酬も約束しましょう。あなたが戦闘の場に立つことはないため、私達よりは低くなりますが、きちんと分け前を渡すことを約束しましょう。どうですか、とても魅力的でしょう?」
「……」

 シグルドとレクターは、いったいなにを言っているのだろうか?

 俺達が悪かった。
 だから戻ってこい。

 そんなことを言われて、本当に戻ってくると思っているのだろうか?
 だとしたら、二人の頭は相当にめでたい。
 一度、真剣に治癒師に診てもらった方がいいと思う。

「はあ」

 ため息一つ。

 それから、僕は二人に背を向けた。

「おいっ、返事はどうした!?」
「しないとわからないの? 答えは、ノーだよ」
「なっ……なぜですか!? あなた程度の無能が、Aランクパーティーの『フレアバード』の一員になれるのですよ!?」
「今度は奴隷じゃなくて、正式なメンバーなんだぞ。文句なんてねえだろうが!」
「そんな台詞がぽんぽんと出てくるところを見ていると、ホント、救いようがないなあ、っていう感想しか出てこないよ」
「「なっ!?」」
「僕は、もうあなた達と一緒に行くことはない。それは絶対だ」
「いいから戻ってこい! 俺達が、てめえをうまく使ってやる! 俺達こそが、てめえを一番うまく扱えるんだ!」
「その通りです! あなたがいるべきところは、あの剣聖の隣ではない。我々の下につくべきなのです!」
「そんなことを今更言われても知らないよ」

 というか、それが誘い文句だなんて、壊滅的に頭が悪い。
 やはり、治癒師に頭を診てもらうべきだろう。

「じゃあ、さようなら。できれば、二度と会いませんように」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐシグルドとレクターを置いて、僕はその場を後にした。