・アイシャ視点

 私は、特になんてことのない獣人族の娘。
 大好きなお父さんとお母さんと一緒に、穏やかな時間を過ごしていた。

 お父さんのゴツゴツした手が好き。
 大きくて力強くて、頭を撫でてもらうと、とても落ち着くことができる。

 お母さんの細い手が好き。
 白くて綺麗で、その手で作る料理はとてもおいしい。
 何度もおかわりをして、お腹いっぱいになっちゃうことは何度もあった。

 朝は、お父さんとお母さんと一緒にごはんを食べる。
 今日はこんなことがしたいな、っていう私のわがままを、お父さんとお母さんは笑顔で受け止めてくれる。

 ごはんを食べた後は、お父さんはお仕事に。
 お母さんは家のお仕事をする。

 私はお母さんのお手伝いだ。
 最近、洗濯物をたたむのが上手ね、って褒められた。
 えへん。

 お昼ごはんを食べた後は、お母さんと一緒の時間。
 最近のお気に入りは、お母さんに膝枕をしてもらうこと。
 温かくて気持ちよくて、毎日してもらっている。

 夜は、お母さんと一緒にお父さんのお迎え。
 お仕事おつかれさま、って言うと、お父さんはうれしそうに笑う。

 朝と同じようにみんなでごはんを食べて、色々なお話をして……
 そして、夜は一緒に寝る。

 そんな普通の日々。
 でも、私にとっては、なによりも大切な時間。

 私は幸せだった。

 でも……

 ある日、幸せは崩れた。

 私達の里が襲われたのだ。
 相手はわからない。
 人間がいて……
 でも、それだけじゃなくて魔物もいた。

 人間と魔物が一緒になって、私達の里を襲ってきた。

 村は炎に包まれた。
 あちらこちらから悲鳴が聞こえてきて……
 私は、この世の終わりがやってきたんだ、って思った。

 私はお父さんとお母さんに連れられて逃げた。
 獣人族だから走るのは得意。
 お父さんとお母さんと一緒に、必死に走った。

 走って……
 走って……
 走って……

 でも、なにか怖いものが後ろから近づいてきた。
 なんとか逃げようとするんだけど、でも、逃げられなくて、引き離すことができなくて……
 少しずつ距離が近づいて、追いつかれそうになっていた。

 お父さんとお母さんは……足を止めた。

 先に逃げろ。
 そう言って、お父さんとお母さんは、逃げてきた道を戻った。

 一人で逃げるなんていやだ。
 そんなことできない。

 できないのに……
 そんなことをしたらいけないのに……

 私は逃げた。
 怖くて、怖くて、怖くて……
 寒気にも似た感情に突き動かされるまま、無我夢中で走り続けた。

 お父さんを置いて。
 お母さんを置いて。
 私は……一人で逃げた。

 だから、罰が当たったんだと思う。
 里を襲った怖いものから逃げることはできたけど……
 でも、それだけ。

 幸運……って言っていいのかわからないけど、それはおしまい。
 行く宛のない私は、フラフラと森の中をさまよい……
 そして、盗賊に捕まった。

 これは罰だ。
 お父さんとお母さんを見捨てた、罪深い私に対する罰。

 私は一人。
 ずっと一人。
 幸せになれないし、なったらいけない……

 ずっと。