広い部屋の奥に壇が設けられていて、そこに明かりが集中していた。

 照らされているのは、ボロ布だけを着せられた女性や幼い子供達。
 首輪と手枷、足枷をつけられた状態で並ばされている。

 その手前に、椅子に座り、ニヤニヤと笑う人達が。
 いずれも宝石などを身に着けていて、自分はお金をたくさん持っているぞ、とアピールしているかのようだ。

「二万!」
「二万五千!」
「いや、私は五万だ!」

 ここがオークション会場で間違いないだろう。
 歪な熱気に包まれていて、欲望が渦巻いていて……
 吐き気を催すほどにおぞましい、と感じる。

 壇上にいる人は、僕達と同じ人間なのに……
 それなのに、物のように扱い、踏みにじろうとする。
 かつての自分の境遇を思い出して、胸の奥から熱いなにかがこみ上げてくる。

「っ……!!!」

 奴隷らしき女性の人は、声を出すことなく静かに泣いていた。
 子供達は怯えて、涙目になっていた。

 それを見た時、僕の中でなにかがキレた。

「……ソフィア、リコリス」
「はい」
「クリフへの連絡は?」
「もうしておきました」
「確か、準備があるから、突入まで三十分くらいかかるのよね?}
「そうですね、そう聞いています」

 事前の打ち合わせでは……
 クリフ達の突入に合わせて、僕達も内部から攻撃を開始。
 アイシャや他の人達の安全を確保しつつ、ドクトルやファルツの確保、という流れだった。

 そういう計画になっていたのだけど……

「……ごめん。僕は、三十分も我慢できないかも」

 こんな光景を見せつけられて、じっと耐えることなんてできない。
 一分でも一秒でも早く、あの人達を助けたい。
 自由にしなければならない。

 そんな使命感と……
 こんなものを企画するドクトル達と、参加する客達に対する怒りと……

 色々な『熱』がこみ上げてきて、心を強く突き動かす。

 雪水晶の剣の柄に手をかける。

「僕は、今すぐにあの人達を助けるよ」
「それでいいの?」

 リコリスが厳しい顔をして問いかけてきた。

「計画を乱すようなことをしたら、ドクトルに逃げられちゃうかもしれないわよ? そうしたら、また同じことが別の場所で起きるかもしれない。それなのに、いいの?」
「……リコリスの言うことは正しいよ」

 考えて考えて考えて……
 それから、答えを出す。

 僕の答えは、やはり変わらない。

「でも、女性が泣いているんだ。子供が泣いているんだ。それを見過ごすことはできない。大義のためだから、もう少し苦しい思いをしてほしい、我慢してほしいなんて、そんなこと言えるわけがないよ」
「……ふふんっ」

 その答えを待っていたと言うかのように、リコリスがニヤリと笑う。

「良い返事ね。そういうの、あたしは嫌いじゃないわ」
「それじゃあ……」
「あたしはフェイトに賛成。協力してあげる。人間のことは、まあ、どうでもいいんだけど……この光景は、さすがのあたしもムカつくわ」
「ソフィアは……」
「私の答えなんて、最初から決まっていますよ」

 ソフィアも剣の柄に手を伸ばした。

「私は、フェイトが望むことに力を貸して、全部を叶えます。それが、私がやりたいことですから。使命と言ってもいいですね。それに……」

 ソフィアの目尻が吊り上がり、殺気をまとう。

「このような非人道的な行為、断じて見逃すことはできません。即座に叩き潰さないといけません。全員、叩き切りたいです」
「お、落ち着きなさいよ? 許せないのはあたしも同じだけど、皆殺しはさすがに……」

 ソフィアが放つ殺気に、リコリスがちょっと引いていた。

「冗談です。証言なども必要でしょうから、殺しはしません」
「ほ……」
「半年、入院コースですね」
「それはそれで、どうなのかしら……?」

 バイオレンスな幼馴染だった。

 まあ、気持ちはわかるというか、同じなのでなにも言わない。
 止めることもしない。
 むしろ、やっちゃえ、という気持ちだ。

「リコリスは僕と一緒に。あの人達を助けた後、保護することはできる?」
「んー……たぶん、平気よ。あたしは、なんでもできる万能ミラクルアイドルリコリスちゃんだもの。結界を張ることもできるわ。ただ、フェイトやソフィアみたいなのが出てきたら、さすがに持ちこたえられないけど」
「そちらは、私に任せてください。警護や用心棒など、全て斬ります」
「……さっきも言ったけど、手加減はしなさいよ?」
「気が向けば」

 ソフィアの機嫌が少しでも良くなることを祈ろう。

「まずは、すぐにこの場を制圧。それから、アイシャの救出。余裕があれば、ドクトルとファルツの確保。それでいいかな?」
「はい」
「いいわ」
「よし、それじゃあ……」

 アイコンタクトを交わす。
 それから、心の中でカウントダウンスタート。

 3……
 2……
 1……

「今っ!」

 合図を口にしつつ、僕は間の通路を一気に駆け抜けて、壇上に乱入した。