専任になった僕達に与えられた最初の仕事は、アイシャを探し出して、ドクトルに引き渡すこと。

 ドクトルは、友達の子供だから保護したい、と言っていたのだけど……
 まず間違いなくウソ。

 ドクトルはアイシャを『商品』として扱おうとしていた。
 聞けば、獣人の奴隷は高く取り引きされるみたいだから……
 そのために、僕達を使い、『商品』を取り戻そうとしているのだろう。

「正直なところ、今すぐに殴り倒したいね」

 あんな小さな子供まで利用しようとするなんて……
 絶対に許せない。

 証拠を得るために専任になったのだけど、でも、そんなことはなかったことにして、今すぐに殴り込みをしたい気分だ。

 ソフィアも似たようなことを考えているらしく、その表情はとても厳しい。

「フェイト、気持ちはわかりますが……」
「うん、早まったことはしないよ」

 ドクトルを殴り倒すことは簡単だ。
 でも、そうしたら僕の気が晴れるだけで、彼を追放することはできない。

 よほどのことがない限りは我慢して……
 そして、絶対に不正の証拠を掴んでみせる。

 まあ。
 アイシャが再び捕まるなどの、よほどのことが起きた場合は、その限りじゃないのだけど。

「で。これからどうするわけ? あの猫耳娘を差し出すわけにはいかないでしょ?」
「もちろん」
「でも、そうしないと依頼は失敗。ドクトルの信用を得ることはできないわ」
「そこが問題なんだよね……」
「アイシャを差し出すことは論外ですが、しかし、依頼を失敗するわけにもいきません。なかなか悩ましい問題ですね」
「どうすればいいのかしら?」

 三人で頭を悩ませる。

 ドクトルの依頼はこなしたい。
 しかし、アイシャを引き渡すわけにはいかない。

 相反する状況を打破するためには……

「んー……協会の幹部が奴隷取り引きに手を染めていたなんてことが判明すれば、一発アウトだよね?」
「もちろんです」
「なら、その決定的な証拠を、公の前で晒すことにしよう」
「でもさー、そいつはあたし達をまだ信じてないわけでしょ? 証拠から遠ざけるだろうし、なかなか難しいんじゃない?」
「証拠を探すんじゃなくて、実際の現場を押さえるんだ」
「どゆこと?」
「まずは、アイシャが見つかったという報告をする。そうだなあ……数日以内に、確実に連れて来ることができますよ、というような感じの。もちろん、ウソ。アイシャは実際に連れていかないよ?」
「なるほど……そういう感じですか」

 さすが幼馴染。
 ソフィアは僕がやろうとしていることをなんとなく察した様子で、納得顔を見せた。

 一方のリコリスは、頭の上に疑問符を浮かべている。

「言い方は悪いんだけど……商品が手に入るとわかれば、ドクトルは売買に向けて動くはず。宣伝して、客を集めて、奴隷オークションを開くはず」

 シグルド達は、僕をいいように使いたかったため、オークションに出すことはなかったのだけど……
 通常、奴隷はオークションに出されて、そこで売買される。
 元奴隷なので、そういうところは詳しい。

「オークションを開こうとすれば、それなりに大きな動きになるはず。注意深く見ていれば、必ず尻尾を出すと思うよ」
「なるほどね。そこを、ガッチリと捕まえちゃうわけね? でも、本当に動くかしら? 動くにしても、アイシャが手に入ってからじゃない?」
「他にも奴隷として捕まっている人はいるだろうから、動くための準備は今もしていると思うよ。そこに、目玉商品であるアイシャの確保の目処が立ったと聞けば、動かないはずがないと思う」
「なるほどね」
「クリフから聞きましたが、密偵を忍ばせているようです。クリフに頼んでコンタクトを取ってもらえば、いつどこでオークションが開かれるのか、情報を得ることができると思います」

 それはうれしい情報だ。

「オークションの日を調べて、その日の朝にアイシャを連れてきますね、っていう話にしておけば、しつこく催促されることはないと思うんだよね。それまでは、遠くにいるとか移動中とかで、ごまかしておけばいい」
「そして当日……アイシャを連れて行くと見せかけて、オークション会場を襲撃。そのまま証拠を確保する、ということですね?」
「うん、正解」

 これなら、アイシャをドクトルに引き渡す必要がない。
 悪事の証拠を掴むこともできる。

 不正の証拠は手に入れることはできないけど……
 奴隷オークションに関与していたとなれば、逮捕は確実。
 そこから余罪を突き詰めていけばいい。

 クリフが思い描いていたルートとはズレてしまうけど……
 まあ、それはそれ。
 これはこれ。
 現場判断ということで、僕達の策を通してもらおう。

「でもさー、いくつか不安要素はあるわよね」

 本当にオークションを開催するのか?
 他に捕まっているであろう人の安否は?
 アイシャの身柄の引き渡しをしつこく要求してきたら?

「不確定要素、っていうのは必ず起きるって考えた方がいいわよ? 思いも寄らない事態になって、慌てるかも」
「そうだね。できる限りの事態を想定して、その対処法を考えて……」
「ですが、完璧に未来を予測することは不可能です。想定外の事態に対しては、臨機応変に当たるしかありませんね」

 そこは、少しもどかしいところだ。

 アイシャの運命がかかっていると言っても過言じゃない。
 囚われているであろう人達の安否も気になる。

 完璧な作戦を立てることができたらいいのだけど……
 しかし、それは不可能。
 予想外のことは、起きる時は必ず起きる。
 百パーセント成功する、なんてことはない。

「もしも、大失敗するようなら……」
「するようなら?」
「アイシャや捕まっているであろう人達の安全を一番に考えて、もう、物理的にドクトルを成敗しちゃおう」
「え、証拠は?」
「気にしない。成敗した後、しっかりと家宅捜索をして、証拠を見つけよう。全部の悪事の証拠があるとは思えないけど、なにかしらあると思うよ。邪魔がなければ、それを見つけることは不可能じゃないと思う」
「それ、いいわけ? 人間には、法ってものがあるんじゃないの?」
「おもいきり破ることになるね」

 でも。

「悪人を野放しにしておくよりはマシだから」
「……」
「後々、確実に面倒なことになるんだけど……でも、それで悪人をどうにかすることができるなら、そうしたいと思う。ほったらかしにして、なにも見なかったことにして、この街を逃げる、っていう手もあるんだけど、それはしたくないかな」

 街を救うとか。
 冒険者ギルドを正すとか。
 そんな大層なことは言えない。

 でも、おいしいごはんを作ってくれる宿の人とか。
 気持ちのいい笑顔で挨拶をしてくれる街の人とか。

 そういう人達が困っていて、僕にどうにかできる力があるのなら、なんとかしたいって思う。

「ホント、呆れるほどのお人好しなのね」
「呆れた?」
「いいえ」

 リコリスはニヤリと笑う。

「嫌いじゃないわ」
「ありがとう」
「ふふっ、リコリスもフェイトの魅力にやられてしまいましたか? しかし、フェイトは私のものですよ?」

 お願いだから、笑顔で殺気を放ちつつ、牽制しないでほしい。

「フェイトに興味はあるけど、恋愛感情は欠片もないわよ。あたし達妖精は、おもしろいことが大好きなの。フェイトと一緒にいれば、そのおもしろいことがたくさん起きそう。だから、興味があるの。今回も期待させてもらうわね。そのためなら、あたしも、いくらでも力を貸してあげる」
「うん、よろしくね。ソフィアも、一緒にがんばろう」
「はい。私は、フェイトのためなら、なんでもできますよ」

 こうして、ドクトルを追い込むために、僕達は本格的に動き始めることにした。