「ここ、とても良い部屋ですね」
「あ、うん。ソウダネ」

 ソフィアはなんとも思っていないのか、気がついていないのか、動揺している様子はない。

 ただ、僕はおもいきり動揺していた。
 ついつい語尾が怪しくなってしまうくらいに、心臓がばくばくとしていた。

 宿などでソフィアと同じ部屋になったことはあるけど……
 でも、一緒のベッドなんてことはない。

「簡単な水場もありますね」
「そうなんだ」
「それに、部屋が広いだけじゃなくて、浴室もついているみたいですね」
「そうなんだ」
「少し汗をかいてしまったので、お風呂に入ってきますね」
「そうなんだ」

 ……

「えっ!?」

 遅れて言葉の意味を理解するのだけど、その時には、すでにソフィアは扉の向こう側へ。
 パタン、と扉が閉じて……
 ややあって、スルスルと布が擦れるような音が。

「……」
「フェイトって、実はむっつり?」
「し、仕方ないじゃないか。好きな女の子が、こんな、無防備にお風呂に入るなんて……」
「まー、気持ちはわからなくもないけどねー。あたし、そういうのにも理解ある女だし」

 リコリスのドヤ顔が、ちょっとうざい。

「なんなら、フェイトも風呂に入ってきたら?」
「えっ!?」
「乱入して、俺の手で体を洗ってやるぜげへへへ、ってな感じで」
「リコリスの中の僕のイメージは、そんななの……?」
「違うわよ。ただ単に、この前読んだ本でそういう男が出てきた、っていうだけ」

 それはそれで、どうなのだろうか?
 女の子なのに、そういう本は読まない方がいいと思うのだけど……

「フェイト」
「えっ」

 浴室に繋がる扉がいきなり開いて、ソフィアが顔を出した。
 一応、大事なところは扉で隠しているものの……
 でも、濡れた髪とか白い肩は見えてしまっている。

「そ、ソフィア!? な、なにをして……!?」
「そちらにバスタオルはありませんか? ここには見当たらなくて……」
「あ、えと、う、うん! バスタオルだね!? ちょっと待ってね?」

 ギクシャクとしつつ、バスタオルを探す。

「えっと、その……お風呂、早かったね」
「そうですか? 私としては、普通に堪能したつもりなのですが」

 どうやら、緊張のあまり、体感時間が遅くなっていたらしい。
 あたふたしつつ、バスタオルを探す。

 そんな僕に、リコリスが耳元でそっとささやく。

「……フェイト、フェイト」
「な、なに?」
「バスタオル渡すフリをして、そのまま押し倒しちゃえば?」
「で、できるわけないよ!?」
「フェイト? どうかしたのですか?」
「う、ううんっ、なんでもないよ!?」

 顔が熱い。
 ソフィアに変に思われないかな?

 妙な危機感を覚えつつも、バスタオルをなんとか探し出して、ソフィアに渡すのだった。



――――――――――



 その後、僕もお風呂に入り、リコリスもお風呂に入り……
 そして、寝る時間。

「えっと……」

 ベッドは一つ。
 十分な大きさがあるから二人で寝ても問題はないのだけど、でも、そんなことは……

「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。夜ふかしして昼前に起きるなんて情けないところ、ドクトルに見せるわけにはいきませんからね」
「え? いや、その……」
「フェイト? まだなにか、起きていないといけない理由が?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
「どうしたんですか?」
「……その、ソフィアは、当たり前のように二人で一緒に寝ようとしているんだけど、イヤじゃないの?」
「なにを言っているんですか? イヤなんてこと、あるわけないじゃないですか?」

 心底、不思議そうな顔をされてしまった。

 次いで、頬をほんのりと赤く染められてしまう。

「むしろ、うれしいですよ」
「え」
「ほら、覚えていますか? 小さい頃は、お互いの家によくお泊まりをしたじゃないですか。その時は一緒のベッドに寝て、夜ふかしをしたりしておしゃべりをして……」
「あ……うん、そうだね。たまに親に見つかって、さっさと寝なさい、って怒られたり」
「次はバレないように、って布団をかぶっておしゃべりしたこともありましたね」
「色々なことをして……うん、楽しかったよね」
「はい。なので、ちょっと昔のことを思い出して……できるなら、フェイトと一緒に寝たいです。ダメですか?」
「えっと……ううん、ダメなんてことないよ。一緒に寝よう」

 そんな話を聞かされたら断るなんてできないし……
 あと、僕もソフィアと一緒に寝たい。
 彼女の温もりを感じたい。

 いやらしい意味じゃないからね?

「……」
「……」

 明かりを消して、ベッドで一緒に横になる。

 余裕があるように見えたけど、強がりだったのか、ソフィアはなにも言わない。
 もちろん、僕もなにも言わない。
 余裕なんてものがあるわけがなくて、ただただ緊張していた。

 幼い頃はよく一緒に寝ていたけど、あの頃とは色々なものが大きく違う。
 ソフィアは、大事な幼馴染から愛しい幼馴染に変わっていて……
 そんな彼女と一緒に寝ていると思うと、うれしいという以外の感情も湧いてくる。

「うぅ……ちょっと困りました」
「どうしたの?」
「いざ、実行してみると……これは、思っていた以上にドキドキしますね。フェイトのことばかり考えてしまって、ちゃんと眠れるかどうかわかりません」
「それは僕も同じだよ。ソフィアがすぐ近くにいるから、顔が熱くて仕方ないよ」
「ふふっ、それは私も同じですね」
「うん」

 ちょっと顔を傾ければ、すぐ目の前にソフィアの顔が。
 暗くても、彼女の顔はハッキリと見える。
 とても綺麗で優しい顔だ。

「……ねえ、フェイト」
「うん」
「その、手を繋いでもいいですか? フェイトの温もりを分けていただければ、と思いまして」
「いくらでも。はい、どうぞ」

 手を差し出すと、そっと、ソフィアが僕の手を握る。
 温かい。
 体だけじゃなくて、心までぽかぽかになるみたいだ。

「今なら、ぐっすり眠れそうです」
「うん、僕も」
「おやすみなさい、フェイト」
「おやすみ、ソフィア」

 僕達は、ゆっくりと目を閉じて……

「……まったく、爆ぜなさいよ」

 どこからともなく、そんな声が聞こえてくるのだった。