将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 専任というのは、特定の人のお抱えとなる冒険者のことだ。
 雇い主の許可がない限り、他の依頼を受けることができなくなる。

 ただ、メリットはもちろんある。
 依頼がないとしても、毎月、特定の契約料が支払われることになる。
 それにプラスして、雇い主からの依頼が発生した場合、そちらの料金も上乗せされる。

 さらに、雇い主にもよるが、色々なサポートを受けられたり保険が用意されたり……
 普通に考えるのならば、大抵の冒険者が飛びつくような、好条件の話だ。

「僕を、ブラスバンドさまの専任に……? それは、冗談とかではなくて?」
「もちろんですよ。ぜひ、私の専任になっていただきたいのです。そして、長く良い関係を築いていくことができれば、と思っています」

 ドクトルは笑顔で言う。
 特に裏はないように見える、優しい笑顔だ。

 でも、油断はできない。
 裏でなにか企んでいるかもしれないし……
 騙されたりハメられたりしないように、しっかりと注意していかないと。

「でも、普通に考えるのなら、僕よりもソフィアに頼んだ方がいいのでは?」
「そうですね。スティアート殿には失礼な話ですが、実力は、彼女の方が圧倒的に上でしょう。しかし、アスカルト殿は、今までそういう話がたくさんあったはずなのに、一つも受けていません。おそらく、その気がないのでしょう」
「そこで僕に?」
「はい。スティアート殿は、まだ若い。才能もあります。これからに期待をして、先行投資、という形になるでしょうか?」
「なるほど……」
「専任となれば報酬が増えるだけではなくて、色々なサポートを受けられるようになります。私個人としても、最大限のサポートをしていきたいと思っております。物資、知識、情報……ありとあらゆる面で最大限の援助をすると約束いたしましょう。どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、悪い話ではないと思うのですが」

 ドクトルの話を聞いて、ある程度だけど、彼のやり方を把握した。

 彼は冒険者協会をおもちゃのように扱い、自らの私腹を肥やしているのだろうけど……
 しかし、味方となる者に対しては甘い蜜を吸わせているのだろう。

 そうすることで、より深い関係となり離反を防ぐ。
 さらに、鞭ではなくて飴を与えることで、被害者ではなくて共犯者という意識を植えつけて、裏切りを防ぐ。
 たぶん、そんなところだと思う。
 なかなかの策士だ。

 そうなると、ここで僕が取るべき選択肢は……

「……すみません」

 頭を下げた。

「とても魅力的な話だと思いますが、僕のパートナーはソフィアなので、一人で勝手に決めるわけにもいかなくて……少し考える時間をもらえませんか? ソフィアと……あと、ここのリコリスと、みんなで相談したいと思うので」
「なるほど……それもそうですね。相談は必要ですね。申しわけない、どうも焦っていたようです」
「いえ、僕のことを高く評価していることは、とてもうれしいです。もしも僕一人だったら、迷わずに受けていたと思います」

 ドクトルの懐に潜り込むだけじゃなくて、信頼も得た方がいいはず。
 ならば、おいしい話にすぐに飛びつくわけにはいかない。
 扱いやすい駒と判断されて、軽く見られてしまうかもしれないからだ。

 それよりも、一旦間を置くことで焦らす。
 その上で契約に応じれば、彼は、より僕達のことを必要とするだろう。

「……フェイト。あんた、そんな駆け引き、どこで覚えたの?」
「……困った時はこうしたらいいですよ、ってソフィアが事前に教えておいてくれたんだ」
「……あの子、こうなることを見通していた、ってことかしら? 恐ろしいわね」

 確かに、この展開を予想していたのなら、その知恵は恐ろしいのかもしれない。
 でも僕は、とても誇らしいと思う。
 僕の幼馴染はすごいんだぞ、と周囲に自慢したくなる。

 まあ、僕がどうこうというわけじゃないから、意味ないんだけどね。

「では、このまま歓待をさせていただけませんか?」
「え? でも……」
「あの盗賊にはほとほと手を焼かされていまして……それを討伐していただいたスティアート殿と剣聖殿は、私にとっては英雄に等しいです。このまま返すなんて、とんでもない話でして。もちろん、剣聖殿も用事が終わり次第当家に招きたいと思います」
「えっと……」

 たぶんこれは……

 僕とソフィアを手元に置いておきたいのだろう。
 それだけじゃなくて、盗賊団が溜め込んだ財を接収する際、余計な干渉をされたくないのだろう。
 僕らは当事者でもあるから、確認したいと言えば、確認できるからね。

「……どうするのよ、フェイト?」

 同じく、リコリスがこっそりと問いかけてきた。

 このままだと、盗賊団の宝はドクトルに接収されてしまう。
 本来なら、見逃すことはできないのだけど……

 でも、クリフからは、ドクトルの懐に入るように頼まれている。
 信頼を得られないと、不正の証拠を手に入れることはできないから。

 それは僕も同じ考えだ。
 だから、悔しくはあるのだけど、今はなにも気づかないフリをしよう。

 アイシャのことが気になるけど……
 でも、ソフィアならうまくやってくれるはず。

「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えたいと思います」
「おおっ、そうですか。ありがたい。では、さっそく宴の準備をしましょう」
「えっと……楽しみです」

 僕の笑顔、引きつっていないかな?

「ところで、剣聖殿はいつ頃戻ってくるのでしょうか?」
「それは……うーん、僕も詳しいことはわからないんですよね。ちょっとした用事があるとしか聞いていなくて……ただ、今日中には戻ってくると思いますよ」
「わかりました。では、いつ戻ってこられても対応できるようにしておきましょう」

 こうして、僕はドクトルの屋敷に滞在することになった。
 少しは信頼を得られた、と考えてもいいのかな?

 あるいは、操りやすい駒と思われているかもしれないけど……
 それはそれで、動きやすいから好都合。
 最後には、駒のままで終わらないことを示そう。



――――――――――



 夜。

 宴が開かれた。
 広い庭が会場に。
 あちらこちらに料理と酒が並び、ドクトルが招いた人達が笑顔で話をしている。

「ふう」

 僕は休憩用の椅子に座りつつ、吐息をこぼす。

 色々な人と挨拶をして、簡単な話をして……
 正直なところ、ちょっと疲れた。
 体力的な問題じゃなくて、精神的な問題だ。
 相手の顔色を伺いながらの会話って、僕には向いてないよなあ……たぶん、ソフィアなら、その辺りもうまくやってしまうのだろう。

 でも、まだソフィアは戻ってきていない。
 ソフィアなら余計な心配はいらないと思うのだけど……
 うーん、ちょっと心配になってきた。

「ちょっと、そんな暗い顔をはぐはぐ、しないであぐあぐ、料理を楽しみなさいよはむはむ」

 僕の頭の上で、リコリスがあちらこちらから取ってきた料理を食べていた。
 食べかすが落ちてくるから、ちょっと勘弁してほしい。

「ソフィア、どうしたのかな?」
「大丈夫でしょ。あの子、強いだけじゃなくて、フェイトが思っている以上に賢くてしたたかよ。心配しなくてもいいわ」
「それでも、気になっちゃうよ」

 大事な幼馴染だから、気にするなと言われても無理だ。

「うーん」
「よぉ」

 うーんうーんと悩んでいると、ふと、声をかけられた。
 振り返ると、熊のような大柄の男がいた。
「お前が盗賊団を討伐した冒険者か?」
「あ、はい。そうですけど、あなたは……?」
「ゼロス、同業者だ」
「僕は、フェイト・スティアートです。よろしくお願いします」

 立ち上がり、ペコリと頭を下げるのだけど、ゼロスはすでにこちらを見ていない。
 パーティー会場の庭をキョロキョロと見回していた。

「お前、剣聖のツレなんだろ? 剣聖はどこだ?」
「えっと……ソフィアなら、ちょっと用事があって、まだ戻ってきていませんけど」
「ちっ、タイミングが悪いな」

 どうにもこうにも、イヤな感じだ。
 シグルドと同じ匂いがする。

「ソフィアに用ですか?」
「俺は、ブラスバンドさまの専任でな。聞けば、剣聖も専任に誘われているらしいな」
「はぁ……」

 一応、僕も誘われているのだけど……
 それは口にしない方がいいような気がして、黙っておいた。

「ただ、剣聖といっても、所詮、女だろ? 大した力もないくせに、体を使って称号を得たに違いない」
「……」
「そんなヤツが専任になるなんて、俺は反対だな。無能がしゃしゃり出るなんて、許せねえ。だから、ちとおしおきしてやろうと思ってな」
「……」
「まあ、その必要はなかったかもしれねえな。まだ戻ってきてないってことは、俺がいると知って、ビビって逃げたんだろうさ。ははっ。所詮、女ごときに専任が務まるわけねえのさ」
「取り消して」
「ちょ、フェイト……?」

 気持ちよさそうにペラペラとしゃべっていた男を睨みつけた。
 そんな僕を見て、リコリスが慌てたような声をあげる。

「あん?」
「今の言葉、全部……最初から最後まで取り消して」
「なんだと? てめえ、俺にケンカ売ってるのか?」
「ケンカを売っているのは、あなたの方だ。僕じゃなくて、ソフィアに対してだけど……その侮辱を見逃すことはできない。全部、取り消して」
「はっ。事実を言ってなにが悪い?」
「あくまでも取り消さないと?」
「当たり前だろうが、俺は間違ってねーよ。どうしても撤回させたいのなら……」

 男は剣を抜いた。

「コイツで決着をつけようぜ?」

 男がニヤリと笑う。
 突然の蛮行なのだけど、周囲から悲鳴があがることはない。
 むしろ、「いいぞ、やれ!」「専任の力、また見せてくれよ」なんていう声援すら飛んできた。

 どうやら、これはよくあることらしい。
 男は粗暴で乱暴で考えなしで品のない性格をしているから、こんなことを何度も繰り返しているのだろう。

「……ちょっと、フェイト!」
「……なに? まさか、止めるの?」
「……ううん、それこそまさか、よ。あたしも、ソフィアのこと、けっこう好きだもの。だから……ケタンケタンのめっちゃめちゃのキッチャキチャのチェパチェパにやっちゃいなさいっ!!!」
「了解!」

 キッチャキチャとかチェパチェパっていうところは意味不明なのだけど……
 でも、ソフィアをバカにされたという怒りは共通するところ。
 俺とリコリスは怒りに燃えていた。

「そこそこ度胸があるのは認めてやるが、ま、それだけじゃどうしようもないことがあるってことを教えてやるよ。来い」

 男についていくと、パーティーの来場者に囲まれた決闘場が。
 わざわざこんなものが用意されているところを見ると、定期的に行われているらしい。

 もしかしたら、パーティーの来場者も、この決闘を楽しみにしているのかもしれない。

「まずは、俺の力を見せてやるよ。そらっ!」

 先に決闘場に上がった男は、拳大の石を素手で砕いてみせた。
 パーティーの来場者が歓声をあげて、頭の上もリコリスも苦しそうにうなる。

「む、むううう……あの男、なんてバカ力なのよ。技術はどうかしらないけど、身体能力は相当なものね」
「え?」
「え?」

 互いに間の抜けた声をこぼす。

「なによ、その反応? もしかしてと思うけど……あれ、フェイトはできるわけ?」
「うん。こんな感じで……ほら」

 僕も石を素手で砕いてみせると、パーティーの来場者がどよめいた。
 男は唖然とする。

「ソフィアに稽古をつけてもらったからね。力だけなら、そこそこ自信はあるよ」
「それ、稽古は関係ないんじゃない!? 一気にそこまで力が身につくわけないし、っていうか、そこそことかいうレベルじゃないわよ」
「ソフィアのおかげだよ」
「絶対違うし!」
「へ、へへ……多少はやるみたいだな」

 男が汗をたらしつつ、しかし、不敵に笑う。

「なら、コイツはどうだ? ハッ!」

 ぐぐっと足に力を込めて、男は垂直に跳ぶ。
 屋敷の二階に届きそうなほどのジャンプだ。

 ただ……

「それくらいでいいなら、僕も……よっ」

 こちらは屋敷の頂点……三階を超える部分まで跳んだ。

「ひあああ!?」

 頭の上のリコリスが悲鳴をあげる。
 しまった、彼女のことを忘れていた。

「ご、ごめん。大丈夫?」
「ら、らいじょーぶ、よぉ……はらふら」
「ぜんぜん大丈夫そうじゃないよね? ほんと、ごめんね。これでも、手加減したんだけど……」
「て、手加減して、アレだけ跳ぶの……?」
「そうだけど?」
「……ちょっと忘れてたけど、フェイトも、ソフィアと同じで色々とおかしいのよね。むしろ、フェイトの方がおかしさレベルは上なのかしら? うん。そのことを改めて認識したわ」
「ありがとう?」

 今、褒められたよね?

「くっ……な、なかなかやるじゃねえか。だが、勝負は身体能力で決まるわけじゃねえ。戦闘技術が大事なんだよ。そのことを教えてやるぜ」
「その意見は賛成だけど、先に力をひけらかしてきたのはあなたじゃないか」
「うぐっ」

 男が赤くなり、言葉に詰まり……
 そして、パーティーの来場者達も、それもそうね、という感じでクスクスと笑う。

 熟れたりんごのように、男が耳まで赤くなった。
 剣を抜いて、切っ先をこちらへ向ける。

「こいっ! どちらが上か、今すぐにハッキリと教えてやる!!!」
「それはいいんだけど……真剣でやるの?」
「おいおい、ビビったのかよ? 今更、やめるとか言っても遅いぜ」
「そんなことは言わないけど……うん、まあいいや。僕は、鞘に入れたままの剣を使うね」
「なっ……て、てめえ、それはつまり、俺を相手に手加減するってことか?」
「え? そんなつもりはないんだけど……」
「そんなつもりじゃないとしたら、どんなつもりなのよ。アイツの言う通りとしか思えない行動してるわよ、フェイトってば。まあ、その方が面白いからアリだけどね」

 頭の上で、リコリスがそんなことを言う。

 僕としては、雪水晶の剣は切れ味がすごいから、鞘をつけた方がいいと思っただけなんだけど……
 まあいいや。
 この人が怒ろうが怒るまいが、僕がやるべきことはただ一つ。

「ソフィアを侮辱したこと……後悔してもらうよ?」
「うおおおおおぉっ!!!」

 男が裂帛の気合を吐きながら、地面を蹴る。
 すぐに斬りかからないで、こちらの隙を探るかのように、僕の前後左右を駆ける。

 「すごい速さだ」「なにが起きているのかわからない」「どれだけの技術があれば、あのようなことが可能なんだ?」

 ……なんていう周囲の声が聞こえてくるのだけど。
 そこまで驚くようなことなのかな?

 右、後ろ、左、後ろ、左、前、右、前、右……
 全部、見えている。

 たまに男が攻撃に転じようとするから、そちらを見ると、

「っ!?」

 男は驚いたように目を大きくして、攻撃を中止して、再び撹乱に戻る。

 パーティーの来場者達は男の動きに驚いているみたいだけど……
 僕は、驚くことはない。
 ソフィアという規格外が身近にいるから、この程度はなんてことはない。

「フェイトも、十分に規格外っことを自覚しなさいよね」

 僕の心を読んだかのように、頭の上のリコリスが、どこか呆れた様子でつぶやくのだった。



――――――――――



 なんだ、コイツは?
 いったいどうなっている?

 男……ゼロスは混乱と困惑を同時に覚えていた。

 ゼロスは、石を砕く腕力に自信があった。
 空を翔けるような跳躍力に自信があった。
 姿が消えてしまうと言われている脚力に自信があった。

 それなのに、ドクトルの客人として招かれたフェイトは、いとも簡単にゼロスの限界値を超えた。
 聞くと、まだ余力があるという。

 ありえない。

 ゼロスはプライドの高さ故に、その事実を認めることができず、直接勝負でフェイトを叩きのめそうとした。
 超高速の移動。
 フェイントを何度も織り交ぜて、致命的な隙を作り、必殺の一撃を叩き込む。

 この戦術で、ゼロスは今までに全て勝利を収めてきた。
 対応できる者なんていない。
 いないはずなのに……

「くっ……!?」

 攻撃をしようとすると、必ず、フェイトと目が合う。
 あなたの動きは全部見えているよ?
 そう言っているかのようだった。

 事実、見えているのだろう。
 そして、対応するだけの反射神経も持ち合わせているのだろう。

 ありえない。
 ありえない。
 ありえない。

 ゼロスは心の中で絶叫した。
 フェイトの力を認めず、否定した。

 そうしなければ、彼のプライドは粉々に砕けていて……
 刃を交わす前に負けていただろう。

「俺は……こんなガキに劣っているはずがねえ、最強なんだっ!」

 ゼロスは、己の過去の輝かしい戦歴を思い返した。
 全てに勝利した。
 格上と言われていた相手も、地に這いつくばらせることに成功した。
 負けなんて一度もない。
 エリートと言っても過言ではない。

 それなのに……

「剣聖の称号に乗っかっているだけのガキなんかに……!!!」

 絶対に負けられない。
 自分より上なんて認められない。

 ゼロスは奥の手を使うことにした。

 こんあこともあろうかと、袖の内側に、毒針を射出する機構が備え付けられている。
 死に至らしめるものではないが、直撃すれば、数日はまともに動けなくなる強力な毒だ。

 射出速度は速く、至近距離ならば、さすがに避けられないだろう。
 あるいは、もしかしたら避けられ、カウンターを食らうかもしれないが……
 そこは賭けになる。

「……よし」

 ゼロスは覚悟を決めた。
 リスクなしにリターンを得ることはできない。

 何度かフェイントを繰り返して……
 今まで通りの行動と思わせて、思考のミスリードを誘い……そして、針を射出する。

「っ」

 フェイトは針に反応した。
 高速で射出されて、数センチしかない小さな針を見逃していなかった。

 なんていう動体視力。
 ゼロスは恐ろしさを感じるものの……
 しかし、ニヤリと笑みを浮かべる。

 フェイトは針を視認していたが、避けず、受け止めた。
 おそらく、避ければ後ろにいる観客に当たると思ったのだろう。

 お人好しの馬鹿め。
 ゼロスは、内心でほくそ笑む。

 毒は即効性。
 これで勝利は確実だ。
 ゼロスは、トドメを刺すために真正面から突撃する。

 しかし、それは彼の油断と慢心以外のなにものでもない。

 今までのように注意深く観察を続けていれば、気づいただろう。
 毒針を受けたはずのフェイトは、倒れることなく……
 足元がふらつくことも、まったくないということに。

「これで終わりだぁあああああっ!!!」
「それは僕の台詞だよ」
「え?」

 二人が交差して……
 そして、決着は一瞬。

 ゼロスの腹部に強烈な衝撃が走り……

 それを受け止めることも受け流すこともできず、ゼロスはそのまま意識を手放した。
 わっ、と歓声があがり、ついつい驚いてしまう。
 男のことはまるで気にしていないらしく、大多数の人が笑顔でこちらに拍手を送っていた。

 頭の上のリコリスがふわりと飛んで、僕の頬をつつく。

「ほら、ぼーっとしてないで、手でも振って応えてあげなさいよ」
「あ、うん。こうかな?」

 言われた通りに手を降ると、さらに歓声が大きくなり、さらに驚いてしまう。

 そんな僕を見て、リコリスが苦笑する。

「もっと堂々としてなさいよ。あいつらにとって、フェイトは新しく誕生した英雄みたいなものなんだから」
「そう、言われても……うーん?」

 前にも、ソフィアに似たようなことを言われたことがあるけど……
 英雄とか、そんなのは僕の柄じゃないし、望んでいることでもない。

 僕が望むことは、ただ一つ。
 ソフィアにふさわしい男になることだ。

「フェイト」
「うわっ、ソフィア!?」

 どこからともなくソフィアが現れて、さらにさらに驚いてしまう。

 なぜか、にこにこ笑顔。
 とても機嫌が良さそうだ。

「戻ってきていたんだ」
「ええ、少し前に」
「え? それじゃあ……」
「はい。フェイトの決闘、見ていました」
「あー……」

 ものすごく気まずい。
 騒ぎを起こさず、きちんとソフィアを待つことが正しい行動だと思うのに……
 それを破って、自ら騒動を起こしていたからな。

 それなのにソフィアは怒るわけじゃなくて、むしろ笑顔。
 どういうことだろう?

「えっと……ごめんね。おとなしくしておいた方がいいはずなのに、自分から騒ぎを起こしちゃって」
「そうですね。私達の目的を考えるのなら、フェイトの行動はマイナスです」
「う……」
「ですが、私はとてもうれしかったですよ」

 そう言うソフィアは、声まで優しい。
 とろけるような感じで、本当に、心の底からうれしいという印象だ。

「大好きな人が私のために怒って、戦ってくれる……女として、これ以上うれしいことはありません。ありがとうございます、フェイト。私に女の喜びを与えてくれて」
「あ、うん……どういたしまして……」
「人前なので我慢していますが、二人きりだったら、今すぐに抱きつきたいくらいうれしいのですよ?」
「え、えっと……」
「その時は、フェイトも優しく抱きしめてくださいね。フェイトの温もりを感じると、とても落ち着くことができて、あと、幸せな気持ちになることができるんです」
「うん、それは僕も同じだよ。ソフィアが笑ってくれるだけで、僕は幸せになることができるんだ」

 照れつつ、僕はしどろもどろに答えて、

「けっ……リア充め、爆発しなさいよ」

 蚊帳の外に置き去りにしてしまったリコリスは、ふてくされていた。

「……ところで、アイシャは?」

 念の為に声を潜めて尋ねる。

「大丈夫ですよ。クリフに預かってもらいました」
「なるほど、それなら安心できるかもね」

 クリフのことはそれなりに信頼している。
 ずっと、となると無理があるだろうけど……
 短期間なら問題ないだろう。

 でも、その後、どうするかだよな。
 ずっと預けておくわけにはいかないし、アイシャのことをちゃんと考えておかないと。

「いやー、すばらしい」

 振り返ると、ドクトルの姿が。

「一部始終、見させていただきました」
「あ、はい」
「彼は私の専任の一人で、上位に位置する冒険者なのですが……まさか、そんな彼を赤子のように扱ってしまうなんて。スティアート殿の力はとてつもないですな」
「いえ、そんな。運が良かっただけですよ」
「謙遜なさらず。とても素晴らしいと思いました……おや? 剣聖殿は戻ってきていたのですね。私は、ドクトル・ブラスバンド。冒険者協会の幹部を務めています」
「はじめまして。私は、ソフィア・アスカルト。若輩者ではありますが、剣聖の称号を授かっています」

 ソフィアはにっこりと笑い、優雅にお辞儀をしてみせた。
 この切り替えの速度が、さすが、なんてことを思ってしまう。

「お会いできるのを楽しみにしておりました。若いだけではなく、とても綺麗なのですな」
「そんな、それほどでもありません」

 ソフィアは笑顔だけど、でも、僕には本気で笑っていないことがわかる。

 彼女が今考えていることは……
 ありきたりなお世辞なんていらないから、どうでもいい。

 というような感じだろうか?
 ソフィアって、敵と認定した相手には情けゼロで完璧に容赦がないからなあ。
 事前の情報もあるから、ドクトルは、すでに敵認定されかけているみたいだ。

 かわいそうに。
 合掌。

「色々と話をさせていただければと思いますが……まずは、宴を楽しみ、ゆっくりと休んでください。話は明日にいたしましょう」
「ええ、了解しました。明日を楽しみにしています」
「こちらこそ。おっと、では、私は他にやることがあるためここで失礼いたします」

 ドクトルは一礼して、別のところへ消えた。

「今のがドクトル・ブラスバンドですか……」
「ソフィアは、どんな印象を持った?」
「なかなかの食わせ者ですね。物腰は丁寧ですが、目はに猛禽類を思わせるほどに鋭く、気を抜くことはできません」
「うん、やっぱりそういう感想になるよね」

 僕の感想も、ソフィアとほぼほぼ同じだ。
 紳士に見えて、しかし、心の中に獣を飼っている。
 隙を見せれば容赦なく食らいついてくるだろう。

「とりあえず、怪しまれないように適度にパーティーを楽しんで……」
「それから部屋に戻って、細かい情報を共有しましょうか」
「飲むわ! 食べるわ!」

 リコリスがうれしそうに声を大きくして……
 その様子に、僕とソフィアは揃って苦笑した。



――――――――――



 パーティーが終わり、ソフィアと一緒に部屋へ戻る。
 用意された寝室は豪華なところで、三人で使用するにはもったいないくらいだ。

 ただ一つ、大きな問題があった。
 それは……

「……ベッドが一つしかない」
「ここ、とても良い部屋ですね」
「あ、うん。ソウダネ」

 ソフィアはなんとも思っていないのか、気がついていないのか、動揺している様子はない。

 ただ、僕はおもいきり動揺していた。
 ついつい語尾が怪しくなってしまうくらいに、心臓がばくばくとしていた。

 宿などでソフィアと同じ部屋になったことはあるけど……
 でも、一緒のベッドなんてことはない。

「簡単な水場もありますね」
「そうなんだ」
「それに、部屋が広いだけじゃなくて、浴室もついているみたいですね」
「そうなんだ」
「少し汗をかいてしまったので、お風呂に入ってきますね」
「そうなんだ」

 ……

「えっ!?」

 遅れて言葉の意味を理解するのだけど、その時には、すでにソフィアは扉の向こう側へ。
 パタン、と扉が閉じて……
 ややあって、スルスルと布が擦れるような音が。

「……」
「フェイトって、実はむっつり?」
「し、仕方ないじゃないか。好きな女の子が、こんな、無防備にお風呂に入るなんて……」
「まー、気持ちはわからなくもないけどねー。あたし、そういうのにも理解ある女だし」

 リコリスのドヤ顔が、ちょっとうざい。

「なんなら、フェイトも風呂に入ってきたら?」
「えっ!?」
「乱入して、俺の手で体を洗ってやるぜげへへへ、ってな感じで」
「リコリスの中の僕のイメージは、そんななの……?」
「違うわよ。ただ単に、この前読んだ本でそういう男が出てきた、っていうだけ」

 それはそれで、どうなのだろうか?
 女の子なのに、そういう本は読まない方がいいと思うのだけど……

「フェイト」
「えっ」

 浴室に繋がる扉がいきなり開いて、ソフィアが顔を出した。
 一応、大事なところは扉で隠しているものの……
 でも、濡れた髪とか白い肩は見えてしまっている。

「そ、ソフィア!? な、なにをして……!?」
「そちらにバスタオルはありませんか? ここには見当たらなくて……」
「あ、えと、う、うん! バスタオルだね!? ちょっと待ってね?」

 ギクシャクとしつつ、バスタオルを探す。

「えっと、その……お風呂、早かったね」
「そうですか? 私としては、普通に堪能したつもりなのですが」

 どうやら、緊張のあまり、体感時間が遅くなっていたらしい。
 あたふたしつつ、バスタオルを探す。

 そんな僕に、リコリスが耳元でそっとささやく。

「……フェイト、フェイト」
「な、なに?」
「バスタオル渡すフリをして、そのまま押し倒しちゃえば?」
「で、できるわけないよ!?」
「フェイト? どうかしたのですか?」
「う、ううんっ、なんでもないよ!?」

 顔が熱い。
 ソフィアに変に思われないかな?

 妙な危機感を覚えつつも、バスタオルをなんとか探し出して、ソフィアに渡すのだった。



――――――――――



 その後、僕もお風呂に入り、リコリスもお風呂に入り……
 そして、寝る時間。

「えっと……」

 ベッドは一つ。
 十分な大きさがあるから二人で寝ても問題はないのだけど、でも、そんなことは……

「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。夜ふかしして昼前に起きるなんて情けないところ、ドクトルに見せるわけにはいきませんからね」
「え? いや、その……」
「フェイト? まだなにか、起きていないといけない理由が?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
「どうしたんですか?」
「……その、ソフィアは、当たり前のように二人で一緒に寝ようとしているんだけど、イヤじゃないの?」
「なにを言っているんですか? イヤなんてこと、あるわけないじゃないですか?」

 心底、不思議そうな顔をされてしまった。

 次いで、頬をほんのりと赤く染められてしまう。

「むしろ、うれしいですよ」
「え」
「ほら、覚えていますか? 小さい頃は、お互いの家によくお泊まりをしたじゃないですか。その時は一緒のベッドに寝て、夜ふかしをしたりしておしゃべりをして……」
「あ……うん、そうだね。たまに親に見つかって、さっさと寝なさい、って怒られたり」
「次はバレないように、って布団をかぶっておしゃべりしたこともありましたね」
「色々なことをして……うん、楽しかったよね」
「はい。なので、ちょっと昔のことを思い出して……できるなら、フェイトと一緒に寝たいです。ダメですか?」
「えっと……ううん、ダメなんてことないよ。一緒に寝よう」

 そんな話を聞かされたら断るなんてできないし……
 あと、僕もソフィアと一緒に寝たい。
 彼女の温もりを感じたい。

 いやらしい意味じゃないからね?

「……」
「……」

 明かりを消して、ベッドで一緒に横になる。

 余裕があるように見えたけど、強がりだったのか、ソフィアはなにも言わない。
 もちろん、僕もなにも言わない。
 余裕なんてものがあるわけがなくて、ただただ緊張していた。

 幼い頃はよく一緒に寝ていたけど、あの頃とは色々なものが大きく違う。
 ソフィアは、大事な幼馴染から愛しい幼馴染に変わっていて……
 そんな彼女と一緒に寝ていると思うと、うれしいという以外の感情も湧いてくる。

「うぅ……ちょっと困りました」
「どうしたの?」
「いざ、実行してみると……これは、思っていた以上にドキドキしますね。フェイトのことばかり考えてしまって、ちゃんと眠れるかどうかわかりません」
「それは僕も同じだよ。ソフィアがすぐ近くにいるから、顔が熱くて仕方ないよ」
「ふふっ、それは私も同じですね」
「うん」

 ちょっと顔を傾ければ、すぐ目の前にソフィアの顔が。
 暗くても、彼女の顔はハッキリと見える。
 とても綺麗で優しい顔だ。

「……ねえ、フェイト」
「うん」
「その、手を繋いでもいいですか? フェイトの温もりを分けていただければ、と思いまして」
「いくらでも。はい、どうぞ」

 手を差し出すと、そっと、ソフィアが僕の手を握る。
 温かい。
 体だけじゃなくて、心までぽかぽかになるみたいだ。

「今なら、ぐっすり眠れそうです」
「うん、僕も」
「おやすみなさい、フェイト」
「おやすみ、ソフィア」

 僕達は、ゆっくりと目を閉じて……

「……まったく、爆ぜなさいよ」

 どこからともなく、そんな声が聞こえてくるのだった。
 一夜明けて、ドクトル邸での朝を迎える。

 ソフィアと一緒のベッドで寝る、なんてことになった時は、緊張して眠れるか不安だったのだけど……
 いざ横になって目を閉じると、すぐに眠ることができた。
 色々あったから、疲れが溜まっていたのだろう。

 その後、朝食をいただいて、再び客間に戻る。
 ドクトルは話をしたい様子だったが、昼過ぎまで仕事があるらしい。

 専任について話し合う時間ができましたね、なんてことを言っていた。
 もちろん、そんな話をするつもりはない。
 話し合うことは、これからどう動くか? というものだ。

 専任についての話をすると、

「なるほど……それは、受けた方がいいかもしれませんね」
「え、そうなの?」
「専任になることで、より深いところに潜り込むことができますし、ドクトルも私達を信用するでしょう。不正の証拠をより集めやすくなります」
「うん、それは考えたんだけど、でも、最終的には敵対するわけだよね? 専任になっておいてそんなことをしたら、後々でまずいことになるんじゃないかな?」
「確かにまずいですが、ドクトルが失脚すれば問題ありません。クリフがなんとかしてくれるそうです」
「と、いうことは……ドクトルが失脚しないとダメ、っていうことか」
「そうなりますね……ハイリスクな案件になります。フェイト。やはり、安全安心を第一に考えて、退いたとしても……」
「ううん、それはやらない」

 きっぱりと言う。

 ソフィアが僕のことを心配してくれているのはわかる。
 その気持ちはとてもうれしいし、僕もソフィアを危険な目に遭わせたくない。

 でも、

「ドクトルが好き勝手やっているのなら、放っておくことはしたくないんだ。僕には関係ことなのかもしれない。冒険者をやめればいいだけの話かもしれない。でも……そのことを知って、なおかつ、どうにかできるかもしれないというのなら、僕は、どうにかしたい。自分にできることをしたい」
「はい、わかりました」
「ごめんね、ソフィア」
「どうして謝るのですか?」
「僕のわがままにソフィアを付き合わせることになるから……」
「ぜんぜん気にしていませんよ。むしろ、うれしいくらいです。フェイトのそんな真面目でまっすぐなところを、私は好きになったのですから」
「……ありがとう」

 ソフィアが幼馴染で本当によかったと思う。
 僕にはもったいないくらいの女の子だ。

 でも……いつまでも、こんな考えじゃいけないよな。
 早く彼女に釣り合う男になって、それから、ずっと大事にするんだ。

「じゃあ、専任は引き受ける、っていうことでいいかな?」
「はい、それでいいと思います。ただ、専任になったからといって、すぐに全ての情報が開示されるわけではないと思うので……たぶん、少しずつ汚れ仕事をさせられるでしょう」
「そこは……うん、そうだね。ただ、人を傷つけるようなことはしたくないかな。そうなりそうな時は、ちょっと方法を考えたいかも」
「はい、それは私も同意です。盗賊団の財宝を横流しするのなら、後で取り返せばいいのですが……脅迫とか暗殺とか、そういう話になった時は、別の方法を考えましょう」
「うん。じゃあ、ひとまず、今後の方針はそんなところかな?」
「あ、少し耳に入れておきたい情報が」

 なんだろう?

「アイシャのことですが……もしかしたら、ドクトルが関与しているかもしれません」
「え?」

 思わぬ情報に、ついつい声を大きくしてしまう。

「それ、どういうこと?」
「確たることは言えないのですが、クリフからの情報によると、どうも、ドクトルとその協力者であるファルツは、人身売買にも手を染めていたらしく……」
「もしかして……アイシャは、その被害者?」
「その可能性が高い、とクリフは言っていました。盗賊団に貴重な獣人などを誘拐してもらい、商品として売る……その可能性が高い、と」
「……」

 拳を強く握りしめる。

 あんなに小さな子を誘拐して……
 しかも、奴隷として売ろうとするなんて。

 許せない。
 証拠が揃っているのなら、今すぐにでも斬り捨ててしまいたいくらいだ。

 激しい怒りが湧き上がるのだけど……
 でも、短気はいけない。
 ここでドクトルを斬り捨てたら、パートナーであるソフィアも巻き込まれるかもしれない。
 かといって正規の手順で弾劾しようにも、証拠足りない。

 大丈夫。
 アイシャは、クリフがちゃんと保護してくれているらしい。
 焦らず、できることを確実にこなしていこう。

「うん……教えてくれてありがとう。アイシャのことも注意した方がよさそうだね」
「はい。あと、これは時間があったらでいいのですが……アイシャに会いにいってあげてくれませんか? あの子、フェイトのことが気になるらしくて……」

 なんてことを言いつつ、ソフィアは微妙な顔に。

 もしかして……妬いている?

「あー、この子めんどくさいわねー。あんな小さな子を相手に妬くんじゃないわよ」
「うっ」

 成り行きを見守っていたリコリスが、呆れた様子で言う。
 ソフィアは赤くなり、視線を逸らす。

「で、ですが、それは……」
「はいはい、言い訳はいいの。とりあえず、子供相手に嫉妬して、変なことはしないでよ」
「わ、わかっています!」

 ムキになるソフィアもかわいいなあ、なんてことを考えてしまう。

「じゃあ、専任を受ける、ということで」
「はい、それでいいと思います」
「そこら辺は任せたら。あたしにできることがあれば、ま、協力してあげる」

 三人の意見が一致する。

 さて……これから、どんな展開になるか?
 気を抜かず、しっかりとやっていきたい。



――――――――――



 午後。
 ドクトルが帰ってきた後、専任を引き受けるという話をした。

 ドクトルは、こちらが予想していた以上に喜んでいた。
 僕が、というよりは、ソフィアが味方になってくれることがうれしいのだろう。

 なにしろ、剣聖だからね。
 その力は、個人で小さな国を制圧できてしまうほどだ。

 そのまま、ぽんぽんぽんとスムーズに話が進んだ。
 専任になったことで、ある程度の情報も開示してもらえることになった。
 全てというわけじゃないけど、これは大きい。
 うまい具合に調査を進めれば、確たる不正の証拠を手に入れることができるだろう。

 ……と、良い話はここまで。

 悪い話がある。
 専任になったことで、さっそく、僕達は仕事を与えられた。
 その仕事というのが……

「まさか、アイシャを探し出すこと……なんて」
 専任になった僕達に与えられた最初の仕事は、アイシャを探し出して、ドクトルに引き渡すこと。

 ドクトルは、友達の子供だから保護したい、と言っていたのだけど……
 まず間違いなくウソ。

 ドクトルはアイシャを『商品』として扱おうとしていた。
 聞けば、獣人の奴隷は高く取り引きされるみたいだから……
 そのために、僕達を使い、『商品』を取り戻そうとしているのだろう。

「正直なところ、今すぐに殴り倒したいね」

 あんな小さな子供まで利用しようとするなんて……
 絶対に許せない。

 証拠を得るために専任になったのだけど、でも、そんなことはなかったことにして、今すぐに殴り込みをしたい気分だ。

 ソフィアも似たようなことを考えているらしく、その表情はとても厳しい。

「フェイト、気持ちはわかりますが……」
「うん、早まったことはしないよ」

 ドクトルを殴り倒すことは簡単だ。
 でも、そうしたら僕の気が晴れるだけで、彼を追放することはできない。

 よほどのことがない限りは我慢して……
 そして、絶対に不正の証拠を掴んでみせる。

 まあ。
 アイシャが再び捕まるなどの、よほどのことが起きた場合は、その限りじゃないのだけど。

「で。これからどうするわけ? あの猫耳娘を差し出すわけにはいかないでしょ?」
「もちろん」
「でも、そうしないと依頼は失敗。ドクトルの信用を得ることはできないわ」
「そこが問題なんだよね……」
「アイシャを差し出すことは論外ですが、しかし、依頼を失敗するわけにもいきません。なかなか悩ましい問題ですね」
「どうすればいいのかしら?」

 三人で頭を悩ませる。

 ドクトルの依頼はこなしたい。
 しかし、アイシャを引き渡すわけにはいかない。

 相反する状況を打破するためには……

「んー……協会の幹部が奴隷取り引きに手を染めていたなんてことが判明すれば、一発アウトだよね?」
「もちろんです」
「なら、その決定的な証拠を、公の前で晒すことにしよう」
「でもさー、そいつはあたし達をまだ信じてないわけでしょ? 証拠から遠ざけるだろうし、なかなか難しいんじゃない?」
「証拠を探すんじゃなくて、実際の現場を押さえるんだ」
「どゆこと?」
「まずは、アイシャが見つかったという報告をする。そうだなあ……数日以内に、確実に連れて来ることができますよ、というような感じの。もちろん、ウソ。アイシャは実際に連れていかないよ?」
「なるほど……そういう感じですか」

 さすが幼馴染。
 ソフィアは僕がやろうとしていることをなんとなく察した様子で、納得顔を見せた。

 一方のリコリスは、頭の上に疑問符を浮かべている。

「言い方は悪いんだけど……商品が手に入るとわかれば、ドクトルは売買に向けて動くはず。宣伝して、客を集めて、奴隷オークションを開くはず」

 シグルド達は、僕をいいように使いたかったため、オークションに出すことはなかったのだけど……
 通常、奴隷はオークションに出されて、そこで売買される。
 元奴隷なので、そういうところは詳しい。

「オークションを開こうとすれば、それなりに大きな動きになるはず。注意深く見ていれば、必ず尻尾を出すと思うよ」
「なるほどね。そこを、ガッチリと捕まえちゃうわけね? でも、本当に動くかしら? 動くにしても、アイシャが手に入ってからじゃない?」
「他にも奴隷として捕まっている人はいるだろうから、動くための準備は今もしていると思うよ。そこに、目玉商品であるアイシャの確保の目処が立ったと聞けば、動かないはずがないと思う」
「なるほどね」
「クリフから聞きましたが、密偵を忍ばせているようです。クリフに頼んでコンタクトを取ってもらえば、いつどこでオークションが開かれるのか、情報を得ることができると思います」

 それはうれしい情報だ。

「オークションの日を調べて、その日の朝にアイシャを連れてきますね、っていう話にしておけば、しつこく催促されることはないと思うんだよね。それまでは、遠くにいるとか移動中とかで、ごまかしておけばいい」
「そして当日……アイシャを連れて行くと見せかけて、オークション会場を襲撃。そのまま証拠を確保する、ということですね?」
「うん、正解」

 これなら、アイシャをドクトルに引き渡す必要がない。
 悪事の証拠を掴むこともできる。

 不正の証拠は手に入れることはできないけど……
 奴隷オークションに関与していたとなれば、逮捕は確実。
 そこから余罪を突き詰めていけばいい。

 クリフが思い描いていたルートとはズレてしまうけど……
 まあ、それはそれ。
 これはこれ。
 現場判断ということで、僕達の策を通してもらおう。

「でもさー、いくつか不安要素はあるわよね」

 本当にオークションを開催するのか?
 他に捕まっているであろう人の安否は?
 アイシャの身柄の引き渡しをしつこく要求してきたら?

「不確定要素、っていうのは必ず起きるって考えた方がいいわよ? 思いも寄らない事態になって、慌てるかも」
「そうだね。できる限りの事態を想定して、その対処法を考えて……」
「ですが、完璧に未来を予測することは不可能です。想定外の事態に対しては、臨機応変に当たるしかありませんね」

 そこは、少しもどかしいところだ。

 アイシャの運命がかかっていると言っても過言じゃない。
 囚われているであろう人達の安否も気になる。

 完璧な作戦を立てることができたらいいのだけど……
 しかし、それは不可能。
 予想外のことは、起きる時は必ず起きる。
 百パーセント成功する、なんてことはない。

「もしも、大失敗するようなら……」
「するようなら?」
「アイシャや捕まっているであろう人達の安全を一番に考えて、もう、物理的にドクトルを成敗しちゃおう」
「え、証拠は?」
「気にしない。成敗した後、しっかりと家宅捜索をして、証拠を見つけよう。全部の悪事の証拠があるとは思えないけど、なにかしらあると思うよ。邪魔がなければ、それを見つけることは不可能じゃないと思う」
「それ、いいわけ? 人間には、法ってものがあるんじゃないの?」
「おもいきり破ることになるね」

 でも。

「悪人を野放しにしておくよりはマシだから」
「……」
「後々、確実に面倒なことになるんだけど……でも、それで悪人をどうにかすることができるなら、そうしたいと思う。ほったらかしにして、なにも見なかったことにして、この街を逃げる、っていう手もあるんだけど、それはしたくないかな」

 街を救うとか。
 冒険者ギルドを正すとか。
 そんな大層なことは言えない。

 でも、おいしいごはんを作ってくれる宿の人とか。
 気持ちのいい笑顔で挨拶をしてくれる街の人とか。

 そういう人達が困っていて、僕にどうにかできる力があるのなら、なんとかしたいって思う。

「ホント、呆れるほどのお人好しなのね」
「呆れた?」
「いいえ」

 リコリスはニヤリと笑う。

「嫌いじゃないわ」
「ありがとう」
「ふふっ、リコリスもフェイトの魅力にやられてしまいましたか? しかし、フェイトは私のものですよ?」

 お願いだから、笑顔で殺気を放ちつつ、牽制しないでほしい。

「フェイトに興味はあるけど、恋愛感情は欠片もないわよ。あたし達妖精は、おもしろいことが大好きなの。フェイトと一緒にいれば、そのおもしろいことがたくさん起きそう。だから、興味があるの。今回も期待させてもらうわね。そのためなら、あたしも、いくらでも力を貸してあげる」
「うん、よろしくね。ソフィアも、一緒にがんばろう」
「はい。私は、フェイトのためなら、なんでもできますよ」

 こうして、ドクトルを追い込むために、僕達は本格的に動き始めることにした。
 翌日。
 さっそく、僕達は行動に移ることにした。

 まずは、アイシャを探すフリをして、外へ。
 一日二日で見つけたとなると、さすがに不自然なので、一週間ほどの時間を空けることにした。

 その間、ドクトルに関する情報をありったけ仕入れる。
 クリフが苦戦しているだけあって、黒い噂が流れてくる程度で、確たるものはない。

 ただ、それでも十分。
 なにが今後に繋がるかわからないし、思わぬ収穫が出てくる可能性もある。
 なので、手当たり次第に情報収集をした。

 ついでに……

 ファルツ・ルッツベインについても調査を進めた。
 ドクトルと同じく、冒険者ギルドの幹部の一人。

 ドクトルの方が立場は上のようだけど……
 コイツはコイツで、放っておくことはできない。

 クリフの話によると、スタンピードを引き起こしたのはファルツだ。
 その動機は、クリフに嫌がらせをしたいという、くだらないもの。
 こんなヤツを放っておいたら、今後、どれだけの被害が生まれることか。

 ドクトルと同じく、絶対に追放してやる。

 そんな決意を胸に燃やしつつ、情報収集を進めて……
 同時に、作戦の準備も進めて……

 そして、一週間が経過した。



――――――――――



「なにっ、アイシャを見つけたのですか!?」

 準備が整ったところで、僕達は、アイシャを見つけたという報告をドクトルにした。

 思っていた通り。
 ものすごい勢いで食いついてきた。

「それは本当ですか!?」
「はい。十歳くらいの、犬耳の獣人族ですよね?」
「うむ、うむ。その子に間違いないありません」
「色々な調査を重ねた結果、先日、彼女についての情報を得ることができて……」
「それで、実際に確認したところ、アイシャちゃんで間違いないという結論に達しました」

 ソフィアが、笑顔で補足してくれる。
 声のトーンはいつも通りで、ウソをついているなんて、とても思えない。

 女の子はウソが上手なのかな?
 ちょっと怖い、なんてことを思ってしまう僕だった。

「一週間で見つけてしまうなんて、素晴らしい成果ですね。お二人を専任にしたのは、間違いではありませんでした。ありがとうございます」
「いえ、お役に立てたのならなによりです」

 ドクトルは、孫との再会を待ちわびる好々爺のような顔をするのだけど、

「それで、アイシャは今、どちらに?」

 そう問いかけた時、一瞬ではあるけれど、獲物を狙う猛禽類のような鋭い目をした。
 これがドクトルの本性なのだろう。

 やっぱり、この人は危険だ。
 絶対に作戦を成功させて、冒険者ギルドから追放しなければ。

「別の街で見つかりまして」
「今、この街に来る馬車を手配したところです。おそらく、数日中には到着するかと」
「なるほど、なるほど。会えることをとても楽しみにしています。あぁ、今日はなんて素晴らしい日だ」

 今、ドクトルは頭の中でなにを考えているのか?
 どうせロクでもないことなんだろうな……

 そんなことを思いつつ、適当な愛想笑いを浮かべる。

「……」

 ソフィアは愛想笑いが引きつりかけていた。
 ドクトルのイヤな気配を感じ取り、それに嫌悪感を示しているみたいで、今すぐにでも剣を抜いてしまいそうだ。

 ダメ。
 さすがに我慢して!



――――――――――



「危ないところでした……あのゴミ、もとい、腐りきったダメ人間を反射的に斬り捨ててしまいそうになりました……」

 調査を続けるという名目で屋敷を離れた後、ソフィアがげんなりとした様子で言う。
 僕が考えているよりも危うい状況だったらしい。

 危ない。
 そのまま斬り捨てていたら、とんでもないことになっていたところだ。

「ま、ソフィアの短気はともかく、今のところ、作戦は順調ね」

 僕の頭の上で、リコリスが上機嫌で言う。
 僕の頭の上、気に入ったのかな?

「大体、あたし達が考えていた通りに動いているんじゃない?」
「うん、そうだね。今のところ、問題ないと思う」
「でも、油断は禁物ですよ? 今は順調だとしても、なにが起きるかわかりませんからね。気を引き締めて、一つのミスもしないつもりで挑みましょう」
「うん、わかっているよ」

 そんな話をしつつ、冒険者ギルドへ。

 ここでアイシャの情報を探る……
 フリをして、逆に、ドクトルとファルツの調査を進める。

 今日は、クリフが信頼する諜報員と面会をして、情報をもらう予定だ。
 その予定なのだけど……

「……遅いですね?」

 客間に案内されて、待つこと三十分。
 未だに諜報員は現れない。
 クリフも現れない。

 なにかあったのかな?

「……またせたね」

 クリフが姿を見せたのは、さらに三十分経ってからだった。

 なにかあったんだろうと、一目見てわかるほど苦い顔をしている。
 トラブル発生、という感じかな?

 できれば、軽いトラブルであってほしいんだけど……
 そんな僕の願いは、簡単に裏切られることになる。

「どうかしたの?」
「すまない!」

 クリフは頭を下げて、

「獣人族の子だけど、ドクトルに捕まってしまったかもしれない」

 とびきりの爆弾発言をするのだった。
「それはどういうこと!?」

 アイシャを見つけた、というウソの報告はしたものの……
 本当にアイシャがドクトルに捕まってしまうなんて。

 さすがに、この展開は予想していなかった。

 驚きと焦燥と……そして、疑念。
 思わずクリフを睨みつけてしまう。

 僕だけじゃなくて、ソフィアとリコリスもクリフに厳しい目を向けている。

「すまない……連中がこれほどまでのバカだなんて思わなかった」
「それは、どういう意味なのですか? なにが起きたのか、詳細に説明してください」
「うん、もちろんだ。説明をする責任があるし……それと、あの子を助ける義務もある。その話もさせてほしい」

 申しわけない、ともう一度頭を下げた後、クリフは事の経緯を説明してくれた。

 クリフは、アイシャを絶対に信頼できる相手に預けていたらしい。
 右腕といえるような存在で、仕事の能力も戦闘能力もどちらも長けていて、また、長年の親友であるとか。

 クリフは表に立って色々と動かないといけないため、アイシャの保護は難しい。
 しかし、親友ならば……と思い、彼にアイシャの保護を依頼したらしい。

 ただ、ここで問題が起きた。

 ドクトルの仲間、ファルツ・ルッツベインが動いたのだ。
 聞くところによると、ファルツは、ここ最近は失敗続き。
 なんとか汚名返上しようと焦っていたらしく、起死回生の策を考えていたという。

 そして……

 クリフの右腕である親友を襲撃するという、無謀でメチャクチャな計画を思いついた。
 親友を失えばクリフの力は大きく削がれるだろう、と考えてのことだろうが……
 そんなことを理由なくすれば、いくら冒険者協会の幹部とはいえ罰は免れない。

 ただ、ファルツはそんなことも考えられないほどの愚か者らしく、計画を実行に移してしまった。
 結果、親友は大怪我を負い、アイシャはさらわれてしまった……とのことだった。

「本当にすまない! あの子のことは、しっかりと保護すると約束したというのに……謝って済むことじゃないのはわかっているんだけど、それでも、本当にすまないっ!!!」
「それは……うん。クリフのせいじゃないよ」
「私も同意です。話を聞く限り、クリフは万全の体勢を敷いていたみたいですし……」
「バカがバカすぎたから、バカを予想できなくても仕方ないんじゃない? っていうか、そこまでバカの行動を読めたとしたら、その方がおかしいわよ」

 リコリスの言う通りだ。
 そこまで後先考えない行動に出るなんて、普通は考えない。
 逆に、そこまでの可能性を考えて警戒している方が、ちょっとおかしいと思う。

 だから、クリフに非はないと思うんだけど……

「とにかくも、誰に責任があるとか、そういう話は後にしよう。今は、アイシャのことを考えないと」
「そうですね。このままだと、アイシャは奴隷として売られてしまいます。それだけは、防がないといけません」
「うん。それは絶対にダメだよ……そんなこと、許せるわけがない!」

 自分の境遇と重ねているのかもしれない。
 だから、アイシャのことが気になる、放っておけない。

 クリフが顎に手をやり、考える仕草をとる。

「僕が言えるようなことじゃないが、のんびりはしていられないね。すぐに準備をして、それからドクトルの屋敷に突入した方がいいかもしれない」
「そんなことをして、大丈夫なのですか?」
「……よくはないね」

 クリフは苦い顔をするが、言葉は止めない。

「突入しても、すぐに制圧できるわけじゃない。ドクトルは証拠を処分、あるいは隠すだろうし……最悪、逃げられるね。そして、後で反撃される」
「そうなると、クリフ的にはまずいんじゃないの? ドクトルってヤツを叩きのめすのが目的なのに、まったく正反対の結果になっちゃうじゃない」
「そうだね。望ましくはない。だから、確実にドクトルを叩き潰せる時まで待ってほしい」
「それは、いつ?」
「オークションが開催される日だね。現場を抑えることができれば、これ以上ないほどの証拠になる。それ以前に叩いたとしても、証拠不十分だったりトカゲのしっぽ切りで、ドクトルの完全失脚までは狙えない。また力をつけて、再びアイシャを狙うかもしれない」
「……」

 クリフの言うことは正論なのだけど……

「でも、その間にアイシャは酷い目に遭うかもしれない」
「……」
「別のルートで売られないとも限らない。そのことを考えると、時間はあげられないよ。今すぐに助けに行く」

 それが僕の結論だ。
 ドクトルが再び狙ってきたとしても、今度は、僕達が守る。

「いや、待ってくれないかな? アイシャの安全については問題ない」
「それは、どういう?」
「密偵からの報告で、アイシャは奴隷とは思えない好待遇を受けているみたいなんだ。なにかしら暴力を受けている、という報告もない」
「それは……」
「どういう……?」
「普通、奴隷にそんなことしないわよね?」

 みんなで首を傾げる。

「正直なところ、僕もよくわからないんだよね。アイシャは、てっきり、高値がつく獣人族だから狙われているんだと思っていたんだけど……もしかしたら、それだけじゃないのかもしれない。ドクトルは、彼女を奴隷として売るためじゃなくて、別の目的で探していたのかもしれない」
「その理由は?」
「それはわからないかな。ただ、ドクトルはアイシャに危害を加えるつもりはないよ。売り飛ばすこともないと思う。その点については、今度こそ絶対の絶対だね」
「……」

 どう思う? とソフィアを見る。

 考えるような間の後、信じてみてもいいのでは? という感じで頷いた。

「……うん、わかったよ。クリフを信じる」
「ありがとう」
「ただ、アイシャに関する情報は毎日提供して。それで、少しでも彼女に危害が及びそうなら、その時は、即座に動くから」
「わかった、それで構わないよ。元々、無理を言っているのはこちらだからね。その時は、僕も全力で支援すると約束しよう」



――――――――――



 作戦会議を終えた後……
 クリフは下準備をするため、別のところへ。

 僕達はドクトルの屋敷へ戻った。
 そして、彼の執務室を訪ねる。

「戻りました」
「あぁ、キミ達ですか」

 僕達の姿を確認したドクトルは、一瞬、鋭い目になる。

 ファルツからアイシャを確保したと連絡を受けているのだろう。
 僕達の説明と若干、食い違う点が気になり、怪しんでいるのだと思う。

 なので、決定的に怪しまれる前に手を打つ。

「アイシャのことで、少し報告しておきたいことがあるんですが……」
「うん? どういうことですか?」
「どうも、僕達が想定していたよりも早く街についてきたみたいで。迷子になり、冒険者ギルドを訪ねたみたいですが、その後の行動がわからず……」
「ふむ、なるほど……そういうことなら、心配はいりませんよ。私の友人が、さきほど、アイシャを見つけてくれたので」
「そうなんですか? それならよかった」
「どちらにしても、お二人がいなければアイシャを迎えることはできませんでした。深く感謝します」

 ドクトルは笑顔でそう言う。

 僕達に小さな疑いは抱いたけど、でも、それはまだ決定的なものじゃない。
 どうとでもごまかせる範囲……そう感じた。

 これなら、まだなんとかなるかもしれないな。

「なら、依頼完了ということで。次の仕事はありますか?」

 ここで、オークション関係の仕事を頼まれるのがベスト。
 別の仕事なら、適当にこなすフリをしつつ、オークションの情報を探る。
 仕事がないなら、やはり情報を探る。

「そうですね……実は、数日後に少し大きな仕事が控えていまして。ただ、私が掴んだ情報によると、その仕事を邪魔しようとする不届きな輩がいるらしいのです」

 その不届きな輩というのは、クリフのことだ。
 クリフが動いていますよ、とあえて情報を流してもらい、ドクトルの警戒心を煽る。
 そして……

「なので、仕事を手伝っていただけませんか? 主に警備ですね」

 僕達に仕事が回ってくるようにする。
 それが目的だ。

 クリフは、Sランク以上の力を持つ。
 そんな敵を作るとしたら、きっと、ソフィアを頼りにするだろうと踏んでのことだ。

「わかりました」
「私達でよければ」

 今のところ、作戦は順調だ。

 アイシャ……すぐに助けるから、待ってて。