「うおおおおおぉっ!!!」

 男が裂帛の気合を吐きながら、地面を蹴る。
 すぐに斬りかからないで、こちらの隙を探るかのように、僕の前後左右を駆ける。

 「すごい速さだ」「なにが起きているのかわからない」「どれだけの技術があれば、あのようなことが可能なんだ?」

 ……なんていう周囲の声が聞こえてくるのだけど。
 そこまで驚くようなことなのかな?

 右、後ろ、左、後ろ、左、前、右、前、右……
 全部、見えている。

 たまに男が攻撃に転じようとするから、そちらを見ると、

「っ!?」

 男は驚いたように目を大きくして、攻撃を中止して、再び撹乱に戻る。

 パーティーの来場者達は男の動きに驚いているみたいだけど……
 僕は、驚くことはない。
 ソフィアという規格外が身近にいるから、この程度はなんてことはない。

「フェイトも、十分に規格外っことを自覚しなさいよね」

 僕の心を読んだかのように、頭の上のリコリスが、どこか呆れた様子でつぶやくのだった。



――――――――――



 なんだ、コイツは?
 いったいどうなっている?

 男……ゼロスは混乱と困惑を同時に覚えていた。

 ゼロスは、石を砕く腕力に自信があった。
 空を翔けるような跳躍力に自信があった。
 姿が消えてしまうと言われている脚力に自信があった。

 それなのに、ドクトルの客人として招かれたフェイトは、いとも簡単にゼロスの限界値を超えた。
 聞くと、まだ余力があるという。

 ありえない。

 ゼロスはプライドの高さ故に、その事実を認めることができず、直接勝負でフェイトを叩きのめそうとした。
 超高速の移動。
 フェイントを何度も織り交ぜて、致命的な隙を作り、必殺の一撃を叩き込む。

 この戦術で、ゼロスは今までに全て勝利を収めてきた。
 対応できる者なんていない。
 いないはずなのに……

「くっ……!?」

 攻撃をしようとすると、必ず、フェイトと目が合う。
 あなたの動きは全部見えているよ?
 そう言っているかのようだった。

 事実、見えているのだろう。
 そして、対応するだけの反射神経も持ち合わせているのだろう。

 ありえない。
 ありえない。
 ありえない。

 ゼロスは心の中で絶叫した。
 フェイトの力を認めず、否定した。

 そうしなければ、彼のプライドは粉々に砕けていて……
 刃を交わす前に負けていただろう。

「俺は……こんなガキに劣っているはずがねえ、最強なんだっ!」

 ゼロスは、己の過去の輝かしい戦歴を思い返した。
 全てに勝利した。
 格上と言われていた相手も、地に這いつくばらせることに成功した。
 負けなんて一度もない。
 エリートと言っても過言ではない。

 それなのに……

「剣聖の称号に乗っかっているだけのガキなんかに……!!!」

 絶対に負けられない。
 自分より上なんて認められない。

 ゼロスは奥の手を使うことにした。

 こんあこともあろうかと、袖の内側に、毒針を射出する機構が備え付けられている。
 死に至らしめるものではないが、直撃すれば、数日はまともに動けなくなる強力な毒だ。

 射出速度は速く、至近距離ならば、さすがに避けられないだろう。
 あるいは、もしかしたら避けられ、カウンターを食らうかもしれないが……
 そこは賭けになる。

「……よし」

 ゼロスは覚悟を決めた。
 リスクなしにリターンを得ることはできない。

 何度かフェイントを繰り返して……
 今まで通りの行動と思わせて、思考のミスリードを誘い……そして、針を射出する。

「っ」

 フェイトは針に反応した。
 高速で射出されて、数センチしかない小さな針を見逃していなかった。

 なんていう動体視力。
 ゼロスは恐ろしさを感じるものの……
 しかし、ニヤリと笑みを浮かべる。

 フェイトは針を視認していたが、避けず、受け止めた。
 おそらく、避ければ後ろにいる観客に当たると思ったのだろう。

 お人好しの馬鹿め。
 ゼロスは、内心でほくそ笑む。

 毒は即効性。
 これで勝利は確実だ。
 ゼロスは、トドメを刺すために真正面から突撃する。

 しかし、それは彼の油断と慢心以外のなにものでもない。

 今までのように注意深く観察を続けていれば、気づいただろう。
 毒針を受けたはずのフェイトは、倒れることなく……
 足元がふらつくことも、まったくないということに。

「これで終わりだぁあああああっ!!!」
「それは僕の台詞だよ」
「え?」

 二人が交差して……
 そして、決着は一瞬。

 ゼロスの腹部に強烈な衝撃が走り……

 それを受け止めることも受け流すこともできず、ゼロスはそのまま意識を手放した。