「お前が盗賊団を討伐した冒険者か?」
「あ、はい。そうですけど、あなたは……?」
「ゼロス、同業者だ」
「僕は、フェイト・スティアートです。よろしくお願いします」

 立ち上がり、ペコリと頭を下げるのだけど、ゼロスはすでにこちらを見ていない。
 パーティー会場の庭をキョロキョロと見回していた。

「お前、剣聖のツレなんだろ? 剣聖はどこだ?」
「えっと……ソフィアなら、ちょっと用事があって、まだ戻ってきていませんけど」
「ちっ、タイミングが悪いな」

 どうにもこうにも、イヤな感じだ。
 シグルドと同じ匂いがする。

「ソフィアに用ですか?」
「俺は、ブラスバンドさまの専任でな。聞けば、剣聖も専任に誘われているらしいな」
「はぁ……」

 一応、僕も誘われているのだけど……
 それは口にしない方がいいような気がして、黙っておいた。

「ただ、剣聖といっても、所詮、女だろ? 大した力もないくせに、体を使って称号を得たに違いない」
「……」
「そんなヤツが専任になるなんて、俺は反対だな。無能がしゃしゃり出るなんて、許せねえ。だから、ちとおしおきしてやろうと思ってな」
「……」
「まあ、その必要はなかったかもしれねえな。まだ戻ってきてないってことは、俺がいると知って、ビビって逃げたんだろうさ。ははっ。所詮、女ごときに専任が務まるわけねえのさ」
「取り消して」
「ちょ、フェイト……?」

 気持ちよさそうにペラペラとしゃべっていた男を睨みつけた。
 そんな僕を見て、リコリスが慌てたような声をあげる。

「あん?」
「今の言葉、全部……最初から最後まで取り消して」
「なんだと? てめえ、俺にケンカ売ってるのか?」
「ケンカを売っているのは、あなたの方だ。僕じゃなくて、ソフィアに対してだけど……その侮辱を見逃すことはできない。全部、取り消して」
「はっ。事実を言ってなにが悪い?」
「あくまでも取り消さないと?」
「当たり前だろうが、俺は間違ってねーよ。どうしても撤回させたいのなら……」

 男は剣を抜いた。

「コイツで決着をつけようぜ?」

 男がニヤリと笑う。
 突然の蛮行なのだけど、周囲から悲鳴があがることはない。
 むしろ、「いいぞ、やれ!」「専任の力、また見せてくれよ」なんていう声援すら飛んできた。

 どうやら、これはよくあることらしい。
 男は粗暴で乱暴で考えなしで品のない性格をしているから、こんなことを何度も繰り返しているのだろう。

「……ちょっと、フェイト!」
「……なに? まさか、止めるの?」
「……ううん、それこそまさか、よ。あたしも、ソフィアのこと、けっこう好きだもの。だから……ケタンケタンのめっちゃめちゃのキッチャキチャのチェパチェパにやっちゃいなさいっ!!!」
「了解!」

 キッチャキチャとかチェパチェパっていうところは意味不明なのだけど……
 でも、ソフィアをバカにされたという怒りは共通するところ。
 俺とリコリスは怒りに燃えていた。

「そこそこ度胸があるのは認めてやるが、ま、それだけじゃどうしようもないことがあるってことを教えてやるよ。来い」

 男についていくと、パーティーの来場者に囲まれた決闘場が。
 わざわざこんなものが用意されているところを見ると、定期的に行われているらしい。

 もしかしたら、パーティーの来場者も、この決闘を楽しみにしているのかもしれない。

「まずは、俺の力を見せてやるよ。そらっ!」

 先に決闘場に上がった男は、拳大の石を素手で砕いてみせた。
 パーティーの来場者が歓声をあげて、頭の上もリコリスも苦しそうにうなる。

「む、むううう……あの男、なんてバカ力なのよ。技術はどうかしらないけど、身体能力は相当なものね」
「え?」
「え?」

 互いに間の抜けた声をこぼす。

「なによ、その反応? もしかしてと思うけど……あれ、フェイトはできるわけ?」
「うん。こんな感じで……ほら」

 僕も石を素手で砕いてみせると、パーティーの来場者がどよめいた。
 男は唖然とする。

「ソフィアに稽古をつけてもらったからね。力だけなら、そこそこ自信はあるよ」
「それ、稽古は関係ないんじゃない!? 一気にそこまで力が身につくわけないし、っていうか、そこそことかいうレベルじゃないわよ」
「ソフィアのおかげだよ」
「絶対違うし!」
「へ、へへ……多少はやるみたいだな」

 男が汗をたらしつつ、しかし、不敵に笑う。

「なら、コイツはどうだ? ハッ!」

 ぐぐっと足に力を込めて、男は垂直に跳ぶ。
 屋敷の二階に届きそうなほどのジャンプだ。

 ただ……

「それくらいでいいなら、僕も……よっ」

 こちらは屋敷の頂点……三階を超える部分まで跳んだ。

「ひあああ!?」

 頭の上のリコリスが悲鳴をあげる。
 しまった、彼女のことを忘れていた。

「ご、ごめん。大丈夫?」
「ら、らいじょーぶ、よぉ……はらふら」
「ぜんぜん大丈夫そうじゃないよね? ほんと、ごめんね。これでも、手加減したんだけど……」
「て、手加減して、アレだけ跳ぶの……?」
「そうだけど?」
「……ちょっと忘れてたけど、フェイトも、ソフィアと同じで色々とおかしいのよね。むしろ、フェイトの方がおかしさレベルは上なのかしら? うん。そのことを改めて認識したわ」
「ありがとう?」

 今、褒められたよね?

「くっ……な、なかなかやるじゃねえか。だが、勝負は身体能力で決まるわけじゃねえ。戦闘技術が大事なんだよ。そのことを教えてやるぜ」
「その意見は賛成だけど、先に力をひけらかしてきたのはあなたじゃないか」
「うぐっ」

 男が赤くなり、言葉に詰まり……
 そして、パーティーの来場者達も、それもそうね、という感じでクスクスと笑う。

 熟れたりんごのように、男が耳まで赤くなった。
 剣を抜いて、切っ先をこちらへ向ける。

「こいっ! どちらが上か、今すぐにハッキリと教えてやる!!!」
「それはいいんだけど……真剣でやるの?」
「おいおい、ビビったのかよ? 今更、やめるとか言っても遅いぜ」
「そんなことは言わないけど……うん、まあいいや。僕は、鞘に入れたままの剣を使うね」
「なっ……て、てめえ、それはつまり、俺を相手に手加減するってことか?」
「え? そんなつもりはないんだけど……」
「そんなつもりじゃないとしたら、どんなつもりなのよ。アイツの言う通りとしか思えない行動してるわよ、フェイトってば。まあ、その方が面白いからアリだけどね」

 頭の上で、リコリスがそんなことを言う。

 僕としては、雪水晶の剣は切れ味がすごいから、鞘をつけた方がいいと思っただけなんだけど……
 まあいいや。
 この人が怒ろうが怒るまいが、僕がやるべきことはただ一つ。

「ソフィアを侮辱したこと……後悔してもらうよ?」