専任というのは、特定の人のお抱えとなる冒険者のことだ。
雇い主の許可がない限り、他の依頼を受けることができなくなる。
ただ、メリットはもちろんある。
依頼がないとしても、毎月、特定の契約料が支払われることになる。
それにプラスして、雇い主からの依頼が発生した場合、そちらの料金も上乗せされる。
さらに、雇い主にもよるが、色々なサポートを受けられたり保険が用意されたり……
普通に考えるのならば、大抵の冒険者が飛びつくような、好条件の話だ。
「僕を、ブラスバンドさまの専任に……? それは、冗談とかではなくて?」
「もちろんですよ。ぜひ、私の専任になっていただきたいのです。そして、長く良い関係を築いていくことができれば、と思っています」
ドクトルは笑顔で言う。
特に裏はないように見える、優しい笑顔だ。
でも、油断はできない。
裏でなにか企んでいるかもしれないし……
騙されたりハメられたりしないように、しっかりと注意していかないと。
「でも、普通に考えるのなら、僕よりもソフィアに頼んだ方がいいのでは?」
「そうですね。スティアート殿には失礼な話ですが、実力は、彼女の方が圧倒的に上でしょう。しかし、アスカルト殿は、今までそういう話がたくさんあったはずなのに、一つも受けていません。おそらく、その気がないのでしょう」
「そこで僕に?」
「はい。スティアート殿は、まだ若い。才能もあります。これからに期待をして、先行投資、という形になるでしょうか?」
「なるほど……」
「専任となれば報酬が増えるだけではなくて、色々なサポートを受けられるようになります。私個人としても、最大限のサポートをしていきたいと思っております。物資、知識、情報……ありとあらゆる面で最大限の援助をすると約束いたしましょう。どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、悪い話ではないと思うのですが」
ドクトルの話を聞いて、ある程度だけど、彼のやり方を把握した。
彼は冒険者協会をおもちゃのように扱い、自らの私腹を肥やしているのだろうけど……
しかし、味方となる者に対しては甘い蜜を吸わせているのだろう。
そうすることで、より深い関係となり離反を防ぐ。
さらに、鞭ではなくて飴を与えることで、被害者ではなくて共犯者という意識を植えつけて、裏切りを防ぐ。
たぶん、そんなところだと思う。
なかなかの策士だ。
そうなると、ここで僕が取るべき選択肢は……
「……すみません」
頭を下げた。
「とても魅力的な話だと思いますが、僕のパートナーはソフィアなので、一人で勝手に決めるわけにもいかなくて……少し考える時間をもらえませんか? ソフィアと……あと、ここのリコリスと、みんなで相談したいと思うので」
「なるほど……それもそうですね。相談は必要ですね。申しわけない、どうも焦っていたようです」
「いえ、僕のことを高く評価していることは、とてもうれしいです。もしも僕一人だったら、迷わずに受けていたと思います」
ドクトルの懐に潜り込むだけじゃなくて、信頼も得た方がいいはず。
ならば、おいしい話にすぐに飛びつくわけにはいかない。
扱いやすい駒と判断されて、軽く見られてしまうかもしれないからだ。
それよりも、一旦間を置くことで焦らす。
その上で契約に応じれば、彼は、より僕達のことを必要とするだろう。
「……フェイト。あんた、そんな駆け引き、どこで覚えたの?」
「……困った時はこうしたらいいですよ、ってソフィアが事前に教えておいてくれたんだ」
「……あの子、こうなることを見通していた、ってことかしら? 恐ろしいわね」
確かに、この展開を予想していたのなら、その知恵は恐ろしいのかもしれない。
でも僕は、とても誇らしいと思う。
僕の幼馴染はすごいんだぞ、と周囲に自慢したくなる。
まあ、僕がどうこうというわけじゃないから、意味ないんだけどね。
「では、このまま歓待をさせていただけませんか?」
「え? でも……」
「あの盗賊にはほとほと手を焼かされていまして……それを討伐していただいたスティアート殿と剣聖殿は、私にとっては英雄に等しいです。このまま返すなんて、とんでもない話でして。もちろん、剣聖殿も用事が終わり次第当家に招きたいと思います」
「えっと……」
たぶんこれは……
僕とソフィアを手元に置いておきたいのだろう。
それだけじゃなくて、盗賊団が溜め込んだ財を接収する際、余計な干渉をされたくないのだろう。
僕らは当事者でもあるから、確認したいと言えば、確認できるからね。
「……どうするのよ、フェイト?」
同じく、リコリスがこっそりと問いかけてきた。
このままだと、盗賊団の宝はドクトルに接収されてしまう。
本来なら、見逃すことはできないのだけど……
でも、クリフからは、ドクトルの懐に入るように頼まれている。
信頼を得られないと、不正の証拠を手に入れることはできないから。
それは僕も同じ考えだ。
だから、悔しくはあるのだけど、今はなにも気づかないフリをしよう。
アイシャのことが気になるけど……
でも、ソフィアならうまくやってくれるはず。
「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えたいと思います」
「おおっ、そうですか。ありがたい。では、さっそく宴の準備をしましょう」
「えっと……楽しみです」
僕の笑顔、引きつっていないかな?
「ところで、剣聖殿はいつ頃戻ってくるのでしょうか?」
「それは……うーん、僕も詳しいことはわからないんですよね。ちょっとした用事があるとしか聞いていなくて……ただ、今日中には戻ってくると思いますよ」
「わかりました。では、いつ戻ってこられても対応できるようにしておきましょう」
こうして、僕はドクトルの屋敷に滞在することになった。
少しは信頼を得られた、と考えてもいいのかな?
あるいは、操りやすい駒と思われているかもしれないけど……
それはそれで、動きやすいから好都合。
最後には、駒のままで終わらないことを示そう。
――――――――――
夜。
宴が開かれた。
広い庭が会場に。
あちらこちらに料理と酒が並び、ドクトルが招いた人達が笑顔で話をしている。
「ふう」
僕は休憩用の椅子に座りつつ、吐息をこぼす。
色々な人と挨拶をして、簡単な話をして……
正直なところ、ちょっと疲れた。
体力的な問題じゃなくて、精神的な問題だ。
相手の顔色を伺いながらの会話って、僕には向いてないよなあ……たぶん、ソフィアなら、その辺りもうまくやってしまうのだろう。
でも、まだソフィアは戻ってきていない。
ソフィアなら余計な心配はいらないと思うのだけど……
うーん、ちょっと心配になってきた。
「ちょっと、そんな暗い顔をはぐはぐ、しないであぐあぐ、料理を楽しみなさいよはむはむ」
僕の頭の上で、リコリスがあちらこちらから取ってきた料理を食べていた。
食べかすが落ちてくるから、ちょっと勘弁してほしい。
「ソフィア、どうしたのかな?」
「大丈夫でしょ。あの子、強いだけじゃなくて、フェイトが思っている以上に賢くてしたたかよ。心配しなくてもいいわ」
「それでも、気になっちゃうよ」
大事な幼馴染だから、気にするなと言われても無理だ。
「うーん」
「よぉ」
うーんうーんと悩んでいると、ふと、声をかけられた。
振り返ると、熊のような大柄の男がいた。
雇い主の許可がない限り、他の依頼を受けることができなくなる。
ただ、メリットはもちろんある。
依頼がないとしても、毎月、特定の契約料が支払われることになる。
それにプラスして、雇い主からの依頼が発生した場合、そちらの料金も上乗せされる。
さらに、雇い主にもよるが、色々なサポートを受けられたり保険が用意されたり……
普通に考えるのならば、大抵の冒険者が飛びつくような、好条件の話だ。
「僕を、ブラスバンドさまの専任に……? それは、冗談とかではなくて?」
「もちろんですよ。ぜひ、私の専任になっていただきたいのです。そして、長く良い関係を築いていくことができれば、と思っています」
ドクトルは笑顔で言う。
特に裏はないように見える、優しい笑顔だ。
でも、油断はできない。
裏でなにか企んでいるかもしれないし……
騙されたりハメられたりしないように、しっかりと注意していかないと。
「でも、普通に考えるのなら、僕よりもソフィアに頼んだ方がいいのでは?」
「そうですね。スティアート殿には失礼な話ですが、実力は、彼女の方が圧倒的に上でしょう。しかし、アスカルト殿は、今までそういう話がたくさんあったはずなのに、一つも受けていません。おそらく、その気がないのでしょう」
「そこで僕に?」
「はい。スティアート殿は、まだ若い。才能もあります。これからに期待をして、先行投資、という形になるでしょうか?」
「なるほど……」
「専任となれば報酬が増えるだけではなくて、色々なサポートを受けられるようになります。私個人としても、最大限のサポートをしていきたいと思っております。物資、知識、情報……ありとあらゆる面で最大限の援助をすると約束いたしましょう。どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、悪い話ではないと思うのですが」
ドクトルの話を聞いて、ある程度だけど、彼のやり方を把握した。
彼は冒険者協会をおもちゃのように扱い、自らの私腹を肥やしているのだろうけど……
しかし、味方となる者に対しては甘い蜜を吸わせているのだろう。
そうすることで、より深い関係となり離反を防ぐ。
さらに、鞭ではなくて飴を与えることで、被害者ではなくて共犯者という意識を植えつけて、裏切りを防ぐ。
たぶん、そんなところだと思う。
なかなかの策士だ。
そうなると、ここで僕が取るべき選択肢は……
「……すみません」
頭を下げた。
「とても魅力的な話だと思いますが、僕のパートナーはソフィアなので、一人で勝手に決めるわけにもいかなくて……少し考える時間をもらえませんか? ソフィアと……あと、ここのリコリスと、みんなで相談したいと思うので」
「なるほど……それもそうですね。相談は必要ですね。申しわけない、どうも焦っていたようです」
「いえ、僕のことを高く評価していることは、とてもうれしいです。もしも僕一人だったら、迷わずに受けていたと思います」
ドクトルの懐に潜り込むだけじゃなくて、信頼も得た方がいいはず。
ならば、おいしい話にすぐに飛びつくわけにはいかない。
扱いやすい駒と判断されて、軽く見られてしまうかもしれないからだ。
それよりも、一旦間を置くことで焦らす。
その上で契約に応じれば、彼は、より僕達のことを必要とするだろう。
「……フェイト。あんた、そんな駆け引き、どこで覚えたの?」
「……困った時はこうしたらいいですよ、ってソフィアが事前に教えておいてくれたんだ」
「……あの子、こうなることを見通していた、ってことかしら? 恐ろしいわね」
確かに、この展開を予想していたのなら、その知恵は恐ろしいのかもしれない。
でも僕は、とても誇らしいと思う。
僕の幼馴染はすごいんだぞ、と周囲に自慢したくなる。
まあ、僕がどうこうというわけじゃないから、意味ないんだけどね。
「では、このまま歓待をさせていただけませんか?」
「え? でも……」
「あの盗賊にはほとほと手を焼かされていまして……それを討伐していただいたスティアート殿と剣聖殿は、私にとっては英雄に等しいです。このまま返すなんて、とんでもない話でして。もちろん、剣聖殿も用事が終わり次第当家に招きたいと思います」
「えっと……」
たぶんこれは……
僕とソフィアを手元に置いておきたいのだろう。
それだけじゃなくて、盗賊団が溜め込んだ財を接収する際、余計な干渉をされたくないのだろう。
僕らは当事者でもあるから、確認したいと言えば、確認できるからね。
「……どうするのよ、フェイト?」
同じく、リコリスがこっそりと問いかけてきた。
このままだと、盗賊団の宝はドクトルに接収されてしまう。
本来なら、見逃すことはできないのだけど……
でも、クリフからは、ドクトルの懐に入るように頼まれている。
信頼を得られないと、不正の証拠を手に入れることはできないから。
それは僕も同じ考えだ。
だから、悔しくはあるのだけど、今はなにも気づかないフリをしよう。
アイシャのことが気になるけど……
でも、ソフィアならうまくやってくれるはず。
「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えたいと思います」
「おおっ、そうですか。ありがたい。では、さっそく宴の準備をしましょう」
「えっと……楽しみです」
僕の笑顔、引きつっていないかな?
「ところで、剣聖殿はいつ頃戻ってくるのでしょうか?」
「それは……うーん、僕も詳しいことはわからないんですよね。ちょっとした用事があるとしか聞いていなくて……ただ、今日中には戻ってくると思いますよ」
「わかりました。では、いつ戻ってこられても対応できるようにしておきましょう」
こうして、僕はドクトルの屋敷に滞在することになった。
少しは信頼を得られた、と考えてもいいのかな?
あるいは、操りやすい駒と思われているかもしれないけど……
それはそれで、動きやすいから好都合。
最後には、駒のままで終わらないことを示そう。
――――――――――
夜。
宴が開かれた。
広い庭が会場に。
あちらこちらに料理と酒が並び、ドクトルが招いた人達が笑顔で話をしている。
「ふう」
僕は休憩用の椅子に座りつつ、吐息をこぼす。
色々な人と挨拶をして、簡単な話をして……
正直なところ、ちょっと疲れた。
体力的な問題じゃなくて、精神的な問題だ。
相手の顔色を伺いながらの会話って、僕には向いてないよなあ……たぶん、ソフィアなら、その辺りもうまくやってしまうのだろう。
でも、まだソフィアは戻ってきていない。
ソフィアなら余計な心配はいらないと思うのだけど……
うーん、ちょっと心配になってきた。
「ちょっと、そんな暗い顔をはぐはぐ、しないであぐあぐ、料理を楽しみなさいよはむはむ」
僕の頭の上で、リコリスがあちらこちらから取ってきた料理を食べていた。
食べかすが落ちてくるから、ちょっと勘弁してほしい。
「ソフィア、どうしたのかな?」
「大丈夫でしょ。あの子、強いだけじゃなくて、フェイトが思っている以上に賢くてしたたかよ。心配しなくてもいいわ」
「それでも、気になっちゃうよ」
大事な幼馴染だから、気にするなと言われても無理だ。
「うーん」
「よぉ」
うーんうーんと悩んでいると、ふと、声をかけられた。
振り返ると、熊のような大柄の男がいた。