ドクトルの屋敷は、街の中心……高級住宅街が並ぶ場所にあった。
とはいえ、これは不思議なことじゃない。
むしろ、当たり前のことだろう。
冒険者協会の幹部なのだから、それなりの家に住んでいて当然だ。
逆にボロ屋に住んでいたら、それはそれでどうなのだろうか? という疑問を抱いてしまうだろう。
その後、客間に案内された。
僕はソファーに座り、リコリスは、そんな僕の頭の上に座る。
客間をキョロキョロと見つつ、リコリスが言う。
「ふーん。悪人の家って聞いてたけど、けっこう良い部屋じゃない。趣味も悪くないわ」
「そうだね。調度品はあるけど、派手じゃなくて品があるし、部屋に合っていて落ち着いているね。雰囲気も良いと思う」
物語に出てくる悪人は、家の趣味も悪いのだけど……
でも、ドクトルの屋敷は、そんなことはない。
とても品があって、落ち着いた感じの家だ。
家は持ち主の心を表すと言うことがあるけれど……うーん?
本当に悪人なのかどうなのか、しっかりと見極めないと。
「おまたせしました」
着替えを終えたドクトルが姿を見せた。
傍らにメイドさんが控えていて、僕とリコリスの分の紅茶を出してくれる。
「さあ、どうぞ。自慢になりますが、おいしいと思いますよ。それなりの茶葉を使っていますからね」
「いただきます」
口をつけようとして、
「……ちょっと、フェイト。そんな簡単に、敵の出した飲み物を口にしていいの? 毒が入っているかもしれないじゃない。ドクトルだけに」
小声で……それと、ドヤ顔をしつつ、リコリスがそう警告してきた。
うまいことを言ったつもりなのだろうか?
「……大丈夫。僕は毒に対する耐性はあるから」
「……え、なんでよ?」
「……食べるものがない時、手当たり次第にものを食べていて、その時に毒も一緒で……そのうち、体が慣れてきて抵抗力ができたんだ」
「……恐ろしいことを笑顔で言わないでよ」
「……毒が入っているかどうか、それくらいならわかるから、リコリスは僕の後に飲むといいよ」
そうやって話を切り上げて、紅茶を飲む。
……うん。
深く澄んだ味で、香りも良い。
毒が入っているなんてことは、まずないだろう。
「おいしいです」
「そうですか、それはよかった。ささ、そちらの妖精殿もどうぞ」
「んー……いただくわ」
リコリスは警戒しつつも、紅茶を飲む。
一口飲んで気に入ったらしく、ガブガブといく。
「ところで、話というのは?」
「ああ、大したことではありませんよ。私は……」
「邪魔するぞ」
ドクトルの話を遮るように、思わぬ乱入者が現れた。
それは……ファルツ・ルッツベインだ。
相変わらず、趣味の悪い成金全開という服装をして……
肥満気味の体型を揺らしつつ、部屋に入ってくる。
「ファルツ、今は来客中なのですが」
「ふんっ、一冒険者なんて適当にあしらえばいいだろう。それよりも、例の件だが……」
「ファルツ」
ファルツがなにか言いかけたところで、ドクトルが強い口調で言う。
笑顔のままなのだけど、目は笑っていない。
「私は今、来客中なのですよ。二度も言わせないでいただけますか?」
「わ、わかった……出直してくる」
「そう、それでいいのですよ」
「……ちっ」
ファルツは、最後に僕達を睨みつけると、忌々しいという感じで部屋を出ていった。
「今の人は……」
「私と同じ、冒険者協会の幹部なのですが……すみません。とんだ失礼を。彼は仕事に熱心で、それ故に、周りが見えなくなってしまうことがありまして……」
「いえ、大丈夫です。気にしていませんから」
今のは、どう見ても仕事に熱心という感じじゃなかったけど……
そこは深く触れないことにして、さらりと流しておいた。
本当なら、見逃してはいけないところなのだろうけど……
ドクトルに気に入られなければいけないから、今は我慢だ。
「そう言っていただけると、助かります」
「いえ」
「さて……話を戻しますが、こうしてスティアート殿を招いたのには、二つ理由がありまして。一つは、若き英雄の卵と呼ばれている、スティアート殿の話を聞いてみたいと思いまして」
「若き英雄の卵?」
「フェンリルを倒して、スタンピードの女王も討伐してみせた。英雄のごとき活躍。故に、スティアート殿はそう呼ばれているのですよ」
「ちょっと恐れ多いですね……」
「謙遜なさらず。私はすでに一線から退いていますが、これでも、昔は冒険者として名をはせていましてね。冒険譚などを聞くと、わくわくするのです」
「それで僕を?」
「はい。差し支えなければ、色々と聞かせていただければ。剣聖殿のお話も聞きたいのですが……実を言うと、スティアート殿の方が興味ありまして」
そう言われると悪い気分はしない。
しないのだけど……
しっかりとしたソフィアよりも、騙しやすい僕の機嫌を取ろうとしている、って見えなくもないんだよね。
ファルツのようにわかりやすい態度をしているのなら簡単なのかもしれないけど、ドクトルは違う。
常に笑顔を貼り付けていて、真の感情が読みづらい。
ソフィアがいれば、彼の真意を図ることもできたかもしれないけど……
アイシャのことを放っておくわけにはいかないから、この場合、仕方ない。
「えっと……」
とりあえず、当たり障りのない範囲で僕の話をした。
あまり手の内を晒すのもどうかと思うので、ちょっと調べれば簡単にわかるような話を並べていく。
それでも、ドクトルは興味深いという感じで、僕の話に相槌を打つ。
本当に楽しんでいるのか、それとも演技なのか。
うーん……じっと観察してみるのだけど、どちらなのかわからない。
「……アイツ、なんか怪しい感じね」
僕にだけ聞こえる声で、リコリスがぽつりと言う。
なるほど。
彼女の見立てでは、ドクトルはなにか裏を抱えているらしい。
「ところで、もう一つの理由っていうのは?」
「ああ、そうでしたな。スティアート殿の話が楽しく、ついつい忘れてしまいました」
ドクトルは笑うものの、これはウソだとわかった。
あまりにわざとらしい。
たぶん、こちらが本命で、今までの話は前フリなのだろう。
「実は、折り入ってお願いがあるのですが……」
「はい、なんですか?」
「私の専任となってくれませんか?」
とはいえ、これは不思議なことじゃない。
むしろ、当たり前のことだろう。
冒険者協会の幹部なのだから、それなりの家に住んでいて当然だ。
逆にボロ屋に住んでいたら、それはそれでどうなのだろうか? という疑問を抱いてしまうだろう。
その後、客間に案内された。
僕はソファーに座り、リコリスは、そんな僕の頭の上に座る。
客間をキョロキョロと見つつ、リコリスが言う。
「ふーん。悪人の家って聞いてたけど、けっこう良い部屋じゃない。趣味も悪くないわ」
「そうだね。調度品はあるけど、派手じゃなくて品があるし、部屋に合っていて落ち着いているね。雰囲気も良いと思う」
物語に出てくる悪人は、家の趣味も悪いのだけど……
でも、ドクトルの屋敷は、そんなことはない。
とても品があって、落ち着いた感じの家だ。
家は持ち主の心を表すと言うことがあるけれど……うーん?
本当に悪人なのかどうなのか、しっかりと見極めないと。
「おまたせしました」
着替えを終えたドクトルが姿を見せた。
傍らにメイドさんが控えていて、僕とリコリスの分の紅茶を出してくれる。
「さあ、どうぞ。自慢になりますが、おいしいと思いますよ。それなりの茶葉を使っていますからね」
「いただきます」
口をつけようとして、
「……ちょっと、フェイト。そんな簡単に、敵の出した飲み物を口にしていいの? 毒が入っているかもしれないじゃない。ドクトルだけに」
小声で……それと、ドヤ顔をしつつ、リコリスがそう警告してきた。
うまいことを言ったつもりなのだろうか?
「……大丈夫。僕は毒に対する耐性はあるから」
「……え、なんでよ?」
「……食べるものがない時、手当たり次第にものを食べていて、その時に毒も一緒で……そのうち、体が慣れてきて抵抗力ができたんだ」
「……恐ろしいことを笑顔で言わないでよ」
「……毒が入っているかどうか、それくらいならわかるから、リコリスは僕の後に飲むといいよ」
そうやって話を切り上げて、紅茶を飲む。
……うん。
深く澄んだ味で、香りも良い。
毒が入っているなんてことは、まずないだろう。
「おいしいです」
「そうですか、それはよかった。ささ、そちらの妖精殿もどうぞ」
「んー……いただくわ」
リコリスは警戒しつつも、紅茶を飲む。
一口飲んで気に入ったらしく、ガブガブといく。
「ところで、話というのは?」
「ああ、大したことではありませんよ。私は……」
「邪魔するぞ」
ドクトルの話を遮るように、思わぬ乱入者が現れた。
それは……ファルツ・ルッツベインだ。
相変わらず、趣味の悪い成金全開という服装をして……
肥満気味の体型を揺らしつつ、部屋に入ってくる。
「ファルツ、今は来客中なのですが」
「ふんっ、一冒険者なんて適当にあしらえばいいだろう。それよりも、例の件だが……」
「ファルツ」
ファルツがなにか言いかけたところで、ドクトルが強い口調で言う。
笑顔のままなのだけど、目は笑っていない。
「私は今、来客中なのですよ。二度も言わせないでいただけますか?」
「わ、わかった……出直してくる」
「そう、それでいいのですよ」
「……ちっ」
ファルツは、最後に僕達を睨みつけると、忌々しいという感じで部屋を出ていった。
「今の人は……」
「私と同じ、冒険者協会の幹部なのですが……すみません。とんだ失礼を。彼は仕事に熱心で、それ故に、周りが見えなくなってしまうことがありまして……」
「いえ、大丈夫です。気にしていませんから」
今のは、どう見ても仕事に熱心という感じじゃなかったけど……
そこは深く触れないことにして、さらりと流しておいた。
本当なら、見逃してはいけないところなのだろうけど……
ドクトルに気に入られなければいけないから、今は我慢だ。
「そう言っていただけると、助かります」
「いえ」
「さて……話を戻しますが、こうしてスティアート殿を招いたのには、二つ理由がありまして。一つは、若き英雄の卵と呼ばれている、スティアート殿の話を聞いてみたいと思いまして」
「若き英雄の卵?」
「フェンリルを倒して、スタンピードの女王も討伐してみせた。英雄のごとき活躍。故に、スティアート殿はそう呼ばれているのですよ」
「ちょっと恐れ多いですね……」
「謙遜なさらず。私はすでに一線から退いていますが、これでも、昔は冒険者として名をはせていましてね。冒険譚などを聞くと、わくわくするのです」
「それで僕を?」
「はい。差し支えなければ、色々と聞かせていただければ。剣聖殿のお話も聞きたいのですが……実を言うと、スティアート殿の方が興味ありまして」
そう言われると悪い気分はしない。
しないのだけど……
しっかりとしたソフィアよりも、騙しやすい僕の機嫌を取ろうとしている、って見えなくもないんだよね。
ファルツのようにわかりやすい態度をしているのなら簡単なのかもしれないけど、ドクトルは違う。
常に笑顔を貼り付けていて、真の感情が読みづらい。
ソフィアがいれば、彼の真意を図ることもできたかもしれないけど……
アイシャのことを放っておくわけにはいかないから、この場合、仕方ない。
「えっと……」
とりあえず、当たり障りのない範囲で僕の話をした。
あまり手の内を晒すのもどうかと思うので、ちょっと調べれば簡単にわかるような話を並べていく。
それでも、ドクトルは興味深いという感じで、僕の話に相槌を打つ。
本当に楽しんでいるのか、それとも演技なのか。
うーん……じっと観察してみるのだけど、どちらなのかわからない。
「……アイツ、なんか怪しい感じね」
僕にだけ聞こえる声で、リコリスがぽつりと言う。
なるほど。
彼女の見立てでは、ドクトルはなにか裏を抱えているらしい。
「ところで、もう一つの理由っていうのは?」
「ああ、そうでしたな。スティアート殿の話が楽しく、ついつい忘れてしまいました」
ドクトルは笑うものの、これはウソだとわかった。
あまりにわざとらしい。
たぶん、こちらが本命で、今までの話は前フリなのだろう。
「実は、折り入ってお願いがあるのですが……」
「はい、なんですか?」
「私の専任となってくれませんか?」