盗賊団を壊滅させることに成功して、囚えられていた人達の救出も無事に完了した。
 依頼は完璧に達成したと言っても過言じゃない。

 ただ、これで終わりじゃない。
 むしろ、ここからが本番だ。

 クリフの話によると、盗賊団が溜め込んだ財宝を横取りするために、ドクトルが接触してくるだろうとのこと。
 まずは要求を受け入れて、彼に気に入られなければいけない。

 不正に手を貸すなんて、正直、イヤな気分になってしまうのだけど……
 クリフが言うように、他にうまい道がないため、仕方ないと納得することはできる。

 ただ、ここで一つ、問題が浮上した。
 それは……

「フェイト、アイシャはどうするのですか?」

 リコリスにギルドへの応援を頼んで……
 それまでの間、今後の方針をソフィアと話し合う。

 問題になったのは、アイシャの扱いだ。
 言い方は悪いのだけど、アイシャも盗賊団の財宝の一部。
 ドクトルに目をつけられたら、再び囚われの身になってしまうかもしれない。

「もちろん、助けるよ。引き渡すなんてことはしない」

 腕の中で眠るアイシャを見る。
 あれから泣きつかれて、僕の腕の中で眠ってしまったのだ。
 起こすのはしのびなくて、そのまま抱きかかえている。

「そうですね、それについては私も賛成です。ただ、そのためには、他の人質に口止めをお願いしなければなりません。はたして、全員が協力してくれるかどうか……」

 ソフィアの懸念はもっともだ。
 口止めを頼んだとしても、ドクトルに好意的な人もいるかもしれないから、そこからアイシャのことが漏れてしまうかもしれない。
 あるいは、ちょっとしたミスから、ついつい口を滑らせてしまうということもあるかもしれない。

 百パーセント、絶対にアイシャのことを隠し通すことはできない。
 バレる時はバレると考えた方がいいだろう。

 そして、クリフから聞いているドクトルの人物像からすると、ほぼ間違いなく、アイシャの身柄の引き渡しを要求してくるだろう。

「それでも、僕はアイシャを引き渡すようなことはしないよ」
「その場合、クリフが思い描く作戦と異なる展開になりますよ? それどころか、ドクトルと対立することになり、彼の不正を暴くことは、ほぼほぼ不可能になることも」
「だとしても」

 この子を悪人に引き渡すなんて、絶対にありえない。

 先のことを考えれば、アイシャのことは小事と割り切り、気にしない方がいいのかもしれない。
 下手に同情をしないで、より多くの人のためになる選択を取るべきなのかもしれない。

 でも、僕にはそんなことはできない。
 先のことよりも、今の方が大事だ。
 この腕の中で眠る小さな女の子を守りたい。
 僕と似た境遇だからというのもあるけど……

 それ以上に、目的を達成するために、小さな女の子を犠牲にするような男になんてなりたくない。

「ふふっ」
「どうしたの、ソフィア?」
「安心しました。それでこそ、私の大好きなフェイトです。私も、アイシャちゃんを引き渡さないことに賛成ですよ。その結果、ドクトルと対立することになったとしても、私は、フェイトを全面的に指示します」
「ありがとう、ソフィア。ソフィアならそう言ってくれると思っていたよ」
「もちろんです。私を誰だと思っているのですか? フェイトの幼馴染で、一番の理解者を自負しているのですからね」

 そう言って、ソフィアは、少しいたずらっぽく笑うのだった。



――――――――――



 他の人質にアイシャのことを口外しないように頼んで……
 ソフィアにお願いをして、アイシャは別のところに連れていってもらい、ドクトルに見つからないようにしてもらった。

 そうしたところで、リコリスが応援の冒険者と共に戻ってきた。
 捕縛した盗賊が連行されて……
 囚われていた人質が保護されて、馬車で街へ運ばれていく。

 僕はアジトに残り、状況説明を行っていた。
 そして……

「こんにちは、キミが今回の依頼を達成してくれた冒険者ですか?」

 ドクトル・ブラスバンドと出会う。

 不正に手を染めるギルド幹部と聞いていたため、よくあるような、豪華に着飾っている姿を想像していたのだけど……
 実物を見ると、真逆の姿をしていた。

 歳は三十代だろうか?
 メガネをかけていて、理知的な顔をしている。
 スマートな体型でありながら、服の上からでもしっかりと鍛えられているのがわかる。

「はい。フェイト・スティアートといいます」
「私は、ドクトル・ブラスバンド。冒険者協会の幹部をしていて、今回の依頼人でもあります。今回は依頼を引き受けてくれて……そして、きちんと達成してもらい、ありがとうございます。あなた達のおかげで、人々を苦しめる盗賊団をまた一つ、壊滅させることができました。これは、とても喜ばしいことです」

 穏やかな笑みを浮かべていて、とてもじゃないけれど悪人には見えない。

 って、いけないいけない。
 シグルド達に騙されるなど、僕の目はわりと節穴だから、簡単に信じないようにしないと。
 気を引き締めて、ドクトルが求めてきた握手に応じる。

「役に立つことができたのなら、良かったです。盗賊なんかは、僕も許せませんから」
「とても正義感が強いのですね。さすが、剣聖のパートナーというところでしょうか」
「僕達のことを?」
「失礼かもしれませんが、少し調べさせていただきました。とはいっても、あの剣聖のパートナーということで、自然と話が耳に入ってくる部分もありましたが」

 僕がソフィアのパートナーということは、それなりの人に知られているみたいだ。
 認められたような気がして、こんな時だけど、うれしく思ってしまう。

「スティアートくんは、この後、時間はありますか? せっかくの機会なので、色々とお話をさせていただきたいのですが……おや? そういえば、剣聖殿はどちらへ?」
「念の為に、周囲の警戒に出ています。応援が来てくれたので、もうすぐ戻ってくるんじゃないかと」
「なるほど。決して油断することのない慎重な姿勢……すばらしいですね。私も見習いたいと思います」

 本心を言っているとしか思えないような、とてもさわやかな笑顔だ。
 うーん、本当に悪人なんだろうか?

「……フェイト、フェイト」

 ポーチでのんびりしていたリコリスが、こっそりと、僕にだけ聞こえる声で語りかけてくる。

「……どうしたの?」
「……気を許すんじゃないわよ。コイツの笑顔、すっごいうさんくさいわ」
「……そうなの? そんな風には見えないんだけど」
「……あたしにはわかるわ。コイツ、表と裏の顔があって、それを巧妙に使い分けている、嘘つきよ。お人好しのフェイトは騙されるかもしれないけど、でも、天才美少女軍師妖精のリコリスちゃんの目をごまかすことはできないわ」

 リコリスと、今出会ったばかりのドクトルのどちらを信じるか?
 答えは言うまでもない。

 騙されないように注意しようと、僕は改めて気を引き締めた。

「このようなところで立ち話もなんですし、私の屋敷へ招待したいのですが、どうでしょうか? 部下を待機させておきますので、剣聖殿は後で合流してもらう、ということで」
「……そうですね、わかりました」

 たぶん、僕とソフィアを引き離すのが目的なのだろう。
 僕一人の方が御しやすい、と思ったはず。

 事実、その通りなので気をつけなければいけない。

「では、いきましょうか」

 緊張しつつ、僕とリコリスはドクトルの招待に応じることにした。