ボスを倒せば、後は大したことはない。
 リコリスと協力して、残りを倒して……
 そして、身動きができないように捕縛する。

 斬り捨てた方が早いのかもしれないけど……
 でも、できれば殺しは避けたい。
 甘いと言われるかもしれないけど、盗賊も一人の人間だ。
 もしかしたら、更生する人がいるかもしれない。

 戦闘時など、どうしようもない時はためらうつもりはないのだけど……
 動けない相手、投降した相手をわざわざ斬り捨てたくはない。

「よし、これで全員かな」

 捕縛完了。
 全員を連れて行くことはできないから、一度ギルドに戻り、応援を要請しよう。

「ソフィア、そっちはどう?」
「えっと……」

 大きな声を飛ばしてみると、戸惑うような声が返ってきた。

 なんだろう?
 リコリスと顔を見合わせる。

「フェイト」

 ほどなくしてソフィアがやってきた。

「そちらは……片付いたようですね。これだけの人数を相手にして、問題なく解決してしまうなんて、さすがフェイトです」
「リコリスに助けられたおかげだよ」
「ふふーん、その通り! この天才無敵美少女妖精リコリスちゃんに感謝なさい!」
「フェイトのおかげですよね?」
「え?」
「フェイトのおかげですよね?」
「いや、あの……」
「フェイトのおかげ……で・す・よ・ね?」
「ハイ」

 なにやらとてつもないプレッシャーを受けた様子で、リコリスがカタカタと震えつつ、小さく頷いた。
 よくわからないけど、リコリスを脅すのはやめてほしい。

「ソフィアの方はどうだった? 捕まっていた人達は?」
「基本的に問題ありません。怪我を負っている人もいましたが、重傷ではないので、応急処置でなんとかなりました。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと来てくれますか? どう対応していいか、わからないところがありまして……」

 ソフィアが対処に困るなんて、どういうことだろう?
 緊張しつつ、牢へ向かう。

 途中、救助した人達からお礼を言われつつ、さらに奥へ。

「こちらの牢です」

 最奥に小さな牢があった。
 扉はすでに斬られていて、牢としての機能はなくしている。

 ソフィアがやったのだろう。
 鍵じゃなくて、扉ごと斬り飛ばしてしまうのは、さすがというかなんというか。

 牢の隅に人影があった。
 膝を立てて床に座り、くるっと体を丸めている。
 見た感じ、子供だろう。

「この子は?」
「わかりません。何度も声をかけたのですが、反応はなくて……ただ、気絶しているとかそういうわけでもなくて……どうしたらいいか、わからなくて対処に困っていたのです」
「なるほど」

 盗賊は全員、捕縛した。
 牢も壊した。

 この子を傷つけるものはないはずなのに、なぜか、まだ怯えているように見える。

「って……あ、そういうことか」

 この子からしてみれば、僕達が冒険者なのか盗賊なのか見分けがつかない。
 大丈夫だよ、と声をかけられても、それを信じることができない環境にいる。

 そのせいで、未だに怯えて、こうして縮こまっているのだろう。

 僕達が敵じゃないということを、どうやって証明しよう?
 少し考えてから、僕は、うずくまる子供の頭をそっと撫でる。

「大丈夫だよ」
「っ……!」
「大丈夫、僕達は盗賊じゃないよ。盗賊を捕らえて、あと、キミ達を助けに来たんだ」

 敵じゃないと、できる限り優しい声で語りかけた。
 そんな想いが伝わったのか、子供が恐る恐る顔を上げる。

「あなた達は……誰なの?」

 女の子だ。
 普通の子供じゃなくて、犬耳がついていた。
 よくよく見てみると、尻尾も見えた。

 獣人族だ。
 人間の知恵と獣の力を持つ種族で、個体数は少ない。

 というか、かなり珍しい存在だ。
 一緒に一度、出会えるか出会えないか。
 それくらいに希少で、人前に姿を見せることがほとんどない。

 獣人族は長寿故に繁殖能力が低く、子供はさらに珍しい。
 そのせいで盗賊に目をつけられて、囚われの身になったのだろう。

「僕は、フェイト。彼女はソフィアで、こっちは妖精のリコリス。キミは?」
「……アイシャ……」
「そっか、アイシャっていうんだ。かわいい名前だね」
「……」

 にっこりと笑いかけると、少しだけアイシャの警戒心が解けたような気がした。
 でも、僕の言葉を全部信じた様子はない。

 たぶん、こうして囚われるまでに、色々とひどい目に遭ったのだろう。
 だから人間不信に陥っていて……

 なんとなくアイシャの境遇を想像することができて、どうにしかして助けないと、という使命感のようなものが湧き上がる。

「僕達は、ここにいる盗賊達を退治するためにやってきたんだ」
「……本当に?」
「うん、もちろん。嘘なんてつかないよ」
「……」

 疑いの目を向けられる。
 でも、それには気づかないフリをして、笑顔を続ける。

「もちろん、アイシャのことも助けるよ」
「……どうして? わたしのことは、赤の他人なのに……」
「そうだけど……でも、他人事とは思えないんだ。実は、昔、僕も似たような境遇だったんだ」
「え?」
「悪い連中に騙されて奴隷にされて……まあ、今は自由だけど、色々とあったんだ。だから、アイシャのことが他人事とは思えなくて」
「……」

 アイシャの瞳から、少しずつ疑念の色が消えていく。
 似た境遇だったという話は、思っていた以上に彼女の心を解きほぐしてくれたみたいだ。

「本当に……助けてくれるの?」
「うん」
「わたし……もう、痛い思いをしなくていいの……?」
「もちろん」
「……ふぇ」

 気が緩んだのだろう。
 みるみるうちに、アイシャの瞳に涙が溜まり……

「うぇ、えええええっ……! うあぁ、ひっく、えぐ、うあああああっ!!!」

 僕に抱きついて、アイシャは思いきり泣いた。

 今は、とにかく泣いて、暗い感情を吐き出してしまった方がいい。
 そして、少しでも安らいでほしい。
 そう願いつつ、僕はアイシャをしっかりと抱きしめ返して、その頭を撫でた。