6話 実は規格外・その2

「身体能力は十分。次は、剣の練習をしましょうか」

 稽古は続く。

「というか……フェイトは、得物は剣でいいのですか? 槍とか斧とか、武器は色々とあると思うのだけど」
「剣がいいな。ソフィアが剣を使うところは、見惚れちゃうほどにかっこよくて、憧れているんだ」
「そ、そう……」

 なぜかソフィアの頬が朱色に染まる。

「では、今度はコレを使ってください」

 真剣を手渡された。

「コレは、私のコレクションの一つ。百年以上前に作られた、由緒ある名剣ですよ」
「え? そんなものを、どうして……」
「稽古で使うのですよ。フェイトは、その剣を使い、そこの岩を斬ってもらいます」

 ソフィアが指差したのは、僕達よりも遥かに大きい、三メートルはありそうな巨大な岩だった。

「え……コレを斬るの? というか、コレは斬れるものなの?」
「斬れますよ、ほら」

 手本を示すように、ソフィアは別の岩に向けて剣を振る。

 ザンッ!

 別の岩が縦に両断された。

「と……このように、鍛錬次第で岩の両断も可能です」
「す、すごいね……」

 幼馴染が遠い存在になったような気分。

 でも、立ち止まってなんていられない。
 遠くに行ってしまったというのなら、追いかけて、追いつくまで。

「うん……僕、がんばるよ」
「ふふっ、その意気ですよ。がんばる男の子はかっこいいです」

 そんな言葉でやる気が出てしまう僕は、単純なのかもしれない。

「この岩が斬れるようになれば、冒険者になるためのテストは、簡単にクリアーできますよ。もちろん、今のままでもクリアーはできると思いますが……たまに、意地悪なテストが混ざるので、確実とは言えません」
「確実にするための特訓、というわけだね?」
「はい、その通りです」

 ソフィアは僕の隣に並び、剣を正眼に構えてみせる。

「一つ、技を教えておきますね」
「技?」
「剣を扱う流派は色々とあって……私は、神王竜剣術という流派に所属しているのですよ」
「名前からして強そうな流派だね」
「幅広く門下生を募集していて、扱いやすい技も多いので、剣の初心者にはオススメの流派ですね。ひとまず、神王竜の技を一つ教えるので、それをマスターしてください。そうすれば、確実に冒険者になるためのテストに合格できるかと」
「勝手に技を教えていいの?」
「問題ありません。私、免許皆伝で、師範代の資格も得ていますから」
「な、なるほど」

 とことんすごい幼馴染だ、と感心する。

「まずはこう、剣をまっすぐに構えてください」
「こう?」
「はい、いいですよ。そして、お腹から力を出して全身に巡らせるイメージ。それを剣に収束させて、最後に、一気に振り下ろします。一度、やってみますね」

 手頃な岩の前へ移動して、ソフィアは剣を構える。
 すぅううう、と息を吸い……

「神王竜剣術・壱之太刀……破山!」

 ゴォッ!!!

 剣が振り下ろされると、今度は、岩が粉々に砕けた。

「とまあ、このような感じです」
「すごい……わぁ、すごいすごいすごい! ソフィア、すごいね! こんなことができるなんて、本当にすごいと思うよ! 剣聖は伊達じゃないね、かっこいいよ!」
「そ、そうですか? あの、その……あ、ありがとうございます」

 ソフィアは照れた様子で、もじもじとした。
 かわいい。

「それじゃあ、今度はフェイトの番ですよ。やってみてください」
「うん、がんばるよ」

 大きな岩の前に立ち、剣を構える。

 まずは、お腹から力をひねり出すイメージ。
 それを全身に巡らせて、それから剣に収束……
 そして、一気に解き放つ!

「神王竜剣術・壱之太刀……」

 瞬間、僕は奇妙な感覚を得た。

 剣と体が一体となるような、今まで得たことのない不思議な感覚だ。
 剣の先にまで神経が通っているかのような。
 全身の感覚が鋭敏になり、どこまでも研ぎ澄まされていく。

 体が熱い。
 燃えるような想いがこみ上げてきて……それを剣に乗せる!

「破山!!!」

 まず最初に、大きな岩が縦に割れた。
 それだけに終わらない。
 剣の軌跡に従い、大地が切り裂かれる。
 大地に入れられた切れ目は、はるか先まで続く。
 もう一つ、雲も縦に両断されて、太陽が顔を見せた。

「……」

 ソフィアが唖然としていた。
 言葉もない様子だ。

「えっと……これは、成功したと思っていいのかな? どうなのかな?」
「……」
「ソフィア?」
「……」

 何度か声をかけると、ハッとソフィアが我に返る。

「まさか、一回でクリアーしてしまうなんて……コレ、本来は、一年かかる特訓なんですよ? フェイトの身体能力なら、一ヶ月くらいで、と考えいたのですけど……い、一日で? それも、最初の一回で?」
「えっと……あ、うまくいったのは、この剣のおかげじゃないかな? コレ、名剣なんだよね?」
「その剣……骨董品としての価値はそれなりに高いですが、実用性はゼロです」
「え?」
「百年以上に作られたものですからね。見た目はいいですが、切れ味は最悪です。手助けしてくれるどころか、足を引っ張るような剣なのですが……まさか、そのような剣で岩を斬ってしまうなんて。ひたすらに頑丈なので、折れないだろうと渡したのですが……」
「それじゃあ、僕は合格、ということ?」
「ですね……もう、フェイトは、本当にいったいどうなっているのですか? デタラメな身体能力に、神王竜剣術の技を一つ、一日で習得してしまう才能。デタラメです」
「そうかな? よくわからないんだけど……わりと、普通のことなのかもしれないよ?」
「普通なわけないでしょう!!!?」

 ソフィアが叫ぶ。
 空を飛ぶカバを見たかのような、そんな反応だ。

「いいですか? フェイトは、ありえないことを成し遂げたのですよ。それを普通なんて、言えるわけないではありませんか! フェイトは昔からマイペースなところがありましたが、もう少し、自分がとんでもないことをしたという自覚を持ってください!」
「う、うん……その、ごめん」
「本当に、剣を持つのは今日が初めてなのですか? こっそりと、毎日毎日練習していたということは?」
「そんなことはないけど……」
「あ、と……すみません。フェイトがあまりに規格外なもので、取り乱してしまいました」
「いや、僕の方こそ」

 互いに頭を下げる。

 そして……顔を見合わせて、くすりと笑う。

「あはは」
「ふふっ」

 楽しいな。
 今までの人生は、それはもうひどいものだったけど……
 でも、今は違う。

 ソフィアが目の前にいる。
 手を伸ばせば届くところにいる。
 そして、笑ってくれている。

 これ以上の幸せがあるだろうか?
 いや、ない。

「ねえ、ソフィア」
「はい、なんですか?」
「僕、がんばって冒険者になるから……そうしたら、一緒に色々なことをしようね」
「もちろんです。楽しみに待っていますからね?」

 ソフィアは太陽のように笑い、そっと、僕の手を握るのだった。