ダンジョン最深部は三つの区画に分かれていた。

 一つは、盗賊達の生活スペース。
 これが一番広く、ダンジョンの七割を占めている。

 二割が宝物庫。
 そして、残り一割が牢。

 運の悪いことに、牢に誰かが捕らえられているという。
 下手をしたら人質として使われるかもしれない。

 生活スペースに、二十人ほどの盗賊。
 他のメンバーよりも豪華な食事を食べているのが、盗賊団のボスであり、モンスターテイマーなのだろう。

 その他、ケルベロスが十匹。
 ワータイガーが五匹。
 フェンリルの亜種……ソードウルフが一匹。
 最深部だからなのか、さすがに守備が固い。

 ちなみに、なぜそんな情報がわかるのかというと……

「ってなわけで、情報はこんなところね」

 リコリスのおかげだ。
 妖精はテイムに対して抵抗力があったらしく、あれから少しして洗脳が解除された。

 自信満々な態度を見せた後、あっさりと洗脳されたことは、さすがのリコリスも気まずかったらしい。
 率先して偵察を申し出て、こっそりと情報を集めて……そして今に至る。

「ね? ね? あたし、役に立つでしょ? がんばったでしょ? だから、おしおきはやめてぇえええええ……」

 ソフィアに、泣いてすがりつくリコリス。
 洗脳が解けた後、ソフィアがなにかしら耳打ちをしていたのだけど、いったいなにを言ったのやら。

「大丈夫ですよ。リコリスにおしおきなんて、そんなことするわけありません」
「そ、そうなの……?」
「はい」

 にっこりと笑い、

「……またやらかさない限りは」
「ひぃ!?」

 時に恐ろしく、スパルタな幼馴染だった。

 僕に対しても、普段はとても優しいんだけど、剣の稽古をする時とかは厳しくなるんだよね。
 でも、それはソフィアなりの愛情表現だと思っている。
 大切に想うからこそ、時に厳しく接する。

 本当にどうでもいい相手なら、なにも言わないだろう。
 好きの反対は無関心、って言うからね。

「それじゃあ、どうやって攻めようか?」
「ここへ来るまでに、けっこうな数を削ったと思うのですが……まだあれほどの戦力が残っているのは予想外でしたね。乱戦になると、やや面倒ですね」
「ソフィアは問題ないと思うけど、僕は危ないかもね」
「フェイトも問題はないと思いますが……ただ、そうですね。やはり、少し心配になってしまいます」
「それよりも、やっぱり囚われている人のことが心配だよね。巻き込まれるかもしれないし、人質として利用されるかもしれない。絶対に、確実に助けないといけないから、ソフィアは牢の方を担当してもらえるかな?」
「構いませんが……そうなると、フェイトは、一人であれだけの敵を相手にすることになりますよ? 私の方にもある程度は流れてくるでしょうが、せいぜい、二割くらいではないかと」
「やっぱり危ないかな?」
「当たり前です。普通なら、そんなことはやめてほしいのですけど……」
「うーん……ごめん。ソフィアが心配してくれていることはわかるし、それはうれしいんだけど、やっぱり、今は囚われている人を優先しないと」

 困った様子でソフィアがため息をこぼす。

 ただ、呆れているとか、そういう感じじゃない。
 どちらかというと、うれしそうだった。

 その証拠というべきか、口元に小さな笑みが浮かんでいる。

「できることなら、フェイトは自分のことを最優先に考えてほしいのですが……しかし、誰かのためにがんばることができる。それもまた、フェイトの美徳でしたね。そうでなければフェイトでないというか……私も、そんなフェイトのまっすぐなところに助けられたことがありますし」
「あれ?」

 僕がソフィアを助けた?
 はて?
 そんなことあったかな……考えてみるのだけど、記憶にない。

 忘れているだけなのか、ソフィアの勘違いなのか。

「リコリス、フェイトのサポートをお願いします」
「任せてちょうだい! 汚名挽回してみせるわ!」
「それ、間違った使い方ですからね……?」

 頼りになるのかどうか、いまいち不安になる。
 でも、それもまた、リコリスらしいのかもしれない。

「それじゃあ……」

 僕は即興で考えた作戦を口にして……
 ソフィアとリコリスが納得してくれたところで、準備開始。

 五分ほどで作業を終えて、カウントダウンを始める。
 5……4……3……2……1……

 ゼロ!

 心の中で叫ぶと同時に、僕とソフィアは物陰から飛び出した。

「な、なんだコイツら!?」
「報告にあった侵入者か!?」
「くそっ、いつの間にここまで……おい、野郎共! 叩き潰せ!」

 敵もさるものながら、ボスの掛け声で盗賊達が一斉に迎撃体制をとる。
 素早い動きで、動揺もあまり残っていない様子だ。
 盗賊にしておくのが惜しいくらい、練度が高い。

「邪魔ですっ!」
「ぐあ!?」
「ぎゃあああ!?」

 ソフィアは剣の一振りで数人を打ち倒していた。

 さすがというべきか、この状況でもきっちりと手加減をしていて、斬らず、刃の腹を叩きつけている。
 あんな器用な真似、とてもじゃないけれど僕にはできない。

「僕もがんばらないと!」
「フェイト、右から二人! 続けて、左斜め前から一人と魔物が二匹よ!」
「了解!」

 リコリスのナビゲートのおかげで、敵の行動を予測することができた。

 僕の考えた作戦は、ものすごく単純なもの。
 狭い場所を戦場とすることで、一度に相手をする人数を限定するというもの。

 いまいち実感はないのだけど……
 ソフィアは、僕のことを強いと言う。
 なら、その言葉を信じてみたい。

 大人数に囲まれたら、さすがにどうすることもできないと思うけど……
 三~四人くらいまでなら、なんとかなると思う。
 そのために、あえて狭い場所を選んだ、というわけだ。

 その結果……

「くそっ、コイツ、ちょこまかと……くらえっ!」
「馬鹿!? 俺に当たるところだっただろうが!」
「ぎゃっ……!? 押すんじゃねえ」

 乱戦が起きて、敵が同士討ちするという事態に。
 こんな狭いところで戦えれば、当たり前のことだ。
 それを予想できないところ、わりと頭は悪いのかもしれない。

 敵が混乱する中、僕は一人一人、きっちりと倒していく。

「ちっ、役立たずの馬鹿共が!」

 怒りに顔を歪ませつつ、ボスがやってきた。
 ケルベロスを三匹とソードウルフを従えている。

「どこのどいつか知らないが、俺にケンカを売ったこと、後悔させてやる!」
「それなら僕は……盗賊なんてしていたこと、後悔させてあげるよ!」