クリフ曰く、数ある依頼の一部はドクトルが発行しているものだという。

 依頼をうまいこと利用することで、私服を肥やす。
 そのために、定期的に依頼を発行しているのだとか。

 その依頼を見つけて、クリアーして……
 報告の際、ドクトルと顔を合わせることができる。

 その際、有能であることをアピールすれば、向こうから声がかかるだろう……とのこと。
 気に入られれば、彼の懐に潜り込むことができる。

 なので、まずは、ドクトルが発行する依頼をこなさなければいけない。
 そんなことを言われたのだけど……

「これ……だよね?」
「これ……ですね」

 とある依頼発行書を手に取り、ソフィアと一緒に見る。
 僕もソフィアも首を傾げる。

 というのも、依頼内容は、大して難しくないものだからだ。

「街から少し離れたところにあるダンジョンを根城にしている、盗賊団の討伐」
「聞いたことのない盗賊団ですし、大した難易度ではなさそうですが……ふむ?」

 この依頼が、どうして私服を肥やすことに繋がっているのだろう?
 よくわからない。

「盗賊団を排除することで、地位を保つ……とか?」
「ありえないことではありませんが……それにしては、少しやることが小さい気がしますね。権力と金を目的とする人間は、おもいきった手を打つことが多いです」
「それは、ソフィアの経験則?」
「はい」
「なるほど……でも、クリフは、これがドクトルの依頼って言っていたから、間違いないと思うんだけど……うーん」
「盗賊、盗賊、盗賊……あぁ、なるほど」

 心当たりがある様子で、ソフィアは納得顔に。

「確かに、これは私腹を肥やすための依頼ですね」
「と、いうと?」
「盗賊の討伐となると、彼らが奪った金銀財宝があるでしょう?」
「そうだね。通常は、ギルドに返還して、被害者の元にいくらか返却される、っていう流れになっているよね」
「そこです」

 ソフィアが、ピンと人差し指を立てる。

「ドクトルは、盗賊団の財宝を己のものにしたいのでしょう」
「横取り?」
「ギルドが預かるフリをして、そのまま自分の懐に。長く活動している盗賊団ならば、それなりの財を持っていますからね。ドクトルにとっては、格好の獲物なのでしょう」
「なんていうか……許せないね」

 本来ならば、被害者に返金されるべきものだ。
 それを自分のものにしてしまうなんて……

「フェイト。わかっていると思いますが、今、彼を糾弾してはいけませんよ」
「うん、わかっているよ。そんなことをしても、尻尾切りで、誰か別の人が捕らえられるだけ。ドクトルの信頼を得て、もっと確実な証拠を手に入れなければいけない」
「はい、その通りです」
「でも……」

 ぐっと、拳を握る。

「一時的とはいえ、ドクトルの犯罪を見逃さないといけないことが悔しくて」
「フェイト……大丈夫ですよ」
「わっ」

 突然、ソフィアに抱きしめられた。

 温かいやら甘い匂いがするやら……
 それと、柔らかい感触がして……
 途端に顔が熱くなってしまう。

「そ、ソフィア? なにを……」
「そういうまっすぐな気持ちを持っているところ、素敵だと思います」

 ぎゅうっと、抱きしめてくる。

「そのまっすぐな心を、フェイトなら忘れることなく、ずっと持ち続けることができると思います。だから、大丈夫です」
「そう……かな?」
「そうですよ。幼馴染で、誰よりもフェイトのことを見てきた私が保証します」
「……うん、ありがとう」

 悔しい気持ちは薄くなった。
 代わりに、絶対に依頼を成功させて、ドクトルの不正を暴こうと決意する。

「それじゃあ、手続きをしてくるね」
「はい」

 その後……

 依頼を正式に請けた僕達は、いくらかの準備をした後、街を後にした。

 目的地は、街から少し離れたところにあるダンジョン。
 そこを根城とする盗賊団を壊滅させること。

「……あそこだね」

 街から一日ほど歩いたところに、ダンジョンがあった。
 事前の情報によると、地下三層の小さなものらしい。

「入り口に二人……見張りですね」
「その奥からも気配がするね」
「小さなダンジョンを根城にしているから、大した規模ではないと思っていましたが……これは、少し予想外ですね」

 十数人の中規模か……
 あるいは、数十人の大規模な盗賊団かもしれない。

 ソフィアなら、全員、まとめて叩き切ることは可能だろうけど……
 それでも、万が一という可能性もある。

 狭いと乱闘になるし……
 事故の可能性も高い。

「うーん、できれば安全策でいきたいよね」
「フェイトなら、全員、叩き切ることができると思いますよ」
「それ、僕の台詞」
「あんたら、ものすっごい物騒な会話してるわね……」

 後ろの方を飛んでいるリコリスが、顔をひきつらせていた。

「どうしましょうか?」
「うーん……見張りを誘い出して、生け捕り。尋問して情報を聞き出した後、問題ないようなら突入。厄介な問題が出てきたら、そこでまた考える……っていうことでどうかな?」
「行き当たりばったりじゃない」
「今のところ、それくらいしかできませんよ」
「なら、決まりということで」

 石を放り、見張りの注意を引いた。
 近づいてきたところで、ソフィアと同時に茂みから飛び出して、剣の腹で叩く。

 二人の見張りはそれぞれうめき声をあげて、地面に倒れた。

「ふふんっ、瞬殺ね。このあたしに逆らおうとするからよ!」
「リコリスは、なにもしていないではありませんか……」
「フェイトとソフィアはあたしの仲間。仲間の手柄はあたしの手柄。つまり、そういうことよ!」

 ものすごい暴論に聞こえるのは気のせいだろうか……?

 気持ちを切り替えて、見張りを縛り上げて、茂みの奥に引きずりこんだ。

「さてと……あとは、このまま尋問を……え?」

 ふと、刺すような鋭い殺気がぶつけられた。
 反射的に振り返り、剣を盾のように構える。

 ギィンッ!

 瞬間移動したかのように、目の前に歪な牙を持つ狼が迫る。