冒険者ギルドの幹部がスタンピードを引き起こした?
 いったい、どういうことなのだろう?

 なにかの間違いでは? と思わなくもないのだけど……
 でも、クリフは確信している様子だ。

「詳しいことを教えてくれませんか? あなたも、そのために私達を呼んだのでしょう?」
「そうだね。要約すると……」

 以前から、クリフは冒険者ギルド内で、上層部から疎ましく思われていた。
 彼らの思い通りに動くことなく、独自の判断で行動するからだ。

 実のところ、アイゼンの処断にもクリフが関わっていたらしい。
 上層部はアイゼンをかばい、保護しようとしたが……
 クリフはそれをよしとせず、悪事の決定的な証拠を掴み、それを憲兵隊に提出。
 さらに、他にも情報提供があったらしく……
 結果、アイゼンは裁かれることになった。

 そんな感じで、上層部の意向に反することを繰り返していたらしい。
 ギルド内でのクリフの印象は最悪。

 ただ、金と権力に従わないクリフは、現場や冒険者にとってはヒーローのように映ったという。
 そのため、上層部は邪魔なクリフを排除すべく、色々と暗躍しているらしい。

 ただ、そのことごとくをクリフは回避して、あるいはカウンターを放ち、手痛い目に遭わせていた。

「……っていうことをしていたから、いい加減、上層部もキレたんだろうねえ。街一つを巻き込む策を考えて、その被害を、全て僕の責任にしようとしたんだろうね。それが、今回の事件の真相だと思うよ。まあ、証拠はないんだけどね」
「そんな……なんて、無茶苦茶な」
「あなた一人を追い落とすために、街を一つ、滅ぼすなんて正気の沙汰ではありませんね」
「んー、さすがにそこまではしないかな? 僕らが失敗して、ある程度被害が出たところで、ファルツ率いる部隊が乱入していたと思うよ。そうやって手柄を立てると同時に、僕に無能の烙印を押して放逐する……そんなところだろうね」
「人間って、けっこう無茶苦茶なことを考えるのね。その場合、結局、多少は街に被害が出ていたじゃない」
「その方が、彼らにとっては都合がいいんだよ。被害が出ると、街の人は怒り悲しむ。そこに、僕が無能だったから、なんて情報が流れたら?」
「……街の人の怒り、悲しみは、全部クリフに向く」
「そういうこと。で、上層部としては、なにも問題なく僕を処分できるわけだ」
「なんていうか、もう……」

 上層部の考えていることが、あまりにも自分勝手すぎて、怒りを超えて呆れてしまう。

 クリフを追放するために、街に被害を出してもいいなんて……
 なんていう身勝手。
 なんていう横暴。
 こんな理不尽、許されていいわけがない。
 見過ごしていいわけもない。

「で……そんな上層部だから、つい先日までアイゼンのことを放置していたし、むしろ、彼の悪巧みに加担していた。それについては、本当に申しわけないと思う。ギルドの関係者として、心から謝罪するよ。この通り、申しわけない」

 クリフはテーブルに両手をついて、額がつくほど、深く頭を下げた。
 その態度を見て、思わずソフィアと顔を見合わせてしまう。

 彼の態度にウソは見られない。
 心の底から申しわけないと思い、謝罪をしているように見える。

「フェイト、どうしますか?」

 許すか、許さないか。
 答えはすでに決まっている。

「頭を上げて、クリフ。僕は……許すよ」

 クリフの話が本当なら、冒険者ギルドに対して色々と思うところはある。
 ギルドがしっかりしていれば、もっと早く奴隷から解放されたのかもしれないと、そう思うこともある。

 でも、クリフがやらかしたわけじゃない。
 彼の責任じゃない。
 それなのに、ここまで真剣に謝罪をしてくれるなんて、普通はできることじゃない。

 そんな彼の真摯な態度に、僕は、これ以上は気にしないことにした。

「そもそも、クリフが悪いわけじゃないからね。それなのに謝ってもらって、ここまでしてもらって……これで、恨み続けるわけにはいかないよ。全部、水に流すよ」
「そっか……うん。そう言ってもらえると、とてもありがたいよ」

 クリフが笑い、僕も笑う。
 笑みを交換して、こころなしか、友情ができたような気がした。

「よかった、といきたいところなんだけど……実は、もう一つ話があるんだ」
「ギルド上層部に関することですか?」
「おや。アスカルトさんは鋭いね」
「この話の流れで、それ以外の可能性は考えられませんよ」
「まあ、それもそうか」

 クリフは苦笑して……
 それから、真面目な顔を作る。

「さっきも言ったように、今のギルド上層部はなかなかに腐っていてね。僕を追い落とすために、街一つを巻き込むことを、ためらうことなくやってのける」
「ダメダメな人間ねー。そのギルド上層部って、バカの巣窟なの?」
「あはは、耳が痛いねー。でも、妖精さんの言う通り、バカの巣窟でね。僕としては、この現状をなんとかしたいと思っているんだ。とはいえ、なかなかどうして。長年に渡って築き上げられた腐敗の壁は、なかなか打ち崩すことができないんだ。難しい問題さ」
「なにをしたいのかわかりませんが……そこで、私達の力を借りたいと?」
「正解」

 クリフは頷いて、次に、申しわけなさそうな顔になる。

「またスティアートくんを巻き込むのは、非常に申しわけないと思うんだけど……ただ、他に信頼できて力がある人がいないんだ。もちろん、強制することはないよ。断ったとしても、なんら責を問われることはない。ただ……お願いだ。どうか、力を貸してほしい」

 再び頭を下げられてしまう。

「えっと……」

 どうする? という感じで、ソフィアと顔を見合わせる。

 ソフィアと一緒に冒険者をがんばりたいと思うものの……
 実のところ、冒険者に対して、それほどのこだわりはない。

 僕にとっての冒険者は、ソフィアと一緒になにかをする、というための手段だ。
 人生の目標というわけではないから、冒険者でなくなったとしても問題はない。

 ないのだけど……

「……でも、見なかったことにはできないよね」

 ギルドの腐敗を放置すれば、罪もない人が苦しむかもしれない。
 僕が動くことでそれを阻止できるのなら、がんばりたいと思う。

 それに……

 このままだと、また、僕みたいな人が出てくるかもしれない。
 それはイヤだ。

「ソフィア、僕はクリフに協力したいと思うんだけど……」
「わかりました。なら、私も一緒しますね」
「えっと……いいの? 厄介事になるかもしれないんだけど」
「それなら、なおさら私が一緒にいないといけませんね。いざという時は、私がフェイトを守りますから」
「うーん」
「イヤなのですか?」
「ううん、うれしいよ。でも男として、僕がソフィアを守る、くらいは言いたくて」

 でも、僕の方が弱いから、そんなことは言えない。

「フェイトのその気持ちだけで、私は十分にうれしいですよ。ありがとうございます。それに、フェイトは十分に私のことを守ってくれていますよ」
「そうかな? そんなことはないと思うけど」
「一緒にいるだけで、十分ですよ。この五年間、どれだけ会いたいと願っていたか」
「うん。僕も、ずっとソフィアに会いたかったよ」
「……あのさ」

 気がつけば、リコリスのジト目が。

「あんたら、イチャイチャするのは時と場所を選びなさいよ。ほら。そこの人間が、どうしていいか困っているじゃない」
「あはは……」

 クリフが苦笑して、

「「……ごめんなさい」」

 僕とソフィアは顔を赤くして、揃って頭を下げるのだった。