「よし、なんとか倒すことができた」

 これでスタンピードも収まるはず。
 ソフィアなら心配はいらないと思うんだけど……
 それでも、気になるものは気になる。
 早く戻ろう。

「ふらひれはらぁ……」
「どうしたの、リコリス?」
「フェイトが速く動きすぎるから……酔ったわ。おぇ……」
「ご、ごめん!?」

 慌ててリコリスを下ろして、その小さな背中を指先でさする。

「大丈夫?」
「やばい……マジでやばいわ……おぇ」
「水、飲む?」
「今、そんなものを飲んだら……うえっぷ」

 うわぁ……
 リコリスが、とても人様には見せられない顔に。

 困ったな。
 早く街に戻りたいけど、でも、リコリスに無茶はさせられない。
 ここで少し休憩をして……

「……うん?」

 ふと、違和感を覚えた。

 周囲を見回す。
 ゼフィランサスとの戦いで、あちこちが荒れている。
 ただ、普通に考えて、違和感を覚えるようなものは見当たらない。

 見当たらないのだけど……

「……」

 針で刺されるような感覚。
 見られている。
 それと、敵意をぶつけられている。

 わずかなものだから、勘違いとか気のせいとか思ってしまいそうだけど……
 間違いない。
 過去の経験から、危機感知能力には長けているので、この敵意を見逃すことはない。

「そこだ!」

 ブーツに仕込んである投擲用のナイフを放つ。
 ナイフは少し離れたところにある木に刺さる。

「ひっ!?」

 見つかるとは想っていなかったらしく、驚きの声が。
 そのまま、ダダダッと足音が遠ざかっていく。

 うーん、外したか。
 まだまだ精進しないと。

「追いかけたいところだけど、リコリスを置いていくわけにはいかないし……うん?」

 ひとまず声がしたところを調べてみると、誰かの足跡が。
 大きさからして、たぶん男のものだろう。

 それと……

「なんだろう、これ?」

 手の平サイズの水晶球が落ちていた。
 占い師がよく使うような、アレだ。

 ただし、澄んだ色ではなくて、黒一色。
 夜の闇を凝縮したかのようで、禍々しささえ感じる。

「うーん? さっぱりわからないけど……でも、どう見ても大事なものだよね。今回の事件に関わっているかもしれないし、持ち帰ろうかな」

 水晶球を荷物袋にしまう。
 すると、

「うぅ……ふぇ、フェイトぉ……」
「リコリス?」

 とても弱々しいリコリスの声。
 もしかして、さっきの怪しい人影がリコリスのところへ!?

 慌てて戻ると、

「あたし……もう、ダメ……えろえろえろ」
「うわぁ!?」

 リコリスがどんな結末を迎えたか?
 それは、本人の名誉のために口にしないことにした。



――――――――――



 街の手前に戻り、唖然としてしまう。

「え? なに、これ……」

 魔物の死体、魔物の死体、魔物の死体。
 あちらこちらに魔物が倒れていて、とんでもない惨状になっていた。

 ただ、街がピンチかというと、そういうわけではないらしい。
 魔物は全て討伐されているらしく……
 たくさんの人が魔物を解体して素材を集めて、残りを順次、焼却処分している。

 スタンピードの跡なんだろうけど……
 でも、魔物の数は五千くらいのはず。
 これ、どう見ても五千は超えているんだけど……

「フェイトっ!!!」
「うわっ」

 聞き慣れた声に振り返り……
 直後、ドンッ、とした衝撃があり、そのまま押し倒されてしまう。

「フェイト、大丈夫ですか!? 怪我はしていませんか!? 気持ち悪くないですか!? 無茶はしていませんか!?」
「えっと……ただいま、ソフィア」
「おかえりなさい、フェイト」
「僕なら大丈夫。ちゃんと女王は倒したよ」
「はい、それはわかりました。途中で、一気に魔物の勢いが衰えたので。ただ、怪我などをしていないか心配で……本当に大丈夫ですか? 無理をしていませんか?」
「心配いらないよ。ただ……」
「やはり、どこか怪我を!?」
「……リコリスが大変なことに」
「え?」

 ソフィアが勢いよく抱きついてきた衝撃で、リコリスがぽーんと放り出されて……

「おぇ……」

 ぐったりとした様子で地面に転がっていた。
 酔っているせいで、飛ぶことができなかったらしい。

「あっ!? す、すみません。大丈夫ですか、リコリス?」
「あんた……今のあたしを見て、大丈夫とか……目、悪いんじゃないの……?」
「本当にごめんなさいっ!」
「やあやあ、なにやら賑やかだけど……無事に戻ってきたようでなによりだ。それと、女王の討伐、おつかれさま」

 クリフが姿を見せた。
 朗らかな笑みを見せているのだけど、あちらこちらに魔物の返り血がある。
 きっと、ソフィアと一緒に激戦を潜り抜けたのだろう。

「大丈夫だったかい? 怪我はしていないみたいだけど……まあ、見た目で判断するのは危険だからね。治癒師を手配するから、後で診てもらうといいよ」
「ありがとう。ところで、ちょっと気になるものを拾ったんだけど」

 暗闇の水晶球を取り出す。
 ギルドマスターのクリフなら知っているかもしれない。

「これ、クリフはなにか知らない?」
「コイツは……」

 クリフの表情が険しいものになる。
 それを見て、また厄介事が舞い込んできたのかな? と、今後の展開を想像して困ってしまう僕だった。