5話 実は規格外

「えっ、ソフィアって、剣聖だったの!!!?」

 パーティーを結成した後、色々と話をしたのだけど……
 その中で、ソフィアが『剣聖』の称号を授かっていることを知る。

 剣聖。

 剣を極めた者だけが得ることができる称号で、その力はSSSランクに匹敵する。
 つまり、世界に数十人しかいないとされている、最上位の冒険者だ。

 常人の数十倍の身体能力を持ち、その剣速は音速を超える。
 山を断ち海を断つ。
 この世に斬れないものはない。

 さらにソフィアは、唯一無二の剣……『聖剣エクスカリバー』を持っていた。

 超人的な身体能力に、伝説の剣。
 おとぎ話に出てくる勇者のような存在だ。

「すごいなあ……まさか、そんなことになっていたなんて」

 道理で、シグルドを一撃で倒してしまうわけだ。
 シグルドは、あれでもAランク冒険者ではあるが、『剣聖』のソフィアからしたら赤子に等しいだろう。

「そっか。だから、契約の首輪を斬ることができたんだ」
「あれくらいなら、いくらでも斬ってみせますよ。本当なら、あのクズ冒険者達も斬り捨ててしまいたかったのだけど」
「えっと……さすがにそれは」
「あら? フェイトは、彼らをかばうのですか?」
「ううん、そんな気はこれっぽっちもないよ? ただ、目立った罪を犯したわけじゃないからね。それなのに斬ったりしたら、ソフィアが罪に問われちゃうよ」
「ふふっ、私のことを心配してくれているのですか?」
「もちろん。僕は、なによりもまず、世界で一番、ソフィアのことを考えて優先するよ」
「……だから、そういう台詞」
「そういう? どういう?」
「本当にもう……フェイトは、ぜんぜん変わらないのですね」
「ソフィアも変わっていないよ」

 綺麗で優しくて……
 ついでに、ちょっと小悪魔的なところも、昔のままだ。

「そうだ。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「ソフィアが剣聖というなら、僕に稽古をつけてくれないかな?」
「稽古を?」
「僕はずっと奴隷にされていたから、力を磨くことができなくて……このままだと、ソフィアの足を引っ張ってしまう。それはイヤなんだ。だから、もっと強くなりたい」
「ふふっ、フェイトは男の子なのですね」
「ダメかな?」
「いいえ、そんなことはありません。もちろん、オッケーですよ」



――――――――――



 そんなわけで、稽古をつけてもらうために、僕とソフィアは街を出た。
 近くの草原に移動して、木剣を手に、ソフィアと対峙する。

「とりあえず、今のフェイトの実力を知りたいです」
「そう言われても……剣はまともに使ったことないよ?」
「それでもいいんです。素質という才能というか、そういうところを見極めたいので。それで、今後の稽古の方針を決めていきたいのです」
「なるほど」
「まずは、自由に私に打ち込んできてください。あ、全力でお願いしますね?」
「うん、わかったよ」

 ソフィアを怪我させてしまったら……なんていうのは、傲慢な考えだ。
 剣聖の彼女を、元奴隷の僕がどうこうできるわけがない。
 かすり傷を与えることもできないだろう。

 とにかく、今は全力で挑むことにしよう。
 どうなるかわからないけど、やれるだけのことはやらないと。

「じゃあ、いくよ」
「はい、いらっしゃい」

 ソフィアは余裕の笑みで木剣を軽く構えた。

 僕は深呼吸をして、意識を集中させる。
 今の自分の全力を叩き込む。
 それだけを意識して、全身を動かす。

「ふっ!!!」
「え……!?」

 地面を蹴り、前かがみになるようにして突撃。
 その勢いを乗せるようにして、突きを繰り出した。

「くっ!?」

 ソフィアは焦ったような声を出して……

 カァンッ!!!

 次の瞬間、僕は宙を舞っていた。
 木剣がくるくると回転しつつ、遠くへ飛んでいくのが見えて……

「いた!?」

 どすん、と地面に落下。
 鈍い衝撃が走り、ついつい顔をしかめてしまう。

「あっ……ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。怪我はしていないよ。こう見えて、体は丈夫なんだ」
「よかった。フェイトが、あまりにも鋭い突きを繰り出してくるものだから、反射的にカウンターをしかけてしまいました。ごめんなさい」
「ううん、謝らないで。それよりも、そう言ってもらえるっていうことは、少しは素質とか才能に期待してもいいのかな?」
「そうですね……模擬戦をしませんか?」
「えっ!? いやいや、待ってよ。剣聖のソフィアに勝てるわけないし、一秒と耐えられるかどうか……」
「大丈夫ですよ、きちんと手加減しますから。それに、私の予想が正しければ……」
「予想?」
「いえ、こちらの話です。とにかく、模擬戦をした方がわかりやすいので、どうですか?」
「うーん……わかった、がんばるよ」
「それでこそ、フェイトです♪」

 飛んでいった木剣を拾い、再び構える。

 ソフィアも木剣を構えるのだけど、さきほどと違い、笑みは消えていた。
 とても真剣な顔をしている。

「ふっ!!!」

 息を吐き出すと同時に駆けた。
 右から左へ木剣を薙ぐ。

「これは……!?」

 簡単に受け止められてしまうのだけど、なぜか、ソフィアは驚きの表情に。

 ストップはかからない。
 まだ続けろ、ということなのだろう。

 今度は縦に振り下ろして、木剣を叩きつける。

「くぅううう!? なんて重い一撃!」

 次は斜め。
 左から右へ。
 一歩後退して、最初と同じ突き。

 そうして攻撃を繰り返すのだけど、一撃も当たらない。
 かすることすらない。

 全てソフィアの手の平の上という感じで、なにをしても当たる気がしなかった。

 すごい。
 実際に対峙してわかったけど、ソフィアはとんでもない力を持っている。
 さすが剣聖。
 シグルドを一撃で倒してしまうのも、納得だった。

「今度は、こちらからいきますよ!」
「っ!?」

 ゾクリとした悪寒。
 その直感に従い、体を横に傾ける。

 その直後、ソフィアの音速の斬撃がさきほどまでいた場所を駆け抜けた。

「避けられた!? ならば……これでどうですか!?」
「くっ……この!」
「また避けて……今度は防いだ!?」

 なぜかソフィアは驚いているものの、こっちはいっぱいいっぱいだ。
 かろうじて剣を合わせることに成功したものの、巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が伝わってきて、手がビリビリと痺れる。

 これはまずい。
 長期戦は圧倒的に不利。
 短期決戦で挑まないと!

「はぁ!」
「ふっ!」

 ソフィアと何度か剣を交わして……
 ここぞというタイミングで、剣を振り下ろした。
 狙い通り。
 ジャストタイミングで木剣はソフィアに向けて……

「くぅ……このっ!!!」

 カァンッ!

 音速の剣が走り、僕の木剣が弾かれてしまう。
 そして、ソフィアは己の持つ木剣を、こちらの首に突きつけてきた。

「勝負あり、ですね」
「うん……降参。僕の負けだよ」

 両手を挙げる。

「はぁ……やっぱり、ソフィアはすごいなあ。まるで歯が立たなかったよ」
「今の戦いを経験して、どうして、そのような感想になるのですか?」
「え?」
「正直なところ、かなり際どい戦いでした」
「そうなの? えっと……僕の素質とか才能とか、どうだったかな?」
「どうもこうも……」

 才能ゼロよ、なんて言われたらどうしよう?
 ドキドキしつつ、答えを待つのだけど……予想外のことを告げられる。

「そのデタラメに高い身体能力は、いったいどういうことですか?」
「え?」
「一撃目の突きは、私でさえ、見失ってしまいそうなほどに速く……その後の攻撃も、全てが超速で、おまけに威力も破格。Sランク並の……いいえ。私と同じ、SSSランク並の身体能力ですよ?」
「まさか、そんなことがあるわけないよ」
「あるのです」

 ソフィアは、どこか拗ねたように言う。

「私は剣聖です。手加減しているとはいえ、そんな私と同等に戦ってしまうなんて……どういうことですか? 剣筋は素人そのものなので、なんとか対処できましたが……これでもし、しっかりとした剣を使うことができていたら、ちょっと危なかったかもしれません。危うく本気を出さなければいけないところでした」
「えっと……それは、本当のこと? 冗談じゃなくて?」
「本当ですよ。フェイトの身体能力は、SSSランク並です」
「僕が……そんなことに?」
「いったい、どこでそんな力を手に入れていたのですか?」
「そう言われても、まるで心当たりがないんだけど……」
「訓練とかはしていないのですか?」
「していなかったよ。色々な雑用を押しつけられていたから、そんなヒマは欠片もなかったし」
「フェイトは、いったい、今までどういう生活を?」
「えっと……」

 寝る時以外は、シグルド達の荷物と食料や水など、計数十キロの荷物を常に背負っていた。
 その状態で、囮にされたり、崖を登らされたり、逆に崖に突き落とされたり。
 睡眠時間は、一日一時間あればいい方。
 何度も体を壊したり病気になったけど、そのうち体が慣れてきたのか、倒れる頻度は少なくなった。

「……というような感じかな」
「あの冒険者共……やっぱり、殺しておくべきでしたね」

 ソフィアが怒りに燃えて……
 次いで、やれやれという様子でため息をこぼす。

「でも、納得ですね。フェイトの日常は、SSSランクが行う訓練と同じ……いいえ、それ以上。そんなものを毎日……しかも、体を壊してもやめずに続けていたなんて。五年も続ければ、それはもう、とんでもない身体能力を得て当然ですね」
「えっと……つまり?」
「剣の素質に関しては、まだなんとも言えませんが、少なくとも肉体的な能力に関しては文句なしの合格です。というか、私に匹敵するほどで、冒険者になれば、その能力だけでSランクになれるでしょう」
「……」
「フェイト? どうしたのですか?」
「いや、なんていうか……まさか、そんなことになっていたなんて。驚きで、ぽかーんと」
「ぽかーんとしたいのは私の方ですよ、もう」

 ソフィアは呆れたように言って、

「でも……ふふっ、フェイトは、いつも私を驚かせてくれるのですね。それでこそ、フェイトです♪」

 機嫌の良い感じで、微笑むのだった。