「ふむ……少し失敗しましたね。できるなら、三分の二は消し飛ばしておきたかったのですが」

 とてつもない成果を叩き出したというのに、しかし、ソフィアは満足した様子がない。
 もうちょっと倒しておきたかった。
 そんなありえないことを言う。

 半分……二万五千もの魔物を一瞬で消し飛ばしただけで大成果と言えるし、満足して当然なのだけど……

 ソフィアは、まだまだ未熟という様子で、納得いかない顔をしていた。

「やはり、久しぶりに使う技は加減が難しいですね。できることなら、定期的に練習をしておきたいのですが……」
「いやー、今の技を定期的に使われたら、さすがに困っちゃうかなー」

 クリフは呑気にツッコミを入れるものの、内心ではかなり驚いていた。

 これだけの滅茶苦茶な攻撃を繰り出すことができる。
 さすが剣聖と驚いていたが……

 それだけではなくて、ソフィアには、まだまだ余裕があるように見えた。
 あのような攻撃を繰り出せば、普通、そこで力尽きてしまうが……
 彼女はまだまだ元気そうだ。

 いったい、どれだけの力があるのか?
 ソフィアの底の知れない力に、さすがのクリフもヒヤッとするのだった。

「さて……」

 ソフィアは聖剣を背中の鞘にしまい、腰に下げている別の剣を抜いた。

「残り、二万五千……街の被害をゼロにすることを考えると、ここで二万は潰しておきたいですね」
「当初の予定より数が多くない?」
「男なのだから、もっと気合を入れてください」
「今は男女平等の時代だよ」
「まったく、情けない人ですね。フェイトなら、そのようなことは言いませんよ」
「彼は彼で規格外だから、同じにされると、普通代表としてはちょっと複雑かなあ」

 あなたも十分に規格外でしょうに。
 百以上の魔物を従えるクリフを見て、ソフィアはジト目を向けた。

「……とにかく、やりますよ。泣き言は聞きません。あなたが持ってきた仕事なのですから、きちんと務めは果たしてください」
「もちろん、がんばらせてもらうよ。でないと、今もがんばっているであろう、スティアートくんに申しわけないからね」

 そう言うクリフは、普段と違い、真面目な顔をしていた。

 本気でフェイトのことを気遣っているのでしょうか?

 ソフィアは、わずかではあるが、クリフのことを信頼することにした。
 背中を預けるまでとは言わないが……
 一緒の戦場に立ち、同じ敵に立ち向かう。
 それくらいは問題ないだろうと、そういうレベルの許すではあるが。

「いきますよ」
「了解」

 未だ万を超える魔物の群れを迎え撃つべく、二人の超人が出撃した。



――――――――――



「キィアアアアアアアァッ!!!」

 ゼフィランサスが叫ぶ。
 金属をこすり合わせたかのような不快な鳴き声で、思わず顔をしかめてしまう。

 それでも、足を止めることはない。
 というか、止めたら死んでしまう。

「ぴゃー!? きたきたきた、アイツ、また攻撃をしかけてきてるわよ!?」

 肩に乗るリコリスが涙目で悲鳴をあげていた。
 でも、それも仕方ないと思う。

 地面から植物の蔦で構成された槍が次々と生えてきて、俺達を串刺しにしようとする。
 幸いというべきか、攻撃速度はそれほどのものじゃない。
 走ることで十分に回避できるのだけど……

「くっ」

 距離を詰めようとすると、蔦の槍の数が倍以上になり、近づくことができない。
 多少の怪我を覚悟すれば、突撃することもできなくはないんだけど……

 でも、コイツは毒を使うという。
 もしかしたら、蔦にも毒が回っているかもしれない。
 そう考えると、下手な行動をとることはできない。

「ぎゃー!? 今度は四方八方からきたー!?」
「大丈夫!」

 リコリスの言うように、地面から飛び出した蔦が前後左右から襲いかかってくるのだけど……
 でも、焦ることはない。

 落ち着いて剣を振り、その全てを斬り落とす。
 相変わらず攻撃の速度は遅いため、対処も問題はない。

「あ、あんた、けっこう滅茶苦茶強いのね……」
「まだまだだよ。でも、ソフィアに稽古をつけてもらっているから、多少の自信はあるかも」
「自信ないのかあるのか、どっちなのよ」
「あはは、どっちだろう」

 敵の攻撃を食らうことはない。
 避けることができるし、迎撃することも可能。
 ついでに言うと、まだまだ体力的に余裕はある。

 ただ……

 それだけだ。
 こちらから攻め込むことができず、どのようにして倒せばいいか、攻めあぐねていた。

 コイツがスタンピードの原因の女王。
 できるだけ早く倒して、ソフィア達にかかる負担を軽減したいのに……!

「焦るんじゃないわよ」
「リコリス?」

 肩に乗るリコリスが、ぺち、っと頬を叩いてきた。

「気持ちはわからなくもないけど、でも、今はコイツを倒すことだけに集中しなさい。他のことを考えていたら、思わぬミスをするかもしれないし……そもそも、ちゃんと集中しないと倒せない相手よ。しっかりなさい!」
「……うん、そうだね」

 リコリスに喝を入れてもらい、目が覚めたような気分だ。

 ソフィア達のことが心配ではあるものの……
 でも、リコリスの言う通りだ。
 心配するあまりミスをして、僕が失敗をしてしまったらどうしようもない。
 そんなことにならないように、しっかり集中しないと。

「とはいえ、どうしたものかな?」

 ヤツの懐に潜り込めば、なんとかなるかもしれないけど……
 それが難しい。

 以前、ソフィアが使っていた遠距離攻撃を使えればいいのだけど、さすがに、それは無理だ。
 練習もなにもしていないので、ぶっつけ本番で、しかも見様見真似で使えるわけがない。

 どうにかして接近したいのだけど……

「あ……もしかしたら」
「なにか思いついた?」
「うん、ちょっとね。試してみる価値はあるかもしれない」
「なら、やってやりなさい! 大丈夫、失敗しても骨は拾ってやるわ!」
「その時は、リコリスも死んじゃうと思うんだけど……」

 苦笑しつつ、僕は、武器を雪水晶の剣から、別の剣に持ち替えた。
 そして下段に構えて……地面に向けて、大きく振る。