冒険者と憲兵達は街の門に陣地を構築して、徹底防御の構えをとる。

 そして、一方……
 ソフィアとクリフは、街から少し歩いたところにある広場に移動していた。
 偵察隊の報告が正しいのならば、あと三十分後に魔物の群れが津波のごとく押し寄せてくる。

 すでに、その兆候は見えていた。
 地平線の彼方に目をやると、空が見えない。
 代わりに黒いナニカが広がっていた。

 土煙を立てながら、こちらにゆっくりと向かっている。
 視界をびっしりと埋め尽くすほどの数の魔物だ。

 大災害。
 天才。
 世界の終わり。

 そんな言葉を連想するにふさわしい光景だ。

 常人ならば、恐怖に震えて、頭の中はまっしろになっていただろう。
 だがしかし、ソフィアとクリフは平然としていた。

 ありえないほどの数の魔物が見えていない様子で……
 いや。
 まるで気にかけていない。
 それだどうしたの? という感じだ。

「それで……私が三万、あなたが一万という配分ですか?」
「そうだね。そうしてもらえると、助かるかな」
「少し比率がおかしくありませんか? 普通、逆の配分では? 逆でなかったとしても、二万二万にすることが公平だと思うのですが」
「いやぁ、できれば僕もそうしたいんだけどね。僕の戦い方の仕様上、大軍をまとめて薙ぎ払うのには向いていないんだよね」
「……そういえば、あなたはどのような武器を?」
「僕の武器はこれさ」

 クリフは、やや大きいサイズの本を見せた。
 見る者が見ればわかる、圧倒的な魔力が込められている。

「おいで」

 クリフがそう言うと、その隣の地面が歪み……
 そこから巨大な狼が姿を見せた。
 黒い毛並みを持つ狼は、体長を三メートルは超えている。

「これは……珍しいですね。魔物召喚士ですか」
「正解。というか、知っていたんだ」
「詳しくは知りませんが、魔物を使役することができる、特殊な訓練を積んだ人だという程度の情報は」
「だいたい、それで正解だよ。今までに屈服させた魔物を使役することができる。この子は、僕が最初に使役した魔物でね。愛着もあるし、長い間、戦ってきてもらっているから、それなりに強いよ」
「どれくらいの数を使役しているのですか?」
「百以上かな」
「……それらを全部戦わせれば、あなた一人でなんとかなるのでは?」
「いやー、無理。さすがにそれは無理。けっこう強い魔物も使役しているんだけど、それでも、数の暴力の前にはやられちゃうくらいだからね。僕にできることは、壁を作り、できるだけ街に敵をやらないことかな」
「なるほど」
「でも……」

 クリフがニヤリと笑う。

「アスカルトさんは、数の暴力にやられたりはしない。むしろ、質で数を圧倒するタイプだ。違うかい?」
「……」
「僕は、前任者と違って剣聖を侮ったりなんてしないよ。大事なものを踏みにじるつもりなんて欠片もないし、応援もしたいと思う。だから、今は協力してくれないかな?」
「……やれやれ。悪人ではないようですが、掴みどころのない人ですね。あなたは」

 ため息をこぼしつつ、ソフィアは背中の剣を抜いた。

 それは、伝説の聖剣。
 全てを切り裂いて、刃こぼれ一つしない。
 例え刃こぼれしたとしても、自動で修復されてしまうという。

 最強の聖剣……エクスカリバー。

「まず、私が一撃を叩き込みます。その後、討ち漏らした敵を各自、相手にしましょう。私は一人だけなので、壁役になることはできません。そちらは任せました」
「オーケー、了解だ」
「新しいギルドマスターの力、しっかりと拝見させてもらいます」
「期待を裏切らないように、がんばらないといけないね。それじゃあ……」

 クリフは魔導書を開いて、意識を集中。
 魔力を注ぎ込み、今までに使役した魔物……その全てを呼び出す。

「来い!」

 クリフを中心に影が広がる。
 それは十メートルを超えて、さらに伸びて……
 百メートルほどに広がったところで、ようやく止まる。
 その影の中から、次々と魔物が出現した。

 ゴブリン、ウルフ、オーガ、ワイバーン……そして、ドラゴン。
 クリフに忠誠を誓う、ありとあらゆる魔物が現れた。
 その数は百以上。

「これは……驚きましたね。数十種類……百以上の魔物。さらに、ドラゴンまで使役しているなんて」
「一応、ギルドマスターだからね。これくらいは普通だよ」
「さて……では、私も負けていられませんね」

 ソフィアは、聖剣エクスカリバーを上段に構えた。
 天を突くかのように大きく、高く、剣を掲げている。

「ふぅ……」

 軽い呼吸。
 目を閉じて集中。

 すると、刀身が輝き始めた。
 最初は淡い燐光を放つ程度。
 その後、魔道具による夜の明かり程度になり……
 それで終わることなく、さらに光が収束されていく。

 間近に太陽が出現したかのような、強烈な光。
 世界が白に塗りつぶされていく。

 その輝きは、離れた街で待機していた冒険者、憲兵達もハッキリと目撃して……
 それだけではなくて、遠く離れた街からも見えたという。

「神王竜剣術・仇之太刀……」

 ソフィアが目を開く。
 強い眼差しで敵を睨みつけて、そして……一気に剣を振り下ろす。

「閃っ!!!」

 剣気、闘気、覇気……全てを圧縮させて、極大の一撃を放つ。
 神王竜剣術の中で、限られた者しか使うことができない奥義の一つだ。

 剣聖であるソフィアが力を練り……
 極限まで溜めて……

 そして、それを聖剣を媒介にして解き放つ。

 その一撃は神の一撃に等しい。
 全てを飲み込み、なにもかも打ち砕く破壊の光が顕現する。

 極大の光は大地をえぐりつつ、彼方から迫る魔物の大群に着弾。
 圧倒的な破壊力に抗うことはできず、魔物達は一瞬で消し飛んだ。

「いっ……けぇええええええええええぇぇぇっ!!!!!」

 その状態で、ソフィアは、さらに剣を横に薙ぐ。

 ゴッ、ガァアアアアアッ!!!

 地上に落ちた太陽が横に薙ぎ払われて、魔物の群れを飲み込んだ。

 ほどなくして光が穏やかになり、世界に色が戻る。
 そして……

 地平線の彼方に集結しつつあった魔物は、その半分が消し飛んでいた。