他の冒険者、憲兵達と一緒に、ソフィアは街の門で待機していた。
いつでも出撃できるように、すでに準備は終えた。
後は、偵察隊の報告を待ち……
出撃の合図を受けるだけだ。
「やあ、見事な激だったよ」
「なにか用ですか?」
クリフが声をかけるのだけど、ソフィアは一瞥しただけですぐに視線を逸らしてしまう。
率直に言うと、ソフィアはクリフを嫌っていた。
愚かな真似を積み重ねてきた前ギルドマスター、アイゼンの後任だ。
今のところ、クリフが腐っているという証拠はないが、しかし、それで簡単に心を許すことはできない。
隠れて裏でなにかしているかもしれないし……
あるいは、これからやらかすかもしれない。
信頼できる人物であると判断するには、まだまだ色々と情報と材料が足りないのだ。
「うーん、嫌われたものだねえ」
「自覚しているのなら、遠くへ行ってくれませんか?」
「まあまあ、そうつれないことを言わないで。一緒にいれば、僕の良いところも見えてくるかもしれないでしょう?」
「あなたのメンタルは鉄ですか? 普通、ここまで冷たく言われれば引き下がるのですが」
「図々しいヤツ、とはよく言われるかな? あははっ」
クリフが楽しそうに笑う。
そんな様子に、ソフィアはさらにイラッとするものの、今は我慢した。
「それで、なにか用ですか?」
「アスカルトさんの出撃なんだけど、僕が合図するまで待ってくれないかな?」
「どうしてですか?」
「うーん……ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「ごめん、詳しくは言えないんだ。ただの杞憂かもしれないから、まあ、周囲に不安や動揺を与えたくなくて」
「よくわかりませんね……まあ、構いませんよ。どちらにしても、偵察隊が戻ってこないと出撃できませんし。そこからさらに遅れたとしても、特に問題はありません。ですが……」
ソフィアがギロリとクリフを睨みつける。
「もしも、あなたがつまらないことを考えていて、その結果、フェイトが傷ついたとしたら……覚悟してくださいね?」
「わかっているよ。まずい事態になったら、きちんと責任は取るし、スティアートさんの怒りも全て受け止めるよ」
「へぇ」
即答するクリフに、ソフィアはわずかながら感心した。
今の警告、実は殺気を込めていた。
並の者ならば震え上がり、なにも答えることはできないだろう。
力ある者だとしても、アイゼンのようによからぬことを企んでいれば、言葉に詰まるだろう。
しかし、クリフはそれがない。
自分にやましいことはないと言うかのように、堂々とした態度だ。
本当にやましいことがないのか。
あるいは、ソフィアの軽い脅しが効かないほどに肝が座っているのか。
どちらにしても、なかなかできることではない。
ソフィアは、少しだけクリフの評価を上方修正した。
「それで、あなたの言う懸念とはなんですか?」
「言ったでしょ? それは杞憂の可能性もあるから……」
「私一人に、こっそりと話す分には問題ないでしょう? そこまで言っておいて、黙っていられる方が迷惑です。それに、小さな可能性だとしても、事前に知るのと知らないのとでは、初動に差が出てきます。なので、私にだけ教えてください」
「気の所為か、命令に聞こえるんだけど……」
「もちろん、命令です。あなたはギルドマスターかもしれませんが、世間では、剣聖の方が立場は上なのですよ」
「やれやれ、敵わないなあ。実は……」
クリフは苦笑しつつ、周囲に聞こえないように、小さな声で懸念していることを話そうとするが……
それを遮るように、大きな声が響く。
「ぎ、ギルドマスター!!!」
「うん?」
とある冒険者が慌てた様子で駆けてきた。
偵察隊の一人だ。
「やあ、おつかれ。いつの間に戻ってきたんだい?」
「た、たたた、大変です! こんな、こんなことが起きてしまうなんて……あぁ、俺達は、これからどうすれば……」
「ふむ?」
ひどく慌てた様子の冒険者を見て、クリフが険しい顔になる。
今は話の続きをする間はない。
ひとまず、ソフィアは黙り、成り行きを見守ることにした。
「落ち着いて。なにか大変なことが起きて、それを僕に報告しに来たんだろう? なら、しっかりと伝えてくれないと困るな。ほらほら、深呼吸」
「は、はい……」
冒険者は言われるままに深呼吸をして……
しかし、落ち着くことはできなかった様子で、あたふたしつつ言う。
「て、偵察完了しました!」
「うんうん。それで、どうだったんだい?」
「そ、それが……魔物の群れは、五千ではありません!」
「へぇ……なら、三千くらいとか?」
「い、いえ。正確な数はわかりませんが、しかし、五千を大きく超えていることは確実でして……一万、二万……いえ。下手をしたら、十倍の五万に届くのではないかと」
「……なるほど」
クリフは落ち着いているが、
「ご、五万だって!? そんな、まさか……ウソだろ?」
「おいおい、そんな数、どうしようもないだろ……マジなのか?」
「なにかの見間違いとかじゃないのか? いや、でも、さすがに万単位で間違えるわけないか……ってことは、五千以上なのは確実?」
五万という数を聞いて、周囲の冒険者、憲兵達はひどく動揺した。
当たり前だ。
敵の数がいきなり十倍に膨れ上がるなんてことがあれば、絶望しかない。
二倍なら、まだなんとかなっただろう。
三倍でも、多くの犠牲を覚悟すれば、街を守ることは可能だったかもしれない。
しかし、十倍は無理だ。
どれだけの力を持っていたとしても、敵うはずがない。
圧倒的な数の暴力になぶられるだけであり、待ち受ける運命は死一択。
街も蹂躙されて、全てを失うことになるだろう。
とてもじゃないけれど、落ち着いていることはできない。
「五万ですか」
ただ、ソフィアは落ち着いていた。
特に動じた様子はなく、静かに話を聞いている。
「敵の速度は?」
「会敵予想時間は、さ、さほど変更はありません。今から、約一時間後に、魔物の群れは街に到達すると思われます」
「ふむ」
冒険者、憲兵達にすがるような目を向けられて、クリフは考えた。
この絶望的な状況を、どうにかしてひっくり返す方法はあるか?
答えは……ある。
「キミ達は、一万なら相手できるかな?」
「は?」
クリフに唐突に問いかけられて、偵察隊の一員が目を丸くした。
「僕とアスカルトさん抜きで、一万を相手にできる?」
「え? いや、その……」
「大事な質問なんだ。動揺するな、っていうのが難しいことはわかるけど、きちんと考えた上で答えてくれないかな?」
「それは……そう、ですね」
じっくりと考えて……
やや自信がなさそうではあるが、静かに答える。
「通常の倍以上の時間をかけて、遅滞戦闘に徹すれば、なんとか対処は可能かと」
「ふむふむ、良い答えだ。なら、キミたちには一万を任せようかな」
「あ、あの、ギルドマスター? それでも、残り四万が……」
「大丈夫、大丈夫。そっちは、僕とアスカルトさんでなんとかするから」
あっけらかんと、クリフはそう言い放つのだった。
いつでも出撃できるように、すでに準備は終えた。
後は、偵察隊の報告を待ち……
出撃の合図を受けるだけだ。
「やあ、見事な激だったよ」
「なにか用ですか?」
クリフが声をかけるのだけど、ソフィアは一瞥しただけですぐに視線を逸らしてしまう。
率直に言うと、ソフィアはクリフを嫌っていた。
愚かな真似を積み重ねてきた前ギルドマスター、アイゼンの後任だ。
今のところ、クリフが腐っているという証拠はないが、しかし、それで簡単に心を許すことはできない。
隠れて裏でなにかしているかもしれないし……
あるいは、これからやらかすかもしれない。
信頼できる人物であると判断するには、まだまだ色々と情報と材料が足りないのだ。
「うーん、嫌われたものだねえ」
「自覚しているのなら、遠くへ行ってくれませんか?」
「まあまあ、そうつれないことを言わないで。一緒にいれば、僕の良いところも見えてくるかもしれないでしょう?」
「あなたのメンタルは鉄ですか? 普通、ここまで冷たく言われれば引き下がるのですが」
「図々しいヤツ、とはよく言われるかな? あははっ」
クリフが楽しそうに笑う。
そんな様子に、ソフィアはさらにイラッとするものの、今は我慢した。
「それで、なにか用ですか?」
「アスカルトさんの出撃なんだけど、僕が合図するまで待ってくれないかな?」
「どうしてですか?」
「うーん……ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「ごめん、詳しくは言えないんだ。ただの杞憂かもしれないから、まあ、周囲に不安や動揺を与えたくなくて」
「よくわかりませんね……まあ、構いませんよ。どちらにしても、偵察隊が戻ってこないと出撃できませんし。そこからさらに遅れたとしても、特に問題はありません。ですが……」
ソフィアがギロリとクリフを睨みつける。
「もしも、あなたがつまらないことを考えていて、その結果、フェイトが傷ついたとしたら……覚悟してくださいね?」
「わかっているよ。まずい事態になったら、きちんと責任は取るし、スティアートさんの怒りも全て受け止めるよ」
「へぇ」
即答するクリフに、ソフィアはわずかながら感心した。
今の警告、実は殺気を込めていた。
並の者ならば震え上がり、なにも答えることはできないだろう。
力ある者だとしても、アイゼンのようによからぬことを企んでいれば、言葉に詰まるだろう。
しかし、クリフはそれがない。
自分にやましいことはないと言うかのように、堂々とした態度だ。
本当にやましいことがないのか。
あるいは、ソフィアの軽い脅しが効かないほどに肝が座っているのか。
どちらにしても、なかなかできることではない。
ソフィアは、少しだけクリフの評価を上方修正した。
「それで、あなたの言う懸念とはなんですか?」
「言ったでしょ? それは杞憂の可能性もあるから……」
「私一人に、こっそりと話す分には問題ないでしょう? そこまで言っておいて、黙っていられる方が迷惑です。それに、小さな可能性だとしても、事前に知るのと知らないのとでは、初動に差が出てきます。なので、私にだけ教えてください」
「気の所為か、命令に聞こえるんだけど……」
「もちろん、命令です。あなたはギルドマスターかもしれませんが、世間では、剣聖の方が立場は上なのですよ」
「やれやれ、敵わないなあ。実は……」
クリフは苦笑しつつ、周囲に聞こえないように、小さな声で懸念していることを話そうとするが……
それを遮るように、大きな声が響く。
「ぎ、ギルドマスター!!!」
「うん?」
とある冒険者が慌てた様子で駆けてきた。
偵察隊の一人だ。
「やあ、おつかれ。いつの間に戻ってきたんだい?」
「た、たたた、大変です! こんな、こんなことが起きてしまうなんて……あぁ、俺達は、これからどうすれば……」
「ふむ?」
ひどく慌てた様子の冒険者を見て、クリフが険しい顔になる。
今は話の続きをする間はない。
ひとまず、ソフィアは黙り、成り行きを見守ることにした。
「落ち着いて。なにか大変なことが起きて、それを僕に報告しに来たんだろう? なら、しっかりと伝えてくれないと困るな。ほらほら、深呼吸」
「は、はい……」
冒険者は言われるままに深呼吸をして……
しかし、落ち着くことはできなかった様子で、あたふたしつつ言う。
「て、偵察完了しました!」
「うんうん。それで、どうだったんだい?」
「そ、それが……魔物の群れは、五千ではありません!」
「へぇ……なら、三千くらいとか?」
「い、いえ。正確な数はわかりませんが、しかし、五千を大きく超えていることは確実でして……一万、二万……いえ。下手をしたら、十倍の五万に届くのではないかと」
「……なるほど」
クリフは落ち着いているが、
「ご、五万だって!? そんな、まさか……ウソだろ?」
「おいおい、そんな数、どうしようもないだろ……マジなのか?」
「なにかの見間違いとかじゃないのか? いや、でも、さすがに万単位で間違えるわけないか……ってことは、五千以上なのは確実?」
五万という数を聞いて、周囲の冒険者、憲兵達はひどく動揺した。
当たり前だ。
敵の数がいきなり十倍に膨れ上がるなんてことがあれば、絶望しかない。
二倍なら、まだなんとかなっただろう。
三倍でも、多くの犠牲を覚悟すれば、街を守ることは可能だったかもしれない。
しかし、十倍は無理だ。
どれだけの力を持っていたとしても、敵うはずがない。
圧倒的な数の暴力になぶられるだけであり、待ち受ける運命は死一択。
街も蹂躙されて、全てを失うことになるだろう。
とてもじゃないけれど、落ち着いていることはできない。
「五万ですか」
ただ、ソフィアは落ち着いていた。
特に動じた様子はなく、静かに話を聞いている。
「敵の速度は?」
「会敵予想時間は、さ、さほど変更はありません。今から、約一時間後に、魔物の群れは街に到達すると思われます」
「ふむ」
冒険者、憲兵達にすがるような目を向けられて、クリフは考えた。
この絶望的な状況を、どうにかしてひっくり返す方法はあるか?
答えは……ある。
「キミ達は、一万なら相手できるかな?」
「は?」
クリフに唐突に問いかけられて、偵察隊の一員が目を丸くした。
「僕とアスカルトさん抜きで、一万を相手にできる?」
「え? いや、その……」
「大事な質問なんだ。動揺するな、っていうのが難しいことはわかるけど、きちんと考えた上で答えてくれないかな?」
「それは……そう、ですね」
じっくりと考えて……
やや自信がなさそうではあるが、静かに答える。
「通常の倍以上の時間をかけて、遅滞戦闘に徹すれば、なんとか対処は可能かと」
「ふむふむ、良い答えだ。なら、キミたちには一万を任せようかな」
「あ、あの、ギルドマスター? それでも、残り四万が……」
「大丈夫、大丈夫。そっちは、僕とアスカルトさんでなんとかするから」
あっけらかんと、クリフはそう言い放つのだった。