将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「まずは……ごめんなさい」

 ギルドマスターは席を立ち、その場で腰を深く折り曲げて、頭を下げる。
 突然の行動に、僕とソフィアは目を丸くした。

「前任者がとんでもないことをしていたみたいで、同じギルドの関係者として、深く謝罪するよ。すみませんでした」
「えっと……」
「特定の冒険者を贔屓するだけじゃなくて、スティアートくんに対する不当な扱いや、その他、諸々の犯罪……とても許されることじゃない。改めて、謝罪をさせてください」

 ストレートに謝罪をされるとは思っていなかったらしく、ソフィアが戸惑うような顔に。

 僕も驚いていた。
 ギルドって、けっこう面子を重視するところがある。
 荒くれ者が多い冒険者をまとめなければいけないから、舐められたら終わり、みたいな考えがあったりする。

 なので、面子が潰れるようなことは、できる限り避ける傾向にあるのだけど……
 でも、クリフは素直に頭を下げた。
 なかなかできることじゃないと思う。

「もちろん、言葉だけの謝罪で納得できないと思うからね。色々と補填をさせてもらうつもりだよ。例えば、馬車を手配したみたいだけど、半分はギルドで負担させてもらうよ」
「いいんですか?」
「もちろん。金で謝罪が成立するとは思っていないけど、ただ、それでも誠意は示さないといけないからね。できる限りのことはしていくつもりだよ。二人からなにか要求があるのなら、できる限り応えていきたいと思う」
「では、シグルドの仲間達を死刑にしてくれませんか?」
「ちょ」

 いきなりの要求に、思わず僕が慌ててしまう。
 ただ、クリフはこうなることを予想していたのか、落ち着いている。

「うーん、ごめん。それは難しいかも。冒険者達は、すでに裁判にかけられて刑が確定しているからね。それを覆すのは難しいかな」
「シグルドは死刑ですが、確か、残りは強制労働奴隷でしたよね?」
「うん。でも、強制労働奴隷なんて長生きしないし苦しいだけだから、ある意味で、死刑よりも辛いかな。だから、それで満足してくれないかな?」
「まあ……いいでしょう」
「ごめんね、いきなり要求に応えられなくて。でも、できる限りの謝罪はしたいと思っているのは本当のこと。だから、いつでもなんでも言ってほしい」

 ちょんちょん、と隣に座るソフィアを肘で軽く突いて、小声で尋ねる。

「……いい人かな?」
「……まだ断定はできませんが、少しは評価してもいいかもしれませんね」

 クリフがウソをついているようには見えないし、演技というわけでもなさそう。
 これで心に黒い感情を秘めているとしたら、相当な役者だ。

 ソフィアが言うように、信頼を寄せることは危険なのかもしれないけど……
 ひとまず、多少は信じてもよさそうだ。

「謝罪については、ひとまず了解。なにかあれば、ギルドマスターを頼りにさせてもらうね」
「クリフでいいよ」
「うん、クリフ。それで……依頼っていうのは?」
「実は、ちょっと困ったことが起きているんだ」
「どんなこと?」
「いやー、実は、スタンピードが発生しそうなんだよね」
「「ごほっ」」

 気楽に言うクリフだけど、とんでもなく重要なことを口にしているわけで……
 僕とソフィアは、思わずむせてしまう。

「スタンピードって……なにかの要因で魔物が大量発生して、一気に押し寄せてくるヤツだよね?」
「ええ……もしも本当ならば、街一つ、簡単に滅びますね。そのように呑気にしている場合ではないと思うのですが」
「でもさ、慌てても仕方ないでしょ? それよりも、落ち着いて対策を考えた方がいいと思うんだよね」
「それはそうだけど……」
「落ち着きすぎでは……?」

 この人、小物なのか大物なのか、とても判断に困る。
 あるいは、とんでもないバカなのか。

 うーん。
 新しいギルドマスターは、どうにもわからない人だ。

「今、ありったけの冒険者を集めているところなんだ。もちろん、憲兵隊とも連携をとっているよ。そんなわけで、できればでいいんだけど、二人にも協力してくれたらなあ……っていう話なんだよね」
「ただの協力要請なのですか? ギルドマスターならば、強制すればいいのでは?」
「スタンピードの対処なんて、下手すれば死んじゃうからねー。さすがに、そこまで強制はできないよ」
「ふむ?」

 クリフの真偽を見定めるかのように、ソフィアがじっと見つめた。
 かなり鋭い視線で、ウソをついていたり悪いことを考えていたら、冷や汗を流してしまいそうなものだけど……
 クリフは変わらず、のほほんとしたままだ。

 本当によくわからない人だ。

「私達が断れば?」
「困っちゃうかな。アスカルトさんの力はすごく頼りにしているから、作戦が大幅に狂っちゃいそう」
「私は、フェイトを危険な目に遭わせることには反対なのですが……」

 ソフィアがちらりとこちらを見た。
 判断は任せます、という感じだ。

「やるよ」

 この際、クリフがなにか企んでいるかも? という懸念は無視する。

 スタンピードが現実のもので……
 この街に被害が出ようとしているのなら、それを放っておくことはできない。

 ここは故郷というわけじゃないし、特に思い入れがあるわけでもない。
 それでも、見捨てることはできない。
 できることがあるのなら、やれるだけのことをやりたい。

「冒険者は人のためになることが義務というか使命というか、その在り方だと思うから」
「なら、私も参加しますね」
「うん。二人でがんばろうね」

 スタンピードなんて経験したことがないし、冒険者初心者にしては無茶苦茶な難易度だと思うけど……
 でも、ソフィアが一緒なら、なんでもできるような気がした。

「いやー、よかったよかった。もしも断られたら、どうしようかと思っていたよ」
「……その時は、フェイトを人質にして、私に言うことを無理矢理聞かせていましたか?」
「まさか、そんなことはしないって。っていうか、そんな発想が出てくるっていうことは、前任者はけっこう無茶苦茶なことを?」
「けっこう、どころではありませんよ」

 前任者が退陣させられて、それから少し後に聞いたのだけど……
 シグルド達をいいように使い、自分を正義と信じて疑わず、手段を選ばない。
 なかなか無茶をやっていたらしい。

 そんな前任者に強い敵意を持っているらしく、ソフィアの声は尖ったものだ。

「あー……これは、僕とキミ達との間に情報の差があるかな? 一通りのことは全部教えてくれ、って言ったんだけど……まったく、ギルドの隠蔽体質にも困ったものだね」
「っ」

 瞬間、わずかにではあるものの、クリフから怒気がこぼれた。
 思わず緊張してしまうほど鋭いもので……
 この人、見た目通りのヘラヘラした人じゃないのかもしれない。

「ごめんね、スティアートくん。アスカルトさん。前任者については、改めて話をした方がよさそうだ。情けない話だけど情報が揃っていないみたいで……さっき話した賠償じゃあ、たぶん、ぜんぜん足りないよね。僕としては本当に申しわけないと思っていて、できれば、謝罪の機会を与えてほしい。だから、今度、改めて話をしたいんだけど、どうかな?」
「えっと……うん。それは別にいいけど」
「よかった、ありがとう。スティアートくんは優しいね。って、その優しさに付け入るような真似をしちゃダメか。うん、大丈夫。謝罪と賠償はしっかりとさせてもらうから。あと、今後、こんなことは起こさせないと誓うよ」

 そう言うクリフは、ちょっとした迫力があった。
 もしかして、この人、ギルドではけっこう偉いのだろうか?

「話が逸れているよ?」
「あ、すまないね。でも、こっちの話も大事だったから。えっと……それじゃあ話を戻すけど、スタンピードについての話だ。改めて確認になるけど、スティアートくんもアスカルトさんも、参加してくれるってことでいいのかな?」
「うん」
「はい」
「よかった、助かるよ。これでなんとかなりそうだ」

 僕はともかく、剣聖であるソフィアのことはとても頼りにしていたのだろう。
 安心した様子で、クリフは小さな笑みを浮かべる。

 僕も頼りにされるように、がんばらないといけないな。

「ところで、魔物の襲来はいつ頃なんですか?」
「あ、そうそう。大事なところを言い忘れるところだった。魔物の襲来は、明日かな」
「「明日っ!?」」
 スタンピードの予兆を見つけることは、そんなに難しいことじゃない。
 ありえないほどの数の魔物が集まり、巨大な群れを成す。
 そのようなものを、普通なら見逃すはずがない。

 ただ、例外はある。

 例えば、ダンジョンの内部。
 例えば、人が赴かない奥地。

 そんな場所で魔物が群れを成した場合、どうしても発見が遅れてしまう。
 今回もそんなケースだったらしく、発見した時は、すでに相当数の魔物が群れを成していて……
 弾ける寸前。
 スタンピード発生まで、数日に迫っていたという。

 それから、慌てて準備をして……
 残り一日というところで、僕達に声がかかったらしい。

「人間って、けっこうめんどくさいのね」

 夜。
 迎撃準備に避難準備。
 街中がてんやわんやの状態の中、リコリスはマイペースにそんなことを言う。

「魔物が迫っているなら、逃げればいいじゃない。なんで、そうしないわけ?」
「簡単に街を捨てることはできないからね。うまく逃げられたとしても、生活の基盤になる街がないと、やっぱり死んじゃうよ」
「ふーん、やっぱり人間って面倒なのね。あたしのような妖精なら、街なんてなくても、どこででも生きていけるわよ」

 妖精の生態って、どうなっているんだろう?
 ふと興味を覚えるのだけど……でも、今はそんなことを話している場合じゃないか。

「むう」

 明日、いきなり決戦。
 活力をつけるために、宿でたくさんの食事を食べているのだけど、ソフィアの表情は優れない。

「どうしたの?」
「いえ……作戦を聞いて、やはり不安になってしまいまして」
「二面作戦か」

 スタンピードは、有象無象の魔物の群れと、連中の中心となる女王が存在する。
 魔物の群れを倒すだけでは、スタンピードを制圧することはできない。
 女王を討伐して、ようやく制圧することができる。

 その女王を討伐する役目を与えられたのは……

「まさか、フェイトが女王討伐の任に選ばれてしまうなんて」

 そう、僕だったりする。

 女王は他の魔物を従えているため、相応の力を持つ。
 剣聖であるソフィアが相手をするのが適任なのだけど……
 ただ、今回は準備時間が圧倒的に足りないということで、人が少ない。

 女王を倒すことができても、それまでの間に街が蹂躙されては意味がない。
 ソフィアは防衛のため、その他の魔物を担当することに。

 そして僕は、ソフィアに剣を教えられていることと、シグルドを倒した功績を認められて、女王の討伐を任された。

「スタンピードの核となる女王は、他の魔物よりも強力……ですが、津波のように押し寄せてくる魔物の群れの相手も危険で……うぅ、私はどうすれば?」

 ソフィアがものすごく悩ましい顔をしていた。
 僕のことを心配してくれているのだろう。

 正直なところ、僕に女王の相手が務まるかわからない。
 他に適任者がいそうな気がするのだけど……

 でも、今は弱気は封印。
 後ろ向きな発言をしたら、ソフィアに余計な心配をかけてしまう。

「大丈夫だよ」
「フェイト?」
「僕は、ちゃんと女王を倒してみせる」
「ですが、女王はとても危険で……」
「それでも大丈夫。だって、ソフィアに剣を教えてもらったし、それに、リコリスからもらった雪水晶の剣がある。これは、ソフィアとリコリスの絆のようなものだから……僕は負けないよ」
「……そうですね。フェイトなら、きっと大丈夫ですね」
「そーそー、いざとなったら、あたしがなんとかしてあげる」
「ちょっと待ってください。もしかして、リコリスもついていくつもりですか?」
「そうだけど?」
「ダメですよ、そんなことは!」

 なぜか、ソフィアが猛反対する。

「本当は私が一緒に行きたいのに、ぐぐっと我慢して……それなのに、リコリスが一緒するなんてずるいです。反則です」
「反則って、あんた……」

 やれやれ、とリコリスが呆れてみせた。
 子供を諭すように言う。

「あんた、強いなら知ってるでしょ? あたしのような妖精は、戦闘能力は低いけど補助に長けているの。色々とサポートできるから、フェイトについていくのは当然じゃない」
「ぐぐぐ……し、しかし」

 ソフィアはとても悔しそうにして……
 ややあって、色々な感情を飲み込んだ様子で、吐息をこぼす。

「……フェイトのこと、しっかりとサポートしてくださいね?」
「ふふんっ、この完璧超絶可憐妖精リコリスちゃんに任せておきなさい! どんな相手だろうが、あたしがフェイトを勝たせてあげる。妖精の加護は伊達じゃないわ」
「うん、頼りにしているよ」
「まっかせなさーい!」

 得意そうに胸を叩いて……
 そして咳き込むリコリスを見て、僕とソフィアは本当に大丈夫なのかな? と、ちょっとだけ不安になるのだった。

 その後、明日に備えて早めに休むことに。
 宿に戻り、ベッドに横になる。

「……」

 ただ、眠気はやってこない。
 明日のことを考えると、どうしても緊張してしまい、すぐに眠ることはできなさそうだ。

 そんな時、扉がノックされた。

「はい?」
「私です」
「ソフィア?」

 扉を開けると、寝間着姿のソフィアが。
 ちょっと……色々な意味で見ることができない。

「ど、どうしたの?」
「その……一言だけ、伝えておきたいことがありまして」
「伝えておきたいこと?」
「はい。その、えっと……」

 ソフィアは意を決したような顔になり、ぎゅうっと、抱きついてきた。

「そ、ソフィア?」
「……」
「えっと、あの……」
「……うん」

 そっと、ソフィアが離れた。
 今のは……?

「その……お守り代わりといいますか、誘惑をしているといいますか、その……そんな感じです」
「え? どういうこと?」
「ですから、その……今、私に抱きしめられてうれしかったですか? どうですか? 正直に答えてください」
「それは……う、うん。うれしかったよ。すごくドキドキした」
「なら……また、してあげてもいいですよ?」
「え?」
「それどころか、その……もっと好きなことを、フェイトが好きにしていいですよ?」
「ええっ!?」
「でも、それはフェイトが女王を倒して、無事に帰ってきたらです。そのご褒美です。だから……」
「……うん。大丈夫。必ず帰ってくるよ」

 抱きしめる代わりに、そっと、ソフィアの手を握るのだった。
 翌日の早朝。
 陽が登ると同時に作戦が開始された。

 魔物であろうと、基本的に夜は寝る。
 ただ、スタンピードとなると、ほぼほぼ全ての魔物が興奮状態に陥り、日夜関係なく暴れ続ける。
 そのため、時間帯による奇襲は無意味だ。

 奇襲を考えることなく、こちらが万全の状態で戦える時間帯を選んだ。
 故に、早朝。
 太陽の光を背に戦い……
 長時間の戦闘になったとしても、問題がない。

「はっ、はっ、はっ……!」

 僕は森の中を駆けていた。

 今、街は大量の魔物が迫り、最大のピンチを迎えている。
 でも、心配はしていない。

 あそこにはソフィアがいる。
 最強無敵の剣聖がいる。
 彼女の守りを突破して、街に害を及ぼす魔物なんているわけがない。
 安心して任せることができる。

 だから……
 僕は、僕の役目をきちんと果たさないといけない。

「そこっ、右! それから五分くらいまっすぐ進んだ後、左へ!」
「了解!」

 肩に乗るリコリスのナビゲートで、森の中を進む。
 彼女によれば、この奥にスタンピードの元凶となる、女王がいるらしい。

 みんなが持ちこたえている間に、女王を倒す。
 絶対に失敗はできない。
 必ず成功させてみせる!

「最後よ、ここをまっすぐ、五百メートルくらい進んだところに女王の反応があるわ。他に魔物はいないと思うから、まっすぐに駆け抜けなさい」
「オッケー!」
「それと、あまり気負わないように」
「え?」
「あんた、めっちゃ気負って緊張してるじゃない。どうせ、失敗したらどうしようとか、そんなこと考えてるんでしょ?」
「それは……」
「やめやめ、そういう暗い考えはやめましょ。失敗しても、まいっか、ってくらい気楽にいかないと。じゃないと、とんでもないところでミスするわよ」
「……」

 なんていうか、目からウロコが落ちた気分だった。
 大役を任されたのだから、それ相応の責任感を持たないといけないと思っていたのだけど……

 でも、リコリスはそんなものはいらないという。
 それよりも、気負わずいけという。

「うん、ありがとう」
「ふふん、良い顔になったじゃない」

 リコリスのおかげで緊張がとれた。
 これなら、うまくやることができそうだ。

 残り三百メートル。
 僕はまっすぐな足取りで、一気に駆け抜けた。



――――――――――



 スタンピードの核となる魔物は女王と呼ばれているが、その魔物が産卵などをしているわけじゃない。

 魔力を含む鉱石を偶然口にした。
 過酷な生存競争を勝ち抜いた。
 他者の介入で力を得た。

 ……などなど。
 特別な要因により力を得た魔物のことを、女王という。 

 女王は他の魔物にはない、強烈な魔力と闘気をまとっていて……
 その力に惹かれてやってきた魔物を、圧倒的なカリスマで従える。

 魔物の頂点に立つ。
 故に、女王。

 調査班の報告によると、今回のスタンピードの核となった女王は、ラフレシアという魔物らしい。
 見たことはないけど、知識はある。
 植物タイプの魔物で、巨大な花に無数の蔦が生えているとか。

 その力は圧倒的。
 Sランクに分類される魔物で、毒を使いこなし、たくさんの冒険者が犠牲になってきたという。

「この辺りよ」

 リコリスの案内で、森の中にぽっかりと空いた広場に出た。
 魔物の姿は見えないけど……

「うん、間違いなくここにいるね」

 魔物が放つ瘴気が満ちていた。
 ちょっとでも気を抜けば気絶してしまいそうなほど濃厚な瘴気で、長く留まっていたら、病気にかかったり体調を崩してしまうかもしれない。

「どこにいるのかしら? 反応は、確かにここからするんだけど」
「うーん……隠れているのかな? 隙をうかがっているとか?」
「女王なのに、ずいぶん小心者なのね」
「女王だからこそ、慎重になっているのかも」

 女王は強いだけではなくて、賢い。
 自分が生き延びるために、囮を用意したり人質をとるなど、普通の魔物は絶対にとらないような行動を取る。
 今回も、なにかしら罠があるのかもしれない。

「……」

 自然と緊張感が増していく。
 ピリピリと空気が張りつめる。

 僕は雪水晶の剣を抜いて、いつでも動けるように構えた。

「リコリス、絶対に僕から離れないで」
「大丈夫よ。ちゃんと紐でくくりつけて、落ちないようにしているから」

 それは、大丈夫なのかな……?
 僕と魔物の間に挟まって、押しつぶされてしまうこともあると思うんだけど。

 でも、空を飛ぶ魔物もいるし、上空が安全地帯というわけじゃない。
 そのことを考えると、やっぱり、僕の傍が一番安全なのかな?

 ただ……

 危険を犯してでも僕についてきて、サポートしてくれたリコリスには感謝しかない。
 スタンピードを解決したら、なにかおいしいものをごちそうしよう。
 確か、妖精ははちみつが好きだったはず。
 こんな甘い匂いがするはちみちを探して……

「って、甘い匂い?」

 いつの間にか、濃厚な甘い匂いが周囲に漂っていた。
 突然のことに驚いて、最大限に警戒をする。

 すると……

「っ!?」

 ガァッ!!! と地面が爆発して、そこから巨大な魔物が姿を見せた。
 その魔物はラフレシアに似ているものの、しかし、違う魔物だった。
「げっ、なんであんなヤツがここに!?」

 とにかくも魔物から距離を取っていると、リコリスが盛大に顔を引きつらせた。

「知っているの? 僕は知らない魔物なんだけど……」
「ラフレシアの上位個体で、SSランクのゼフィランサスよ。全てにおいてラフレシア以上の力を持っているわ。いわゆる、希少種っていうヤツね」
「なるほど」

 ラフレシアに似ているものの……
 巨大な花から人型の体が生えている。
 目はないが、鼻と口がある。
 キィイイイとガラスが擦れるような鳴き声を発していて……
 髪の代わりに無数の蔦が生えていて、不気味にうごめいている。

 これが希少種。
 SSランクの魔物、ゼフィランサスか……

 圧がすごい。
 ソフィアほどじゃないけど、彼女に近い闘気を感じる。
 それだけの相手ということか。

「やばいって、マジでやばい……なんで、こんな災害みたいなヤツを相手にしないといけないわけ? ラフレシアじゃなかったの?」
「そんなにやばいの?」
「当たり前じゃない! Sランクが単体で街を滅ぼすのなら、SSランクは単体で小さな国を滅ぼす、って言われているの。それだけの戦闘力を持っているのよ!?」
「つまり……正真正銘の怪物、っていうなんだ」
「正直に言っていい?」
「なに?」
「勝ち目はゼロパーセントよ」
「……」
「あたし達はここで終わり。象にアリは立ち向かうことはできないの」
「……それでも」

 なにもしないで諦めたくない。

「正直、こんなヤツを相手にするなんて、思っていなかったんだけど……でも、やれるだけはやってみるよ」
「ちょっと、無茶言うんじゃないわよ。相手は、SSランクなのよ? 小さな国なら、たったの一体で滅ぼしてしまう力を持っていて、討伐には数百人単位の冒険者が必要、って言われているような相手よ? 敵うわけないじゃない!」
「でも、逃げられないんでしょ?」
「それは……」
「なら、あがくだけあがいておきたいな。倒すまではいかなくても、粘れば、ソフィアが駆けつけてくれるかもしれない」
「あ……そ、それもそうね。あの剣聖なら、ゼフィランサスも敵じゃないかも……よし! フェイト、がんばって時間を稼ぎなさい!」
「途端に元気になったね」
「カラ元気よ。ほんとは、めっちゃ怖いんですけど」

 リコリスは小さく震えていた。

「フェイトがやられたら、あたしもやられちゃうんだからね。がんばりなさいよ」
「大丈夫。リコリスが逃げるまでは、やられないでみせるから」
「……ちょっと、なによ。あんた、あたしを逃がすために犠牲になるつもり?」
「うーん……できれば、そんなことはしたくないんだけど」

 でも、相手はSSランク。
 僕にとって未知の領域だ。

 この前、フェンリルを倒すことができたけど……
 だけど、ゼフィランサスはさらにその上のランク。
 ランクが一つ上がるだけで、かなりのレベル差がある。

 勝つのは、たぶん難しい。
 時間を稼ぐつもりだけど、長く保つかどうか。
 それならば、今のうちにリコリスには安全なところに……

「バカにするんじゃないわよ」
「いててっ」

 頬をおもいきりつねられた。

 リコリスは小さいから、あまり力はないのだけど……
 ぐりぐりと回転するようにつねっていて、けっこう痛い。

「あたしは、フェイトの仲間。仲間を見捨てるようなことはしないわ」
「……リコリス……」
「想定外の格上が相手だろうと、死ぬかもしれなくても、一緒にいてあげる。っていうか、あたしのサポートがないと厳しいでしょ」
「それは、まあ……でも、いいの?」
「二度言わせるんじゃないわよ」
「……うん、ありがとう」

 この小さな友達は、なにがあっても絶対に守ろう。
 そう決意して、雪水晶の剣の柄を強く握りしめる。

「よし、いこうか!」



――――――――――



「フェイト、大丈夫でしょうか……?」

 迎撃準備を整える中、ソフィアは彼方の空を見た。

 フェイトは今、女王の元へ向かっている。
 彼は規格外の力を持っているため、ラフレシアが相手なら心配する必要はないのだけど……
 それでも、ソフィアは心配になってしまう。

 怪我をしていないだろうか?
 毒を受けていないだろうか?

 問題ないとわかっていても、それでも心配をしてしまう。
 それが乙女心というものだ。

「危なくなった時は、すぐに撤退するようにと言っておきましたが……フェイトのことだから、無理をするかもしれませんね」

 気になる。
 心配だ。

 とはいえ、すでに行動を開始した以上、どうすることもできない。
 今はフェイトを信じて、自分の役割をしっかりと果たすこと。
 それもまた、良い女というものだ。

「やあやあ、調子はどうだい?」

 クリフが声をかけてきた。
 決戦の前だというのに、いつもと調子が変わらない。

 ギルドマスターともなれば、常に心に余裕を持っているのだろうか?
 あるいは、ただ単に能天気なだけで、大したことはないのか?

 ソフィアは、ひとまず後者だと考えることにした。
 前任者のせいで、基本的に、彼女はギルドマスターを……ギルドというものを信じていない。

「なにも問題はありませんよ。万全の状態で、魔物を迎え撃つことができます」
「なるほど。さすが、その歳で剣聖の域に達するだけのことはあるね。頼もしいよ」
「ギルドが頼りになりませんからね。自然と、力を身につけることになりましたから」
「あー……それについては、ホントに申しわけない。僕もなんとかしたいと思っているんだけど、こう、なかなかうまくいかなくてねぇ。やっぱり、急な改革はどこかで歪みを生むのだけど、でも、時に大胆な改革も……って、ごめんごめん。よくわからない話になったね」
「はぁ……」

 よくわからない男ではあるが、もしかしたら、悪人ではないのかもしれない。
 ソフィアはそう判断して、少しだけ警戒度を下げた。

「それで、なんの用ですか? ただ単に、様子を見に来ただけではないのでしょう?」
「鋭いね。実は、頼みたいことがあるんだ。他の冒険者達を激励してくれないかな?」
「激励ですか?」
「ベテラン勢がちょっと少なくてね。スタンピードを経験したことのない者が大半なんだ。残念ながら、腰が引けている者が多い。そんな彼らに……」
「剣聖である私が激を入れてほしい、と?」
「そういうこと。頼めるかな?」
「はぁ……仕方ありませんね」

 見世物扱いは勘弁ではあるが、しかし、上に立つ者がやるべきことをソフィアは理解している。
 時に導いて、先頭に立たなければいけない。

 ぶっちゃけてしまうと、ソフィアはフェイト以外のことはどうでもいいが……
 それでも、同じ冒険者である仲間を見捨てるほど冷たくはない。

「みなさん、聞いてください」

 ソフィアは集まった冒険者達の前に移動して、呼びかける。
 特に大きな声ではないのだけど、凛として透き通るような音色に、誰もが話を止めて彼女の方を見た。

「これから私達は、数え切れないほどの魔物を相手にします。その数は、おおよそ五千。ここに集まった冒険者、憲兵は全部で二百人ほどですから、一人で二十五匹の魔物を斬る計算になりますね」
「……」

 静かに言うソフィアではあるが、その絶望的な数字に、冒険者、憲兵達は顔を曇らせた。
 たった一人で二十五の魔物を斬るなんてこと、普通はできない。
 ベテランであったとしても、数の暴力に対抗することは難しい。
 それに疲労も蓄積するだろうし、魔物の血で剣の切れ味も鈍る。

 これから立ち向かわなくてはいけない絶望的な状況を思い知らされて、誰もが言葉をなくす。

 しかし、それに構うことなく、ソフィアは話を続ける。

「こう思いませんか? なんて、簡単な仕事なのだろう……と」
「なっ……」

 それは暴論だ。
 剣聖であるソフィアならば、確かに簡単な仕事だろう。
 しかし、自分を平均に語られても困る。

 他者をまったく顧みていない発言に、冒険者や憲兵は反発を募らせるが……
 ソフィアの次の言葉で、それは一瞬で消える。

「私達が二十五匹の魔物を斬るだけで、大事な人を守ることができるのです」
「あ……」
「家族。あるいは、仲間。あるいは、友達。あるいは、恋人。この街に住む人……家、動物、自然……それらを守ることができるのです」
「……」
「たった二十五匹の魔物を斬るだけ。それだけでいいのです。実に簡単なことだと思いませんか?」

 ソフィアは皆の前で剣を抜いて、掲げてみせた。

「私の剣は、金も名声も地位も欲してしません。必要なのは、大事な人のみ。この手で、それを守りたいと思います。みなさんはどうですか? なんのために戦うのか、スタンピードという災害に立ち向かうのか、今一度、考えてみてください」
「……」
「そして、戦う理由を再認識したのならば、剣を取りましょう。この街を蹂躙しようとする魔物の群れに、私達がここにいるぞ、と教えてやりましょう。敵は暴力しか知らない獣。心を知る私達が負ける道理はありません。さあ……」

 強く、強く叫ぶ。

「私と一緒に、魔物を蹴散らしましょう!!!」
「「「おぉおおおおおおおぉっ!!!!!」」」

 冒険者と憲兵達の勇ましい声が響き渡る。
 戦意は最高潮に達して、誰一人、怯える者はいなくなった。

 そんな彼らを見て、ソフィアは安心した。
 これなら十の力を発揮することができて、思う存分に戦うことができるだろう。
 スタンピードを乗り越えることができる。

 ……この時は、そう思っていた。
 他の冒険者、憲兵達と一緒に、ソフィアは街の門で待機していた。
 いつでも出撃できるように、すでに準備は終えた。

 後は、偵察隊の報告を待ち……
 出撃の合図を受けるだけだ。

「やあ、見事な激だったよ」
「なにか用ですか?」

 クリフが声をかけるのだけど、ソフィアは一瞥しただけですぐに視線を逸らしてしまう。

 率直に言うと、ソフィアはクリフを嫌っていた。
 愚かな真似を積み重ねてきた前ギルドマスター、アイゼンの後任だ。

 今のところ、クリフが腐っているという証拠はないが、しかし、それで簡単に心を許すことはできない。
 隠れて裏でなにかしているかもしれないし……
 あるいは、これからやらかすかもしれない。

 信頼できる人物であると判断するには、まだまだ色々と情報と材料が足りないのだ。

「うーん、嫌われたものだねえ」
「自覚しているのなら、遠くへ行ってくれませんか?」
「まあまあ、そうつれないことを言わないで。一緒にいれば、僕の良いところも見えてくるかもしれないでしょう?」
「あなたのメンタルは鉄ですか? 普通、ここまで冷たく言われれば引き下がるのですが」
「図々しいヤツ、とはよく言われるかな? あははっ」

 クリフが楽しそうに笑う。
 そんな様子に、ソフィアはさらにイラッとするものの、今は我慢した。

「それで、なにか用ですか?」
「アスカルトさんの出撃なんだけど、僕が合図するまで待ってくれないかな?」
「どうしてですか?」
「うーん……ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「ごめん、詳しくは言えないんだ。ただの杞憂かもしれないから、まあ、周囲に不安や動揺を与えたくなくて」
「よくわかりませんね……まあ、構いませんよ。どちらにしても、偵察隊が戻ってこないと出撃できませんし。そこからさらに遅れたとしても、特に問題はありません。ですが……」

 ソフィアがギロリとクリフを睨みつける。

「もしも、あなたがつまらないことを考えていて、その結果、フェイトが傷ついたとしたら……覚悟してくださいね?」
「わかっているよ。まずい事態になったら、きちんと責任は取るし、スティアートさんの怒りも全て受け止めるよ」
「へぇ」

 即答するクリフに、ソフィアはわずかながら感心した。

 今の警告、実は殺気を込めていた。
 並の者ならば震え上がり、なにも答えることはできないだろう。
 力ある者だとしても、アイゼンのようによからぬことを企んでいれば、言葉に詰まるだろう。

 しかし、クリフはそれがない。
 自分にやましいことはないと言うかのように、堂々とした態度だ。

 本当にやましいことがないのか。
 あるいは、ソフィアの軽い脅しが効かないほどに肝が座っているのか。

 どちらにしても、なかなかできることではない。
 ソフィアは、少しだけクリフの評価を上方修正した。

「それで、あなたの言う懸念とはなんですか?」
「言ったでしょ? それは杞憂の可能性もあるから……」
「私一人に、こっそりと話す分には問題ないでしょう? そこまで言っておいて、黙っていられる方が迷惑です。それに、小さな可能性だとしても、事前に知るのと知らないのとでは、初動に差が出てきます。なので、私にだけ教えてください」
「気の所為か、命令に聞こえるんだけど……」
「もちろん、命令です。あなたはギルドマスターかもしれませんが、世間では、剣聖の方が立場は上なのですよ」
「やれやれ、敵わないなあ。実は……」

 クリフは苦笑しつつ、周囲に聞こえないように、小さな声で懸念していることを話そうとするが……
 それを遮るように、大きな声が響く。

「ぎ、ギルドマスター!!!」
「うん?」

 とある冒険者が慌てた様子で駆けてきた。
 偵察隊の一人だ。

「やあ、おつかれ。いつの間に戻ってきたんだい?」
「た、たたた、大変です! こんな、こんなことが起きてしまうなんて……あぁ、俺達は、これからどうすれば……」
「ふむ?」

 ひどく慌てた様子の冒険者を見て、クリフが険しい顔になる。

 今は話の続きをする間はない。
 ひとまず、ソフィアは黙り、成り行きを見守ることにした。

「落ち着いて。なにか大変なことが起きて、それを僕に報告しに来たんだろう? なら、しっかりと伝えてくれないと困るな。ほらほら、深呼吸」
「は、はい……」

 冒険者は言われるままに深呼吸をして……
 しかし、落ち着くことはできなかった様子で、あたふたしつつ言う。

「て、偵察完了しました!」
「うんうん。それで、どうだったんだい?」
「そ、それが……魔物の群れは、五千ではありません!」
「へぇ……なら、三千くらいとか?」
「い、いえ。正確な数はわかりませんが、しかし、五千を大きく超えていることは確実でして……一万、二万……いえ。下手をしたら、十倍の五万に届くのではないかと」
「……なるほど」

 クリフは落ち着いているが、

「ご、五万だって!? そんな、まさか……ウソだろ?」
「おいおい、そんな数、どうしようもないだろ……マジなのか?」
「なにかの見間違いとかじゃないのか? いや、でも、さすがに万単位で間違えるわけないか……ってことは、五千以上なのは確実?」

 五万という数を聞いて、周囲の冒険者、憲兵達はひどく動揺した。

 当たり前だ。
 敵の数がいきなり十倍に膨れ上がるなんてことがあれば、絶望しかない。
 二倍なら、まだなんとかなっただろう。
 三倍でも、多くの犠牲を覚悟すれば、街を守ることは可能だったかもしれない。

 しかし、十倍は無理だ。
 どれだけの力を持っていたとしても、敵うはずがない。
 圧倒的な数の暴力になぶられるだけであり、待ち受ける運命は死一択。
 街も蹂躙されて、全てを失うことになるだろう。

 とてもじゃないけれど、落ち着いていることはできない。

「五万ですか」

 ただ、ソフィアは落ち着いていた。
 特に動じた様子はなく、静かに話を聞いている。

「敵の速度は?」
「会敵予想時間は、さ、さほど変更はありません。今から、約一時間後に、魔物の群れは街に到達すると思われます」
「ふむ」

 冒険者、憲兵達にすがるような目を向けられて、クリフは考えた。
 この絶望的な状況を、どうにかしてひっくり返す方法はあるか?

 答えは……ある。

「キミ達は、一万なら相手できるかな?」
「は?」

 クリフに唐突に問いかけられて、偵察隊の一員が目を丸くした。

「僕とアスカルトさん抜きで、一万を相手にできる?」
「え? いや、その……」
「大事な質問なんだ。動揺するな、っていうのが難しいことはわかるけど、きちんと考えた上で答えてくれないかな?」
「それは……そう、ですね」

 じっくりと考えて……
 やや自信がなさそうではあるが、静かに答える。

「通常の倍以上の時間をかけて、遅滞戦闘に徹すれば、なんとか対処は可能かと」
「ふむふむ、良い答えだ。なら、キミたちには一万を任せようかな」
「あ、あの、ギルドマスター? それでも、残り四万が……」
「大丈夫、大丈夫。そっちは、僕とアスカルトさんでなんとかするから」

 あっけらかんと、クリフはそう言い放つのだった。
 冒険者と憲兵達は街の門に陣地を構築して、徹底防御の構えをとる。

 そして、一方……
 ソフィアとクリフは、街から少し歩いたところにある広場に移動していた。
 偵察隊の報告が正しいのならば、あと三十分後に魔物の群れが津波のごとく押し寄せてくる。

 すでに、その兆候は見えていた。
 地平線の彼方に目をやると、空が見えない。
 代わりに黒いナニカが広がっていた。

 土煙を立てながら、こちらにゆっくりと向かっている。
 視界をびっしりと埋め尽くすほどの数の魔物だ。

 大災害。
 天才。
 世界の終わり。

 そんな言葉を連想するにふさわしい光景だ。

 常人ならば、恐怖に震えて、頭の中はまっしろになっていただろう。
 だがしかし、ソフィアとクリフは平然としていた。

 ありえないほどの数の魔物が見えていない様子で……
 いや。
 まるで気にかけていない。
 それだどうしたの? という感じだ。

「それで……私が三万、あなたが一万という配分ですか?」
「そうだね。そうしてもらえると、助かるかな」
「少し比率がおかしくありませんか? 普通、逆の配分では? 逆でなかったとしても、二万二万にすることが公平だと思うのですが」
「いやぁ、できれば僕もそうしたいんだけどね。僕の戦い方の仕様上、大軍をまとめて薙ぎ払うのには向いていないんだよね」
「……そういえば、あなたはどのような武器を?」
「僕の武器はこれさ」

 クリフは、やや大きいサイズの本を見せた。
 見る者が見ればわかる、圧倒的な魔力が込められている。

「おいで」

 クリフがそう言うと、その隣の地面が歪み……
 そこから巨大な狼が姿を見せた。
 黒い毛並みを持つ狼は、体長を三メートルは超えている。

「これは……珍しいですね。魔物召喚士ですか」
「正解。というか、知っていたんだ」
「詳しくは知りませんが、魔物を使役することができる、特殊な訓練を積んだ人だという程度の情報は」
「だいたい、それで正解だよ。今までに屈服させた魔物を使役することができる。この子は、僕が最初に使役した魔物でね。愛着もあるし、長い間、戦ってきてもらっているから、それなりに強いよ」
「どれくらいの数を使役しているのですか?」
「百以上かな」
「……それらを全部戦わせれば、あなた一人でなんとかなるのでは?」
「いやー、無理。さすがにそれは無理。けっこう強い魔物も使役しているんだけど、それでも、数の暴力の前にはやられちゃうくらいだからね。僕にできることは、壁を作り、できるだけ街に敵をやらないことかな」
「なるほど」
「でも……」

 クリフがニヤリと笑う。

「アスカルトさんは、数の暴力にやられたりはしない。むしろ、質で数を圧倒するタイプだ。違うかい?」
「……」
「僕は、前任者と違って剣聖を侮ったりなんてしないよ。大事なものを踏みにじるつもりなんて欠片もないし、応援もしたいと思う。だから、今は協力してくれないかな?」
「……やれやれ。悪人ではないようですが、掴みどころのない人ですね。あなたは」

 ため息をこぼしつつ、ソフィアは背中の剣を抜いた。

 それは、伝説の聖剣。
 全てを切り裂いて、刃こぼれ一つしない。
 例え刃こぼれしたとしても、自動で修復されてしまうという。

 最強の聖剣……エクスカリバー。

「まず、私が一撃を叩き込みます。その後、討ち漏らした敵を各自、相手にしましょう。私は一人だけなので、壁役になることはできません。そちらは任せました」
「オーケー、了解だ」
「新しいギルドマスターの力、しっかりと拝見させてもらいます」
「期待を裏切らないように、がんばらないといけないね。それじゃあ……」

 クリフは魔導書を開いて、意識を集中。
 魔力を注ぎ込み、今までに使役した魔物……その全てを呼び出す。

「来い!」

 クリフを中心に影が広がる。
 それは十メートルを超えて、さらに伸びて……
 百メートルほどに広がったところで、ようやく止まる。
 その影の中から、次々と魔物が出現した。

 ゴブリン、ウルフ、オーガ、ワイバーン……そして、ドラゴン。
 クリフに忠誠を誓う、ありとあらゆる魔物が現れた。
 その数は百以上。

「これは……驚きましたね。数十種類……百以上の魔物。さらに、ドラゴンまで使役しているなんて」
「一応、ギルドマスターだからね。これくらいは普通だよ」
「さて……では、私も負けていられませんね」

 ソフィアは、聖剣エクスカリバーを上段に構えた。
 天を突くかのように大きく、高く、剣を掲げている。

「ふぅ……」

 軽い呼吸。
 目を閉じて集中。

 すると、刀身が輝き始めた。
 最初は淡い燐光を放つ程度。
 その後、魔道具による夜の明かり程度になり……
 それで終わることなく、さらに光が収束されていく。

 間近に太陽が出現したかのような、強烈な光。
 世界が白に塗りつぶされていく。

 その輝きは、離れた街で待機していた冒険者、憲兵達もハッキリと目撃して……
 それだけではなくて、遠く離れた街からも見えたという。

「神王竜剣術・仇之太刀……」

 ソフィアが目を開く。
 強い眼差しで敵を睨みつけて、そして……一気に剣を振り下ろす。

「閃っ!!!」

 剣気、闘気、覇気……全てを圧縮させて、極大の一撃を放つ。
 神王竜剣術の中で、限られた者しか使うことができない奥義の一つだ。

 剣聖であるソフィアが力を練り……
 極限まで溜めて……

 そして、それを聖剣を媒介にして解き放つ。

 その一撃は神の一撃に等しい。
 全てを飲み込み、なにもかも打ち砕く破壊の光が顕現する。

 極大の光は大地をえぐりつつ、彼方から迫る魔物の大群に着弾。
 圧倒的な破壊力に抗うことはできず、魔物達は一瞬で消し飛んだ。

「いっ……けぇええええええええええぇぇぇっ!!!!!」

 その状態で、ソフィアは、さらに剣を横に薙ぐ。

 ゴッ、ガァアアアアアッ!!!

 地上に落ちた太陽が横に薙ぎ払われて、魔物の群れを飲み込んだ。

 ほどなくして光が穏やかになり、世界に色が戻る。
 そして……

 地平線の彼方に集結しつつあった魔物は、その半分が消し飛んでいた。
「ふむ……少し失敗しましたね。できるなら、三分の二は消し飛ばしておきたかったのですが」

 とてつもない成果を叩き出したというのに、しかし、ソフィアは満足した様子がない。
 もうちょっと倒しておきたかった。
 そんなありえないことを言う。

 半分……二万五千もの魔物を一瞬で消し飛ばしただけで大成果と言えるし、満足して当然なのだけど……

 ソフィアは、まだまだ未熟という様子で、納得いかない顔をしていた。

「やはり、久しぶりに使う技は加減が難しいですね。できることなら、定期的に練習をしておきたいのですが……」
「いやー、今の技を定期的に使われたら、さすがに困っちゃうかなー」

 クリフは呑気にツッコミを入れるものの、内心ではかなり驚いていた。

 これだけの滅茶苦茶な攻撃を繰り出すことができる。
 さすが剣聖と驚いていたが……

 それだけではなくて、ソフィアには、まだまだ余裕があるように見えた。
 あのような攻撃を繰り出せば、普通、そこで力尽きてしまうが……
 彼女はまだまだ元気そうだ。

 いったい、どれだけの力があるのか?
 ソフィアの底の知れない力に、さすがのクリフもヒヤッとするのだった。

「さて……」

 ソフィアは聖剣を背中の鞘にしまい、腰に下げている別の剣を抜いた。

「残り、二万五千……街の被害をゼロにすることを考えると、ここで二万は潰しておきたいですね」
「当初の予定より数が多くない?」
「男なのだから、もっと気合を入れてください」
「今は男女平等の時代だよ」
「まったく、情けない人ですね。フェイトなら、そのようなことは言いませんよ」
「彼は彼で規格外だから、同じにされると、普通代表としてはちょっと複雑かなあ」

 あなたも十分に規格外でしょうに。
 百以上の魔物を従えるクリフを見て、ソフィアはジト目を向けた。

「……とにかく、やりますよ。泣き言は聞きません。あなたが持ってきた仕事なのですから、きちんと務めは果たしてください」
「もちろん、がんばらせてもらうよ。でないと、今もがんばっているであろう、スティアートくんに申しわけないからね」

 そう言うクリフは、普段と違い、真面目な顔をしていた。

 本気でフェイトのことを気遣っているのでしょうか?

 ソフィアは、わずかではあるが、クリフのことを信頼することにした。
 背中を預けるまでとは言わないが……
 一緒の戦場に立ち、同じ敵に立ち向かう。
 それくらいは問題ないだろうと、そういうレベルの許すではあるが。

「いきますよ」
「了解」

 未だ万を超える魔物の群れを迎え撃つべく、二人の超人が出撃した。



――――――――――



「キィアアアアアアアァッ!!!」

 ゼフィランサスが叫ぶ。
 金属をこすり合わせたかのような不快な鳴き声で、思わず顔をしかめてしまう。

 それでも、足を止めることはない。
 というか、止めたら死んでしまう。

「ぴゃー!? きたきたきた、アイツ、また攻撃をしかけてきてるわよ!?」

 肩に乗るリコリスが涙目で悲鳴をあげていた。
 でも、それも仕方ないと思う。

 地面から植物の蔦で構成された槍が次々と生えてきて、俺達を串刺しにしようとする。
 幸いというべきか、攻撃速度はそれほどのものじゃない。
 走ることで十分に回避できるのだけど……

「くっ」

 距離を詰めようとすると、蔦の槍の数が倍以上になり、近づくことができない。
 多少の怪我を覚悟すれば、突撃することもできなくはないんだけど……

 でも、コイツは毒を使うという。
 もしかしたら、蔦にも毒が回っているかもしれない。
 そう考えると、下手な行動をとることはできない。

「ぎゃー!? 今度は四方八方からきたー!?」
「大丈夫!」

 リコリスの言うように、地面から飛び出した蔦が前後左右から襲いかかってくるのだけど……
 でも、焦ることはない。

 落ち着いて剣を振り、その全てを斬り落とす。
 相変わらず攻撃の速度は遅いため、対処も問題はない。

「あ、あんた、けっこう滅茶苦茶強いのね……」
「まだまだだよ。でも、ソフィアに稽古をつけてもらっているから、多少の自信はあるかも」
「自信ないのかあるのか、どっちなのよ」
「あはは、どっちだろう」

 敵の攻撃を食らうことはない。
 避けることができるし、迎撃することも可能。
 ついでに言うと、まだまだ体力的に余裕はある。

 ただ……

 それだけだ。
 こちらから攻め込むことができず、どのようにして倒せばいいか、攻めあぐねていた。

 コイツがスタンピードの原因の女王。
 できるだけ早く倒して、ソフィア達にかかる負担を軽減したいのに……!

「焦るんじゃないわよ」
「リコリス?」

 肩に乗るリコリスが、ぺち、っと頬を叩いてきた。

「気持ちはわからなくもないけど、でも、今はコイツを倒すことだけに集中しなさい。他のことを考えていたら、思わぬミスをするかもしれないし……そもそも、ちゃんと集中しないと倒せない相手よ。しっかりなさい!」
「……うん、そうだね」

 リコリスに喝を入れてもらい、目が覚めたような気分だ。

 ソフィア達のことが心配ではあるものの……
 でも、リコリスの言う通りだ。
 心配するあまりミスをして、僕が失敗をしてしまったらどうしようもない。
 そんなことにならないように、しっかり集中しないと。

「とはいえ、どうしたものかな?」

 ヤツの懐に潜り込めば、なんとかなるかもしれないけど……
 それが難しい。

 以前、ソフィアが使っていた遠距離攻撃を使えればいいのだけど、さすがに、それは無理だ。
 練習もなにもしていないので、ぶっつけ本番で、しかも見様見真似で使えるわけがない。

 どうにかして接近したいのだけど……

「あ……もしかしたら」
「なにか思いついた?」
「うん、ちょっとね。試してみる価値はあるかもしれない」
「なら、やってやりなさい! 大丈夫、失敗しても骨は拾ってやるわ!」
「その時は、リコリスも死んじゃうと思うんだけど……」

 苦笑しつつ、僕は、武器を雪水晶の剣から、別の剣に持ち替えた。
 そして下段に構えて……地面に向けて、大きく振る。
「神王竜剣術・壱之太刀……破山っ!!!」

 威力重視の剣技を、地面に向けて放つ。
 ついでに言うと、剣を横にして、刃の腹で地面をすくい上げるようにして放つ。

 ゴガァッ!

 隕石が着弾したかのように、大量の土砂が舞い上がる。
 さらに、地中に埋もれていた石が吹き出して、矢のごとく飛ぶ。

 それらはゼフィランサスを飲み込む。

「キィイイイゥ!?」

 土と石のカーテンが直撃して、ゼフィランサスが悲鳴をあげた。
 直接的なダメージは少ないだろう。
 たぶん、驚いただけだと思う。

 でも、それで十分。
 敵は僕の姿を見失い、混乱している。

 この隙、逃すつもりはない。

「いっけー、フェイト!」
「うん!」

 リコリスの応援を受けて、一気に突撃した。

 蔦の迎撃が繰り出されるものの、その狙いは甘い。
 土と石のカーテンを浴びたことで、集中することができないのだろう。

 避けて、あるいは斬り。
 道を作り、ゼフィランサスに接近した。

「もう一回……破山っ!!!」

 ゼフィランサスの巨体を断ち切るため、ありったけの力で剣を振り下ろした。

 ザンッ!!!

 人型の部分を叩き潰す。
 巨体が仰け反り、そのまま地面に倒れた。

 しかし、死んだわけではないらしい。
 地面の倒れているものの、その状態でのたうち回り、蔦を暴れさせている。

「すごい生命力だね……」
「SSランクとなれば、あれくらい普通よ。頭消し飛んでも再生するヤツもいるって聞くし、まあ、再生しないだけマシじゃない?」
「とんでもない相手だね」

 でも、そういう連中と渡り合えるようにならないと、ソフィアの足を引っ張ってしまう。
 それはイヤだ。

「なら、何度でも……」
「フェイト! 下!」
「っ!?」

 リコリスの声で、咄嗟に横に跳んだ。
 直後、蔦が槍のように生えてきて、さきほどまでいた場所を貫く。

「うっわ、あぶな」
「やられたフリをして、こっそりと攻撃の機会を伺っていたんだ……それなりに知恵もある、っていうことか。油断はできないね」

 僕の方が有利、という考えは捨てた。
 気を引き締める。

 もう一度、破山を叩きつければ、たぶん、倒せると思う。
 ただ、今の一撃で距離が開いてしまった。
 ゼフィランサスは防御に徹している様子で、蔦を不気味にうごめかせている。

 もう一度、土と石を浴びせるか?
 でも、知能は高いみたいだから、同じ攻撃が通じるかどうか。

 なら……

「これだ!」

 雪水晶の剣を鞘に戻して、再び別の剣を手に取る。
 そして、それを……おもいきり投擲した。

「ッ!?」

 武器を矢の代わりに使うという戦い方に、ゼフィランサスが驚いたように体を震わせる。
 なまじ知能があるせいで、動揺しているのだろう。

 ゼフィランサスは蔦をぐるりと回転させて、迫りくる剣を叩き落とす。
 でも、それは予想通り。

 僕は、さらに二本目、三本目を投擲する。

「キィ!」

 ゼフィランサスは驚きつつも、全ての剣を蔦で防いだ。
 残りは、雪水晶の剣、一本。
 さすがにこれは手放さないだろうと、そう思っているだろう。

 だから……これも投擲した。

「ギギッ!?」

 狂ったか?
 ゼフィランサスは、そう言っているかのようだった。

 雪水晶の剣の軌道は、ゼフィランサスの巨体の横、少し離れたところを通る。
 これならば当たることはない。
 そう判断して、ヤツは蔦で防ぐことをやめた。
 代わりに、武器をなくした僕を狙うのだけど……それこそが、致命的なミスだ。

「ふっ!」

 前かがみに、地面を這うようにして駆ける。
 ゼフィランサスの蔦をかいくぐり、その巨体の横をすり抜けて……
 投げた雪水晶の剣に追いつく。

「キャッチ!」
「うっそぉ……自分で投げた剣を自分で取るなんて、ありえないでしょ……」

 リコリスが驚いていたけど、今は後回し。
 これで、完全にゼフィランサスの虚を突くことに成功した。

 後ろに回り込み、雪水晶の剣を冗談に構える。

 そして……

「破山っ!!!!!」

 横に薙ぐ。
 残された本体部分が上下に分かたれて、さらに、爆発したかのように吹き飛ぶ。

 土煙が舞い上がり、視界が塞がれる。
 もしもゼフィランサスが生きていたら、かなり致命的な状況だ。

 でも、その心配はしていない。
 僕は落ち着いて、雪水晶の剣を鞘に収める。

 それと同時に土煙が晴れて……
 今度こそ、絶命したゼフィランサスの姿が見えた。

「討伐完了」
「よし、なんとか倒すことができた」

 これでスタンピードも収まるはず。
 ソフィアなら心配はいらないと思うんだけど……
 それでも、気になるものは気になる。
 早く戻ろう。

「ふらひれはらぁ……」
「どうしたの、リコリス?」
「フェイトが速く動きすぎるから……酔ったわ。おぇ……」
「ご、ごめん!?」

 慌ててリコリスを下ろして、その小さな背中を指先でさする。

「大丈夫?」
「やばい……マジでやばいわ……おぇ」
「水、飲む?」
「今、そんなものを飲んだら……うえっぷ」

 うわぁ……
 リコリスが、とても人様には見せられない顔に。

 困ったな。
 早く街に戻りたいけど、でも、リコリスに無茶はさせられない。
 ここで少し休憩をして……

「……うん?」

 ふと、違和感を覚えた。

 周囲を見回す。
 ゼフィランサスとの戦いで、あちこちが荒れている。
 ただ、普通に考えて、違和感を覚えるようなものは見当たらない。

 見当たらないのだけど……

「……」

 針で刺されるような感覚。
 見られている。
 それと、敵意をぶつけられている。

 わずかなものだから、勘違いとか気のせいとか思ってしまいそうだけど……
 間違いない。
 過去の経験から、危機感知能力には長けているので、この敵意を見逃すことはない。

「そこだ!」

 ブーツに仕込んである投擲用のナイフを放つ。
 ナイフは少し離れたところにある木に刺さる。

「ひっ!?」

 見つかるとは想っていなかったらしく、驚きの声が。
 そのまま、ダダダッと足音が遠ざかっていく。

 うーん、外したか。
 まだまだ精進しないと。

「追いかけたいところだけど、リコリスを置いていくわけにはいかないし……うん?」

 ひとまず声がしたところを調べてみると、誰かの足跡が。
 大きさからして、たぶん男のものだろう。

 それと……

「なんだろう、これ?」

 手の平サイズの水晶球が落ちていた。
 占い師がよく使うような、アレだ。

 ただし、澄んだ色ではなくて、黒一色。
 夜の闇を凝縮したかのようで、禍々しささえ感じる。

「うーん? さっぱりわからないけど……でも、どう見ても大事なものだよね。今回の事件に関わっているかもしれないし、持ち帰ろうかな」

 水晶球を荷物袋にしまう。
 すると、

「うぅ……ふぇ、フェイトぉ……」
「リコリス?」

 とても弱々しいリコリスの声。
 もしかして、さっきの怪しい人影がリコリスのところへ!?

 慌てて戻ると、

「あたし……もう、ダメ……えろえろえろ」
「うわぁ!?」

 リコリスがどんな結末を迎えたか?
 それは、本人の名誉のために口にしないことにした。



――――――――――



 街の手前に戻り、唖然としてしまう。

「え? なに、これ……」

 魔物の死体、魔物の死体、魔物の死体。
 あちらこちらに魔物が倒れていて、とんでもない惨状になっていた。

 ただ、街がピンチかというと、そういうわけではないらしい。
 魔物は全て討伐されているらしく……
 たくさんの人が魔物を解体して素材を集めて、残りを順次、焼却処分している。

 スタンピードの跡なんだろうけど……
 でも、魔物の数は五千くらいのはず。
 これ、どう見ても五千は超えているんだけど……

「フェイトっ!!!」
「うわっ」

 聞き慣れた声に振り返り……
 直後、ドンッ、とした衝撃があり、そのまま押し倒されてしまう。

「フェイト、大丈夫ですか!? 怪我はしていませんか!? 気持ち悪くないですか!? 無茶はしていませんか!?」
「えっと……ただいま、ソフィア」
「おかえりなさい、フェイト」
「僕なら大丈夫。ちゃんと女王は倒したよ」
「はい、それはわかりました。途中で、一気に魔物の勢いが衰えたので。ただ、怪我などをしていないか心配で……本当に大丈夫ですか? 無理をしていませんか?」
「心配いらないよ。ただ……」
「やはり、どこか怪我を!?」
「……リコリスが大変なことに」
「え?」

 ソフィアが勢いよく抱きついてきた衝撃で、リコリスがぽーんと放り出されて……

「おぇ……」

 ぐったりとした様子で地面に転がっていた。
 酔っているせいで、飛ぶことができなかったらしい。

「あっ!? す、すみません。大丈夫ですか、リコリス?」
「あんた……今のあたしを見て、大丈夫とか……目、悪いんじゃないの……?」
「本当にごめんなさいっ!」
「やあやあ、なにやら賑やかだけど……無事に戻ってきたようでなによりだ。それと、女王の討伐、おつかれさま」

 クリフが姿を見せた。
 朗らかな笑みを見せているのだけど、あちらこちらに魔物の返り血がある。
 きっと、ソフィアと一緒に激戦を潜り抜けたのだろう。

「大丈夫だったかい? 怪我はしていないみたいだけど……まあ、見た目で判断するのは危険だからね。治癒師を手配するから、後で診てもらうといいよ」
「ありがとう。ところで、ちょっと気になるものを拾ったんだけど」

 暗闇の水晶球を取り出す。
 ギルドマスターのクリフなら知っているかもしれない。

「これ、クリフはなにか知らない?」
「コイツは……」

 クリフの表情が険しいものになる。
 それを見て、また厄介事が舞い込んできたのかな? と、今後の展開を想像して困ってしまう僕だった。