スタンピードの予兆を見つけることは、そんなに難しいことじゃない。
 ありえないほどの数の魔物が集まり、巨大な群れを成す。
 そのようなものを、普通なら見逃すはずがない。

 ただ、例外はある。

 例えば、ダンジョンの内部。
 例えば、人が赴かない奥地。

 そんな場所で魔物が群れを成した場合、どうしても発見が遅れてしまう。
 今回もそんなケースだったらしく、発見した時は、すでに相当数の魔物が群れを成していて……
 弾ける寸前。
 スタンピード発生まで、数日に迫っていたという。

 それから、慌てて準備をして……
 残り一日というところで、僕達に声がかかったらしい。

「人間って、けっこうめんどくさいのね」

 夜。
 迎撃準備に避難準備。
 街中がてんやわんやの状態の中、リコリスはマイペースにそんなことを言う。

「魔物が迫っているなら、逃げればいいじゃない。なんで、そうしないわけ?」
「簡単に街を捨てることはできないからね。うまく逃げられたとしても、生活の基盤になる街がないと、やっぱり死んじゃうよ」
「ふーん、やっぱり人間って面倒なのね。あたしのような妖精なら、街なんてなくても、どこででも生きていけるわよ」

 妖精の生態って、どうなっているんだろう?
 ふと興味を覚えるのだけど……でも、今はそんなことを話している場合じゃないか。

「むう」

 明日、いきなり決戦。
 活力をつけるために、宿でたくさんの食事を食べているのだけど、ソフィアの表情は優れない。

「どうしたの?」
「いえ……作戦を聞いて、やはり不安になってしまいまして」
「二面作戦か」

 スタンピードは、有象無象の魔物の群れと、連中の中心となる女王が存在する。
 魔物の群れを倒すだけでは、スタンピードを制圧することはできない。
 女王を討伐して、ようやく制圧することができる。

 その女王を討伐する役目を与えられたのは……

「まさか、フェイトが女王討伐の任に選ばれてしまうなんて」

 そう、僕だったりする。

 女王は他の魔物を従えているため、相応の力を持つ。
 剣聖であるソフィアが相手をするのが適任なのだけど……
 ただ、今回は準備時間が圧倒的に足りないということで、人が少ない。

 女王を倒すことができても、それまでの間に街が蹂躙されては意味がない。
 ソフィアは防衛のため、その他の魔物を担当することに。

 そして僕は、ソフィアに剣を教えられていることと、シグルドを倒した功績を認められて、女王の討伐を任された。

「スタンピードの核となる女王は、他の魔物よりも強力……ですが、津波のように押し寄せてくる魔物の群れの相手も危険で……うぅ、私はどうすれば?」

 ソフィアがものすごく悩ましい顔をしていた。
 僕のことを心配してくれているのだろう。

 正直なところ、僕に女王の相手が務まるかわからない。
 他に適任者がいそうな気がするのだけど……

 でも、今は弱気は封印。
 後ろ向きな発言をしたら、ソフィアに余計な心配をかけてしまう。

「大丈夫だよ」
「フェイト?」
「僕は、ちゃんと女王を倒してみせる」
「ですが、女王はとても危険で……」
「それでも大丈夫。だって、ソフィアに剣を教えてもらったし、それに、リコリスからもらった雪水晶の剣がある。これは、ソフィアとリコリスの絆のようなものだから……僕は負けないよ」
「……そうですね。フェイトなら、きっと大丈夫ですね」
「そーそー、いざとなったら、あたしがなんとかしてあげる」
「ちょっと待ってください。もしかして、リコリスもついていくつもりですか?」
「そうだけど?」
「ダメですよ、そんなことは!」

 なぜか、ソフィアが猛反対する。

「本当は私が一緒に行きたいのに、ぐぐっと我慢して……それなのに、リコリスが一緒するなんてずるいです。反則です」
「反則って、あんた……」

 やれやれ、とリコリスが呆れてみせた。
 子供を諭すように言う。

「あんた、強いなら知ってるでしょ? あたしのような妖精は、戦闘能力は低いけど補助に長けているの。色々とサポートできるから、フェイトについていくのは当然じゃない」
「ぐぐぐ……し、しかし」

 ソフィアはとても悔しそうにして……
 ややあって、色々な感情を飲み込んだ様子で、吐息をこぼす。

「……フェイトのこと、しっかりとサポートしてくださいね?」
「ふふんっ、この完璧超絶可憐妖精リコリスちゃんに任せておきなさい! どんな相手だろうが、あたしがフェイトを勝たせてあげる。妖精の加護は伊達じゃないわ」
「うん、頼りにしているよ」
「まっかせなさーい!」

 得意そうに胸を叩いて……
 そして咳き込むリコリスを見て、僕とソフィアは本当に大丈夫なのかな? と、ちょっとだけ不安になるのだった。

 その後、明日に備えて早めに休むことに。
 宿に戻り、ベッドに横になる。

「……」

 ただ、眠気はやってこない。
 明日のことを考えると、どうしても緊張してしまい、すぐに眠ることはできなさそうだ。

 そんな時、扉がノックされた。

「はい?」
「私です」
「ソフィア?」

 扉を開けると、寝間着姿のソフィアが。
 ちょっと……色々な意味で見ることができない。

「ど、どうしたの?」
「その……一言だけ、伝えておきたいことがありまして」
「伝えておきたいこと?」
「はい。その、えっと……」

 ソフィアは意を決したような顔になり、ぎゅうっと、抱きついてきた。

「そ、ソフィア?」
「……」
「えっと、あの……」
「……うん」

 そっと、ソフィアが離れた。
 今のは……?

「その……お守り代わりといいますか、誘惑をしているといいますか、その……そんな感じです」
「え? どういうこと?」
「ですから、その……今、私に抱きしめられてうれしかったですか? どうですか? 正直に答えてください」
「それは……う、うん。うれしかったよ。すごくドキドキした」
「なら……また、してあげてもいいですよ?」
「え?」
「それどころか、その……もっと好きなことを、フェイトが好きにしていいですよ?」
「ええっ!?」
「でも、それはフェイトが女王を倒して、無事に帰ってきたらです。そのご褒美です。だから……」
「……うん。大丈夫。必ず帰ってくるよ」

 抱きしめる代わりに、そっと、ソフィアの手を握るのだった。