街に戻った頃には、すっかり日が沈んでいた。
 そのまま宿へ。

 そして、翌日。
 俺達はギルドを訪ねた。

「すみません」
「あ、スティアートさん。それに、アスカルトさんと……よ、妖精?」

 ふわふわと飛ぶリコリスを見て、受付嬢の目が丸くなる。

 希少種と呼ばれていて、なおかつ人間嫌いの妖精が一緒にいることに驚いているのだろう。
 受付嬢だけじゃない。
 たまたまギルドを訪れていた他の冒険者達も、物珍しそうな視線をこちらに送ってきていた。

 ただ、物珍しそうに見るだけで、リコリスを捕まえて一攫千金を企む者なんていない。
 人によって妖精狩りが行われたものの……
 その後、狩りに参加した人のほとんどが謎の死を遂げたのだ。
 しかも、むごたらしく長い間苦しむという方法で。

 真実かどうかわからないが、妖精の呪いと言われている。
 以来、妖精を狩る人はほとんどいなくなり、絶滅手前で安全が確保された、というわけだ。

 とはいえ、呪いなんてウソっぱちだ、と気にしない人がリコリスを狙わないとも限らない。
 何事もないように、街中などでは、常に気を配らないと。

「どうして、妖精が一緒に……?」
「友達になったんだ」
「な、なるほど……?」
「それよりも、馬車の手配をしてほしいんだけど」

 ギルドでは依頼を斡旋するだけじゃなくて、馬車の手配なども行ってくれる。
 自分で手配してもいいのだけど、伝手のあるギルドの方が色々と効率的なのだ。

「馬車ですか? どちらまで?」
「ちょっと遠いんだけど、リーフランドまで」

 リーフランドというのは、大陸の南端にある港町だ。
 交易と漁業で栄えていて、とても活気のある街……らしい。

 シグルド達の奴隷にされてから、色々な街を見て回ったのだけど、リーフランドに行ったことはまだない。

 どうして、リーフランドに向かうのか?
 それは、リーフランドがソフィアの第二の故郷だからだ。

 親の仕事の都合で、ソフィアは幼い頃、リーフランドに移住した。
 依頼、そこで長い時を過ごして……
 そして、冒険者になり旅に出て、今に至る。

 ソフィアは僕のことを両親に紹介したいらしく、ぜひ、と言われた。
 僕としても、久しぶりにおじさんとおばさんに会いたいので、二つ返事で了承した。
 リーフランドを訪ねた後は、僕の故郷を案内したい。
 ソフィアの第一の故郷でもあるから、きっと懐かしいと思ってくれるだろう。

「えっ、スティアートさんとアスカルトさん、街を出ていってしまうんですか?」
「はい、そうですが?」

 ソフィアがにっこりと笑いつつ、しかし、冷たく応える。
 この街のギルドでは、色々なことが起きたから、良い印象は抱いていないのだろう。
 たぶん、内心ではざまあみろ、と思っているに違いない。

 ただ、命令に逆らえない受付嬢に罪はないから、あまり意地悪はしないであげないでほしいのだけど。

「そうですか、残念ですね……はい、わかりました。では、馬車の手配をしておきますが、どの程度のランクの馬車を希望しますか?」
「長旅になると思うから、高いランクのものですね。それなりに高くなっても構いません」
「わかりました。では、二つか三つ、ピックアップしておきますね。長距離の馬車となると、手配に少々時間がかかるため、数日ほど待っていただければ」
「構いませんよ」
「では、三日後くらいに来てもらえれば。あっ……それと、今、時間はありますか?」

 なにか思い出した様子で、受付嬢がそんなことを尋ねてきた。

「時間はあるけど……」

 何事だろうと、ソフィアと顔を見合わせる。
 そんな僕達に、受付嬢は恐る恐る言う。

「えっと、ですね……つい先日、新しいギルドマスターが着任されまして、それでお二人に挨拶がしたい……と」
「さあ、行きましょう、フェイト。私達に余分な時間なんてありませんよ」
「あああああっ、待って、待ってください! 以前のことなら、いくらでも謝罪いたしますぅ! でもでも、私も上からの圧力で動けなくて、あ、いえ、とにかくすみません!!!」

 哀れみを誘うほどに、受付嬢が全力で引き止めてきた。

「ソフィア、話を聞くくらいなら……」
「甘い、粉砂糖と練乳とはちみつをかけたパンケーキくらい甘いですよ。冒険者を相手にする受付嬢は、並大抵の心では務まりません。この哀れみを誘う言動は全て演技。私達を引き止めるためなら、なんでもやるのですよ」
「そう、なのかな……?」

 だとしたら、相当なものだと思うけど……
 ただ、本気の部分もいくらか混じっているような気がした。

「でも、あと数日はこの街に滞在することになるし、戻ってこないとも限らないし、ギルドマスターに面会できるのなら面会しておいた方がいいんじゃないかな? 知っているのと知らないのとでは、対処方法も違ってくるだろうし」
「それは……まあ、確かにその通りですね。わかりました、話を聞きましょう」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 ひたすらに感謝する受付嬢に案内されて、客間へ移動する。
 紅茶を飲みつつ、待つこと五分ほど。

「おまたせ、またせちゃったかな?」

 姿を見せたのは、メガネをかけた飄々とした男だ。
 前ギルドマスターが戦士とするのならば、この男は文官という感じ。
 剣よりも本を持つのが似合うだろう。

「僕が、この街の新しいギルドマスターのクリフ・ハーゲンだよ。よろしくね」
「えっと……はい、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」

 ギルドマスターらしくないなあ、と意表を突かれる僕。
 対するソフィアは警戒しているらしく、ピリピリとした雰囲気だ。
 相手の言動に惑わされることのないソフィアは、すごく頼りになる。

「それで、挨拶がしたいということでしたが……私達になにか話でも? 私達の方からは、なにもありませんが」

 つまらない話なら覚悟してください、というような感じで、ソフィアは、半ばクリフを睨みつけていた。
 ちょっと怖い。
 剣聖だから、圧もすごいんだよね。

 でも、そんなソフィアの勢いに飲まれることなく、クリフは飄々とした態度を崩すことはない。

「まあまあ、そんなに警戒しないで。あ、ドーナツ買ってきたんだけど食べる? この街一番のドーナツで、すごくおいしいよ?」
「けっこうです」
「僕はもらおうかな?」
「えっ、フェイト!」
「食べ物に罪はないし、それに、確かにおいしそうだよ?」
「それはそうですが、もしかしたら毒が仕込まれているかもしれません」
「大丈夫。奴隷時代に毒に等しいものをたくさん口にしてきたから、ある程度の耐性はあるよ」
「それ、誇るところですか……?」

 ソフィアは呆れたように吐息をこぼして……
 それから、やれやれとドーナツに手を伸ばす。

「なにか入っていたら、承知しませんからね?」
「そんなことはないよ。約束する。これは、二人をもてなすために自腹で買ってきたものなんだ。まあ、自腹といっても、そんな大した金額じゃないんだけどね」
「……いただきます」

 飄々とした態度のクリフと、凛としているソフィア。
 この二人、水と油みたいだなあ。

「それで、話というのはなんですか?」
「謝罪と依頼、この二つだよ」