「フェイト!」

 解放された僕のところに、ソフィアがものすごい顔をして駆けてくる。
 あれ、怒っている?

「手を見せてくださいっ、早く!」
「え? あ、うん。どうぞ」

 くるっと手を回して、手の平を見せた。
 鎌を掴んでいたため、ぱっくりざっくりと切れている。
 それなりに深いらしく、傷口が塞がることはなくて、血がダラダラと流れている。

「ああもうっ、こんなに大きな怪我を……!」
「え? こんなの、大した怪我じゃないよね」
「十分に大怪我です!」

 そう……なのかな?
 ソフィアは慌てているものの、僕は、実のところよくわからなかったりする。

 奴隷時代、これくらいの怪我は日常茶飯事だったから……
 これが大怪我という認識はないんだよね。
 ちょっと痛いくらい、っていう認識?

 ……ということを話すと。

「ばかっ!」

 ソフィアは涙目になり、本気で怒る。

「ばかですか、フェイト! 本当にもう……ばかっ、ばかばかばか!!!」
「え、えっと……?」
「もう、こんなにも私を心配させて……」
「……ソフィア……」

 彼女を悲しませてしまったことは、とても申しわけないと思う。

 でも、こんな時だけど、僕はうれしいと思っていた。
 涙を流すほどに心配してくれる人がいる。
 それは、とても幸せなことだ。

 ソフィアの優しさが、僕の心を温かくしてくれて……
 傷だけじゃなくて、心も癒やしてくれる。
 一人だった頃は、絶対に味わうことができなかった経験だ。

 とはいえ、泣かせてしまうほど心配をかけさせてしまったことは、やはり、とても申しわけなくて……

「ごめんね、ソフィア。できる限り、無茶はしないから」
「……できる限りではなくて、絶対に、と約束してください」
「それは……ごめん、無理かも」
「どうしてですか?」
「だって、もしもソフィアが危険な目に遭っていたら、僕は、無茶をしてでも助けようとするだろうから」
「……フェイトは、実は過保護なのですか?」
「ソフィアがそれを言う?」
「……ふふっ」

 小さくソフィアが笑う。

 よかった。
 やっぱり、彼女は笑っている方がいい。

 かわいいとか綺麗とか、そういう理由もあるのだけど……
 でも、それだけじゃなくて、見ていると、とてもほっとすることができるんだよね。
 ソフィアの笑顔には、人を安らかにすることができる、不思議な力があると思う。

「あんたら、あたしのこと忘れてない?」

 本気で忘れていたため、リコリスのジト目が痛い。

 とりあえず、適当に笑ってごまかしておいた。

「まったく……とりあえず、手、見せてみなさい」
「こう?」
「うわ。スッパリ切れてるわね……でもまあ、これくらいなら」

 リコリスが手をかざすと、温かい光に包まれた。
 時間を逆再生するかのように、傷口が塞がっていく。

「え、すごい」
「これは、もしかして妖精の力ですか?」
「まーねー! あたしくらいになると、これくらい楽勝よ、ふふんっ!」
「ありがとう、リコリス」

 流れた血は元に戻らないみたいだけど、でも、十分。
 傷口が塞がるだけで相当にありがたい。

「よし、これなら探索を続けても大丈夫かな? それで、棲み着いていた魔物は死神で終わりだよね? 実は他にも、なんていう展開はないよね?」
「大丈夫、心配しないで。あの死神一匹だけよ」
「そっか、よかった」
「ところで……そこそこ派手に戦いましたが、リコリスの大事なものは無事なのですか? あるいは、死神に荒らされているという可能性も……」
「んー……たぶん、大丈夫だと思うけど。でも、そう言われると不安になってきたわね。今すぐに確かめましょう」

 リコリスは、ふわりと部屋の奥の扉に飛んでいく。
 やはり、あそこが宝物庫なのだろう。
 リコリスの大事なものも、その中にあるはず。

 鍵が開けられた様子はないのだけど、でも、相手は死神。
 扉をすり抜けて中へ入り、悪さをしていたかもしれない。

「開きなさい」

 リコリスの呪が鍵となっていたらしく、声に反応して扉が開く。
 リコリスは扉が開き終えるよりも先に、隙間から宝物庫へ入る。

 僕達も彼女を追い、宝物庫へ移動した。

「うわぁ……」

 思わずそんな声をこぼしてしまうほど、中はたくさんの財宝で満たされていた。
 山積みされた金貨。
 たくさんの宝石がつけられた装飾品。
 中に光球が浮いている小瓶、オーロラのような羽衣……見たことのないアイテムもある。

「すごいですね……これほどの財宝が残されているなんて」
「あんたら以外の冒険者は、十層が最下層と勘違いしてて、そこで引き返していったからねー。宝物庫は手つかずで、宝は貯まる一方。で、こんな状態になってるわけ」

 妖精は宝物が好きで、カラスが光り物を集めるように、気に入ったものを収集して保管する習性がある。
 ここにある宝物も、全部、リコリスが集めたものなのだろう。

「リコリスの大事なものっていうのは?」
「……」

 返事はない。
 ただ、答えを示すかのように、リコリスは宝物庫の奥へ飛んでいく。

 後を追うと、たくさんの財宝に囲まれるようにして、簡素なお墓があった。
 とても小さなサイズだ。

 花が供えられている。
 特別な花なのか、しおれることなく枯れることもなく、優しく輝いている。

「それは……」
「あたしの友達のお墓よ」
「そう、なのですか……それが、リコリスの大事なものなのですね」
「そういうこと」

 リコリスは。どこからともなく花を取り出すと、お墓に捧げる。
 そして、両手を合わせて祈る。

 僕とソフィアも彼女に習い、祈りを捧げた。

 名前も知らないリコリスの友達……
 どうか、安らかに眠ってください。

「ここにある財宝って、大半があの子が集めてきたものなの」
「そうだったんだ……てっきり、リコリスが集めたものかと」
「財宝は嫌いじゃないけど、そこまで好きっていうわけじゃないから。あの子が集めて……でも、途中で失敗して、血だらけでここに戻ってきて……そのまま」
「……」
「大丈夫よ。気持ちの整理は、もうついているから」

 そう言うリコリスは、確かに、スッキリとした顔をしていた。
 強がりなどではなくて、特に問題はないのだろう。

「お墓が荒らされていないか、それだけが心配だったけど……でも、そんなこともなかった。で、魔物も無事に追い払うこともできた。これも、あんた達の……ううん。フェイトとソフィアのおかげよ。ありがとう」

 リコリスはにっこりと笑う。
 その笑顔は、太陽のように輝いていた。