エリンとクリフとの話を終えて、宿に戻る。
 すると、宿の前にレナとゼノアスがいた。

 レナは普段着でなにも持っていないけど、ゼノアスはフル装備で大きな荷物を背中に抱えていた。

「あれ? どうしたんですか?」
「そろそろ王都を発とうと思ってな」
「え」

 思わぬ返事に驚いて……
 でも、よくよく考えてみれば当たり前の流れかもしれない。

 ゼノアスは、黎明の同盟の幹部だ。
 ジャガーノート戦では協力してもらったものの、それで今までに犯した罪が帳消しになるわけじゃない。
 騎士団や冒険者に見つかれば捕らえられるかもしれない。

「俺は、俺の生きる目的を叶えた。最強の相手と最高の戦いをする。フェイト・スティアート……お前のおかげだ」

 好敵手と呼ばれ、嬉しい。
 でも、できるのならもっと別のことで競いたかった。
 穏やかで、笑えるような内容がいい。

「本来なら、このまま捕まっても構わないのだが……」
「だーかーらー、それはダメって言ってるじゃん」

 レナが膨れっ面で言う。

「やりたいことやったから満足。あとはなんでもいいや、とかさ、無責任すぎるでしょ? 周りのこと、ちゃんと見て。まったくもう……これだから男は」
「すまん」

 要するに……

 ゼノアスは今後のことはどうなろうと気にしていない。
 罪を受け止めなければいけないのなら、きちんと受け止めるつもりでいた。

 ただ、レナがそれをよしとしない。
 ゼノアスにはちゃんと生きていてほしいと願ったみたいだ。

 そして、それにゼノアスが負けた。
 こんな感じかな?

「なるほど……お兄ちゃんは妹には勝てませんからね」
「ソフィア? それ、どういう意味?」
「後で話しますよ」

 にっこりと笑い、ごまかされてしまう。

「レナ……元気でやれ」
「大丈夫。ボクはいつもどんな時でも元気だからねー。ゼノアスもね?」
「ああ。また、どこかで会おう」
「うんうん。あ、その時はボクとフェイトの子供を見せてあげるね?」
「そんなものはできません!!!」

 ソフィアがものすごい目でレナを睨みつけた。
 殺気すら出ているけど、レナはまったく堪えた様子がない。

 お願いだから、いきなり切り合いを始めたりしないでね?
 戦いが終わったばかりなのに、別の戦いを止めるとか勘弁してね?

「なになに、ソフィアってば妬いているの? ボクにフェイトを取られそうだから?」
「そのような妄想は頭の中だけにとどめてくださいね? でないと、うっかり剣を抜いてしまいそうです」
「ふーん、ボクは構わないけどね。ティルフィングも暴れ足りないみたいだし」
「私のエクスカリバーも、泥棒猫の血を吸わせろ、って言っていますよ」

 それじゃあ魔剣みたいだからね?

「……ふっ」

 ゼノアスが小さく笑う。
 思えば、彼の穏やかな笑顔を見たのは初めてかもしれない。

「楽しい?」
「そうだな……楽しいと思っている」
「剣だけに生きてきたみたいだけど、でも、他にも楽しいことはいっぱいあるよ。これから先、そういうものをたくさん見つけられると思うんだ。僕がそうだったみたいに、運命の出会いとかあるかも」
「……俺に、そんなものがあるだろうか?」
「あるよ」

 未来はなにも決まっていない。
 真っ白だ。
 そこをどんな色に染めるか、その人次第なのだから。

「だから、がんばって生きていこう」

 手を差し出した。

 ゼノアスは少し驚いた様子でこちらを見て……
 ややあって、苦笑して僕の手を取る。

「そうだな、一生懸命に生きていこう」
「うん」

 僕とゼノアスはしっかりと握手を交わした。
 それは、あるいは約束だったのかもしれない。

 また会おう。
 ただ、剣を交わすためじゃなくて、笑顔で話をするために。
 楽しい、って思える時間を過ごすために。