「ぎゃあああああ!? なにこれなにこれなにこれ!? あたし、なんかぬるっとしたものに掴まれてるううううう!?」

 リコリスが大絶叫する中、死神が天井から姿を見せた。

「いーやあああああああ!? こいつキモい、めっちゃキモいんですけど!? あたしの体が目当てなの!? 目当てなの!? それはダメ。あっちの人間にして!」
「サラッと、人を売り渡そうとしないでくれませんかね……」

 捕まってもなお元気なリコリスに、ちょっとだけ緊張感が抜けてしまう。

 とはいえ、リコリスが死神に捕まえられたことは痛い。
 迂闊に動くことができず、僕とソフィアは剣の柄に手を伸ばしたまま、死神を睨みつける。

「動クナ」
「……」
「武器ヲ捨テロ」
「……」

 はいわかりました、とおとなしく従うわけにはいかない。
 そんなことをしたら、そのまま殺されてしまうのがオチだ。

「コイツヲ殺スゾ?」
「ぴゃあっ!?」

 鎌がリコリスの喉元に。
 あと少し、力を入れるだけで、彼女の喉は斬られてしまう。

 武器を手放したら終わり。
 だからといって、リコリスを見捨てるわけにはいかない。

 どうすれば……

 うん?
 ちょっと待てよ。
 リコリスは人質に取られているものの、死神は、ちょうどいいことに姿を見せていて……
 ある意味で、これはチャンスじゃないだろうか?

「わかった、武器を捨てるよ」
「フェイト!?」
「……」

 ここは任せて、とアイコンタクトを送る。

「……わかりました。武器を捨てましょう」

 さすが幼馴染。
 僕の意図をすぐに理解してくれるだけではなくて、信頼もしてくれる。
 やっぱり頼りになる。

「これでいい?」

 僕とソフィアは、それぞれ床に剣を置いた。
 そして、それを離れたところに蹴り飛ばす。

「ヤケニ素直ダナ?」
「リコリスを人質にとられているからね。彼女を助けるためなら、仕方ないよ」
「じーん……フェイト、あんた、ものすごく良いヤツだったのね!」
「さあ、そちらの要求は飲んだ。次は、僕達の番だ。リコリスを解放してほしい」
「ククク……ソンナ要求ヲ聞クトデモ?」

 やはり、死神は約束を守るつもりはないようだ。
 そのまま僕とソフィアを始末するつもりなのだろう。

「なら、せめて人質を交換してくれないかな?」
「ナンダト?」
「リコリスは解放してほしい。代わりに、僕が人質になる」
「ソノヨウナコト……」
「こう見えて、ソフィアは強いよ? 素手でも、キミを倒せると思う」
「ム?」
「そんなソフィアに対して、僕はこれ以上ないほどの人質になる。悪い話じゃないと思うけど?」
「……」

 迷うような間。
 ややあって、

「イイダロウ」

 死神は小さく頷いた。

「両手ヲ挙ゲテ、コチラニ来イ」
「わかったよ」

 言われた通り、両手を挙げて死神のところへ。

「フェイト」

 後ろでソフィアが心配そうに僕の名前を呼ぶ。
 大丈夫、というように肩越しに微笑んでみせた。

「はぁあああああ……た、助かったぁ」

 僕が人質となり、代わりにリコリスが解放された。
 素直に約束を守ったというよりは、人質が二人もいても面倒なので、片方を解放した方がいい……と判断したのだろう。

「デハ、ソコノ妖精ヨ」
「あ、あたし!? なによ、まだなんかするつもり!?」
「ソノ女ヲコレデ殺セ」
「えっ」

 死神はどこからともなく短剣を取り出すと、リコリスに差し出した。

「な、なんであたしが……」
「下手ナコトヲスレバ、コノ男ヲ殺ス」
「ぐ……」

 リコリスが死神を睨みつけた。
 ソフィアも、ものすごい殺気を放っている。

 二人に心配をかけたくないので、早く終わらせることにしよう。

「悪いけど……リコリスにソフィアを殺させる、なんてことはさせないし、僕も死ぬつもりはないよ」
「ム!?」

 喉元に押しつけられた鎌を手で掴み、押し返す。
 当然、手は切れてしまうのだけど、自分の意志で掴んでいるから、骨まで切れてしまうということはない。

 痛みを我慢。
 我慢は慣れているから、普通に動くことができる。

「このっ!」
「グアッ!?」

 飛び跳ねるようにして、死神の顎に頭突きを叩き込む。
 星が散るような痛みだけど、頭の硬さ比べは僕の勝ち。
 死神はふらふらとよろめいて、そのまま床に潜り逃げようとした。

 でも、それはダメ。
 死神の手を掴み、この場におしとどめる。

「貴様ッ、離セ!」
「やだよ……ソフィア!」
「了解です!」

 驚異的な瞬発力で、ソフィアはすでに蹴り飛ばした剣を拾い上げていた。
 構えて、

「神王竜剣術・参之太刀……紅!」

 瞬間移動したのではないかと思うほどの超加速。
 そのまま刺突を繰り出して、死神の頭部を剣で貫いた。

 ただの剣ではない。
 世界で一本しかない、聖剣エクスカリバーだ。
 その威力は絶大。

「ア、アアアアアァ……!?」

 死神は抗うことを許されず、そのまま滅びた。