『それ』は深い眠りについていた。
 過去に起きた戦いで大きな傷を負い、その治療のために休んでいるのだ。

 王都の下にある地底湖。
 その中で眠り、夢を見る。

 良い夢ではない。
 悪夢だ。

 人間と友になった。
 彼らを導いて、守り……
 時には逆に諭されることがあった。

 戦いになれば背中を預けることができた。
 無防備な姿を晒すことができる信頼があった。

 人間が大好きだった。

 でも……
 裏切られた。

 大事なものを傷つけられて。
 それから、全てを奪われて。
 『それ』はなにもかもなくした。

 許せない。
 許せない。
 許せない。

 『それ』は復讐を誓い、己に従う眷属を作った。
 復讐という使命を与えて、それを果たすための破壊の力を与えた。

 秩序が乱れる。
 混乱が広がる。
 たくさんの悲鳴が流れて、たくさんの血が流れた。

 でも、それがどうした?
 自分は全てを奪われたのだ。
 なら、奪い返してもいいだろう?
 その権利があるはずだ。

 迷いはない。
 まっすぐで、ある意味で純粋な想いで……
 『それ』は復讐を果たす。
 それだけを考えて生きる。

 生き物は生を求めて生きる。
 他者の命を食べて自分のものにして。
 子供を成して次の世代へ繋げる。
 そうして生の循環を作り上げていく。

 それこそが生命の持つ根本的な使命だ。

 しかし、『それ』は生のことは考えていない。
 ただただ奪い、死を与えることしか考えていない。
 生きることではなくて、終わりのみを求める者。

 それはもはや生き物と呼べるだろうか?
 生き物ではなくて、まったく別のおぞましいなにかだろう。

 『それ』は自身の歪みに気づいていない。
 まったく自覚していない。

 でも、仕方ないだろう?
 全てを奪われたのだ。
 憎しみに囚われて、他になにも見えなくなるのも当然だ。

 だから、『それ』は全てを奪う。

 自分が受けた苦しみを返す。
 自分が受けた痛みを返す。

 それだけが唯一の生きる目的なのだ。

「……」

 『それ』はゆっくりと目を開けた。
 何百年ぶりに意識が戻っただろう?
 あまりに年月が経ちすぎていたため、地底湖の薄暗い中でも眩しいと感じてしまう。

 ゆっくりと目を慣らす。
 同時に思考を整理する。

 本格的な休眠に入る前に分身体を作り出して、色々な命令を与えていた。
 その分身体の名前は……リケンという。

 しかし、今、分身体の気配が感じられない。
 理由はわからないが消えてしまったみたいだ。

 あれからどうなったのか?
 今、なにが起きているのか?
 なにもわからない。
 わからないけど、それならそれでいい。
 些細なことだ。
 やるべきことはただ一つ。

「ニンゲンを……殺ス!」

 さあ、血で血を洗う戦争を始めよう。
 痛みには痛みを。
 恐怖には恐怖を。
 全てを黒で塗りつぶすための復讐を始めよう。

 暗い負の思念に支配された獣。
 かつて聖獣と呼ばれていたが、堕ちて魔獣となったもの。

 その者の名前は……ジャガーノート。