ギィ……ンッ!!!!!

 世界が砕けたかと錯覚するような音が響いた。

 グラムが砕ける。
 折れた刃が宙を飛び、くるくると舞う。

「ぐっ、あ……!?」

 直接刃は受けていないものの、魔剣を砕かれた際に発生した衝撃波に巻き込まれたゼノアスは地面に膝をついた。
 すぐに立ち上がろうとするけど、足が震えてしまい、再び膝をついてしまう。

 そんな彼に剣を突きつけた。

「終わりだよ」
「くっ……」

 ゼノアスは僕を睨んで……
 しかし、ややあって苦笑した。

「俺の負けか……」
「うん、そうだね」
「高慢かもしれないが、正直なところ、俺が負けるところは想像していなかった。いつも勝つと思っていた。その慢心が敗因になったのかもしれないな」
「……ううん、それは違うよ」
「なに?」

 ゼノアスがどんな人生を送ってきたのか、それはわからない。
 きっと、僕が想像もできないような壮絶な人生だったんだろう。

 だから、たぶん、そのせいで歪んでしまった。
 彼は、もっとも大切なものを見失ってしまった。

「強くなりたい。力を追い求める。それは、たぶん、悪いことじゃないと思うんだ。誰もが思うことだと思う」
「なら……」
「でも、なにもかも一人で成し遂げようとするなんて、ダメだよ」

 ゼノアスは常に一人だった。
 仲間を頼りにすることはない。
 背中を預ける相手がいない。

 それはとても寂しいことで……
 辛いことで……
 そして、弱いことだ。

 一人だから傷つくことはない。
 でも、一人だから成長することもないんだ。

「誰かを頼りにするべきだったんだ。心を許す相手を見つけるべきだったんだ。それをしないから……強くなることができても、今回のように、いつか終わりが訪れる。限界がやってくる」
「他者を必要とするのは弱者がすることだ」
「そうだね、弱い行為かもしれない。でも、それでいいんじゃないかな?
「なんだと?」
「だって、人は、もともと弱いんだから」

 身体能力だけの話じゃない。
 心も弱い。

 騙して、裏切り、陥れて……
 そんなことは日常茶飯事だ。
 奴隷だった経験があるから、そのことはよくわかる。

 人は弱い。
 弱いけど……

「でも、手を取り合うことができる」
「……」
「一緒にがんばろう、って。一緒に強くなろう、って。手を取り合い、協力することができるんだ。支え合い、一緒に前に進んでいくことができるんだ。人は、一人だと弱い。でも、誰かが隣にいてくれたら強くなることができるんだよ」
「それは……」
「誰も頼らない。他者を拒んだ。その時点で、あなたの限界は決まっていたんだ。逆に、僕の限界は……まだ決まっていない。僕は前に進む。あなたを超えて……そして、大事な人達と一緒に」

 ゼノアスと戦い、負けて、自分を見失い……いや。
 それ以前に、ここ最近の僕は大事なことを忘れていたのかもしれない。
 色々な事件を経て強くなったと思いこんでいたけど、それは、大事な人がいてくれたからだ。

 そのことを忘れたからゼノアスに負けた。

 ただ、それはいい機会になったのだろう。
 おかげで、こうして大事なことを思い出すことができた。

 だからこれは決意表明だ。
 今後、二度と忘れることはない。
 そして、力に溺れることなく、大事なものをしっかりと守っていこう、と。

「……なるほど、道理で勝てないわけだ」

 ややあって、ゼノアスは再び苦笑した。
 ただ、その苦い笑みは、さきほどと比べるといくらか柔らかい。

「人は弱い。でも、強い……そんな単純なことに気づくことができなかった。俺の負けだ……さあ、殺せ」
「なんで?」
「なに?」
「確かに僕が勝ったけど、殺すつもりなんてないよ。まあ、執念深く狙われたりしたら、さすがにちょっと考えるけど……でも、今のあなたにそんなつもりはないだろうし」
「しかし、俺は敵で……」
「そういうところがダメなんだよ。もっと柔らかく……というか、優しい思考を持たないと。もっともっと強くなりたいなら、そういうところから始めよう。うん。なんなら、一緒にがんばろう」
「お前は……」
「なんて言えばいいかよくわからないけど……あなたと戦うことができてよかった。剣を交わすことで、互いにわかりあえたような気がするんだ。だから、これで終わりになんてしないで、また今度、剣を交わそう? ただ、次は木剣で」
「……本当に敵わないな。俺の完敗だ」

 ゼノアスは小さく笑い、そっと手を差し出してきた。
 僕も笑みを浮かべて、その手をしっかりと握るのだった。