「うぁあああああっ!!!」
「おぉおおおおおっ!!!」
互いに気合を放ちつつ、真正面から激突した。
ギィンッ!!!
衝撃で刃が震える。
少しでも力を抜けば剣が吹き飛ばされてしまいそうだ。
でも……大丈夫。
耐えることができるし、次の行動に繋げることができる。
僕は負けていない。
「こっ……のぉおおおおお!!!」
「む!?」
力に力でぶつかっても仕方ない。
特にゼノアスのような相手だと意味がなさすぎる。
そんなことをしたら押し負けて、あっさりと殺されてしまうだろう。
だから、こうする。
前回と同じように、刃を斜めにしてゼノアスの剣を受け流した。
同時にさらに前へ出て、踏み込み、回転しつつ剣を右から左に薙ぐ。
ゼノアスは受け流された剣を素早く引き戻して、それを盾とした。
再び刃と刃が交差して火花が散る。
こちらも剣を引いて……
しかし、すぐに前に出す。
上から、右から、左から、斜め上から、下から。
ありとあらゆる角度から斬撃を叩き込んでいく。
ゼノアスはその全てをさばいていた。
「さらに速度が上がっている……やるな」
「どうも」
「しかし、それでは俺に届かない」
「それ、ちゃんとわかっているよ」
「なに?」
「だから、僕はこうするんだ」
攻撃の合間に蹴りを叩き込む。
剣と剣の勝負を予想していたであろうゼノアスは、これに対処できなかった。
直撃。
大したダメージはないものの、軽く体勢を崩す。
そこを狙い、ありったけの力で叩き込む。
「壱之剣……破山っ!!!」
ガッ!!!
攻撃魔法が炸裂したような音が響いた。
同時に衝撃が撒き散らされて、その中にゼノアスが飲み込まれる。
山を断つ一撃。
しかし、ゼノアスは無事だった。
「やるな」
「ほんと、とんでもない人だなあ……」
「今の一撃、見事だった。その歳で神王竜をマスターしているのか?」
「ソフィアはマスターしているよ。僕は、少し教わっているだけ」
「ふむ……本当に恐ろしいな。少し、でここまでの威力を出すことができるとは」
殺し合いの最中なのだけど、でも、呑気に話をする。
妙な話だけど、ゼノアスとは気が合うような気がした。
敵味方でなかったら親友になれていたかもしれない、なんて思うほどに。
「神王竜を知っているの?」
「黎明の同盟の一部が使っていた流派だ」
「……そうなの?」
「黎明の同盟をよしとせず、抜けた者達がいつか訪れる戦いに備えて、後世に力を残したのが神王竜。一方で、いつか来る復讐の時に備えて力を磨き続けたのが真王竜だ」
「へえ」
だからレナが使う剣はとても似ていたのか。
納得だ。
「あなたは真王竜を?」
「いや。俺は、ただの我流だ」
他人を信じていない。
信じられるのは自分だけ。
故に、誰にも教わることなく助けられることもなく、一人で力を磨き続けてきた。
きっと、そんな感じなのだろう。
それがゼノアスの強さの源でもあり……
そして、悲しみと孤独の根源でもあるのだろう。
「俺は、俺の力だけで勝つ。他人の助言などはいらない」
「僕は、みんなの力で勝つよ」
ソフィアが教えてくれた剣で。
アイシャとリコリス、スノウの想いを背負って。
ゼノアスという巨大な壁を打ち崩す!
剣と剣が激突する。
叩き合い。
押し切ろうとして。
交差する。
何度も何度も剣を交わしているのだけど、でも、決着がつくことはない。
「くっ!」
「むぅ!」
僕が前に出れば、ゼノアスも前に出る。
僕が後ろに退くと、ゼノアスも同じタイミングで距離を取る。
僕達の戦い方はとてもよく似ている。
いや。
というよりは、僕の戦い方がゼノアスに似てきたんだろう。
彼は超一流の剣士だ。
すでにその力、戦術は完成されている。
一方で、僕はまだまだ未熟者。
学ぶべきことは多い。
ただ……
足りない部分を今、まさに学習していた。
ゼノアスと剣を交えることで、体で覚えていた。
結果、少しずつだけど彼に追いつき始めた。
動きが最適化されていき、無駄な動作が消えていく。
完成された動きを身に着けていく。
「驚きだな」
剣を交わしつつ、ゼノアスが言う。
「まさか、この戦いの中でさらに成長するとは」
「お礼を言うべきなのかな?」
「むしろ、俺が言うべきだな。貴様のような好敵手に出会えたこと、感謝しなければならない」
「僕としては、あまり嬉しくないけど……ね!」
体を回転させて、その勢いを利用してゼノアスの剣を上に弾いた。
剣を飛ばすことはできなかったけれど、彼はわずかに体勢を崩す。
そこを狙い剣を走らせるものの、わずかに届かない。
偶然避けられた、というわけじゃない。
ゼノアスはこちらの攻撃を見切り、反撃に転じやすいように、ギリギリのところで避けているのだろう。
「あなたは本当にすごい剣士だ」
「それだけの修練は重ねてきたつもりだからな」
「それなのに、黎明の同盟なんてところにいるのは残念」
「今更、説教をするつもりか?」
「ううん」
正直なところ。
今、この瞬間は、黎明の同盟とかどうでもよくなっていた。
頭にある想いは二つ。
大事な人を守る。
そして……この人を超えたい。
「ちょっとだけだけど、あなたの気持ちがわかったかも」
「ほう?」
「あなたと戦って、そして、勝ちたいと思う」
この人は壁のようなものだ。
突然、目の前に現れて行く手を塞いで……
強引に足を止められてしまい、どうすることもできなくなってしまう。
一時は絶望した。
恐怖に負けて、体を縮こまらせるしかなかった。
今も恐怖はある。
でも、それ以上に勝ちたいという気持ちの方が強い。
「いくよ」
深く集中。
そして、足に力を込めて地面を蹴る。
「紅」
超高速の突き。
しかし、ゼノアスはそれすらも対応してみせて、必要最小限の動きで避けてみせた。
でも、僕の攻撃は終わらない。
ガンッ! と音がするくらい地面を踏みしめて、体を捻り、強引に姿勢を変化させた。
頭を低く。
そして、体全体を前に。
紅を攻撃のためじゃなくて移動のために使ったのだ。
そうして、うまくゼノアスの懐に潜り込むことができた。
そして……
「このぉっ!!!」
剣を一閃させた。
「ぐっ……!?」
ゼノアスの顔が苦痛に歪む。
僕の剣は届いた。
彼の肩に深い裂傷を刻むことに成功する。
とはいえ、これで勝ったなんて思わない。
彼ほどの剣士になれば傷なんて当たり前。
多少、動きは鈍るかもしれないけど、戦闘不能に陥ることなんてない。
まだまだ戦いは続く。
「やってくれるな!」
ゼノアスが吠えて、カウンターを繰り出してきた。
超高速の突き。
紅と似ているから、真王竜なのかもしれない。
復讐を果たすために作られた剣術。
それはとても鋭く、殺意にあふれていた。
すぐに跳んで避け……
いや、避けられない!
ゼノアスの攻撃の方が早い。
それを理解した僕は、逃げるのではなくてあえて前に出た。
「うくっ」
ゼノアスの剣が脇腹を貫いた。
ただ、咄嗟にこちらから前に出たことで致命傷は避けることができた。
痛い。
泣けるほどに痛い。
でも、まだまだ動くことはできる。
ゼノアスの行動を真似するかのように、今度は僕がカウンターを叩き込む。
……そこから先は剣と剣の応酬だ。
刃を叩き込み、叩き込まれて。
斬りつけて、斬られて。
突いて、突かれて。
ほぼほぼゼロ距離で互いに剣を振り、自分と相手に傷を刻んでいく。
「うぁあああああっ!!!」
「おぉおおおおおっ!!!」
どんどん傷が蓄積されていく。
血が流れすぎたせいか、痛みは感じなくなってきた。
でも、体が止まることはない。
むしろ今まで以上に加速して、強く速く剣を振ることができるようになっていた。
頭はどこまでもクリアだ。
思考が冴えわたる。
その中で、どこをどうすればゼノアスに剣を届かせることができるか? どのように戦うことが最適なのか?
そんなことを考えつつ、彼の一歩上をいくために、戦い続ける。
それはゼノアスも同じだ。
僕の一歩上に行こうと、ありとあらゆる角度から攻撃を叩き込んでくる。
フェイントや視線をズラすなどの技術も織り交ぜてくる。
一つ選択を間違えれば、その瞬間に僕の命は終わっていただろう。
でも、僕は生きている。
こうして剣を振ることができる。
僕は……まだまだ戦うことができる!
「僕は、絶対に負けない!」
命を賭けても大事な人を守る覚悟がある。
でも、本当に命を失うつもりはない。
それは最低最悪、最後の手段だ。
最後の最後、本当にどうしようもならなくなった時まで諦めない。
絶対に諦めない。
僕が死ぬことで大事な人達を守ったとしても、しかし、それは守ったことにならない。
きっと心に傷を残してしまう。
だから、僕は生きて帰る。
この戦いを生きて乗り越えてみせる。
それは生に対する執着だ。
ともすれば醜く映るかもしれない。
でも……
どんな形であれ、『生きる』と思う者は強い。
そのことが証明されるかのように、決着の時が近づいていた。
「……すごい……」
ポーションを飲んで歩けるくらいに回復したソフィアは、少し離れたところでフェイトとゼノアスの戦いを見守っていた。
ゼノアスは優れた剣士だ。
いや。
『優れた』という言葉では足りないくらい、強大な力を持っている。
巨大な大剣を己の手足のように自由自在に扱う。
繰り出される攻撃はひたすらに重く強く、盾ごと叩き潰すような一撃を放つ。
それでいて鈍重ということはなくて、風のように速く、水のように柔軟に動くことができた。
彼のような剣士は知らない。
戦ったことがない。
もしもゼノアスが表舞台に立っていたら、間違いなく『剣聖』の称号を授かっていただろう。
そんな相手なのに……
フェイトは、ほぼほぼ互角の戦いを繰り広げていた。
「うあぁあああああ!!!」
「うおぉおおおおお!!!」
剣と剣が超高速で激突して火花が散る。
連続で甲高い激突音が響いて、何度も何度も斬撃が飛ぶ。
それはまるで嵐のようだ。
触れただけで即死の剣撃の嵐が吹き荒れていた。
全力のソフィアなら、これだけの攻撃を受けたとしても耐えることができる。
ついていくことができる。
それはつまり……
フェイトは今、全力のソフィアに並んでいるということだ。
以前から並外れた才能と能力を持っているとは思っていたが、まさかここまでとは。
つい先日までは、これまでの力は持っていなかったはず。
一時、行方不明になって……
ピンチの時に駆けつけてきてくれるまでの短い間に、いったいなにがあったのだろう?
ここまで劇的に強くなるなんて、どんな秘密があるのだろう?
そんな疑問を抱くものの、それはすぐに消えた。
代わりに、ソフィアはじっとフェイトを見る。
「……本当に、すごいです……」
彼から目を離すことができない。
じっと、じっと見つめてしまう。
そして、こんな時ではあるが胸がときめいてしまう。
胸の奥に甘い感情が広がり。
むず痒いような気持ちになって。
自然と頬が熱くなる。
「ダメじゃないですか、フェイト……」
大好きな男の子が自分を守るために戦ってくれている。
その姿はなにもよりも輝いていた。
フェイトのことは好きだ。
愛している。
結婚したいし、というか絶対にする。
そして、○○や○○をして……
なんて妄想、普段から繰り広げているようなソフィアだ。
この戦いで惚れ直してしまう。
今まで以上にフェイトのことが大好きになってしまう。
そんな気持ちを抱いて、ふと、気がついた。
「もしかしたら、フェイトも同じ……」
行方不明になっていた間、彼になにがあったか知らない。
でも、再び立ち上がるきっかけとなったのは……自分かもしれない。
ソフィアは、そう思った。
それは自惚れではないはず。
フェイトのような人間は、誰かのために戦う時こそ、十の力を発揮することができる。
限界を超えて戦うことができる。
だから今、ゼノアスを相手に互角の戦いを繰り広げているのだ。
「もう……私が支える、助けてあげる、とか思えなくなっちゃいましたね」
フェイトは同じ場所に上がってきた。
ソフィアと本当の意味で肩を並べることができた。
そんな大好きな人の成長を見て、ソフィアは嬉しく、涙をこぼしてしまいそうになる。
「がんばれ、フェイト」
自然とそんな言葉が出る。
今、ソフィアにできることはなにもない。
だからせめて、信じることにした。
その想いが大好きな人の力になると信じて、強く強く言う。
「がんばってください、フェイト」
「がんばってください」
ソフィアの応援が聞こえた。
ゼノアスとの戦いで体のあちらこちらが悲鳴を上げていたけど……
うん。
まだがんばることができる。
力と勇気が湧いてきて、今まで以上に強く剣撃を放つ。
「くっ……ここに来て、さらに加速するか!」
「もう二度と負けられないんだ!」
大事な人を守りたい。
そして、この人を超えたい。
二つの想いが僕を強くする。
今まで越えることができなかった壁。
なかなか気づくことはできなかったけど、行く手を塞いでいた壁。
それは、ソフィアと同じ『剣聖』のレベルに繋がる領域。
そこに今。
僕は到達していた。
「あなたに、勝つ!」
「そのような結末を認めると思うか!?」
ゼノアスが全身から圧倒的な闘気を放つ。
「吠えろ、グラム!!!」
魔剣が不気味に輝いた。
嫌な気配を受けて、それと同時に、天災と相対したかのような『力』を感じた。
魔剣の力を完全に引き出した状態で戦う。
正真正銘、これがゼノアスの本気だろう。
でも……
「俺の剣に断てないものはないっ!!!」
「……ううん」
僕は静かに彼の言葉を、想いを……生きてきて積み重ねてきたものを否定した。
「今のあなたの剣は怖くない」
「なっ……!?」
ゼノアスの全力の一撃。
それは山を断つ。
海を割る。
それだけの威力が込められていたけど……
僕は、それをしっかりと受け止めた。
流星の剣が折れることはない。
なんとか耐えてくれている。
僕の体が壊れることもなくて、こちらも耐えていた。
「なぜだ!? なぜ、俺の剣が届かない!? 受け止めることができる!!!」
「言ったよね? 今のあなたの剣は怖くない、って」
さっきまで、ゼノアスはとても大きく見えた。
超えることができない山のように、果てしなく大きく見えた。
でも、今は小さい。
とても小さく、儚く、脆い。
それはなぜか?
魔剣という歪な力にすがったからだ。
「僕の剣は、あなたとは違う」
リコリスの、アイシャの、スノウの……たくさんの人の想いが込められている。
そして、剣を通じてソフィアの想いを感じる。
そうだ。
この剣は希望でできている。
ならば、負の怨念で作られた魔剣に負けることはない。
「僕はあなたに勝って、大事なものを守る! どこまでも!!!」
「ぐっ!?」
ゼノアスの腹部に蹴りを叩き込んだ。
これでトドメとはならないものの、ダメージは通り、ゼノアスはわずかに体勢を崩す。
その隙を逃すことなく、僕は剣を構える。
天を突くように大上段に構えて……
「神王竜剣術、壱之太刀……破山っ!!!」
そして、一気に振り下ろした。
ギィ……ンッ!!!!!
世界が砕けたかと錯覚するような音が響いた。
グラムが砕ける。
折れた刃が宙を飛び、くるくると舞う。
「ぐっ、あ……!?」
直接刃は受けていないものの、魔剣を砕かれた際に発生した衝撃波に巻き込まれたゼノアスは地面に膝をついた。
すぐに立ち上がろうとするけど、足が震えてしまい、再び膝をついてしまう。
そんな彼に剣を突きつけた。
「終わりだよ」
「くっ……」
ゼノアスは僕を睨んで……
しかし、ややあって苦笑した。
「俺の負けか……」
「うん、そうだね」
「高慢かもしれないが、正直なところ、俺が負けるところは想像していなかった。いつも勝つと思っていた。その慢心が敗因になったのかもしれないな」
「……ううん、それは違うよ」
「なに?」
ゼノアスがどんな人生を送ってきたのか、それはわからない。
きっと、僕が想像もできないような壮絶な人生だったんだろう。
だから、たぶん、そのせいで歪んでしまった。
彼は、もっとも大切なものを見失ってしまった。
「強くなりたい。力を追い求める。それは、たぶん、悪いことじゃないと思うんだ。誰もが思うことだと思う」
「なら……」
「でも、なにもかも一人で成し遂げようとするなんて、ダメだよ」
ゼノアスは常に一人だった。
仲間を頼りにすることはない。
背中を預ける相手がいない。
それはとても寂しいことで……
辛いことで……
そして、弱いことだ。
一人だから傷つくことはない。
でも、一人だから成長することもないんだ。
「誰かを頼りにするべきだったんだ。心を許す相手を見つけるべきだったんだ。それをしないから……強くなることができても、今回のように、いつか終わりが訪れる。限界がやってくる」
「他者を必要とするのは弱者がすることだ」
「そうだね、弱い行為かもしれない。でも、それでいいんじゃないかな?
「なんだと?」
「だって、人は、もともと弱いんだから」
身体能力だけの話じゃない。
心も弱い。
騙して、裏切り、陥れて……
そんなことは日常茶飯事だ。
奴隷だった経験があるから、そのことはよくわかる。
人は弱い。
弱いけど……
「でも、手を取り合うことができる」
「……」
「一緒にがんばろう、って。一緒に強くなろう、って。手を取り合い、協力することができるんだ。支え合い、一緒に前に進んでいくことができるんだ。人は、一人だと弱い。でも、誰かが隣にいてくれたら強くなることができるんだよ」
「それは……」
「誰も頼らない。他者を拒んだ。その時点で、あなたの限界は決まっていたんだ。逆に、僕の限界は……まだ決まっていない。僕は前に進む。あなたを超えて……そして、大事な人達と一緒に」
ゼノアスと戦い、負けて、自分を見失い……いや。
それ以前に、ここ最近の僕は大事なことを忘れていたのかもしれない。
色々な事件を経て強くなったと思いこんでいたけど、それは、大事な人がいてくれたからだ。
そのことを忘れたからゼノアスに負けた。
ただ、それはいい機会になったのだろう。
おかげで、こうして大事なことを思い出すことができた。
だからこれは決意表明だ。
今後、二度と忘れることはない。
そして、力に溺れることなく、大事なものをしっかりと守っていこう、と。
「……なるほど、道理で勝てないわけだ」
ややあって、ゼノアスは再び苦笑した。
ただ、その苦い笑みは、さきほどと比べるといくらか柔らかい。
「人は弱い。でも、強い……そんな単純なことに気づくことができなかった。俺の負けだ……さあ、殺せ」
「なんで?」
「なに?」
「確かに僕が勝ったけど、殺すつもりなんてないよ。まあ、執念深く狙われたりしたら、さすがにちょっと考えるけど……でも、今のあなたにそんなつもりはないだろうし」
「しかし、俺は敵で……」
「そういうところがダメなんだよ。もっと柔らかく……というか、優しい思考を持たないと。もっともっと強くなりたいなら、そういうところから始めよう。うん。なんなら、一緒にがんばろう」
「お前は……」
「なんて言えばいいかよくわからないけど……あなたと戦うことができてよかった。剣を交わすことで、互いにわかりあえたような気がするんだ。だから、これで終わりになんてしないで、また今度、剣を交わそう? ただ、次は木剣で」
「……本当に敵わないな。俺の完敗だ」
ゼノアスは小さく笑い、そっと手を差し出してきた。
僕も笑みを浮かべて、その手をしっかりと握るのだった。
「ソフィア、大丈夫?」
「はい、なんとか……」
ソフィアに手を貸した。
ややふらついているものの、顔色は悪くない。
ポーションを飲んだおかげだろう。
「私でも無理だったゼノアスを倒してしまうなんて……」
「違うよ」
「え?」
「倒した、じゃなくて、勝った……だよ」
「……」
ソフィアは目を丸くして、
「ふふ」
小さく笑う。
「そうですね。倒しただと殺した、と同じ意味になりますからね。だから、勝った……なるほど。私では無理で、フェイトだからこそできたこと。その理由を少し理解することができました」
「?」
「おーい」
ふと、明るい声が聞こえてきた。
レナだ。
途中でふらりと姿を消したけど、いったいどこに行っていたのだろう?
「レナ、いったいどこに……って、うわぁあああ!?」
「ちょ、乙女を見るなり悲鳴をあげるとかひどくない?」
「いや、だって……」
あちらこちらに怪我をしているらしく、全身、血まみれだ。
ちょっとしたホラー。
「だ、大丈夫なの……?」
「大丈夫、大丈夫。半分くらいは返り血だから」
それじゃあ、残り半分はレナの血ということになる。
「た、大変だ。ほら、ポーション。飲んで!」
「え? あ、うん」
言われるままレナはポーションを飲んだ。
「ふぅ……ちょっと楽になったかも。ありがと、フェイト♪」
「大丈夫なの……?」
「本当に平気だから。ボク、これくらいの怪我は慣れているからね。日常茶飯事だし。ね、ゼノアス?」
「そうだな」
ゼノアスがいることを不思議に思うことなく、気軽に声をかけていた。
「俺達にとって、これくらいの怪我は当たり前のことだ」
「そうそう。血が流れない日なんてなかったし、定期的に骨を折っていたからねー。ほんと、大したことないんだ」
さらりとえぐい話をしないでほしい。
「ところで、なんでゼノアスがここに?」
「剣聖と戦い、次にフェイトと……勝負をした」
「ふぇ?」
「そして、負けた」
「えぇえええええ!?」
マイペースを貫いていたレナだけど、ここで思い切り驚いた。
「え、嘘。マジ? フェイトってば、ゼノアスに勝ったの……?」
「あ、うん。一応」
「すごぉ……」
心底驚いている様子で、レナは呆然とつぶやいた。
それだけ驚きが大きのだろう。
でも、よくわかる。
ゼノアスはとんでもない強敵で、勝てたのが不思議なくらいだ。
「さすがフェイト! ボクでもできないことをやってのけちゃうなんて、うんうん、ますます惚れちゃった♪」
「やめなさい」
「ぶーぶー、ちょっとくらい、いいじゃん」
僕に抱きつこうとしたレナがソフィアに阻止されて拗ねた。
「それよりも、レナはどこでなにをしていたんですか?」
「ん? えっと……場所はよくわからないけど、リケンと戦ってた。あ、リケンっていうのは黎明の同盟の幹部の一人だよん」
さらりと重大なことを言う。
「そ、それで結果は……?」
「見ればわかるでしょ? ボクがここにいるっていうことは、ボクの勝ち。いえい、ぶい♪」
「さすがというか、なんというか……」
「あれ? ちょっとまって」
レナがリケンを倒したということは……
「ゼノアスに勝って。レナは、そもそも僕達の味方。なら……黎明の同盟の幹部は全滅した、っていうこと?」
色々なことが起きて、ちょっと混乱してしまうけど……
でも、黎明の同盟の幹部は全滅した。
これで敵の力を大きく削ぐことができた。
本拠地に突入しているであろうエリンとクリフの援護をすることができた。
ただ、彼女達だけに任せておけない。
僕達もすぐに追いかけないと!
「とはいえ……」
「おとーさん! おかーさん!」
「オン!」
「やっば、なにこれ。魔法で爆撃されたみたいに酷いことになってるし」
アイシャ達のことを放っておけない。
ゼノアスがここにやってきたということは、敵はアイシャの場所を掴んでいるのだろう。
すぐ別の場所に移さないといけないけど、安全な場所はどこだろう?
どこなら絶対に安全といえるだろう?
考えても答えが見つからない。
僕達の傍にいることが一番安全なのでは? なんてことも考えてしまう。
「実際、それが一番ですね」
ソフィアはどこか諦めた様子で言う。
「幹部は倒しても、敵はまだまだ残っています。本拠地だけではなくて、王都全体に潜んでいるでしょう。安全な宿だと思いアイシャちゃん達を預けたら実は……なんていう展開もありますね」
「やば! そうなたったら美少女ぷりてぃ妖精リコリスちゃんのピンチじゃん! やめて、酷いことするつもりでしょう! あんなことやこんなことを!」
「オフッ」
「ぎゃー!?」
うるさい、という感じでスノウがアイシャをぱくりと咥えた。
なんか……この感じ、すごく久しぶりのように感じた。
笑うだけじゃなくて、なんだか心が温かくなって、活力が湧いてくる。
「でも、それはそれで大変じゃない? 本拠地に行けば、敵はアリのように湧いてくると思うし。三人を守るとなると、二人は護衛が欲しいけど、難しくない?」
レナがそんな疑問を投げかけてきた。
確かにその通りだ。
同行するとなると、アイシャ達の護衛に専念しないといけないけど……
それは一人だと難しい。
安全を確実に確保するため、二人は欲しい。
僕とソフィアとレナ。
人数は足りるけど、そうなるとアタッカーが一人だけに。
できることは限られてしまい、なんのために応援に行くのかわからなくなってしまう。
「……なら、俺が手伝おう」
「ゼノアス?」
どんな回復力をしているんだろう?
ゼノアスはもう普通に動くことができる様子だった。
「え、ゼノアスが手伝ってくれるの? ボクとしては、まあ、嬉しい話だけど……なんで?」
「敗者は勝者に従うものだ。それに……妹分の友を守るために戦うというのも悪くないだろう」
妹分っていうのはレナのことかな?
二人の関係が気になるけど、今は後回し。
「あなたが裏切らないという保証は?」
ソフィアが厳しい眼差しを向ける。
少し前まで、僕達は彼と殺し合いをしていた。
当たり前だけど、そんな相手をすぐに信じることはできない。
なにか裏があるのでは?
隙をついてアイシャとスノウをさらおうとしているのでは?
そう疑うのが自然だろう。
ただ、それはゼノアスも了承済らしく、とある首輪を差し出してきた。
「これを使え」
「これは……奴隷の首輪?」
「これで俺を縛れば逆らうことはできない。裏切ることもできない。安心できるだろう? 元々は巫女を連れて行くために使おうとしたものだが、役に立ちそうだ」
「どうして、そこまで……」
「誰かを守るために戦う。その力に興味を持っただけだ。だから、フェイト、ソフィア……お前達と一緒にいきたい。それと、レナが怪我をしてしまうのも避けたい」
「……わかりました。そこまで言うのなら」
ソフィアが納得して、奴隷の首輪に手を伸ばす。
でも、それよりも先に僕が首輪を手に取り……
「えいっ」
明後日の方向に投げ捨てた。
「ちょっ、フェイト!?」
「いいよ、あんなものは使わなくて」
「なにを……」
「あんな道具で縛っても、本当の信頼を得ることはできないよ」
力で言うことを聞かせる。
そんなことをしても得られるものはないと思う。
むしろ、失うものの方が多いはずだ。
「しかし、ゼノアスは黎明の同盟の幹部で……」
「でも、僕は彼を信じるよ」
「……」
「戦うだけじゃなくて、信じるところから始めていきたいんだ。そうしないと、なにも解決しないと思うから」
「まったく」
ソフィアが苦笑した。
話を聞いていたレナも苦笑する。
「フェイトらしいですね。本当は心配ですが、でも、フェイトがそう言うのなら私も信じることにします」
「ボクもそれでいいよ。愛する夫の言うことは、妻として受け止めないとね♪」
「だれが夫ですか!」
「フェイト♪」
「他に敵がいたみたいですね……ふふふ」
「なに、やる? やる?」
「ま、まって。いきなり味方で乱闘しようとしないで……」
「……ふっ」
ふと聞こえてきた小さな声。
それはゼノアスのもので……
「今、笑った?」
「さてな」
ゼノアスはごまかして。
それから、僕の前に騎士のように膝をついた。
「俺の剣にかけて誓おう。お前達を裏切ることはなく、俺は、俺の務めを全力で果たすことを」
「うん、よろしくね」
『それ』は深い眠りについていた。
過去に起きた戦いで大きな傷を負い、その治療のために休んでいるのだ。
王都の下にある地底湖。
その中で眠り、夢を見る。
良い夢ではない。
悪夢だ。
人間と友になった。
彼らを導いて、守り……
時には逆に諭されることがあった。
戦いになれば背中を預けることができた。
無防備な姿を晒すことができる信頼があった。
人間が大好きだった。
でも……
裏切られた。
大事なものを傷つけられて。
それから、全てを奪われて。
『それ』はなにもかもなくした。
許せない。
許せない。
許せない。
『それ』は復讐を誓い、己に従う眷属を作った。
復讐という使命を与えて、それを果たすための破壊の力を与えた。
秩序が乱れる。
混乱が広がる。
たくさんの悲鳴が流れて、たくさんの血が流れた。
でも、それがどうした?
自分は全てを奪われたのだ。
なら、奪い返してもいいだろう?
その権利があるはずだ。
迷いはない。
まっすぐで、ある意味で純粋な想いで……
『それ』は復讐を果たす。
それだけを考えて生きる。
生き物は生を求めて生きる。
他者の命を食べて自分のものにして。
子供を成して次の世代へ繋げる。
そうして生の循環を作り上げていく。
それこそが生命の持つ根本的な使命だ。
しかし、『それ』は生のことは考えていない。
ただただ奪い、死を与えることしか考えていない。
生きることではなくて、終わりのみを求める者。
それはもはや生き物と呼べるだろうか?
生き物ではなくて、まったく別のおぞましいなにかだろう。
『それ』は自身の歪みに気づいていない。
まったく自覚していない。
でも、仕方ないだろう?
全てを奪われたのだ。
憎しみに囚われて、他になにも見えなくなるのも当然だ。
だから、『それ』は全てを奪う。
自分が受けた苦しみを返す。
自分が受けた痛みを返す。
それだけが唯一の生きる目的なのだ。
「……」
『それ』はゆっくりと目を開けた。
何百年ぶりに意識が戻っただろう?
あまりに年月が経ちすぎていたため、地底湖の薄暗い中でも眩しいと感じてしまう。
ゆっくりと目を慣らす。
同時に思考を整理する。
本格的な休眠に入る前に分身体を作り出して、色々な命令を与えていた。
その分身体の名前は……リケンという。
しかし、今、分身体の気配が感じられない。
理由はわからないが消えてしまったみたいだ。
あれからどうなったのか?
今、なにが起きているのか?
なにもわからない。
わからないけど、それならそれでいい。
些細なことだ。
やるべきことはただ一つ。
「ニンゲンを……殺ス!」
さあ、血で血を洗う戦争を始めよう。
痛みには痛みを。
恐怖には恐怖を。
全てを黒で塗りつぶすための復讐を始めよう。
暗い負の思念に支配された獣。
かつて聖獣と呼ばれていたが、堕ちて魔獣となったもの。
その者の名前は……ジャガーノート。