「はーなーしーなーさーいー!!!」
「いたっ!?」

 小さな女の子にがぶりと噛みつかれて、思わず手を離してしまう。
 その隙に、女の子は飛んで逃げる。

 ……飛ぶ?

「これって……」

 よくよく見たら、女の子には四枚の羽が生えていた。
 透き通るほどに綺麗で、まるでガラス細工のようだ。

 それと、やはり小さい。
 手の平サイズで、それと、ゆったりとしたワンピースのような服を着ていた。
 あんな服が売られているとは思えないから、自作なのだろうか?

 目尻は釣り上がり気味で、強気で勝ち気な印象を受ける。
 ただ、愛嬌のあるかわいらしい顔をしているせいで、全体的に愛らしさが勝る。

「ちょっと、そこのあんた!」

 女の子がビシッと俺を指差して、怒りの表情で言う。

「レディの扱いがなっていないんじゃないの? このあたしを、がしっと鷲掴みになんてどういうこと?」
「えっと……ご、ごめん?」
「ふんっ、謝れば許してもらえるとでも? はっ、甘々ね! 収穫したばかりのはちみつくらいに甘いわ!」

 小さな女の子はものすごく怒っていた。

 でも……よくよく考えたら、それも当然かもしれない。
 いきなり体を掴まれたんだ。
 とても恐ろしいだろうし、悪気がなかったとしても、そうそう簡単に許せることじゃないだろう。

 僕は深く頭を下げる。

「本当にごめん」
「え?」
「なにかいる、と思って手を伸ばしたらキミを掴んでいて、怖がらせようと思ったわけじゃなくて……って、これは言い訳だよね。本当にごめん。僕にできることがあれば、なんでもするよ」
「えっと……」

 小さな女の子は、虚を突かれたかのように目を丸くした。

 ややあって、ため息。

「あんた、あたしを捕まえに来たわけじゃないの?」
「そんなことはしないよ」
「本当に?」
「女神に誓って」
「……信じてあげる。それと、許してあげる」

 小さな女の子はにっこりと笑う。
 よかった、機嫌を治してくれたみたいだ。

「ところで、あなたは誰なのですか?」

 様子を見ていたソフィアが、我慢の限界という感じで尋ねた。

「ふふーん、このあたしのことが気になるの? 気になるのね? それも仕方ないわねー。なにしろ、こんなにも愛らしく可憐なんだもの。気にならない方がおかしいわ」
「もしかして、妖精ですか?」
「そう! その通り! 天下無敵の美少女妖精リコリスちゃんとは、このあたしのことよ!!!」

 妙な決めポーズを決めつつ、小さな女の子……妖精のリコリスは、そう名乗った。

「まさか、妖精と出会うなんて……」
「さすがに、この展開は私も想定していませんでした」

 妖精は希少種だ。
 その容姿に興味を持つ者が多く、昔、乱獲が行われたみたいで……
 今では、人前に姿を見せることはほとんどない。

 それが、こんなところで遭遇するなんて。

「リコリスは……あ、名前で呼んでもいいかな?」
「ええ、構わないわ。というか、二人も自己紹介しなさいよ」
「あ、そうだね。ごめん。僕は、フェイト・スティアート。冒険者だよ」
「私は、ソフィア・アスカルトです。同じく冒険者です」
「へー、冒険者なのね。なんで、こんなところに?」
「妖精が鍛えたと言われている剣がこのダンジョンにあると聞いて」
「剣? えっと……ああ、アレのことね」
「知っているの?」
「ええ。あたしが管理しているわ。ここ、最下層じゃなくて、実は十一層があるのよ。そこが宝物庫になっていて……はっ!?」

 なにかに気がついた様子で、リコリスは顔色を変えた。
 ピューと、慌てた様子で天井ギリギリまで飛ぶ。

「このあたしをうまく誘導して、宝物庫の話をさせるなんて、やるわね!」
「いや、えっと……」
「でも、あたしはなにも話さないわよ! どんなことをされても……えっちなことをされても、絶対に話さないわ!」
「……フェイト?」
「なにもしないからね!?」

 ソフィアが冷たい笑顔でこちらを見るので、慌てて否定した。

「リコリス、誤解をしないで。僕達は、無理矢理になんて思っていないよ」
「ふんっ、どうかしら。人間の言うことなんて、信じられないわね」
「それは……うん、そう思われても仕方ないと思う」
「え?」
「ひどいことをしてごめん」
「……なんで、あんたが謝るのよ? 別に、あんたが妖精狩りをしたわけじゃないんでしょ?」
「でも、それは人全体の罪だと思うから。だから、ごめんなさい」
「……」

 リコリスは、片方の眉をひそめた。
 それから、ゆっくりと降りてくる。

「フェイトは、変わった人間なのね」

 今、僕のことを名前で……?

「確かに、フェイトは変わっているかもしれませんね」
「えぇ、ソフィアまで」
「ですが、そこがフェイトの良いところなのですよ。私も人間なので、あまりアテにならないかもしれませんが……彼は、リコリスが知る人間とは違うということを保証いたします」
「同じ人間が言っても、本当にアテにならないわね」
「ですが、私は同じ女です」
「……」
「そこで、多少は信用していただけませんか?」
「……仕方ないわね」

 リコリスは、ふわりとソフィアの肩に降りた。

「フェイトと……ソフィアだっけ? あんた達は、確かに他の人間と違うみたい。害を与えようとしているわけじゃないって、信用してあげる」
「ありがとうございます。それで、できれば剣が欲しいのですが……ダメでしょうか?」
「んー……まあ、あたしは剣なんて使えないしいらないし、あげてもいいんだけど、条件をつけてもいい?」
「なんですか?」
「あたしのお願いを聞いてほしいの」

 リコリスは再び宙を飛び、僕達の前で滞空する。

「実のところ、あたしは二人のような人間を待っていたの。このダンジョンを踏破する力を持っていて、なおかつ、信頼できそうな人間を」
「どういうこと?」
「実は、最下層……あ、十一層の本当の最下層のことね? そこに、魔物が住み着いちゃったのよ」
「そんなことが……」
「フェイト達が欲しがっている剣とか、そういうのはわりとどうでもいいんだけど……でも、あたしの大事なものも宝物庫にあるの」
「大事なもの?」
「そう……とても大事なもの。ともすれば、あたしの命よりも大事よ」

 そう言うリコリスは、とても辛そうな顔をしていた。
 大事なものが手元になくて、魔物にどうかされているのではないかと、不安に思っているのだろう。

「ソフィア」
「はい、フェイトの好きなように」
「ありがとう」

 頼りになるだけじゃなくて、理解もしてくれて、とてもありがたい。

「その依頼、請けるよ」