「……あ……」
どこをどう歩いてきたのだろう?
そして、ここはどこだろう?
気がつけば、僕は見知らぬ場所にいた。
王都のどこかであることは間違いないけど、場所がさっぱりわからない。
「いたっ」
ふらついて転んでしまう。
でも、鞘に入ったままの剣は離さない。
反射的に抱えていた。
でも……
「僕は……僕には、この剣は必要なのかな……?」
心が折れてしまったという自覚があった。
ゼノアスと戦い、剣を交わして……
そして、恐怖に負けた。
どうやっても勝てない。
死ぬのが怖い。
逃げるしかない。
そして、僕は逃げて……
どこをどう移動したかわからなくて、今、ここにいた。
「……」
疲れた。
疲れ果てた。
その場に腰を下ろして、剣を抱く。
その上で膝を抱えるようにして座った。
「……みんな……」
ソフィア、リコリス、アイシャ、スノウ、レナ、エリン、クリフ……
今、なにをしているんだろう?
いや、考えるまでもない。
たぶん、黎明の同盟と戦っているはずだ。
詳細な相手は想像できないけど、王都を守るために戦っていると思う。
それなのに僕は、こんなところで一人、膝を抱えて丸くなっている。
なんて情けない。
でも……動くことができない。
足が震えていた。
手が震えていた。
体に力が入らない。
怖い。
怖い。
怖い。
「あんな相手……どうやって戦えばいいのさ……」
どうすることもできない。
僕は身を縮こまらせて……
ドォンッ!!!
「え?」
ふと、少し離れたところから轟音が聞こえてきた。
なにかが爆発するような音。
ただ、魔法や火薬の類じゃないと思う。
なにか物を思い切り叩きつけたような音だ。
「……ゼノアス……」
すぐに彼の仕業ということを理解した。
一度剣を交わしたからこそ、そのことがよくわかる。
誰かが戦っている。
ソフィア? それとも、レナ?
誰なのかわからないけど、命を賭けて戦っている。
「……僕は……」
ふと、我に返った。
死にたくない、負けたくない、失いたくない。
でも、ここで丸くなっていたらなにも意味がない、奪われるだけだ。
なにかを守りたいというのなら立ち上がるしかない。他に方法はない。
ソフィアのことを想う。
彼女の笑顔を思い浮かべると、それだけで力が湧いてくるような気がした。
折れたはずの心が元に戻っていくような気がした。
「そうだ……こんなことをしている場合じゃない。思い切り負けた。殺されるところだった。怖い、すごく怖い……でも、大事な人を失うことの方がもっと怖い。それに比べたらなんだ。死ぬくらい、どうってことない。それよりもっと怖いことがあるんだ。絶対に避けないといけないんだ。なんとかするんだ。だから……だから!!!」
僕は剣を手に立ち上がる。
「僕は、戦う!!!」
ゼノアスが剣を振り下ろして……
しかし、僕はその前に割り込み、受け止めた。
「む?」
「……ふぇい、ト……?」
相変わらずの剛剣だ。
手が痺れるものの、なんとか受け止めることができた。
ゼノアスが後ろへ。
警戒しつつ、倒れているソフィアを背中にかばう。
「……ごめんね、ソフィア。遅くなっちゃった」
「そんなことは……それよりも、フェイトは大丈夫なのですか? 怪我は……ごほっ」
「それ、僕のセリフだよ」
ソフィアはボロボロだった。
あちらこちらが傷ついていて、流れた血で服が赤に染まっていた。
内蔵が傷ついているのか、唇から血があふれている。
見ただけじゃわからないけど、骨折の一つや二つ、しているだろう。
そんな彼女を見て、僕は怒りを覚えた。
ゼノアスに対してじゃない。
自分自身に対してだ。
ソフィアはこんなにボロボロになるまで戦っていた。
それなのに僕はなにをしていた?
逃げて、逃げて、逃げて……
怖いと丸くなっていただけ。
そんな情けない自分に、どうしようもなく腹が立つ。
でも、致命的なミスは犯していない。
こうして間に合った。
ごめんね、ソフィア。
僕がどうしようもないせいで、君の力になることができず、一緒に戦うことができなくて、こうして傷ついてしまった。
でも、それはここまで。
これ以上はさせない。
ここからは……僕が戦う。
「お前か」
ゼノアスが冷たい目で僕を見る。
その瞳に僕に対する興味はない。
道端の石ころを見るのと同じだ。
逃げた僕に失望しているのだろう。
斬る価値もないと思っているのだろう。
敵にさえ哀れまれてしまう。
無価値に思われてしまう。
なんて情けない。
でも……うん。
どう思われようが関係ない。
僕は僕のやることをやるだけ。
大事な人を守るために剣を握る。
「これ以上はやらせないよ」
「ふむ」
ゼノアスは少し驚いたような顔をして、
「……いい顔だ」
小さく笑い、巨大な剣を構えた。
どういう心境の変化があったのかわからないけど、再び僕のことを敵として認識してくれたらしい。
彼ほどの剣士に認められるのは嬉しいのだけど……
でも、厄介でもある。
どうせなら敵ではないと油断しててほしかった。
「すぅ……はぁ……」
こうして対峙すると、ゼノアスの圧倒的な力が伝わってくる。
素直に怖い。
死にかけた恐怖を思い出して、体が震えてしまいそうだ。
でも。
それ以上に、ソフィアを失うことの方が怖い。
アイシャやスノウ、リコリスが傷ついてしまうことの方が怖い。
それだけはダメだ、絶対にダメだ。
今度は絶対に退かない。
絶対に守ってみせる。
この命に賭けて!
「いくよ」
「来い」
そして……リベンジマッチが始まる。
「二度、落胆させてくれるなよ」
そう言うと、ゼノアスが先に動いた。
巨体に似合わない速度で踏み込んでくると、その勢いを乗せて剣を振り下ろしてきた。
まともに受ければ、文字通りバラバラになってしまうだろう。
かといって、今度は剣で受け止めることも難しい。
流星の剣でも折れてしまうかもしれない。
防御は無理。
なら……!
「……ここだ!」
「む?」
剣を盾のように構えた。
刃を合わせた瞬間、斜めに倒す。
さらにゼノアスの剣圧に合わせて剣の角度を傾けていき、その軌道を変えてやる。
その試みは成功した。
ゼノアスの剣は僕に届くことはない。
横にズレて地面を叩く。
彼の剣をまともに受け止めることはできない。
でも、受け流すことはできる。
「で……反撃!」
「ちっ」
今度はこちらから踏み込んだ。
ゼノアスの巨体に隠れるかのように、懐に潜り込む。
その状態で突きを繰り出した。
ゼノアスは剣を振り下ろしたままで、まだ引き戻せていない。
防御はできないはずだ。
ただ、回避は問題なく可能だ。
体を捻り、僕の刃をスレスレのところで避けた。
でも、まだまだ。
手に力を入れて、突き出した剣の軌道を強引に横に曲げた。
さらに下から上に。
斜め上に跳ね上がる軌道で追撃をかける。
「……っ……」
ゼノアスは大きく後ろに跳んだ。
初めて後退させることができたような気がする。
「やるな」
小さくつぶやいたゼノアスの頬は、わずかに切れていた。
赤い血がにじむ。
「なぜだ?」
「えっと……」
「前に戦った時は、ここまでの力はなかったはずだ。これほどのプレッシャーを感じることはなかったはずだ。それなのに……」
ゼノアスの顔に余裕の色はない。
「なぜ、ここまで強くなっている?」
「……」
「この短時間で修行をした? いや、そんなはずはない。そんなことをしても意味がない。ならば心の問題か?」
「そうだね、正解」
どうにかこうにか、僕の剣がゼノアスに届いた。
その理由は二つある。
一つは、ゼノアスに徹底的に負けたこと。
心折れるほどに負けて、死にかけて……
でも、なんとかそれを乗り越えたことで、色々と吹っ切れることができたのだと思う。
単純な話、吹っ切れた人間は強い。
色々と思い切りがよくなって、ズンズンと前に進むことができるからだ。
それともう一つは……
「……フェイト……すごいです……」
ちらりと、後ろにいるソフィアを見る。
「もう一つの理由は、あなたにはわからないかも」
「どういう意味だ?」
「ちょっとくさい台詞だけど……愛の力、っていうやつかな」
大好きな人がいる。
守りたい人がいる。
そのために戦うのなら、いつも以上の力を出すことができる。
まったく理に適っていない話なのだけど……
でも、そんなものだ。
そういう曖昧で適当なものが、時に真理だったりする。
「今度は勝つよ。僕のためじゃなくて、ソフィアのため、大事な人のため……あなたを倒す」
「……っ……」
一瞬。
ほんの一瞬だけど、ゼノアスが怯んだ。
なんだろう?
特に身体能力が上がったわけじゃないし、傷も完治していないから、わりとボロボロなんだけど……
「……以前、俺はお前を敵と認めたが、それは訂正しよう」
「出直してこいとか、そういう感じ?」
「まさか」
ゼノアスは小さく笑う。
その笑みは喜びの色があふれていた。
「お前はただの敵ではない。俺の糧となるための、好敵手だ」
「あまり違いがわからないんだけど……」
「以前のお前は強くはあったが、しかし、刃を向けられたから戦うだけ。意思も覚悟もない」
なかなか痛いところをついてくる。
確かに、前回ゼノアスと戦った時は特になにも考えていなかった。
アイシャとリコリス、スノウを守らないと、とは考えていたものの……
それだけ。
それ以上のこと、その先のことは考えず……
とにかく状況を切り抜けることだけを思っていた。
でも、今は違う。
大事なものを守る。
今、この時だけじゃない。
これから先、ずっと……ずっと、ずっと、ずっと。
なにがなんでも守り続ける。
そんな決意を固めたからなのか、ゼノアスに対する恐怖はない。
体が震えることもない。
やることをやるだけ、と開き直ったせいかもしれない。
「……フェイト……」
「はい、ポーション」
「ありがとう……ございます」
ソフィアにポーションを渡す。
彼女は動けないほど傷ついていたものの、致命傷は負っていないはず。
ポーションを飲んでじっとしていれば、それなりに回復すると思う。
「フェイト……がんばってください」
「うん、任せて」
好きな人の応援があれば元気百倍だ。
力も勇気も無限に湧いてくる。
改めてゼノアスに向き合う。
「わざわざ待っていてくれたんだね」
「余計なことをして、お前の気を散らしたくないからな。俺が求めるものは最高の殺し合いだ」
「厄介な性格だなあ……」
ちょっとレナと似ているような気がした。
そんなことを思ったら、彼女は怒るだろうか?
「さて……準備はいいか?」
「いいよ」
恐怖はない。
かといって、必ず勝つという自信はない。
ゼノアスを相手にそんなものを持っているとしたら、それは過信でしかない。
これから始まるのはギリギリの戦い。
命を賭けた殺し合いだ。
絶対に勝つ、なんてことは言えない。
でも。
「僕は、大事な人達を守る」
その台詞だけは言えることができた。
「俺は全てを斬り、そして己の存在を証明してみせよう」
それが彼の戦う理由なのだろうか?
その想いを理解することはできないけど……
でも、ゼノアスはゼノアスなりに大事なものを抱えて戦っているということは理解した。
彼は殺人鬼じゃない。
剣士だ。
なら……
「いくよ」
「ああ」
いざ、尋常に……
勝負!!!
「うぁあああああっ!!!」
「おぉおおおおおっ!!!」
互いに気合を放ちつつ、真正面から激突した。
ギィンッ!!!
衝撃で刃が震える。
少しでも力を抜けば剣が吹き飛ばされてしまいそうだ。
でも……大丈夫。
耐えることができるし、次の行動に繋げることができる。
僕は負けていない。
「こっ……のぉおおおおお!!!」
「む!?」
力に力でぶつかっても仕方ない。
特にゼノアスのような相手だと意味がなさすぎる。
そんなことをしたら押し負けて、あっさりと殺されてしまうだろう。
だから、こうする。
前回と同じように、刃を斜めにしてゼノアスの剣を受け流した。
同時にさらに前へ出て、踏み込み、回転しつつ剣を右から左に薙ぐ。
ゼノアスは受け流された剣を素早く引き戻して、それを盾とした。
再び刃と刃が交差して火花が散る。
こちらも剣を引いて……
しかし、すぐに前に出す。
上から、右から、左から、斜め上から、下から。
ありとあらゆる角度から斬撃を叩き込んでいく。
ゼノアスはその全てをさばいていた。
「さらに速度が上がっている……やるな」
「どうも」
「しかし、それでは俺に届かない」
「それ、ちゃんとわかっているよ」
「なに?」
「だから、僕はこうするんだ」
攻撃の合間に蹴りを叩き込む。
剣と剣の勝負を予想していたであろうゼノアスは、これに対処できなかった。
直撃。
大したダメージはないものの、軽く体勢を崩す。
そこを狙い、ありったけの力で叩き込む。
「壱之剣……破山っ!!!」
ガッ!!!
攻撃魔法が炸裂したような音が響いた。
同時に衝撃が撒き散らされて、その中にゼノアスが飲み込まれる。
山を断つ一撃。
しかし、ゼノアスは無事だった。
「やるな」
「ほんと、とんでもない人だなあ……」
「今の一撃、見事だった。その歳で神王竜をマスターしているのか?」
「ソフィアはマスターしているよ。僕は、少し教わっているだけ」
「ふむ……本当に恐ろしいな。少し、でここまでの威力を出すことができるとは」
殺し合いの最中なのだけど、でも、呑気に話をする。
妙な話だけど、ゼノアスとは気が合うような気がした。
敵味方でなかったら親友になれていたかもしれない、なんて思うほどに。
「神王竜を知っているの?」
「黎明の同盟の一部が使っていた流派だ」
「……そうなの?」
「黎明の同盟をよしとせず、抜けた者達がいつか訪れる戦いに備えて、後世に力を残したのが神王竜。一方で、いつか来る復讐の時に備えて力を磨き続けたのが真王竜だ」
「へえ」
だからレナが使う剣はとても似ていたのか。
納得だ。
「あなたは真王竜を?」
「いや。俺は、ただの我流だ」
他人を信じていない。
信じられるのは自分だけ。
故に、誰にも教わることなく助けられることもなく、一人で力を磨き続けてきた。
きっと、そんな感じなのだろう。
それがゼノアスの強さの源でもあり……
そして、悲しみと孤独の根源でもあるのだろう。
「俺は、俺の力だけで勝つ。他人の助言などはいらない」
「僕は、みんなの力で勝つよ」
ソフィアが教えてくれた剣で。
アイシャとリコリス、スノウの想いを背負って。
ゼノアスという巨大な壁を打ち崩す!
剣と剣が激突する。
叩き合い。
押し切ろうとして。
交差する。
何度も何度も剣を交わしているのだけど、でも、決着がつくことはない。
「くっ!」
「むぅ!」
僕が前に出れば、ゼノアスも前に出る。
僕が後ろに退くと、ゼノアスも同じタイミングで距離を取る。
僕達の戦い方はとてもよく似ている。
いや。
というよりは、僕の戦い方がゼノアスに似てきたんだろう。
彼は超一流の剣士だ。
すでにその力、戦術は完成されている。
一方で、僕はまだまだ未熟者。
学ぶべきことは多い。
ただ……
足りない部分を今、まさに学習していた。
ゼノアスと剣を交えることで、体で覚えていた。
結果、少しずつだけど彼に追いつき始めた。
動きが最適化されていき、無駄な動作が消えていく。
完成された動きを身に着けていく。
「驚きだな」
剣を交わしつつ、ゼノアスが言う。
「まさか、この戦いの中でさらに成長するとは」
「お礼を言うべきなのかな?」
「むしろ、俺が言うべきだな。貴様のような好敵手に出会えたこと、感謝しなければならない」
「僕としては、あまり嬉しくないけど……ね!」
体を回転させて、その勢いを利用してゼノアスの剣を上に弾いた。
剣を飛ばすことはできなかったけれど、彼はわずかに体勢を崩す。
そこを狙い剣を走らせるものの、わずかに届かない。
偶然避けられた、というわけじゃない。
ゼノアスはこちらの攻撃を見切り、反撃に転じやすいように、ギリギリのところで避けているのだろう。
「あなたは本当にすごい剣士だ」
「それだけの修練は重ねてきたつもりだからな」
「それなのに、黎明の同盟なんてところにいるのは残念」
「今更、説教をするつもりか?」
「ううん」
正直なところ。
今、この瞬間は、黎明の同盟とかどうでもよくなっていた。
頭にある想いは二つ。
大事な人を守る。
そして……この人を超えたい。
「ちょっとだけだけど、あなたの気持ちがわかったかも」
「ほう?」
「あなたと戦って、そして、勝ちたいと思う」
この人は壁のようなものだ。
突然、目の前に現れて行く手を塞いで……
強引に足を止められてしまい、どうすることもできなくなってしまう。
一時は絶望した。
恐怖に負けて、体を縮こまらせるしかなかった。
今も恐怖はある。
でも、それ以上に勝ちたいという気持ちの方が強い。
「いくよ」
深く集中。
そして、足に力を込めて地面を蹴る。
「紅」
超高速の突き。
しかし、ゼノアスはそれすらも対応してみせて、必要最小限の動きで避けてみせた。
でも、僕の攻撃は終わらない。
ガンッ! と音がするくらい地面を踏みしめて、体を捻り、強引に姿勢を変化させた。
頭を低く。
そして、体全体を前に。
紅を攻撃のためじゃなくて移動のために使ったのだ。
そうして、うまくゼノアスの懐に潜り込むことができた。
そして……
「このぉっ!!!」
剣を一閃させた。
「ぐっ……!?」
ゼノアスの顔が苦痛に歪む。
僕の剣は届いた。
彼の肩に深い裂傷を刻むことに成功する。
とはいえ、これで勝ったなんて思わない。
彼ほどの剣士になれば傷なんて当たり前。
多少、動きは鈍るかもしれないけど、戦闘不能に陥ることなんてない。
まだまだ戦いは続く。
「やってくれるな!」
ゼノアスが吠えて、カウンターを繰り出してきた。
超高速の突き。
紅と似ているから、真王竜なのかもしれない。
復讐を果たすために作られた剣術。
それはとても鋭く、殺意にあふれていた。
すぐに跳んで避け……
いや、避けられない!
ゼノアスの攻撃の方が早い。
それを理解した僕は、逃げるのではなくてあえて前に出た。
「うくっ」
ゼノアスの剣が脇腹を貫いた。
ただ、咄嗟にこちらから前に出たことで致命傷は避けることができた。
痛い。
泣けるほどに痛い。
でも、まだまだ動くことはできる。
ゼノアスの行動を真似するかのように、今度は僕がカウンターを叩き込む。
……そこから先は剣と剣の応酬だ。
刃を叩き込み、叩き込まれて。
斬りつけて、斬られて。
突いて、突かれて。
ほぼほぼゼロ距離で互いに剣を振り、自分と相手に傷を刻んでいく。
「うぁあああああっ!!!」
「おぉおおおおおっ!!!」
どんどん傷が蓄積されていく。
血が流れすぎたせいか、痛みは感じなくなってきた。
でも、体が止まることはない。
むしろ今まで以上に加速して、強く速く剣を振ることができるようになっていた。
頭はどこまでもクリアだ。
思考が冴えわたる。
その中で、どこをどうすればゼノアスに剣を届かせることができるか? どのように戦うことが最適なのか?
そんなことを考えつつ、彼の一歩上をいくために、戦い続ける。
それはゼノアスも同じだ。
僕の一歩上に行こうと、ありとあらゆる角度から攻撃を叩き込んでくる。
フェイントや視線をズラすなどの技術も織り交ぜてくる。
一つ選択を間違えれば、その瞬間に僕の命は終わっていただろう。
でも、僕は生きている。
こうして剣を振ることができる。
僕は……まだまだ戦うことができる!
「僕は、絶対に負けない!」
命を賭けても大事な人を守る覚悟がある。
でも、本当に命を失うつもりはない。
それは最低最悪、最後の手段だ。
最後の最後、本当にどうしようもならなくなった時まで諦めない。
絶対に諦めない。
僕が死ぬことで大事な人達を守ったとしても、しかし、それは守ったことにならない。
きっと心に傷を残してしまう。
だから、僕は生きて帰る。
この戦いを生きて乗り越えてみせる。
それは生に対する執着だ。
ともすれば醜く映るかもしれない。
でも……
どんな形であれ、『生きる』と思う者は強い。
そのことが証明されるかのように、決着の時が近づいていた。
「……すごい……」
ポーションを飲んで歩けるくらいに回復したソフィアは、少し離れたところでフェイトとゼノアスの戦いを見守っていた。
ゼノアスは優れた剣士だ。
いや。
『優れた』という言葉では足りないくらい、強大な力を持っている。
巨大な大剣を己の手足のように自由自在に扱う。
繰り出される攻撃はひたすらに重く強く、盾ごと叩き潰すような一撃を放つ。
それでいて鈍重ということはなくて、風のように速く、水のように柔軟に動くことができた。
彼のような剣士は知らない。
戦ったことがない。
もしもゼノアスが表舞台に立っていたら、間違いなく『剣聖』の称号を授かっていただろう。
そんな相手なのに……
フェイトは、ほぼほぼ互角の戦いを繰り広げていた。
「うあぁあああああ!!!」
「うおぉおおおおお!!!」
剣と剣が超高速で激突して火花が散る。
連続で甲高い激突音が響いて、何度も何度も斬撃が飛ぶ。
それはまるで嵐のようだ。
触れただけで即死の剣撃の嵐が吹き荒れていた。
全力のソフィアなら、これだけの攻撃を受けたとしても耐えることができる。
ついていくことができる。
それはつまり……
フェイトは今、全力のソフィアに並んでいるということだ。
以前から並外れた才能と能力を持っているとは思っていたが、まさかここまでとは。
つい先日までは、これまでの力は持っていなかったはず。
一時、行方不明になって……
ピンチの時に駆けつけてきてくれるまでの短い間に、いったいなにがあったのだろう?
ここまで劇的に強くなるなんて、どんな秘密があるのだろう?
そんな疑問を抱くものの、それはすぐに消えた。
代わりに、ソフィアはじっとフェイトを見る。
「……本当に、すごいです……」
彼から目を離すことができない。
じっと、じっと見つめてしまう。
そして、こんな時ではあるが胸がときめいてしまう。
胸の奥に甘い感情が広がり。
むず痒いような気持ちになって。
自然と頬が熱くなる。
「ダメじゃないですか、フェイト……」
大好きな男の子が自分を守るために戦ってくれている。
その姿はなにもよりも輝いていた。
フェイトのことは好きだ。
愛している。
結婚したいし、というか絶対にする。
そして、○○や○○をして……
なんて妄想、普段から繰り広げているようなソフィアだ。
この戦いで惚れ直してしまう。
今まで以上にフェイトのことが大好きになってしまう。
そんな気持ちを抱いて、ふと、気がついた。
「もしかしたら、フェイトも同じ……」
行方不明になっていた間、彼になにがあったか知らない。
でも、再び立ち上がるきっかけとなったのは……自分かもしれない。
ソフィアは、そう思った。
それは自惚れではないはず。
フェイトのような人間は、誰かのために戦う時こそ、十の力を発揮することができる。
限界を超えて戦うことができる。
だから今、ゼノアスを相手に互角の戦いを繰り広げているのだ。
「もう……私が支える、助けてあげる、とか思えなくなっちゃいましたね」
フェイトは同じ場所に上がってきた。
ソフィアと本当の意味で肩を並べることができた。
そんな大好きな人の成長を見て、ソフィアは嬉しく、涙をこぼしてしまいそうになる。
「がんばれ、フェイト」
自然とそんな言葉が出る。
今、ソフィアにできることはなにもない。
だからせめて、信じることにした。
その想いが大好きな人の力になると信じて、強く強く言う。
「がんばってください、フェイト」
「がんばってください」
ソフィアの応援が聞こえた。
ゼノアスとの戦いで体のあちらこちらが悲鳴を上げていたけど……
うん。
まだがんばることができる。
力と勇気が湧いてきて、今まで以上に強く剣撃を放つ。
「くっ……ここに来て、さらに加速するか!」
「もう二度と負けられないんだ!」
大事な人を守りたい。
そして、この人を超えたい。
二つの想いが僕を強くする。
今まで越えることができなかった壁。
なかなか気づくことはできなかったけど、行く手を塞いでいた壁。
それは、ソフィアと同じ『剣聖』のレベルに繋がる領域。
そこに今。
僕は到達していた。
「あなたに、勝つ!」
「そのような結末を認めると思うか!?」
ゼノアスが全身から圧倒的な闘気を放つ。
「吠えろ、グラム!!!」
魔剣が不気味に輝いた。
嫌な気配を受けて、それと同時に、天災と相対したかのような『力』を感じた。
魔剣の力を完全に引き出した状態で戦う。
正真正銘、これがゼノアスの本気だろう。
でも……
「俺の剣に断てないものはないっ!!!」
「……ううん」
僕は静かに彼の言葉を、想いを……生きてきて積み重ねてきたものを否定した。
「今のあなたの剣は怖くない」
「なっ……!?」
ゼノアスの全力の一撃。
それは山を断つ。
海を割る。
それだけの威力が込められていたけど……
僕は、それをしっかりと受け止めた。
流星の剣が折れることはない。
なんとか耐えてくれている。
僕の体が壊れることもなくて、こちらも耐えていた。
「なぜだ!? なぜ、俺の剣が届かない!? 受け止めることができる!!!」
「言ったよね? 今のあなたの剣は怖くない、って」
さっきまで、ゼノアスはとても大きく見えた。
超えることができない山のように、果てしなく大きく見えた。
でも、今は小さい。
とても小さく、儚く、脆い。
それはなぜか?
魔剣という歪な力にすがったからだ。
「僕の剣は、あなたとは違う」
リコリスの、アイシャの、スノウの……たくさんの人の想いが込められている。
そして、剣を通じてソフィアの想いを感じる。
そうだ。
この剣は希望でできている。
ならば、負の怨念で作られた魔剣に負けることはない。
「僕はあなたに勝って、大事なものを守る! どこまでも!!!」
「ぐっ!?」
ゼノアスの腹部に蹴りを叩き込んだ。
これでトドメとはならないものの、ダメージは通り、ゼノアスはわずかに体勢を崩す。
その隙を逃すことなく、僕は剣を構える。
天を突くように大上段に構えて……
「神王竜剣術、壱之太刀……破山っ!!!」
そして、一気に振り下ろした。