「かはっ!?」

 重力が横になったかのように、ソフィアの体が飛ぶ。

 木の幹に激突して……
 しかし、それでも止まらない。
 木の幹を折り、さらに吹き飛んで、家の塀に叩きつけられた。

 ビシリと蜘蛛の巣状に塀にヒビが走る。
 ようやくそこでソフィアの体が止まるものの、全身を激しく打ち付けていた。

「うっ……ぐ……」

 意識は消えていない。
 手足の感覚は残っている。

 鈍い痛み。
 鋭い痛み。
 その両方が同時に襲ってきた。

 ただ、それは良いことだ。
 痛みがあるということは、まだ体が壊れていない証拠。
 戦うことができると、ソフィアは立ち上がる。

「はぁっ、はぁっ……なかなか、やりますね……」

 どうにかこうにか再び剣を構えることができた。
 ただ、切っ先が揺れてしまっている。

 肺がやられてしまったのかもしれない。
 口から血があふれ、その度に体力が失われていく。

 ゼノアスはゆっくりと歩み寄り、剣の切っ先をソフィアに向ける。

「終わりだな」
「いいえ、まだです」
「いや、終わりだ。確かに、まだ戦えるかもしれないが……その様子では、俺を相手に一秒と保たないだろう」

 万全の状態で拮抗していた。
 しかし今のソフィアは3割ほどの力しか出せない。
 おまけに即座に治療が必要なレベルの怪我を負っている。

 詰んでいた。

「お前は強い。男とか女とか関係なく、最強に並ぶ剣士と呼べるだろう」
「それ、皮肉ですか?」
「本心だ。一歩間違えれば、運が悪ければ、そうなっていたのは俺の方だっただろう」

 それもまた事実だ。

 ソフィアとゼノアスの力は互角だった。
 ソフィアは速度。
 ゼノアスは力。
 それぞれ特化したところはあるものの、総合力は互角で、どちらが勝つかわからない戦いだった。
 今回はたまたまゼノアスに勝敗が傾いただけ。
 またやれば、次はソフィアが勝つかもしれない。

 ただ……
 『また』は訪れないだろう。

「お前のおかげで、俺はまた一つ、生を感じることができた。己の存在意義を確かめることができた礼を言おう」
「……」
「せめてもの情けだ。苦しまないように一撃で終わらせてやる」
「……勘違いしないでもらえませんか?」
「なに?」
「まだ、終わってなんていませんよ」

 ソフィアはゼノアスを睨みつけた。

 手足に力が入らない。
 剣をまっすぐ構えることができない。
 それでも、戦う意思は消さない。
 むしろ、今まで以上に闘志を燃やす。

「勝敗はついた。そのことがわからないほどバカではないだろう?」
「そうですね。このまま戦っても、私は負けるかもしれません。でも、勝てるかもしれません」
「なにをバカな……」
「私は……負けるわけにはいかないのです」

 ここで負ければ、アイシャ達が危険に晒されてしまう。
 それはダメだ。
 絶対にダメだ。

 故に、ソフィアは戦う。
 母として子を守るために戦うのだ。

「……ならば、最後まで全力でいかせてもらおう」

 ゼノアスは剣士としてソフィアに最大限の敬意を払う。
 おそらく生涯名前を忘れることはないだろう。

 そして……

 ゼノアスは地面を蹴り、超速で駆けて、剣を振り下ろした。