「……」

 レナは無言で剣を構えた。
 その切っ先はリケンに向けられている。

 リケンの瞳に失望の色が宿る。

「愚かな。ここまで説いて、しかし、自分がなすべきことを理解できないとは」
「うるさいなあ。なすべきこととか、勝手に決めないでくれる? それ、ボクが決めることなんだけど」
「同盟に属する人斬りが普通の生活を送れるとでも?」

 レナは、今までたくさんの人を殺してきた。
 黎明の同盟のために、その手を血で汚してきた。

 たくさんの恨みを買っているだろう。
 いつか復讐者が現れるかもしれない。

 でも……

「知らないよ、そんなこと」

 普通の生活を送れるかどうか。
 これからのことなんてわからない。

 わからないからこそ、今を一生懸命に生きるのだ。
 後悔のない道を選んで、前に進んでいくのだ。

「ボクは、ボクにやれることをするだけ。今、正しいと思う選択を取るだけ……それだけだよ」

 レナが思うことは、ただ一つ。

 黎明の同盟を止めるとか。
 好き勝手してくれたリケンに復讐するとか。
 そういうことはどうでもいい。

 ただ、フェイトのことだけを考える。

 初めて好きになった人。
 心の全てを奪われた人。
 その人の力になりたい。

 だから……

「ボクは戦うよ」

 乙女は恋のために戦う。

「もういい」

 リケンは失望のため息をこぼしつつ、ゆらりと動いた。
 暗殺剣を発動させるモーションだ。

「お前は失敗作だ。もういらぬ……死ね」

 ふっと、リケンの姿が消えた。
 レナの感覚を惑わして、魔法を使ったかのように視覚外へ移動する。

 レナは完全にリケンを見失った。
 彼の言う技術は頭では理解したものの、感覚ではまだ理解していない。

 その姿を追いかけることはできず。
 気配を捉えることもできない。

 こうなると、もはやレナにできることはない。
 罠にかかった獲物のようなものだ。
 リケンに好きに調理されてしまうだけ。
 数秒後には彼の刃に倒れているだろう。

 ……そうなるはずだった。

「よし、そこ!」
「なっ……!?」

 レナはくるっと回転した。
 その勢いを乗せて刃を振る。

 そして……
 背後に回り込んでいたリケンの腹部を裂いた。

 確かな手応え。
 リケンは剣を落として、腹部の傷を手で押さえつつ、地面に片膝をつく。

「バカな……どうして儂の居場所が……」
「見えてなかったよ? 気配も感じなかったよ?」
「ならば、どうして……」
「癖なんだよねー」
「なん、だと?」
「リケンって、ここぞっていう時は相手の背後を取るよね? いつもいつもいつも、背後から奇襲をしかけるよね? だから、後ろから来ることはわかっていたんだ。ボクを確実に仕留めるため、リケンが一番慣れた方法で……背後からの奇襲をしかけるだろう、って。というか、そうなるように誘導していた自信があるよ。背後からの攻撃は、わざと食らうようにしていたからね。あ、見失ったフリも同じ」
「な……」
「あとはタイミングの問題だけど、これも簡単。いくら姿が見えなくて気配が感じられないとしても、人が動けば空気も動く。全方位、遠くまで空気の動きを察知するなんて無理だけど、背後限定なら、集中していれば問題ないんだよね。で、リケンはボクの狙い通りに背後にやってきて……というわけ」

 しばらくの間、レナはリケンと一緒にいた。
 だからこそ、彼の弱点とも呼べる癖に気づくことができた。

 レナを未熟者と侮り、慢心を抱いたリケンの負けだ。

「そんなわけで……」
「ま、待て!? 儂はこのようなところで……」
「ボクの勝ち♪」

 レナはにっこりと笑い、剣を振り下ろした。