話を聞くと、ソフィアは暗闇の中に閉じ込められていたらしい。
 彼女の推測では、トラップで亜空間に飛ばされたのではないか? とのこと。

 出口はなし。
 脱出する方法はわからない。

 ならば、いっそのこと次元を切り裂いてみようか?
 なんて、とても物騒なことを考え始めた頃……
 突然、トラップが解除されて、ここに戻ってこられたという。

 そんなソフィアに、ここで起きたことを説明した。

「私の偽物が……なんて厄介なトラップを。私がそちらのトラップにかかっていたら、危なかったかもしれませんね」
「え? そうかな? ソフィアが苦戦するとは思えないんだけど」
「大苦戦ですよ。フェイトが二人いるなんて……天国じゃないですか!」

 ぐっと拳を握りしめつつ、ソフィアが強く言う。
 その目は、ちょっとおかしい。

「右を見てもフェイト、左を見てもフェイト。すばらしいですね。きっと、私はどちらも持ち帰るでしょうね。そして……はっ!?」
「……」
「えっと……今のは、その、なんていうか……」
「ソフィア」
「……はい」
「とりあえず、なにも見なかった、ということでいいかな?」
「お願いします……」

 ものすごく恥ずかしそうにしつつ、ソフィアは小さく頷いた。
 たまに暴走するところも、彼女らしいところでもある。

「トラップの話だけど……僕の方で解除したから、ソフィアのトラップも解除されたのかもしれないね」
「そうかもしれませんね。ありがとうございます、フェイト」
「ううん、どういたしまして」
「ところで、ソフィアの方はどんなトラップが?」
「大したことはありませんよ。Aランク相当の魔物の群れ、百匹以上でしょうか? それらにまとめて襲いかかられただけですね」
「だけ、って……気軽に言えるようなことじゃないと思うんだけど」
「あれくらい、大したことありませんよ」

 さっき、罠にかかっていなくて本当に良かった。
 心底、そんなことを思う僕だった。

「フェイト?」
「な、なんでもないよ」

 とにかくも、ソフィアが無事でなによりだ。

「こんなトラップ、誰が用意したんだろう?」
「噂によると、妖精らしいですよ」
「妖精が?」
「最深部にある剣は、妖精が鍛えたと言われていますからね。誰にも渡したくないらしく、自分で守り、そのためにトラップを設置した……と、一部では言われています」
「なるほど、納得できる話だね。でも、そうなると、最深部には剣だけじゃなくて、妖精もいるのかな?」
「かもしれないですね」
「うーん、妖精かぁ……」

 奴隷だった頃、色々なところを回ったけど、妖精を見かけたことはない。

 どんな姿をしているのだろう?
 物語にあるように、小さいのだろうか?
 綺麗な羽が生えているのだろうか?

「見てみたいのですか?」
「え、なんで僕の考えていることが……」
「私は、フェイトのことならなんでもわかるのですよ」

 「なんて」と挟み、ソフィアは舌をぺろっと出す。

「というのはウソです。フェイトは、とてもわかりやすいですからね。考えていることが、すぐ顔に出ます」
「そう、なのかな?」
「そうですよ。カードゲームをする時などは気をつけてくださいね」
「うーん……そんな機会、あるかどうかわからないけど、了解。気をつけるよ」
「では、次の階層へ向かいましょう」

 また同じようなトラップがあるかもしれない。
 あるいは、今以上に凶悪で厄介なトラップがあるかもしれない。

 細心の注意を払いつつ、僕とソフィアは九層の攻略に乗り出した。

 なにが待ち受けているか?
 けっこうドキドキしたのだけど……
 特にこれといって大きな障害に遭遇することはなくて、無事に攻略完了。
 最下層の十層に辿り着いた。

「情報通り、ここが最下層みたいだね」

 まっすぐに伸びた通路の先に扉が見える。
 おそらく、扉の先が最深部なのだろう。
 そう思わせる雰囲気が漂っていた。

 扉の前に移動して、耳を当てて、向こうの様子を探る。

「なにかわかりますか?」
「うーん……少なくとも魔物はいないみたいだけど、細かいところはよくわからないかな。開けてみるしかないかも」
「なら、開けてみましょう」
「ソフィアって、けっこう大胆だよね」
「ふふっ。伊達に剣聖は名乗っていませんよ?」

 ソフィアが前、僕が後ろ。
 ちょっと情けないけど、でも、彼女の方が力は圧倒的なので、これが正しい。

 布陣を決めて、扉の向こうへ突入する。

「……あれ?」
「空っぽ……ですね」

 一目で全部が見えるくらい、小さな部屋。
 中央に泉が湧いているだけで、他になにもない。

「この泉の底に、さらなる階層があるとか?」
「底が見えるので、それはないかと。他に、なにかしら仕掛けがあるのかもしれません。探してみましょう」
「了解」

 二人で手分けをして部屋を調べる。
 見落としがないように、徹底的に調査する。

 ただ、なにも見つけられなくて、時間だけが過ぎていく。

「うーん……あまり想像したくないのですが、もしかしたら、妖精が鍛えたという剣は誰かに持ち去られた後なのかも。これだけ探してもなにもないとなると、そう考える以外に……」
「残念だけど、確かに、そう考えるのが自然かもね……あれ?」

 ふと、違和感を覚えた。

 なんていえばいいのか……
 言葉にしづらいのだけど、なにかがおかしい、と本能が訴えてくる。

「……これは」
「フェイト、どうしたのですか?」
「ちょっとまって、なにかが……」

 その時、第三者の気配がした。
 今まで巧妙に隠していたのだけど、一瞬、気配が漏れた。

「そこ!」
「ひゃあ!?」

 なにもないところに手を伸ばす。
 すると、がしっとなにかを掴むことができて、悲鳴のような声が聞こえてきた。

「えっ、今の声は……というか、フェイトは、なにかを掴んでいるように見えますが……なにを?」
「僕もよくわからないんだけど、ここになにかがいるよ」

 手に伝わる感触からして、手の平サイズより少し大きいくらいだろうか?
 透明な、なにかがいる。

「くうううっ、ちょっと、離しなさいよ!」
「えっ」

 そんな声と共に、ぐらりと景色が歪んで……
 小さな小さな女の子が姿を見せた。