フェイトは強い。
 とんでもない身体能力と恐ろしい成長速度。
 いずれレナやソフィアをしのぐ剣士になるだろう。

 でも、今はまだ雛のようなもの。
 ゼノアスと激突すればタダでは済まない。
 おそらく、ほぼほぼ100パーセントの確率で負けるだろう。

 ただ、逃げに徹すれば生存の可能性はある。
 だからフェイトはスラム街に逃げ込んで、ゼノアスの目をごまかした。

「……うん。そう考えれば納得できるかな?」

 レナは考えを整理して、それから厳しい表情を作る。

 今の推理が正しいとしたら、フェイトはかなりのピンチだ。
 ゼノアスに追われているかもしれない。
 大怪我をしているかもしれない。
 身動きが取れなくなっているかもしれない。

 死んでいるかも、という可能性もあったのだけど……
 最悪の想像だけは避けておいた。
 想像だけでもフェイトが死んでいるなんて考えたくない。

「急がないと、だね!」

 レナは気を引き締めてスラムを駆けた。

 最大限、周囲に気を配りつつ……
 あちらこちらに視線をやり、フェイトを探す。
 あるいは手がかりを探す。

 ただ、見つかったのは意外な相手だった。

「妙な気配がしたと思えば、お前か。レナ」
「げっ!? ゼノアス……!」

 フェイトではなくて、フェイトを倒したであろうゼノアスと遭遇することになった。

 レナは反射的に、腰に下げたティルフィングの柄に手を伸ばす。
 ただ、ゼノアスはなにもしない。
 臨戦態勢に入ったレナを前にしても、背中の剣を取ることはない。

 仲間だから、という意識は彼にない。
 レナが斬りかかってきたとしても、即座に対応できる自信を持っているのだ。

「くぅ……その余裕、ムカつく」
「なんの話だ?」
「いいよ、別に。それよりも……フェイトはどこ?」
「フェイト? ……ああ、あの少年か。久しぶりに戦う価値のある相手だった。強いな」
「やっぱり、もう……」
「惜しむべきことは、最後まで決着をつけていないことか。俺も探しているのだが、知らないか?」
「知ってたとしても教えるわけないじゃん」

 べーと、レナは舌を出した。

 それと同時に、内心で安堵する。
 ゼノアスの口ぶりからすると、フェイトはまだ殺されていないみたいだ。

 そして、ゼノアスからは戦意がほとんど感じられない。
 探しているといったが、ついでのようなもの。
 おそらく、もう本拠地に帰るのだろう。

「そういえば、レナは同盟を抜けたらしいな」
「耳が早いね?」
「リケンから聞かされた。レナは裏切り者だから、見つけたら斬るように、ともな」
「っ……!!!」

 レナは前かがみになり、いつでも抜剣できるように体勢を整えた。
 ゼノアスの一挙一動を見て、最適な答えを導き出せるように思考を加速させる。

 しかし……

 ゼノアスが剣を抜くことはない。
 それどころかレナに背を向けた。
 これがリケンなら不意打ちや油断を誘う罠を疑うが、ゼノアスはそのようなことはしない。
 戦闘狂ではあるものの、戦闘狂だからこそ戦いは真正面から純粋に楽しむタイプなのだ。

 レナは拍子抜けしてしまい、戸惑い気味に問いかける。

「えっと……ボクを斬らないの?」
「アジトに攻めてきたのなら別だが、たまたま会っただけだからな」
「それ、後でリケンに怒られない?」
「知らん。俺は俺のやりたいようにやる。誰であろうと、俺に口出しはさせない」

 黎明の同盟の最強の剣士だからこそ、そんなことを口にできる。
 もしもレナが似たようなことを口にしたら、即刻、粛清されていただろう。

「それに……」

 ゼノアスは一度、レナを振り返る。
 その目には優しさがあった。

「迷惑かもしれないが、レナのことは妹のように思っていた」
「……ゼノアス……」
「できることなら、俺に妹を斬らせるな」

 そう言い、ゼノアスはスラムから立ち去った。