「……ぅ……」

 ぽつり、ぽつり。
 なにかが頬に当たっている。

 冷たい。
 これは……

「……水……?」

 反射という感じで、ゆっくりと目を開けた。
 それと同時に全身の感覚が戻ってきて……

「あっ……ぅう!?」

 激痛に悲鳴をあげてしまう。

 痛い。
 痛い。
 痛い。

 神経を針で刺されているかのようだ。
 指先を動かすだけで、耐えられないほどの痛みが襲いかかってくる。
 うめき、涙をこぼしてしまう。

「僕、は……」

 必死に痛みを我慢しつつ、なにが起きたか思い返す。

 宿で待機して……
 ゼノアスに襲われて……
 必死になって逃げたけど、あいつの一撃を食らって……

「……そうだ、負けたんだ……」

 なにもできなかった。
 時間を稼ぐので精一杯。
 アイシャ達が逃げるのを待って……
 その後は防戦一方。

 いや……防戦にもなっていなかったと思う。
 遊ばれていただけ。

 こちらは必死になって、全てを出し切り、なんとか耐えたものの……
 ゼノアスは余裕があった。
 まだまだ力を隠し持っていた。

「……あの人は、なんであんなに強いんだろう……」

 自然とそんな疑問が口からこぼれた。

 僕はそれなりに強くなったと思う。
 うぬぼれ……ではないはず。

 いくつもの修羅場を潜ってきた。
 たくさんの強敵を相手にしてきた。

 でも、それらで得た技術や経験、知識は……無駄だった。
 ゼノアスにまったく通用しなかった。

 いったい、どれだけの研鑽を積めばあれほど強くなることができるのだろう?
 どれだけ剣を振れば、あの領域に至ることができるのだろう?

「ソフィアのところに……戻らないと……」

 きっと心配している。
 早く戻って元気……ではないけど、無事なところを見せてあげないと。

 それからレナ達と協力して、黎明の同盟に立ち向かわないと。
 そして、ゼノアスにリベンジを……

「……リベンジ?」

 もう一度、ゼノアスと戦う?
 天と地ほども差がある実力者を相手に、剣を振る?

「……嫌だ」

 自然とそんな言葉が漏れ出た。
 体が震える。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

 あんな化け物と戦うなんて。
 もう一度、剣を交わすなんて。
 そんなことは……

「怖いよ……」

 どうしても体の震えを止めることができなくて、僕は、自分で自分を抱きしめる。
 それでも寒さも恐怖も止められず、ただただ震えていた。