その後も、ダンジョンの攻略は難航した。
五分ごとに構造が変わる、複雑な立体迷路を攻略したり。
番人が出す問題を十問連続で正解しないと先へ進めなかったり。
暗号を解いて鍵を探すハメになったり。
予想しないトラップばかりで、なかなかに苦戦させられた。
なるほど。
こんなトラップばかりだったら、全てをクリアーするのはかなり難しい。
妖精の剣は、そんなトラップに守られているのだろう。
だから、誰も手にしていない。納得だ。
「ソフィアは、妖精のゆりかごが、全何層なのか知っている?」
「少し曖昧な情報になってしまうのですが……とある情報筋からは、全十層と聞いています。ただ、絶対とは言い切れませんが」
「うーん、その情報を信じるなら、今は八層だから、あと少しっていうところか」
ゴールに近づいていると信じたい。
ここのトラップは、精神がゴリゴリと削られていくから……
できることなら、そろそろ終わりにしたい。
でないと、精神的な疲労から倒れてしまいそうだ。
「ソフィアは大丈夫? 疲れていない?」
「はい、大丈夫ですよ。これでも剣聖なので、まだまだ問題ありません」
「すごいなあ、ソフィアは。僕は、けっこう疲れてきたよ」
「なら、少し休憩しましょうか? 次の間に繋がる通路なら、たぶん、トラップはないはずですから」
「ううん、大丈夫。今までは、疲れていても病気になっていたとしても、動かないといけなかったからね。それに比べれば、かなり楽だよ」
「そんなことを聞かされても、まったく安心できないのですが……」
「本当に大丈夫だから。厳しい時は、素直に言うよ」
「絶対ですよ? 約束してくださいね?」
「うん、約束」
指切りを交わした。
それから、次のトラップがあるであろう部屋に。
こちらの部屋は、今までと比べると狭い。
なにもないのは今までと同じだけど……
突然、仕掛けが作動したりするから、油断はできない。
「さて……今度は、どんなトラップなのかな?」
「気をつけてくださいね、フェイト。今までは非殺傷生のものでしたが、最深部に近づいてきた今、もしかしたら」
「……」
あれ?
途中でソフィアの台詞が途切れて、不思議に思い振り返ると、
「ソフィア?」
いつの間にか、彼女の姿が消えていた。
さっきまで、確かに数歩後ろにいたはずなのに、どこにもいない。
「これは……もしかして、すでにトラップが?」
人を一瞬で消してしまうなんて、いったい、どんな方法が使われたのだろう?
最大限に警戒するのだけど……
でも、カラクリがまったく理解できない以上、警戒しても意味がないかもしれない。
「これから、いったいなにが……うん?」
ガコン、という音と共に壁に亀裂が走り、扉が作り上げられる。
その扉が開くと……
「「フェイト?」」
それぞれの扉からソフィアが現れた。
ただし、二人。
「え?」
あまりにも予想外の光景に、一瞬、思考が停止してしまう。
そうしている間に、二人のソフィアは互いの存在に気がついたらしく、共に怪訝そうな顔をする。
「「あなたは誰ですか?」」
「「……」」
「「私の真似をしないでくれませんか?」」
声、仕草、雰囲気……全てが同じだ。
二人のソフィアは瓜二つ。
並行世界から別のソフィアを連れてきた、と言われたら納得してしまうかもしれない。
でも、そんなことはないだろう。
たぶん、これがトラップ。
本物のソフィアを見極めろ、という内容なのだろう。
それは二人のソフィアも理解したらしく、それぞれに自分が本物であることを訴える。
「「フェイト、騙されないでください。私が本物のソフィアです」」
「えっと……」
「「よく見てください。こちらの私は、わずかに違和感があります。私の幼馴染のフェイトなら、きっと気づくことができます」」
「あー……」
「「というか、いい加減に私の真似をやめてくれませんか? トラップとはいえ、私の真似をされるのは不愉快です」」
「んー……」
「「まったく、口の減らないニセモノですね……さあ、フェイト。ニセモノだと思う方を、バッサリと斬ってください」
「えっ、これ、そういう方法で答えを選ぶの?」
「「はい」」
二人のソフィアが頷いた。
それぞれ、僕に対する絶対の信頼を瞳に宿している。
二人共、僕の知るソフィアだ。
どちらも本物に見える。
見えるのだけど……
でも、僕は最初から答えがわかっていた。
一目見て、本物かニセモノか見分けがついた。
絶対の自信がある。
間違う可能性なんて欠片もない。
ただ……
「ごめん、斬るのはダメ」
「「え?」」
「それしか解決方法がないとしても、ニセモノだとしても、ソフィアを斬りたくないよ。絶対に無理。そうしないと攻略できないっていうのなら、いいや。諦めて帰るよ。だから、ソフィアを返してくれないかな?」
「「フェイト、なにを言っているのですか? 私達のうち、どちらかを選んで……」
「二人共、ニセモノだよね?」
「「っ!?」」
声も、姿も、仕草も……全てソフィアにそっくりだ。
他の人なら騙されていたかもしれない、悩んでいたかもしれない。
でも、僕を騙すことはできない。
なにしろ……僕は、ソフィアの幼馴染なのだから。
「本物のソフィアは、君達のうち、どちらでもない。それが僕の答え」
「「……」」
しばらくの沈黙の後、
「「なるほど、目は確かなようですね」」
「これで終わり?」
「「いいえ、まだです」」
二人のソフィアは妖しい笑みを浮かべると……
おもむろに上着をはだけ、白い肌を露出させた。
二人は偽物。
偽物なんだけど……
好きな女の子とそっくりな姿で、そんなことをされたら、さすがに……
「な、なにを!?」
「「ここで引き返すのなら、私達のことを好きにしてもいいですよ?」」
「そんなこと……」
「「今度は即答しないのですね」」
「うっ……」
いや、それは……
僕も男だから。
ダメだとわかっていても、なんかこう、心揺れてしまう時が……
って、ダメだダメだ!
こんなことをソフィアに知られたら……
『フェイト……ナニをしていたのですか?』
頭の中で、にっこり笑顔で激怒するソフィアが鮮明に思い浮かんだ。
「と、とにかく、そういうことはしないから! ダメ、絶対にダメ!」
「「……」」
二人のソフィアは無機質な顔に戻る。
そして、その体が蜃気楼のように揺らいで、消えて……
「あら?」
代わりに、新しいソフィアが現れた。
うん、間違いない。
このソフィアは本物だ。
「ふぅ……危なかった」
「え? どういうことですか?」
「おかえり、ソフィア」
「フェイト? えっと、その……はい、ただいまです」
安堵故に思わず抱きしめると、恥ずかしそうにしつつも、ソフィアは抱きしめ返してくれた。
五分ごとに構造が変わる、複雑な立体迷路を攻略したり。
番人が出す問題を十問連続で正解しないと先へ進めなかったり。
暗号を解いて鍵を探すハメになったり。
予想しないトラップばかりで、なかなかに苦戦させられた。
なるほど。
こんなトラップばかりだったら、全てをクリアーするのはかなり難しい。
妖精の剣は、そんなトラップに守られているのだろう。
だから、誰も手にしていない。納得だ。
「ソフィアは、妖精のゆりかごが、全何層なのか知っている?」
「少し曖昧な情報になってしまうのですが……とある情報筋からは、全十層と聞いています。ただ、絶対とは言い切れませんが」
「うーん、その情報を信じるなら、今は八層だから、あと少しっていうところか」
ゴールに近づいていると信じたい。
ここのトラップは、精神がゴリゴリと削られていくから……
できることなら、そろそろ終わりにしたい。
でないと、精神的な疲労から倒れてしまいそうだ。
「ソフィアは大丈夫? 疲れていない?」
「はい、大丈夫ですよ。これでも剣聖なので、まだまだ問題ありません」
「すごいなあ、ソフィアは。僕は、けっこう疲れてきたよ」
「なら、少し休憩しましょうか? 次の間に繋がる通路なら、たぶん、トラップはないはずですから」
「ううん、大丈夫。今までは、疲れていても病気になっていたとしても、動かないといけなかったからね。それに比べれば、かなり楽だよ」
「そんなことを聞かされても、まったく安心できないのですが……」
「本当に大丈夫だから。厳しい時は、素直に言うよ」
「絶対ですよ? 約束してくださいね?」
「うん、約束」
指切りを交わした。
それから、次のトラップがあるであろう部屋に。
こちらの部屋は、今までと比べると狭い。
なにもないのは今までと同じだけど……
突然、仕掛けが作動したりするから、油断はできない。
「さて……今度は、どんなトラップなのかな?」
「気をつけてくださいね、フェイト。今までは非殺傷生のものでしたが、最深部に近づいてきた今、もしかしたら」
「……」
あれ?
途中でソフィアの台詞が途切れて、不思議に思い振り返ると、
「ソフィア?」
いつの間にか、彼女の姿が消えていた。
さっきまで、確かに数歩後ろにいたはずなのに、どこにもいない。
「これは……もしかして、すでにトラップが?」
人を一瞬で消してしまうなんて、いったい、どんな方法が使われたのだろう?
最大限に警戒するのだけど……
でも、カラクリがまったく理解できない以上、警戒しても意味がないかもしれない。
「これから、いったいなにが……うん?」
ガコン、という音と共に壁に亀裂が走り、扉が作り上げられる。
その扉が開くと……
「「フェイト?」」
それぞれの扉からソフィアが現れた。
ただし、二人。
「え?」
あまりにも予想外の光景に、一瞬、思考が停止してしまう。
そうしている間に、二人のソフィアは互いの存在に気がついたらしく、共に怪訝そうな顔をする。
「「あなたは誰ですか?」」
「「……」」
「「私の真似をしないでくれませんか?」」
声、仕草、雰囲気……全てが同じだ。
二人のソフィアは瓜二つ。
並行世界から別のソフィアを連れてきた、と言われたら納得してしまうかもしれない。
でも、そんなことはないだろう。
たぶん、これがトラップ。
本物のソフィアを見極めろ、という内容なのだろう。
それは二人のソフィアも理解したらしく、それぞれに自分が本物であることを訴える。
「「フェイト、騙されないでください。私が本物のソフィアです」」
「えっと……」
「「よく見てください。こちらの私は、わずかに違和感があります。私の幼馴染のフェイトなら、きっと気づくことができます」」
「あー……」
「「というか、いい加減に私の真似をやめてくれませんか? トラップとはいえ、私の真似をされるのは不愉快です」」
「んー……」
「「まったく、口の減らないニセモノですね……さあ、フェイト。ニセモノだと思う方を、バッサリと斬ってください」
「えっ、これ、そういう方法で答えを選ぶの?」
「「はい」」
二人のソフィアが頷いた。
それぞれ、僕に対する絶対の信頼を瞳に宿している。
二人共、僕の知るソフィアだ。
どちらも本物に見える。
見えるのだけど……
でも、僕は最初から答えがわかっていた。
一目見て、本物かニセモノか見分けがついた。
絶対の自信がある。
間違う可能性なんて欠片もない。
ただ……
「ごめん、斬るのはダメ」
「「え?」」
「それしか解決方法がないとしても、ニセモノだとしても、ソフィアを斬りたくないよ。絶対に無理。そうしないと攻略できないっていうのなら、いいや。諦めて帰るよ。だから、ソフィアを返してくれないかな?」
「「フェイト、なにを言っているのですか? 私達のうち、どちらかを選んで……」
「二人共、ニセモノだよね?」
「「っ!?」」
声も、姿も、仕草も……全てソフィアにそっくりだ。
他の人なら騙されていたかもしれない、悩んでいたかもしれない。
でも、僕を騙すことはできない。
なにしろ……僕は、ソフィアの幼馴染なのだから。
「本物のソフィアは、君達のうち、どちらでもない。それが僕の答え」
「「……」」
しばらくの沈黙の後、
「「なるほど、目は確かなようですね」」
「これで終わり?」
「「いいえ、まだです」」
二人のソフィアは妖しい笑みを浮かべると……
おもむろに上着をはだけ、白い肌を露出させた。
二人は偽物。
偽物なんだけど……
好きな女の子とそっくりな姿で、そんなことをされたら、さすがに……
「な、なにを!?」
「「ここで引き返すのなら、私達のことを好きにしてもいいですよ?」」
「そんなこと……」
「「今度は即答しないのですね」」
「うっ……」
いや、それは……
僕も男だから。
ダメだとわかっていても、なんかこう、心揺れてしまう時が……
って、ダメだダメだ!
こんなことをソフィアに知られたら……
『フェイト……ナニをしていたのですか?』
頭の中で、にっこり笑顔で激怒するソフィアが鮮明に思い浮かんだ。
「と、とにかく、そういうことはしないから! ダメ、絶対にダメ!」
「「……」」
二人のソフィアは無機質な顔に戻る。
そして、その体が蜃気楼のように揺らいで、消えて……
「あら?」
代わりに、新しいソフィアが現れた。
うん、間違いない。
このソフィアは本物だ。
「ふぅ……危なかった」
「え? どういうことですか?」
「おかえり、ソフィア」
「フェイト? えっと、その……はい、ただいまです」
安堵故に思わず抱きしめると、恥ずかしそうにしつつも、ソフィアは抱きしめ返してくれた。