「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 ぽつぽつと雨が降ってきた。
 それはほどなくして土砂降りに変わり、一気に服が濡れてしまう。

 でも、そんなことは気にしていられない。
 それよりも周囲の気配を探り、敵の位置を見つけないといけない。

 それができないと……死だ。

「まさか、あんなに強いなんて……」

 ゼノアスのことを考える。

 巨大な大剣を己の体の一部のように扱う。
 隙はゼロ。
 苛烈な攻撃を連続で繰り出してきて、その動きは大胆かつ繊細。
 避けることも防ぐことも難しい。

「うっ……ぐぅ」

 走り続けていると、脇腹の辺りに激痛が走り、よろめいてしまう。
 体の内側に響くような鋭い痛み。
 存在感を主張するかのように、痛みがどんどん強くなる。

 たぶん、肋骨のどれかが折れたか、あるいはヒビが入ったんだろう。
 奴隷だった頃、何度か骨折をしていたから覚えがある。

「我慢……しないと!」

 ものすごく痛い。
 ともすれば気絶してしまいそうだ。

 でも、ここで足を止めるわけにはいかない。
 この状況でゼノアスに追いつかれたら、そこで終わりだ。

「こんなこと……情けないな……」

 短時間だけど、レナと互角に渡り合うことができた。
 神を騙る魔物を倒した。
 暴走する領主と決闘をして、打ち勝つことができた。

 僕は強くなった。
 奴隷だった頃の弱い僕じゃない。

 そう思っていたのに……

「僕は……なんて弱いんだろう……」

 ゼノアスに手も足も出なかった。
 攻撃を防ぐのが精一杯。
 まともな一撃を与えることができず、こうして敗走するだけ。

 なによりも情けないのが……

「……怖い……」

 手が震えていた。
 どうにか止めようとするものの、止まらない。

 ゼノアスと戦った時、彼に勝てるイメージを持つことができなかった。
 負ける未来しか想像できない。

 吹き飛ばされる。
 踏み潰される。
 両断される。

 そんな死のイメージばかりで、なに一つ、前に進むことができない。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

 情けないことに、僕の心は恐怖に支配されてしまっていた。

「早く……早く、逃げないと……!」

 少しでも遠くへ。
 ふらふらになりつつも、痛む体を前に動かして……

「見つけたぞ」
「っ!?」

 恐る恐る振り返ると……
 出会った時と変わらない、無表情のゼノアスがそこにいた。

「さあ、続きをやろう」
「う……く……」
「……」

 震える僕を見て、ゼノアスから途端に闘気が消えた。
 失望を瞳に宿して、ため息をこぼす。

「貴様ならば、と思ったが……どうやら見込み違いだったようだな」
「う、あああ……」
「ここで散れ」

 ゼノアスは死神のように冷たく告げて、大剣を振り上げた。